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私、元は邪竜でした  作者: 瀬野 或
一章 邪竜と魔女 〜北大陸 中央街ランダ 歌う精霊編〜
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第4.5話 私、弟子に稽古をつけました


 「ねぇ、ディレ。私の魔法って草や木を操る魔法なんだよねぇ……?」


 目を閉じて神経を集中させながら、もう一時間は経過したかもしれない。


「私の魔法って、地面から出るんだけど…」


 ずっと立ち尽くしているので、そろそろ腰が痛み出してきた。

 同じ体制をずっと行っていると、それだけで身体は悲鳴をあげるのか……と、フローラは実感する。


「それを〝右手から出す〟って、なかなかに想像し難い事だと思うけど……」


 創造魔法──それは、使い手の想像力が一番重要になる。

 つまり、想像し難い事はそれだけ発動が難しいという事。


「と言うか、ちょっと気持ち悪い……」

「フローラ、集中して」


 「でもー!」と抗議するが、ディレザリサは「五月蝿い」と抗議を跳ね除けた。


「植物系の魔物(モンスター)だっているでしょ? それを想像してみたらどう?」

「余計に嫌なんですけど……」

「魔女になるんだから、魔物一匹使役するくらいの気概がないとやってられないよ?」 

「うーん……」


 それには『邪竜ディレザリサ』も含まれるのだろうか?と、喉元まで出かけたが、それを言ったら跡形もなく消し炭にされそうなので飲み込んだ。


「なるべく、可愛い魔物がいいなぁ……」


 フローラは小動物系の魔物を想像した。


「強い魔物の方が良いと思うけど……」


 ディレザリサはそれこそ、竜の姿を想像する。


「愛くるしくて可愛い魔物なら、傍にいても苦にならないでしょ?」

「強い魔物の方が、いざって時に使えるじゃん……」

「じゃあ〝可愛いくて強い魔物〟が一番だね!」

「そんな魔物、見た事ない……」


 フローラは「隣にいるー!」と叫びたい衝動に駆られたが、それも何とか抑える事が出来た。


「ディレー……疲れたよ……」

「確かに集中力も切れてるし……、ちょっと休もうか」


 一時間も目を閉じていたせいか、目を開いた時に太陽の光で目が眩む。

フローラは左手を日除けにしながら、ディレザリサが座る木陰まで歩き、ちょこんと座った。


「いい天気だね」

「そうだね」


 フローラは、こうしてディレザリサと一緒に楽しく過ごせる事に幸せを感じていた。

 自分と同い年くらいのディレザリサは、妹でもあり、姉のような存在でもある。

 それに甘えるかのように、フローラはディレザリサの肩に頭を寄せた。


「どうしたの?」

「幸せだなーって、さ」


 これまで一人ぼっちでギリギリの生活を余儀なくされていたフローラは、ディレザリサの登場により、その生活ががらりと変わった。それは『人間として』はとても良い事だが、自分が『復讐者』という自覚が足りない証拠でもある。なので、今放った何気ない一言が失言だったと、言葉にしてから気付いた。


「あっ…ご、ごめん…」


 だが、ディレザリサはそれに対して何一つ咎めるような事はしない。


「私もさ、ちょっとだけそういう感覚……、分かる気がするんだよね」

「え……?」


 異世界で最強最悪の邪竜ディレザリサとして君臨していた者が、まさかこんな事を言うから驚きを隠せない。

 それだけディレザリサは『人間』に慣れて来たという事だろう──それを、フローラは嬉しく思った。


(ずっと一緒にいれたらいいな)


 自分の復讐が終わったら、どうなってしまうのか。

 ディレザリサはもしかしたら遠くへ行ってしまうかもしれない。

 その時、自分は連れて行ってもらえるのだろうか?

 それが気掛かりで集中することが出来ない……というのが理由だが、それをディレザリサ本人に確認する勇気が無かった。


 「復讐──」と、ディレザリサがその言葉を放った時、その目は『人間 ディレザリサ』ではなく『邪竜 ディレザリサ』の目をしていた。


「必ず、果たそう」

「……うん」


 それが二人の誓いであり、二人が繋がっている理由。


「私は昔から、刃向かう者に容赦はしなかった。だから、気に食わない相手は迷いなく殺した」

「邪竜、だもんね」

「これからも同じ。私は、私が気に食わないと思った相手を躊躇い無く殺す。だから、忘れないで。フローラの隣にいるのは、人間ではなく邪悪な竜だって事を」

「うん……?」


 ディレザリサらしくない…と、フローラは思った。

 もしかしたらディレザリサはディレザリサなりに、色々と悩みを抱えているのかもしれない。それなら──自分は、自分が出来る限りの事をして、その心配を少しでも軽く出来たらいいな──と、フローラは思う。


 邪竜ディレザリサ…という存在がどういう存在だったのかは、フローラの知る由もなく、過去にどんな残虐な行為をしてきたのかも分からない。

 いや、多少は話していたので少しは理解しているが、実際に邪竜としてのディレザリサを見た事は無いので、どれほどの存在だったのかを確認する術が無い。


 もしかしたら、邪竜ディレザリサという存在は、必死で自分を守る為の盾だったのではないだろうか。

 本当は、心優しく、可愛いらしい竜だったのではないだろうか…? そう思えてしまうのは、今、彼女が『女の子』だからだろう。

 でも、そうだったらいいな……と、フローラは肩から伝わる体温と、長い髪から香る優しい香りに身を任せた。


「フローラ」

「何?」

「重い」

「もーっ!! ディレのバカー!!」


 この時、フローラは知る由もない。

 これから先、何が待ち受けているか──、を。





 * * *





 少しだけの休憩のはずが、気づけば一時間以上の休憩になっていた。

 これ以上は時間が勿体無いと、ディレザリサはフローラに練習再開を告げる。


 ディレザリサは真剣な顔でフローラを見詰める。そこに映るのは、先程よりも集中しているフローラの姿だ。

 魔力を具現化させるという竜の使う『創造魔法』は、精霊の力を借りずに発動するので、自分自身でその全てを賄わなければならない。魔力、想像力、集中力、体力、精神力、あらゆる自らの力を働かせて発動するので、慣れてないと制御不能になり、一大事になってしまう。

 その点、フローラはまだ優秀だ。

 最初に見せたあの大樹は、今も裏手で風を受けて揺れている。

 それこそ『具現化の成功』と言っても過言では無い。

 根こそぎ体力と魔力を使った結果だが、生命力を奪うまでの力は使わずにそれを成し得たのだから『才能がある』と太鼓判を押せる──つまり、熟練度さえ上げれば、この魔法を習得出来るという事だ。


(人間の雌と侮っていたな……)


 やがて、フローラの右手が緑色に輝き出した。これは『発動の兆候』で、充分な魔力が集まっているという事。

 竜が使う魔力は、形に例えるならば『粘土』だ。

 自分自身でその姿を変えられるが、その分、調整も難しい。

 陶芸を想像してみるとわかるが、轆轤(ろくろ)に乗った粘土を思いのように形を変えるのは困難であり、それと同じ事をフローラは右手で行っているのだ。


(いい感じじゃないか……)


 やがて、魔力の形が整ってきた。

 無駄な魔力は右手から身体へと戻り、必要分の魔力は植物の種くらいの小さい粒になる。

 その粒からニョロニョロと蔓が生えて、重力に沿って下へとしなだれ伸びた。


「フローラ。目を開けて」

「うん……。え!? なにこれ……凄いッ!!」

「おめでとう。これで初歩中の初歩は完成だよ」


 右手から生える──という想像がそもそも困難だった。

 なので先ずは種を想像し、そこから発芽する草を連想していった結果、今、自分の右手に蔓が顕現している。

 長さ自分と同じくらい…約160センチ程度だ。


「その蔓はフローラが〝そこにある〟と想像しているまで顕現してるよ。逆に、その想像を消せば消える。ただ、顕現させている間は、それだけの量の魔力を消費する事を忘れないでね?」

「うん! ありがとう!」

「強度も自分の想像力に比例するから、意識して続けるのは慣れるまで難しいけど、慣れたら絶対に切れない蔓が出せるようになるから」

「凄いなぁ……これが魔法かぁ……」


 「さて…」と、ディレザリサは切り出す。


「それじゃ、実戦開始だね」

「これで狩りをするの……?」

「〝想像しながら〟ね?」


 不規則な動きをする獣は、狙いを定めるのも至難の技だ。

 感覚は経験、修正、そして経験の繰り返しで覚えていく。

 つまり、魔法の訓練というよりも、武器の稽古に近い。

 フローラの魔法が『蔓の鞭』なので、余計にそうなる。

 ディレザリサはこの訓練で、戦闘に使う身体の動かし方も習得させようとしているのだ。


「おや? 丁度良き野うさぎがいる……フローラ、あの野うさぎを今晩の夕飯にしよう。よろしくね」

「簡単に言ってくれるよぉ……」


 フローラは先ず、ゆっくりと近付いて行った。そして、鞭が届く範囲になったら、思いっきり鞭を野うさぎ目掛けて振るう。しかし、野うさぎはそれを容易く躱し、遠くへ走って逃げてしまった。


「難しいなぁーっ!!」

「そんな動きじゃ、野うさぎは捕まらないよ。もっと〝想像力〟を働かせないと!」

「想像力って言われてもさぁ……」


 この日、夕飯に野うさぎが出て来る事はなかった。


 【続】

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