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私、元は邪竜でした  作者: 瀬野 或
四章 邪竜と賢者 〜東大陸 観光地レンデル 地獄の炎編〜
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〖第五十六話〗私達、勘違いされそうです


 ディレザリサとレウターの抱擁を見てしまったゼルは、何故あんな事になっているのかを考えながら甲板に向かっている。あの二人に限ってはそういう間柄ではないと思っていただけに、あの光景はゼルの頭の中から離れてくれない。確かにディレザリサは竜であるが、それは別世界の話であり、今は人間の少女と変わらない。それなら、レウターに恋愛感情を抱いていても不思議ではないのだが……レウターの何がディレザリサを惹き付けたのか、ゼルにはそれが分からない。然し、恋愛というのはそれこそ未知の領域であり、結ばれるはずの無い二人が結ばれる……というような物語を描いた本もある。つまり、ディレザリサとレウターの関係も、それの類いなのかもしれない……と、ゼルは半ば強引に結論を出した。


 甲板に出てみると、知った顔の少女が奥のベンチに座り、遠くを見詰めている。


(確かあれは……フローラとか言ったな)


 ゼルとフローラには、そこまで深い繋がりがある訳ではない。以前、ディレザリサに会うために夜に忍び込んだ時、隣にいたのが彼女である。

 ゼルは、フローラがディレザリサの従者か何かだと思っていたので特に気にと留めていなかったが、あの時の会話を聞いていたのは知っているので、フローラはゼルが何者なのかを知っている数少ない人間の一人と言っていい。


「──こんな所で何をしている?」


 ゼルはフローラに話掛けてみると、フローラは少し驚いた顔でゼルを見る。そして「海を眺めていたんです」と、再び視界に海を映す。それくらいは、幾らゼルでも見れば分かる。だが、あまり人間と会話をしないゼルは、特に面識も無い相手にどう接すれば良いのか分からず、距離を測り(あぐ)ねている。どうすれば……と考えたゼルは、あろう事か、先程見た光景をフローラに口走ってしまった。


「──おい。いつからあの二人は交際をしているんだ?」


 フローラは小首を傾げる。交際?二人?と、頭の上に疑問を浮かべながら、キョトンとした目でゼルに「誰の事でしょうか?」と質問すると、ゼルは先程見た光景を、そのままフローラに伝えた。


「───ッ!?」


 フローラはゼルの言葉を聞いて、どうしてディレザリサが動いたのか……その理由が分かった。いや、点と点が結び付いたと言った方が良いのかもしれない。

 あの時仕切りに『大丈夫』と言っていたのは、レウターと恋人関係にあり、恋人の言葉なら、幾らレウターでも聞くはずだという確信があったのだろう。

 なるほど!と、フローラは納得したが、いやいやそれは絶対にないでしょう……と、考えを改めた。

 そもそもディレザリサとレウターはそういう関係とは程遠いと思える。それは、いつも近くで二人の会話を聞いていれば分かるのだ。お互いにお互いを遠回しに馬鹿にしたりしていて、取り留めのない会話……を……。フローラは『ディレザリサとレウターが交際している』というゼルの言葉が、あながち間違いではないのではないか?と思うようになる。実は自分の知らない所で、二人は密な関係を築いていたのかもしれない。それを『有り得ない話』と一脚するには、証拠が揃い過ぎている。だが、まだ確信には程遠い。もしかしたらゼルの見間違いの可能性もある。

 

「み、見間違いではないでしょうか……?」

「──いや、それはない。寧ろディレザリサは自分からレウターに抱き締められに行ったように見えたが?」


 ───どうやら、確定してしまったようだ。


 二人が交わす、繕うことのない会話。

 それは、二人が信頼し合っている証拠だ。

 そして、ゼルの言った証言。

 きっと、今回の件でこんなやり取りがあったんだろう……と、フローラは想像を膨らませてみた。




 フローラと分かれたディレザリサは、胸に期待を込めてレウターの元へと向かう。だが、レウターはまだあの調子で話を聞いてくれない。やがて口論となり、レウターから部屋を追い出されてしまった。ディレザリサは必死になって訴えたのだろう。


「このまま貴方が誤解されているのは嫌なの!お願い!もう一度だけでもいい。この扉を開けて、私の話を聞いて!」と。


 それに感銘を受けたレウターは扉を開け、二人は和解して抱き締め合う───




「──これなら、辻褄も合いますよね?」

「凄い妄……想像力だな。小説家にでもなったらどうだ?」


 自身満々なのがまたタチが悪い……と、ゼルは呆れる。そもそも、ディレザリサの性格なら、扉を破壊するのではないだろうか?と考えたが、そこまで愚かではないな、と改める。然し、フローラの推理も『暴論だ』と否定するのは早いかもしれない。真実とは小説より奇なりという言葉もある。ゼルの想像を遥かに超えた、この『とんでも推理』は、後半を除けば容易く想像出来る。

 ───然し、それが何になる?

 例え二人が交際をしていたとして、今抱えている問題が解決する訳ではない。それに、バリアスが戻って来る事も無いだろう。

 今、一番解決しなくてはならないのは、五将の間に出来た溝ではなく、離脱したバリアスの事だ。このまま放置していい人物ではない。最悪の場合、バリアスが敵として立ちはだかるという危険性だってある。

 バリアスはレウターを恨んでいるだろう。それは、あの現状では致し方ないのかもしれない。だが、レウターの行った行動も理解出来ない事もない。あのまま魔剣(インフェルノ・バーン)を放置していたら、次の被害が出る可能性もある。ただ、タイミングが悪過ぎたのだ。わざわざバリアスの目の前で砕くなんて、愚策も良い所だろう。波風立てないようにするなら、一度こちらで拘束した後、国王の判断に委ねるというのが筋だ。そうすれば、例え『破棄』となったとしてもバリアスは納得出来るだろう。

 然し、事は既に起きてしまったのだ。時間を巻き戻す事は出来ないし、魔剣を修復する事も不可能。いや、例え修復出来たとしても、ファーリがまた復活するという確証は無い。


 やはり、間違えたのだ。

 レウター・ローディロイは失敗したのだ。

 ───その代償は、あまりにも大きい。


 やはり、もう一度レウターと話をする必要があると、ゼルはフローラに別れを告げて、レウターの元へと向かおうと踵を返した。然し、「お待ち下さい!」とフローラに呼び止められる。


「ゼル様! 私も、一緒に行きます!」

「──いや、お前が来て何になる。部屋で待て。いいな?」


 然し、フローラも譲る気は無いらしい。ゼルが何度否定しても食い下がってくるフローラに、ゼルは根負けし、同行を許す。「余計な発言はするな」という条件付きだが、それでもフローラは「はい!」と承諾し、二人は共にレウターの部屋へと向かって行った。



 * * *



 ディレザリサとフローラは、ゼルがどういう行動を取るか議論を重ねている。


「ゼルがフローラに伝えたら大変な事になる……その危険性は分かってるの!?」

「杞憂ですよ。あの男は口の硬い男です。それに、フローラさんと会話を弾ませる程の仲でもないでしょう」


 こんな会話をもう何度繰り返しただろうか? レウターは流石にうんざりして来たのか、返事も適当になってきている。

 そもそもこんな事をしている暇など無い。先日の事件の被害報告や、バリアスの離脱の件の報告書を書かなければならないのだ。一番厄介なのが『魔剣を無力化した』のが『ディレザリサ』という点だ。まさか五将が三人もいて、その内の二人が敗北した……などと書けるはずもない。故に、レウターは既成事実を作る為に魔剣をあの場で砕いたのだが、今度はそのせいでバリアスが離脱……頭を抱える問題が山積みである。

 そもそも、魔剣があんなに容易く破壊出来るとは夢にも思っていなかったのだ。そこが一番の計算違いであり、レウターが憤りを感じた原因だ。過去にバリアスが実の姉を犠牲にしてまで封印した代物だ。こちらもしっかり『準備』をして臨むのが定石であり、少しは自分を楽しませてくれるだろうと期待する。なので、言ってしまえばハイゼルとバリアスが敗れたのは想定の範囲内であり、そこから自分楽しめば良いと思っていた。だが、蓋を開けてみればどうだ?確かに二人が破れるのは想定の範囲内だったが、聞くところによると、魔剣に指一本触れる事なく破れ、ディレザリサが一人で勝利を収めたと言うではないか。実はその場面からレウターは様子を伺っていたのだが、何を血迷ったか、バリアスとまけんはディレザリサにひれ伏した。それがレウターは気に入らない。強者に敬意を表すのは悪い事ではないが、五将があんな場面で一般人に頭を下げる事はあってはならない。だが、そこまでだったらまだ良い。それは事が終わった後に注意すれば良いだけの話だ。然し、魔王の遺産である地獄の炎(インフェルノ・バーン)が敗北を認めるのだけは許されない。魔王の遺産なら魔王の遺産らしく、最後まで楽しませるべきなのだ。拍子抜けも良い所である。なので、レウターはそんな魔剣(なまくら)を即刻破壊した。勿論、それは『五将総括が魔剣に勝利を収めた』という既成事実を作る理由でもあるが、不甲斐ない魔剣にがっかりした……と言うのが、レウターの本音である。

 それもあってレウターは、どう報告すれば良いか頭を抱えていたのに、今度は『ディレザリサと自分の関係が恋人と疑われる』など、冷静になって考えれば有り得ない事であり、少しでも焦ってしまった自分が情けないと恥じた。


「もう良いでしょう。気が済んだのならお引き取り願いたいのですが?」


 レウター(この男)は何もわかっていない。フローラ・カジスという少女の事を。それをどう説明すれば良いのかと考え倦ねていたが、どうやら時間切れのようで、決戦を告げるノックの音が部屋に谺響(こだま)する。


「──レウター・ローディロイ。少し時間いいか。少々聞きたい事がある」


 その声の主は、先程自分達の抱擁を見られてしまった『元・白銀の騎士』であり『現・五将』の一人、『魔将・ゼル』だ。ディレザリサはその背後にいるであろう『邪竜の魔女(フローラ・カジス)』の気配を感じた。


 ───恐れていた事が、現実となってしまったらしい。


 レウターは澄ま顔で、まるで自分には関係ないとでも言うように「どうぞ」と二人を招いたが、ディレザリサは「ちょっと待って!!」とそれを拒む。


「何考えてるの!? 貴方、それでも〝 智将〟なの!?」

「大袈裟な……。単なる勘違いでしょう?なら、それを説明すれば良いだけの話じゃないですか」


 それで全て片付けられるなら、今抱えている問題も簡単に片付けて欲しい……と喉まで込み上げた言葉を、ディレザリサは飲み込む。


「じゃあ、ちゃんと説明してよね……? 絶対だよ……?」

「分かっていますよ。竜のお嬢様……ゼル、どうぞ」


 そして、ゆっくりと扉は開く───。


 【続】

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