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私、元は邪竜でした  作者: 瀬野 或
四章 邪竜と賢者 〜東大陸 観光地レンデル 地獄の炎編〜
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〖第五十五話〗私、変な事になってきました


 レイナード、レンデスの事件が終わり、中央大陸に戻る船の中では、とてもではないが事件を解決した喜びを分かち合えるような状況ではなかった。

 バリアス・アンダーマンの離脱、及び失踪。

 レウター・ローディロイに向けられた疑心。

 それらが大きな亀裂となって、この船の雰囲気をビリビリと悪くしている。

 いつもならレウターの傍にいるはずのハイゼルも、今は船内にある治療室で右腕の治療をしている。なので、レウターに話しかける者はいない。こういう場合、やはり同じ五将であるゼルが話し合いの場を設けて、これからどうするのかを決めなければならないはずだが、張本人であるゼルは、自室から出て来ようとしない。元々ゼルは魔族という事もあり歓迎されていないので、話し合いを焚き付ける者もいないのだ。今まではレウターが五将を纏めていただけに、纏め役がいなくなると、こうも容易く分裂してしまうのか……と、フローラはハイゼルが眠る病室で思っていた。

 だが、フローラの不安は他にもある。あの件以来、ディレザリサが少女化したままなのだ。いつもなら数時間もすれば元通りになるのだが、今回に限っては一日経過しても元に戻らないのである。現在ディレザリサも用意された部屋で眠っているのだが、もし起きた時に戻っていなかったらと思うと、不安に押し潰されそうだった。

 フローラはハイゼルの額に置いてある布を取り、桶に入れてある水で軽く濯ぎ、再びハイゼルの額に乗せた。あの時ハイゼルに施した魔法は『痛みを和らげる』だけの応急処置のようなもので、完全回復させるとなるとナターニャが使う回復魔法か、治療薬を用いた一般的な治療しかない。なので、右腕の傷が熱を生み、ハイゼルを苦しめているのだ。幾ら英雄と言えど怪我で寝込むのを見ると、ハイゼルも普通の人間と変わらないんだなと、フローラは少しだけ安堵する。

 暫く眠っているハイゼルを見ていたが、そろそろディレザリサも起きる頃だろうと、フローラは治療室から出ると、ゆっくり扉を閉めた。

 船内の廊下は薄暗く、波の影響で微かに揺れている。時折外から海鳥の鳴き声が聞こえてくる。ディレザリサが起きたら、また甲板にでも気分転換しに行こうかしら……などと考えた。

 ディレザリサの部屋はフローラの部屋の隣だ。別に同室で構わなかったのだが、南大陸に行く前にレウターが『たまには一人の時間も必要では?』と、気を回してくれたのだ。そういう気配りが出来る人なのに、どうしてあんな事をしたのだろう……と考えたが、自分が悩んだ所でレウターの気持ちなど分かるはずもないので、頭をブンブンと振り、両頬を叩いて気合いを入れ直し、ディレザリサの部屋の扉を叩いた。


「ディレ?起きてる?」


 扉の奥から「はーい」と間延びした返事が返ってくると、ゆっくり扉が開いた。

 どうやらまだ、少女化は続いているらしい。いつも見せる表情と違い、満遍の笑みを浮かべてフローラを出迎えた。


「もう寝なくて大丈夫?」

「大丈夫!すっかり元気になったよ!」


 ディレザリサは右腕の裾を捲りあげて力瘤を作って見せるが、ヒョロヒョロの華奢な腕が少しだけ盛り上がる程度だった。こんなに華奢なのに、フローラを抱えて屋根まで飛べるのは一体どうしてかと思うが、きっと魔法で身体能力を上げていたのだろう。

 ディレザリサはフローラにハイゼルの様態を問う。フローラがハイゼルの看病をしているのは知っていたので、ディレザリサも現状を把握したいようだった。

 これがもし、いつものディレザリサなら、ハイゼルの様態なんて気にも留めないのだろう。だが、今のディレザリサは少女化しているので、考え方も人間に近い。故に、ディレザリサがハイゼルを気遣うのは当然なのだが、フローラは少しだけ嫌な気持ちになった。そんな嫌な気持ちを悟られまいと、笑顔の内側に嫌な気持ちを隠して、フローラはディレザリサに気分転換を目的に甲板へ誘った。ディレザリサはその提案に二言返事で承諾すると、善は急げと言わんばかりにフローラの片手を握り、甲板に続く廊下をトタトタと歩き始めた。

 実を言うと、フローラはいつものディレザリサより、少女化しているディレザリサの方が好きだった。可愛らしい笑顔や、人間らしい仕草を見ていると、なんだか自分に妹が出来たようで楽しい。だが、それと同時に罪悪感のような感情も覚える。それは、いつものディレザリサを否定しているような気分になるからだ。

 ディレザリサの『少女化』というのは『二重人格』とはまた違う。フローラの考えが正しいのであれば……の話だが、ディレザリサは『創造魔法』を使うと、魔法と同時に『竜としての性格のようなもの』も同時に放出してしまうのではないかと考えている。ディレザリサの意識の中には『人間』と『竜』の心がせめぎ合っていて、魔法で放出するとその近郊が崩れて『人間らしいディレザリサ』が出てくるのではないか……と思うのだが、じゃあ、放出したはずの『竜の性格』はどうやって戻って来るのか分からないので、どうも推測の域を出ないでいる。こういう時、誰かに相談出来ればいいのだが、パッと思いつくのがレウターなだけに、今はまともに話しを聞いて貰えないだろう。そんなフローラの気持ちなど露知らずといったような表情を浮かべているディレザリサは、すれ違う兵士達に満遍の笑みを浮かべながら挨拶を交わしている。

 甲板に到着した二人は、甲板の奥にあるベンチに腰掛けた。


「フローラ見て!南大陸がもうあんなに遠いよ!」

「そうだね」


 フローラの気のない返事を聞いたディレザリサは、小首を傾げながらフローラの顔を覗き込んだ。ディレザリサもフローラの表情が硬い事が気になっているのだろう。「フローラ、大丈夫?」と声をかけている。


「色々あり過ぎたから疲れてるだけだよ」


 ディレザリサの事、五将の事、そしてハイゼルの事……今回の遠征はフローラにとって辛い出来事が多過ぎた。体力的にも精神的にも、フローラは疲弊しきっている。それに気付いたのか気付いてないのか分からないが、ディレザリサはフローラの身体を抱き締めると、「フローラは頑張ったよ」と頭を撫でた。


「ディレ……ありがと……」

「後は私が何とかするから、フローラはゆっくり休んで?」

「どうするの……?」

「レウターに話を聞いてみる」


 やっぱり、ディレザリサは少女化しても頼りになると、フローラもディレザリサを強く抱き締めた。

 暫く二人で抱き締め合いながら、フローラが落ち着いたのを確認すると、ディレザリサはゆっくり離れた。そして「じゃあ、行ってくるね」と、船内へ戻って行く。


「あ、あまり無茶はしないでね!」

「大丈夫。そんな事しないから!」


 揺れる淡い青色の髪の毛をユサユサ揺らしながら、ディレザリサは船内へと入って行った。



 * * *



 大丈夫……とは言ったものの、何をどうすればいいのか分からず、特に考えも無いままレウターの部屋へと辿り着いたディレザリサは、扉の前で唸っていた。


(うーん……どうすればいいかなぁ……)


 扉の前で悩んでいても埒が無いので、意を決して扉を叩いた。すると奥から「どうぞ」と返事が返ってくる。ディレザリサは「失礼します」と、少し緊張しながら扉を開けた。

 部屋の奥ではレウターが椅子に腰掛け、今回の報告書を書いていた。レウターは訪問者が来てもその筆を止める事なく書き進めている。そも様子を部屋の真ん中で突っ立って見ていたディレザリサにレウターは「座ったらどうですか」と、無感情に言い放った。だがディレザリサは座る事なくレウターの前に立った。


「そこに立たれると気が散るのですが……要件は大体察していますが、貴女には関係の無い事ですから気になさらず」


 やはりレウターは話を聞こうとはしないらしい。だが、ディレザリサもここで引く訳にはいかないので、両手を握り締めながらその言葉に耐えて、勇気を振り絞って要件を伝える事にした。


「か、関係なくなくない!!」


 緊張し過ぎて『なく』が一つ多くなってしまったが、ディレザリサは言葉を続ける。


「貴方はこのままでいいの!? このままではバラバラになっちゃうよ!!」


 レウターは一つ溜め息を吐くと、不機嫌そうにディレザリサを見た。その瞳はとても冷たく、睨み付けるようだ。その表情にディレザリサは少し臆したが、それでも、今、自分がこの男と向き合わなければならないという使命感が、何とかディレザリサの気持ちを支えた。


「今、貴女とお話しする時間は無いのです。お引き取り願えますか?」

「ね、願えまません!!」


 「子供ですか……」とレウターは呆れるが、その言葉があまりにも適していたので少し驚きながら、レウターはもう一度ディレザリサを見る。


(なるほど。確かにいつもと違う……例の少女化というやつですね……)

 

 レウターも実はディレザリサの『少女化』に気付いている一人だった。レウターはフローラと違い、以前はそれを利用してナターニャを取り込んだのだが、今回は自分の予期せぬ風に、この少女化が自分に向けられている。それはとても迷惑な事だった。


 ───レウターは、子供が嫌いなのだ。


「も、もう少し皆で話し合いをして……理解を深めないと、これから先、困るのはレウターだよ!!」


(もう既に困っているんですけどねぇ……貴女にですが……)


 いつものディレザリサなら、売り言葉に買い言葉でその場をはぐらかす事も出来る。いや、もしかすると自分に賛同さえする可能性もあるくらいだ。然し、こうも精神年齢が低くなると、自分が正しいと思う事しか許容する事が出来なくなり、あのレウターでさえも手を焼いてしまうのだ。


「はぁ……ではお尋ねしますが、貴女は何を話し合うべきだとお考えですか?バリアスの事?それともこの現状の事ですか?」

「全部!!」

「なるほど。良く分かりました……」


 これはもう話にならない……と、レウターは立ち上がり、ディレザリサに近付き、両肩を持って半回転させると、そのまま外へと放り込んだ。


「ちょ、ちょっとーッ!!」


 ディレザリサは閉められた扉をドンドンとノックするが、中にいるレウターからの反応は無い。どうやら完全に締め出されてしまったらしい。


「こうなったら、意地でも扉を開けてやるぅ……」


 ディレザリサは扉から少し距離を置くと、扉に体当たりを試みた。だが、華奢なこの身体では扉を開ける所か、扉に弾かれてバランスを崩し、そのまま尻餅をついてしまった。然し意地になっているディレザリサは、「負けないもん!」と、もう一度立ち上がると、再び距離を取り、扉に体当たりをしようとした……のだが、扉に当たるタイミングでレウターが扉を開き、レウターに体当たりをする形になってしまった。


「うわぁっ!?」

「……ッ!! 何をしているのですか、貴女は……扉を破壊する気ですか……?」


 ディレザリサの体当たりなどレウターに効くはずもなく、レウターはディレザリサを抱き締める形で受け止めた。そこに運悪く通り掛かったのは、たまたま部屋から出て来たゼルだった。ゼルは開け放たれたレウターの扉の少し内側で抱き合っているディレザリサとレウターを見て、暫し無言で二人を見ながら「───何してるんだ、お前は」と一言呟くと、そのまま立ち去って行った。


「……取り敢えず、離れてくれませんか。ディレさん」

「は、はい……」


 どうやら今の一件で、二人共冷静さを取り戻したらしく、レウターは扉を閉めると、中央にあるテーブルの横に置いてあるソファーにディレザリサを腰掛けさせると、自身は反対側にあるソファーに腰掛けた。

 ディレザリサは自分の不本意な場面をゼルに見られて、暫く放心状態になっていたが、ソファーに腰掛けて、レウターが淹れたスリータを一口啜ると、先程の状況は絶対に勘違いされていると思い、またもやパニックになった。


「ど……どうしよう!? 絶対に勘違いされたよ!?」


 レウターは……と言うと、冷静さを装ってはいるものの、内心では少し焦っていた。確かにディレザリサが言うように、あれだけを見られたら痴話喧嘩と思われても仕方がない。


 そして、二人は再び共闘する事になる。

 『勘違い』を正す為に……。


 【続】

《投稿時間変更のお知らせ》

次回より投稿時間が変更されます。

今まで12時と23時に投稿していましたが、次回より『22時』の一回投稿となりました。ストックが溜まり次第、また二回投稿ペースに戻す予定ですが、ストックが溜まるまでは『22時の一回投稿』になりますので、ご了承ください。


by 瀬野 或

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