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私、元は邪竜でした  作者: 瀬野 或
四章 邪竜と賢者 〜東大陸 観光地レンデル 地獄の炎編〜
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〖第五十四話〗五将、亀裂が入りました


 静かに燃える蒼い炎は、ディレザリサの左手の掌の上で不動の球体のように燃えている。その大きさは人間の頭よりも少し大きい程度だが、最初に放った『咳払い程度』とディレザリサが言ったものより、更に強力で凶悪なのだろう。


「〝嚔程度(くしゃみていど)〟の威力しかないけど、充分だよね?」


 『咳払い程度』があの威力なのだ。『嚔程度』と呼ばれるあの蒼い炎は、もしかしたらこの町すら吹き飛ばすくらいの威力があるのではないか?と、ファーリは戦慄する。


「───それじゃあ、さよなら」


 ディレザリサは『ボールで遊ぶ』かのように、炎の球をファーリに向けて投げつけようとした……だが。


「待たれよッッッ!!」


 いつの間にか目を覚ましたバリアスが、冷や汗をかきながらディレザリサとファーリの間に割って入った。


「ちょ、ちょっとッ!!」


 もう既に投球フォームに入っていたディレザリサは、『嚔程度』の炎の球を止める事が出来ず、炎の球を明後日の方角へと投げ飛ばした。遥か上空へと投げ放たれた炎の球は、遥か南の空へと飛んで行き、轟音と共に大爆発した。


「な、何よあれ……桁違いにも程があるでしょ……次元が違うじゃない……」


 そう思ったのはファーリだけではない。その場にいた者全員が、その威力に呆れて笑うしかない……という具合に引き攣り笑いをしていた。


「フローラさん……ディレさんは、本当に竜なのですね……」

「でもハイゼル様、あれで本来の力の半分くらいらしいですよ……」

「私は〝竜の王の力〟を、甘く見過ぎていたようです……」

「そう……ですね……」


 この二人はまだディレザリサの真実を知っているから、この程度の驚きで済んだ。だが、これを身近で感じたバリアスとファーリは、『謎の美少女の圧倒的な魔力』に足を震わせ、その場に立っているだけでも精一杯だった。


「そ……、それ程の魔力の持ち主……これまでの御無礼をお許し下され……」


 バリアスは片膝を地面に着き、頭を下げた。


貴女様(あなたさま)のお力は、精霊王にも匹敵する程のお力です……が、この場でそのお力を振るわれますと、この町……いや、この大陸が無くなる恐れがあります……どうか、お鎮め下され……」


 どうやら後ろにいるファーリも、自分では到底敵わない相手と自覚したようで、バリアスに習い頭を垂れた。


「え、えっと……フローラ、どうしよう!?」


 突然バリアスとファーリが自分に頭を下げたので困惑してしまったディレザリサは、第三者であるフローラに助けを求めた。


「わ、私に聞かれても……取り敢えず、話を聞いてみたらどう……かな?」

「ディレさん、私からもお願いします。バリアス様が頭を下げるという事の意味、どうかお考え頂きたい……」

「は、はい……」


 再び二人に向き合い、『頭を上げて下さい』とディレザリサは二人に伝えた。


「感謝致します……。愚姉(ぐし)ではありますが、あれでも私の姉の姿をした者……話をさせて頂けないだろうか……」

「分かりました……どうぞ」

「感謝致します」


 そしてバリアスは、後ろで震えながら未だに頭を上げる事が出来ない姉の姿をした魔剣の前に立つと、手に持つ杖を向けながら「面を上げよ」と厳しい声音で呼び掛けた。ファーリはそれを聞くと、観念したように顔を上げる。その表情には悔しさと畏怖が混ざり合い、苦虫を噛み潰したように歯を食いしばっていた。


「貴様は、本当に姉上なのか?」

「だから、最初からそう言っているでしょう……」

「聡明であられた姉上が、こんな事をするはずがない……。あの時も、封印の生贄として自ら命を差し出したではないですか……。それなのに、今となって何故このような事を」

(封印)の苦痛がどれほどのものだったか、バリアス……貴方には分からないでしょうね。封印そのものとなった私は、常にこの……地獄の炎(インフェルノ・バーン)から苦痛を味合わされていたのよ。それが何年続いたと思う?……五十年よ。貴方が五将としてふんぞり返っている間も、私はずっと地獄の炎(こいつ)に焼かれ続けていたの……。この年月は、私を変えるに充分な時間だったわ」

「だからと言って大勢の命を奪う事は許されない。……じゃが、腑に落ちない事がある」

「……」


 バリアスは杖で地面を叩くと、地面に魔法陣が浮かぶ。


「……結界? 今更こんな事をして何になるのかしら」

「国の大事になり兼ねる質問じゃからな……誰が魔剣地獄の炎(姉上)の封印を解いたのじゃ」


 ファーリが顕現するには、レイナードの村人達の命が必要だった。つまり『誰かが封印を解かなければ』ファーリは封印の外へ出る事が出来ないのである。つまり、封印を解いた『第三勢力(誰か)』がいるはずなのだ。


「目星は付いているのでしょう? その目星が正解よ」

「いや、儂が言ってるのはそう言う意味ではない……〝誰が〟封印を解いたのか、じゃ」

「そう……焦っているのね。でも、その質問には答えないわ。その答えはアナタ達〝五将〟が見つけるべきよ」

「姉上!! 今この国が……世界が大きく傾こうとしておるのですぞ!? 姉上が今、その手掛かりとなっておるのじゃ!!」

「それに答えるくらいなら、私は死を選ぶわ」


「───そうですか。なら死んで下さい」


 その場にいた誰もがこの結末を予想出来ただろうか。

 まるで飽きた玩具を叩き付けるかの如く、魔剣は粉々に砕け散った。

 冷たい眼差しで、冷淡に、何の躊躇もなく、レウター・ローディロイは闇夜に紛れて姿を現し、その剣で魔剣を砕いた後、蛆虫を見るような目でファーリの首を跳ね飛ばしたのだ。


「「「 「───ッ!?」」」」


 誰もがその光景に絶句するしかなかった。


「き、貴様……なんて事を……ッ!!」


 だがレウターはバリアスの声に反応せず、力を失い消滅して去くファーリを、ただ冷徹な表情で見下ろしているだけだった。




「───おい、何があった」


 これまで避難誘導を行なっていたゼルは、騒ぎが収まった町の中を確認する為に、騒ぎの中心になっていた町の中央へとやって来たのだが、バリアスとレウターが一束触発の雰囲気となっているのが何故か分からず、ハイゼルに訊ねた。


「端的に説明しますと、魔剣の正体がお亡くなりになったはずの、バリアス様の姉上、ファーリ様で、レウター様がバリアス様の目の前で魔剣を砕いたのです……」

「───成る程。実にレウター()ローディロイ()らしいな」

「らしい……んですか……?」


 フローラの知っているレウター・ローディロイという男は確かに下衆い考えの持ち主ではあるが、それでも冷静に物事を判断出来る男であり、こんなに感情を表に出すような人ではないと思っていた。


「白ぎ……ゼルは確かあの時〝レウターを殺して欲しい〟と言ってたけど、つまり……こうなる事を示唆してたの?」


 ディレザリサは以前、ゼルにレウター殺害を頼まれた。だが、明確な理由も無く、レウターの力もあの頃は分からなかったので保留としていた。だが放置していて特に問題もなかったので、この件は流れた……とディレザリサは思っていた。然し、今、この現状を見るとゼルの危惧していた事はこれだったのでは……と、小声でゼルに訊ねてみたのだ。


「ん……?お前、本当に邪竜(ディレザリサ)なのか……?いや、今はいいか」


 ゼルは一呼吸置き、レウターとバリアスを見ながら答えた。


「奴は……口では国王に忠誠を立てているが、腹の中ではどうとも思ってないだろう。|レウター・ローディロイ《あれ》は、純粋な〝好奇心〟のみでしか動かない男だ。いつか我々に牙を向ける……だからあの時貴様に頼んだ。……まあ、無駄だったようだがな。奴が興味を失えば、あの落ちている魔剣のようになるのは目に見えているだろう」

「私達はレウター様と友人のように接していましたから……まさかこんな事になるなんて……」


 フローラは自分が今まで、如何に警戒をせずに過ごしていたかを恥じた。


「───それも奴の狙いかもな。友好関係を築けば情が湧く。そうすると、自分が殺される危険性も薄くなるというわけだ」

「流石は〝智将〟って事ね……」 



 レウターは心底がっかりしていた。

 かつて『封印』しなければならない程の魔剣が、こうも容易く幕を引いた事に。少しは自分を楽しませてくれるだろうと期待していたが、ハイゼルを行動不能にしただけ。そして、竜に少し遊ばれただけでひれ伏してしまったのだ。


(全く、退屈過ぎて反吐が出る……こんな無様な終わりが許されるとでも?)


「レウター……貴様、今、自分が何をしたのか分かっておるのか……?」

「何を……?情報を吐かないのなら、魔剣を放置する理由は無いでしょう。それとも、君は魔剣(これ)を実の姉だと本気で思っていたのですか? それこそ愚かと言える」

「そ、それは……」

「この魔剣は〝魔王の遺産〟であり、そして力が衰えていた。破壊するなら今だと分からないのですか?」

「くっ……」

「それにハイゼル君。君もですよ?たかがこんなガラクタに、無力化されているようでは、この先五将としてやっていけません」

「す、すみません……」

「五将が二人もいて、魔剣を止めたのが少女なんて世間に知れれば、五将の信頼が揺らぎます。二人共、恥を知りなさい」


 言っている事は至極当然であり、ぐうの音も出ない程に正論だ。だが、バリアスはそれに納得出来ないでいる。頭では理解していても、感情はそれを許さないのだ。


「貴様の言う通りじゃ、レウター。確かに我々は腑甲斐無い結果に終わった。だがな……貴様のその、他人を軽んじる姿勢だけは認める事は出来ん。儂は今日で五将を辞めさせて貰おう」

「───バリアス、貴様本気か!?」


 流石にこれまで二人の会話に混ざらず、傍観を続けていたゼルは、これに異議を唱えないわけにはいかなかった。


「……後は頼んだぞ、ゼル。そしてハイゼルよ」


 そう言い残し、バリアスは町の中へと消えて行った。


「レウター様……このままでよろしいのですか!?」

「やる気の無い者に構っている暇はありません。さあ、二人は兵士を集め、町人を町へ。魔剣は砕いたので、もう安全ですから。私は少し一人にさせて頂きますので、後はゼル。君に頼みます」

「───分かった」


 残されたディレザリサとフローラ、そしてハイゼルとゼルは、何か心にしこりの様な物を残しながらも、町人達の誘導を行い、死傷者も無く、結果は成功を収めた。


 だがその後、バリアスが戻る事はなかった───。


 この亀裂がやがてどうなってしまうのか、四人は不安を抱えたまま、中央大陸へと戻ったのだった……。


 【続】

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