〖第五十三話〗私達、魔剣と激突しました
「今のを耐えるか……流石はハイゼル・グラーフィンと言った所ね……。だけど〝聖石〟を発動する前に受ける攻撃は、幾ら英雄である君でも痛でしょう?」
「くっ……」
あと一秒でも反応に遅れていたら、きっと身体は粉微塵になっていただろう。だが、咄嗟に聖石を発動して、致命傷は免れた。然し、聖石を発動する前に受ける攻撃は、直接生身にダメージとなって蓄積される。つまり今、ハイゼルの右腕は相手の爆撃を防ぐ盾として犠牲となり、感覚すら感じなくなっていた。
「お前は、誰だ……ッ」
その者は舐めるような目でハイゼルを見ながら、左手に持つ魔剣『地獄の炎』の刃をハイゼルに向ける。そして、先程の声とは違う、野太く、邪悪な思念が混ざる声で答えた。
「初めまして、ハイゼル・グラーフィン。私はファーリ・アンダーマン。弟がどうもお世話になっているみたいねぇ……」
ファーリと名乗る女は、被っていたフードを取る。その顔は何処となくバリアスに似て、特に切れ長の目と筋の通った鼻はそっくりだった。髪色は黒が強い灰色で、長い髪を横に一纏めにている。
「アンダーマン……弟……?ま、まさか……」
「バリアス・アンダーマンは私の弟よ?聞いてなかった?」
「そ、そんなはずはない……!! ファーリ様は、魔剣との戦いで……死んだと……」
ファーリはクスクスと嘲笑う。
「そうね……私は確かに死んだわ?〝地獄の炎〟の封印の生贄にされてね?」
ファーリは手に持つ魔剣をチラチラと見せつけた。
「生贄……だと……!?」
「魔剣の封印に必要なのは〝人間の命〟よ?それも〝膨大な魔力を持った人間の命〟ね……。まさか、それも知らなかったの?」
「───耳を貸すでない!!」
「バ、バリアス様ッ!?」
「〝穿つ氷柱〟!!」
大急ぎで走って来たバリアスは、杖をファーリに向け無数の氷柱を放った。然し、ファーリはそれを左手に持っている魔剣で全て粉砕してみせる。
「暫く見ないうちに、随分と老けたわね。バリアス」
「姉上は死んだ……貴様は地獄の炎じゃ!!」
「相変わらず硬い男ね……それとも老けて頑固になったのかしら?」
ファーリは小首を傾げならが、『やれやれ』と言った素振りでバリアスを見る。
「バリアス様……これは一体……」
バリアスが魔剣地獄の炎を封印したのは、ハイゼルがまだ幼少の頃であり、魔剣を封印する際にバリアスの姉であるファーリは、その戦闘中に命を落とした……と、伝え聞いていた。だが、ファーリは『封印の生贄にされた』と言っている。目の前にいる本人が真実を述べているのか、それともバリアスが嘘を吐いていたのか、ハイゼルは悩んでいた。その姿を見たバリアスは「馬鹿者!」とハイゼルを一喝した。
「確かに声も姿もかつての姉上にそっくりじゃが……あれは魔剣じゃ。惑わされるでない!!」
バリアスは再び詠唱を開始したが、それを見計らうようにファーリは再び横一閃に剣を薙ぎ払う。すると今度は、バリアスとハイゼルの間で爆発が起きた。
「───ぐぉはッ!?」
ハイゼルはそれを何とか躱せたが、バリアスには直撃したらしく、数メートル後ろにある壁に激しく身体を打ち付けた。
「バリアス様ッ!!」
ハイゼルがバリアスの元へ駆け付けると、バリアスは気を失ってしまったようで、呼び掛けても反応が無い。
「あら……?あの程度の爆発も避けられないなんて、歳は取りたくないものね」
「き、貴様……よくもッ!!」
「片手だけで私に勝つつもり? それとも精霊王の聖石の力でも解放する?……そんな不完全な身体で? 貴方の利き腕は右手。その右手を初手で無力化してしまえば、例え精霊王の聖石の力を解放したとしてもその力は半減するし、それで私を打ち倒せなかったら無能になるのは貴方よ?」
「そこまで……読まれていたか……」
だが、此処で諦める訳にはいかない……と、ハイゼルは左手で今一度剣を構えた。
「貴方じゃ私に勝てないわ、ハイゼル・グラーフィン。理解しているのでしょう?精霊王の聖石の力が使えない貴方は、ただの雑魚よ?」
「……ッ!!」
それはハイゼル自身も自覚していた。精霊王の聖石の恩恵無しで魔剣と張り合うには、レウタークラスの剣の腕が無ければ無理だという事を。だが、ここで諦めてしまえば、レンデスは炎の海に飲み込まれ、レイナード同様に灰と化すだろう。
「折角五将になれたのに、残念ね……」
ファーリは地面を蹴り、一気に距離を詰めると、上段から袈裟斬りを放った。
(反応出来ない……此処までか……!?)
目を閉じて死を覚悟していたハイゼルだったが、一向に身体を斬り裂かれる気配が無い。恐る恐る目を開けてみると、自分の右肩とファーリの剣の間に、真新しい輝きを放つ剣の刃が差し出され、その刃がファーリの持つ魔剣の刃を受け止めていた。
「チッ……」
ファーリは一瞬戸惑ったが、直ぐに後ろへと飛び距離を取った。
「遅くなってごめんなさい。ハイゼル。怪我は大丈夫?」
「そ、その声は……ディレさん!?」
間一髪……と言った所だろう。ディレザリサのおかげで、ハイゼルの身体は真っ二つにならずに済んだ。
「フローラ!ハイゼルをお願い!」
「う、うん!」
後ろから駆け足で来たフローラは、ハイゼルの右手に触れると、草の蔦がハイゼルの右手全体を優しく包み込んだ。
「フローラさん……これは……!?」
「魔法の一種です。完治までとはいきませんが、痛みを和らげる効能があります。魔法についての詳しい話は後程ゆっくりとしますから……今は私に任せて下さい!」
「わ、わかりました……ありがとうございます」
この見た目だと、ハイゼルの右肩から草の蔦が生えて奇妙な姿に見えるが、この蔦のおかげで痛みが徐々に治まっていく。
「あらあら……随分と可愛い子ね?でも、とても凶悪な力を持ってる……貴女、何者?」
「答える義理は無いわ……地獄の炎さん」
「そう……じゃ、私の力で痛め付けて、嫌でも吐かせてあげる!」
ファーリは横一閃に薙ぎ払い、ディレザリサに爆炎を浴びせた。
「ディレ!!」
「ディレさんッ!!」
「フフフ……直撃じゃない……見掛け倒しもいい所ね……え?」
確実にディレザリサを粉微塵に吹き飛ばすだけの爆発を浴びせた……だが、その爆炎はやがて、ディレザリサの左手に収束されていく。
「地獄の炎……? 名前負けもいい所よ?」
「嘘……嘘でしょ……?」
「相性って知ってる?実は、私も使えるの……地獄の炎じゃないけど……。 取り敢えず、これはお返しです……〝咳払い程度〟だけどね?」
ニコッと微笑みを浮かべたディレザリサは、左手に収束させた炎の塊を、ファーリ目掛けて投げた。
「え───」
ファーリは刹那で炎の塊を躱したが、その炎の塊はファーリの後ろにある建造物を全て貫き、遠くの海で大爆発を起こした。轟音が地響きとなってレンデスを揺らしている。
「……は? な、何……今の……?」
「魔剣さんが使った力を媒介にして、私の魔力をちょこっと付加してみたんです……まあ、咳払い程度の威力ですけどね?」
「咳払い……? 有り得ない……地獄の炎を超える威力なんて……有り得ないわ……!!」
ファーリの表情が恐怖で歪む。額からは大量の汗が吹き出し、足はガクガクと震えている。
「貴女は魔剣を支配した人間……。なら、魔剣本来の力を使えるはずなんだけど……どうしてそんな微弱な力しか使えないの?」
「微弱!? な、何を言って───」
ファーリは全力でディレザリサを粉微塵に吹き飛ばそうとした。だが、その力を逆に利用されたとするなら、今後一切の爆炎攻撃はディレザリサに通用しない事になる。
ファーリは予感してしまった。
目の前にいる少女には勝てない、と───。
「封印の生贄にされた恨みが魔剣を支配して、魔剣になった人間……恨みや憎しみだけの感情を原動力にしてようやく魔剣を支配し、今では自分の身体を召喚出来るまでになった……レイナードの人間達の命を媒介にして。 それまでは魔剣の中でひたすら待ってたんでしょう?〝複数の人間の命〟を手に入れる為に。 その技術は魔剣を封印する際に使用された〝生贄封印〟の応用ね? 地獄の炎を封印したのはバリアス・アンダーマン。つまり、貴女はバリアス・アンダーマンに近しい人物だった人間……違う?」
「な、何でそこまで知っているの……!?」
「最初に言ったよね?〝教える義理は無い〟って」
ディレザリサは右手に持つ剣を横に構えた。
「何を……するつもり……?」
「確か……こうだったよね?」
ディレザリサは剣を薙ぎ払い、ファーリの目の前で爆発を引き起こした。
「───あぁぁぁッ!!」
爆発が直撃して、ファーリは数メートル上空に吹き飛ばされ、その後、受け身を取る事も出来ずに地面に叩き付けられた。
「な、何故貴女が……私の力を使えるの……!?」
「単純に魔剣さんの動きを真似て、真正面に爆発を引き起こしただけだよ? ただ、距離感を掴むのが難しいから真正面になっちゃったけど、本当は〝本体〟を狙ったんだよねぇ……外しちゃったなぁ……」
「……ッ!!」
まるで火遊びでもする子供のような無邪気な笑みを浮かべている少女に、ファーリは恐怖を覚えた。圧倒的な力の差もそうだが、あの少女は知っているのだ。地獄の炎の弱点を。
何故、あんな少女がそこまでの知識を得ているのかは分からないが、きっと、弟が何かを仕込んだ……という答えに辿り着いた。
本当は、バリアスなど無関係なのだが……。
「あ……貴女、バリアスの弟子か何かなの……?それとも、地獄の炎を封印する為に動向した生贄……?そうか……そうよね? 高い魔力の持ち主じゃないと、私は封印出来ないもの……」
「何の話? 私はバリアス様の弟子じゃないし、そもそも魔剣を封印しようと思ってないよ?私は久しぶりに力を使えて楽しいの。だから、最後まで楽しませてね?」
「ば、化け物……ッ!!」
錯乱したファーリは、ディレザリサに何度も爆炎を撃ち込むが、それら全てをディレザリサは片手に収束させて無効化する。
「高い攻撃力があるのに、その攻撃が単調過ぎ。これが魔剣の力?」
「五月蝿い……五月蝿い五月蝿いッ!!」
ディレザリサは片手に収束させた魔力に、再び自分の魔力を注ぎ込む。すると、今まで赤く燃えたぎっていた炎の球体が、青い炎へと変化していった。
「───そろそろ、終わりにするね?」
死刑宣告とも受け取れるその一言がファーリに告げられた。
【続】




