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私、元は邪竜でした  作者: 瀬野 或
四章 邪竜と賢者 〜東大陸 観光地レンデル 地獄の炎編〜
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〖第四十七話〗ペテン師、静かに行動を開始しました


 レウターは自室で書類の山脈にひたすらサインを書いていた。こんな作業をしているのも、以前発生した暴虐の牙事件のせいだ。損害がかなり発生したので、それの後処理の証書が片付けても片付けても一向に片付かない。これも『五将総括』の責務なので文句言えないのだが、流石にレウターの表情に疲労が見える。


「流石に飽きましたね…何か〝面白い事〟が起きないでしょうか…」


 然し、レウターの言う『面白い事』が起きたら書類の山がまた一つ増えるのだが、それ以上にこの現状がレウターの集中力をどんどん奪っていく。


「一息…竜と戯れましょうかねぇ…」


 ここで言う竜とは『ディレザリサ』の事である。

 そうして椅子から立ち上がると、窓をコツコツと叩く音が聞こえた。


「ん?」


 レウターは窓を見ると、一匹の黒鳥が窓ガラスを叩いていた。その足には手紙が巻きついている。


「この鳥はゼルですね」


 窓を開けて足に括り付けてある手紙を取ると、黒鳥は大空へと飛び立って行った。


「〝魔鳥〟とは本当に早いですね…どれどれ」


 手紙を一通り読み終えると、レウターの表情は一変する。あんなに疲れを浮かべていた顔は、今では水を得た魚のように血の気が戻り、口元は薄っすらと笑みを浮かべている。


「これは面白そうな事になりそうですね…」


 壁に掛けてある剣を腰に下げ、五将しか着用を許されない黒のマントを羽織り、両手で自室の扉を開けると、扉の前で待機していた兵士がレウターに声を掛けた。


「レウター様、お出掛けですか?」

「ええ…〝あの老人〟に会いに行ってきます」

「バリアス様の元へ…ですか。珍しいですね」

「あまり気は進まないですけどね…事が事なので。もし私を訪ねて来るものがいたらバリアスの元だと伝えて下さい」

「かしこまりました」


 そして、レウターは静かに階段を降りて行った。



 * * *



 五将の一人、賢者、賢将バリアス・アンダーマンは城の離れにある『魔導宮(まどうきゅう)』と呼ばれる塔の最上階にいる。そこまでたどり着くには、壁伝いに円を描くように設置されている階段を上る他にない。故にバリアスに会うのは一苦労なのだが、レウターは壁から壁にジグザクに飛び、一気にバリアスのいる『天空の間』まで辿り着いた。


「やあバリアス。元気そうで何よりですよ」

「…去れ。此処は貴様のような〝邪悪な者〟が来て良い場所ではない」

「私もそうしたいのですがね…君の力が必要になろそうなんですよ」

「儂には関係の無い事じゃ」

「魔剣〝地獄(インフェルノ)(バーン)〟が見つかった…と言ってもですか?」


 今までレウターに背を向けていたバリアスだが、その名を聞いた途端振り返り、レウターを睨んだ。


「〝地獄の炎〟…じゃと?馬鹿な…アレは確かに儂が封印したはず…」

「先日、南大陸にある村〝レチラード〟が全焼したのは知ってますね?今ゼルが調査を行なっています。そして、先程手紙が届いたのですが…これがどうも地獄の炎の被害と一致しているんですよ。数々の魔剣を封印してきた君が、この事態を軽く見るとは思いませんがね?そもそも〝魔王の遺産〟についての本を書いたのは君ではないですか、バリアス」

「分かった。儂もレチラードへ向かおう。自分の目で見なければ信じられんしな」


 バリアスはそう言うと、レウターを無視して一人で天空の間を出て行った。


「後…必要な人材は…上手く踊ってくれそうなハイゼル君と、一匹の竜と───」


 レウターは目を瞑り、頭の中でパズルのピースを当て嵌めていく。そして、最後の一つのピースを手に取ると、思いついたように目を開き邪悪な笑みを浮かべた。


「───〝生贄(ぎせい)〟ですね」



 * * *



 北地区は以前よりは復興が進み、ようやく歩けるくらいにはなったものの、未だ焼け朽ちた民家や、瓦礫の山が所々に積み上げられている。ハイゼルはその道を自分の戒めにと目に焼けつけながら、自らも瓦礫の片付けを行なっていた。


「ハイゼル様!? もうよろしいですよ!? これは自分達の仕事なので、ハイゼル様jはご自分の仕事をなさって下さい!!」

「それなら尚更…私は此処にいなければならないですね」

「いえ!! 土木作業は我々にお任せ下さい!! こんな事よりハイゼル様にはもっと重要な仕事があるではありませんか」

「それは違います……。仕事に小さいも大きいもありません。民が一刻も早い復興を願っていますから…此処で私が救えなかった者達の為にも…やらせてはくれませんか?」

「ハイゼル様…お変わりになりましたね。現場責任者として、感謝を申し上げます」

「いえ、私は感謝されるべき人間ではないです……これから……私はここから新たに出発するんです!」


 現場責任者の男と一緒に作業をしていると、やはり人気者のハイゼルは他の作業員からも声を掛けられる。


「ハイゼル様!! 応援してます!!」

「ありがとうございます!!」

「ハイゼル様!! 素敵です!!」

「あ……ありがとうございます……」


 とても有難い事だとは思うが、こうも頻りに声を掛けられると、照れ臭くなって集中出来ない。そんな悩みを抱えながらも土木作業を続けていると、急に現場の雰囲気が変わった。ピリピリとした緊張感が辺りを漂っている。


「皆さん。作業ご苦労様です。そのまま作業を引き続き行って下さい」


 この声の主は五将を統括するレウター・ローディロイだ。


「レウター様!! どうして此方に?」

「やあ。ハイゼル君。復興作業は順調に進んでいるようですね。引き続き作業を行って欲しい所ではありますが、ちょっと厄介な事が発生しましてね……?君の力を借りたいのですが」

「それはもちろん構いませんが……何事でしょうか?」

「ここでお話しする事ではないので、着いてきて下さい」

「はい!!」


 レウターは人気の無い場所までハイゼルを案内すると、周囲に人がいないかを再確認して、一連の出来事をハイゼルに伝えた。


「是非君の力が欲しいのですが、行ってくれますね?」

「もちろんです……まさか、そんな事になっているとは……」

「私はこれから城に戻り、色々と準備をしなければならないので、ハイゼル君はディレさんと〝フローラさん〟を、連れて来てくれませんか?」

「構いませんが……どうしてその御二方が……?」

「魔剣に対抗出来る力となると、一般兵では話しになりませんからね。彼女達の力が必要なんですよ」

「ディレさんなら兎も角……フローラさんが必要な理由はなんでしょうか?」

「ハイゼル君。君は彼女達と親密な仲でありながら、何も気付がないのですか?」


 ディレザリサは兎も角、フローラも欲しい理由。それはなんだ……とハイゼルは考えた。


「なるほど……つまり、制御の出来る人間が必要という事ですか?」

「そういう事です。今まで接してきて、ディレさんが反旗を翻すような事はしないと思っています。然し、それはあくまで建て前です。念には念を入れて、フローラさんにも同行して欲しいのですよ」

「分かりました。では、伝えて来ます」


 レウターはハイゼルが駆け足でその場から離れるのを見送り、また邪悪な笑みを浮かべる。


「本当にハイゼル君は〝御しやすい〟ですね……。さて、これから始まる余興が、私の渇きを潤してくれる事を期待しましょうか……」



 * * *



 ハイゼルは東地区を抜け、南地区までやって来た。南地区は芸能が盛んな地区と言うだけあり、いつも賑わいを見せている。数々の芸が所々で繰り広げられているので、足を止めて見てみたいという気持ちもあるのだが、今はそれ所ではない。ハイゼルは後ろ髪を引かれる思いだが、自分の欲求を抑えてディレザリサ達が住む家を目指した。

 ようやくディレザリサ達の住む家に辿り着いたレウターだったが、目的の家から見知らぬ黒いローブを着て、剣を腰に付けている者が家から出て来るのを見た。あの家から出て来る者にしては怪しい風貌なので、ハイゼルはその者に声を掛ける。


「おい。そんなに急いで何処に行くつもりだ?貴様、何用でこの家から出て来た。顔を見せろ!」


 黒いローブを着ている者はそのフードを取り、面倒臭そうな顔でハイゼルを見る。


「ディレさん!? どうしてそんな格好を!?」

「全く……次から次へと……だが、良いタイミングだ。ちょっとばかり顔を貸してくれ」

「はい?」


 何が何だか……という顔で、招かれるままに家の中へと入ったハイゼルは、通されたリビングにある椅子に腰を掛けた。


「あ、あの……私はお二人に話があって来たのですが……」

「まあそう言ってくれるな。ちょっと待っていてくれ」

「は、はぁ……」


 そう言い残し、ディレザリサは二階に上がって行った。


「こんな事をしている場合ではないんだが……」


 至急、二人に要件を伝えて港に行かねばならないのだが、ハイゼルは焦る気持ちを抑え、ディレザリサが戻って来るのを待った。


 【続】

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