表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私、元は邪竜でした  作者: 瀬野 或
四章 邪竜と賢者 〜東大陸 観光地レンデル 地獄の炎編〜
48/66

〖第四十六話〗それぞれの思い、交差していきました


 東地区にある喫茶店の中は、昼の一時を楽しむ学生や、近隣の住む奥様方でガヤガヤと賑わいを見せている。が、然し、一つのテーブルに着いた二人…ディレザリサとミッシェルだけは、謎の緊迫感に包まれていた。


「ディレさんはハイゼルさんのお知り合いなんですよね?どうにかハイゼル様に紹介して頂けませんか!?」

「う、うむ…ちょっと待ってくれ…」


 さて、どうしたものか…とディレザリサは悩んだ。ハイゼルに合わせるのは良い…だが、その後にどういう展開が待ち受けているのかが問題なのだ。

 本来、私的に五将と会うのは難しい。事前に城へ書状を出し、本人がその日の予定が無いのかを確認し、その結果会えるかどうかの通知が来る。然し、この間に費やす時間は約一週間。それをすっ飛ばすというのだから、違う場所で角が立つだろう。さらに、今回の件の重要度はかなり低い。それを優先させてしまうとなると、ハイゼル自身にも迷惑を掛けてしまうのだ。


(全く…普段は気軽に来る癖に、こっちからだとこうも面倒なのか…)


 因みに、五将の中で一番忙しいのが実はレウターであり、彼は五将総括という重要な地位にいるので、気軽に会えるような人物ではない。ただ、どんなに忙しくても自分の時間を作り、周囲には『暇人のように』見せているのだ。

 次に忙しいのがハイゼルだろう。彼は最近五将入りを果たしたので、挨拶やら何やらで、一日中駆けずり回っている。また、英雄という仕事もあるので、彼が都合の良い日はなかなか無い。

 ナターニャは聖職者だ。教会での説教や、教会に纏わる様々な事に携わっている。勿論、布教活動もそれに含まれている。更に、ナターニャが使う回復魔法はかなり上位の魔法らしく、怪我人の治療等もしているようだ。

 次にゼルなのだが…実はゼルに関してはよく分からない。彼が魔族という特殊な人種なので、城ではかなり窮屈な思いをしているとは思うが…実際に話を聞く事も無ければ、あまりディレザリサ達の前に現れる事も無いので、こればかりはどうしようもない。他にも五将はいるが、ディレザリサが会った事のある五将はこの四人。それぞれ親密な関係にはあるが、ディレザリサから五将に会いに行った事は今まで一度も無いのである。故に、ミッシェルの願いを叶えようにも、簡単に叶えられる願いではない。


「確かにハイゼルとは知り合いだが…難しいな」

「そうですよね…無理を言ってすみません」


 しょんぼりと落ち込んだミッシェルは、テーブルの一点をだけを見詰めていた。


「お前は男…だよ…な?」

「はい」

「同性でそういう行為は…良いものなのか?」

「世間的には良い目で見られはしないですね…ただ、僕はそれでもハイゼル様に会って、気持ちを伝えたいんです」


 どうしたものか…と考えてみて、それなら自分よりもハイゼルに近い人物がいる事を思い出した。それは、ディレザリサと生活を共にしていて、現在はグラーフィン家の庭師を務めている人物…フローラ・カジスである。


(フローラなら…そのチャンスを掴めるかもしれないな)


 だが、その前に一つ確認しなければならない。それはミッシェルの『本当の性別』だ。確かに戸籍上は男かもしれないが、自分の気持ちは『女』という可能性もある。


「ミッシェル。今から一つ質問するが、包み隠さず本当の気持ちで答えてくれ」

「…はい?」

「君は…どっちになりたいとかあるのか…?」

「それは、どういう意味でしょう…?」

「男でありたいのか、女でありたいのか…という意味だ」

「そ、それは…」


 ミッシェルの見た目は限りなく女性的だ。ただ、服装に関しては男性の服を纏っている。髪は肩くらいまで伸ばしているが、それを紐で縛って纏めている。もしその紐を解いて女性の服装をさせれば、男性と思う者はいないだろう。ただ、それを世間が認めるかと言えば別の話であり、ミッシェルが悩むのはそこなのだろう。自分は男でいるべきか、それとも女として生きるべきか…後者は絶対に茨の道…故に、簡単に答えを出す事が出来ないのだろう。


「ぼ、僕は…」


 無論、男性として男性を好きになる者もいるだろう。ただ、それも世間が許容出来るかと言えばそうではない。

 ディレザリサはミッシェルが次に紡ぐ言葉を待った。


「僕は…女の子に…なりたいです」

「それは、ハイゼルの為か?」

「いえ…ずっと悩んでいたんです。自分の性別が本当に正しいのか、同性を好きになる事はどういう事なのか…ずっと悩んで来ましたが、今、答えが出ました。僕は…ディレさんみたいに可愛い女の子になりたい!」

「───ッ!?」


 あまりにも予想外の言葉に、ディレザリサは恥ずかしさと驚きでテーブルをひっくり返しそうになったが、何とかそれに耐えてミッシェルに向き合った。


「き、気持ちは嬉しいが…私みたいになりたいのか?」

「だって…ディレさん凄く素敵だから…僕もディレさんみたいになれたらいいなって…そしたらハイゼル様も振り向いてくれるかなと…」


 確か、こういうのを『乙女心』とフローラは言っていた。つまり、ミッシェルの心は既に『乙女』なのだ。


「分かった…一人合わせたい者がいるんだが、時間は大丈夫か?」

「はい!授業はもう終わっているので大丈夫です!」

「なら行こうか…多分、もうそろそろ帰宅している頃だしな」

「何処に行くんですか…?」

「ミッシェルに協力出来そうな人物の家さ」



 * * *



「それでは、失礼します!」

「今日もご苦労様でした。ディレさんにも宜しくお伝え下さい」


 グラーフィン家の庭師を務めているフローラは、本日の作業を終了して、裏門から屋敷を出た。


「作業終わりにお風呂に入れて、昼食までご馳走になれるなんて…こんなに優遇されてていいのかなぁ…」


 そこまでの配慮をして貰えているのは『ハイゼルの二番目の妻になる者だから』という理由なのだろうが、これに関してフローラは実は全く納得していなかった。そもそもハイゼルは『ディレザリサが好き』なのであって『フローラが好き』とは明言していない。家に来る時も『ディレザリサに会いに来た』という態度が見て取れる程に、ハイゼルはフローラに対してアプローチはこれっぽっちもしていないのだ。つまり、フローラは『オマケ』なのである。


「…なんか苛々してきた」


 ディレザリサは確かに可愛い。同性の自分から見ても愛でたくなる程には魅力的な女の子だ。だが、自分だってそんなに悪い容姿ではないはずだ…と、そんな事を思って、それに対して違和感を覚えた。


「…ディレに、嫉妬してる?」


 どうして嫉妬などする必要があるのだろうか?そもそもハイゼルと自分の接点はディレザリサだが、自分がハイゼルを好きだと思っていないのに、嫉妬する必要など無いのである。


「違う…これは嫉妬じゃない」


 そう、嫉妬ではなかった。


 誰も自分を見ていない、という事実だ───。


 ディレザリサの役に立つ事もなければ、五将の手伝いを出来るほど戦闘経験も無い。魔法は使えるが、それが何処まで通用するか…。


「はぁ…こんな感情嫌だな…」


 住む家を失い、家族を失い、出会った元竜(もとりゅう)の少女は最強と呼べる程に強く、いつの間に五将とも人脈を作っている。


「私は…」


 私は、どうなのだろう───。


 ずっとディレザリサの後ろに隠れて、成り行きで五将とも知り合えたが、それら全てはディレザリサが繋いだ縁だ。自分一人では到底成し得る事はないだろう。それは、自分が少し魔法が使えるだけの『一般人だから』だ。


「私、必要無いじゃん…あ」

 

 ついポロッと口から零れたその言葉は、フローラの心を黒く染めるには充分だった。


「そっか…必要無いんだ…」


 道の片隅でフローラは一粒の涙を零した。


「大丈夫…笑える…笑顔作れる…」


 何度もそう自分に言い聞かせて、無理矢理笑顔を作る。


「こんな顔、ディレには見せられないし…ね」


 空は残酷な程蒼く、太陽は世界全てを照らす。でも、フローラにその光が届く事はなかった。



* * *



「ただいまー」


 フローラは家に到着し、いつも通り一階にあるリビングに顔を出す。いつもならハニーパンを頬張りながら本を読んでいるディレザリサがいるのだが、今日は見知らぬ女の子がそこにいた。


「おかえり、フローラ。紹介しよう、ミッシェルだ」

「は、初めまして!ミッシェル・バークレイズです!」

「初めまして…フローラです…それで、ディレ。どういう事?」


 「実はな?」と切り出し、ディレザリサは今までの出来事を話した。


「…という訳なんだ」

「え…ミッシェルさん。男の子だったの!?」

「はい」


 ミッシェルは苦笑いを浮かべている。それもそうだろう。もう何度同じ反応をされてきたかと思うと、ディレザリサはミッシェルを気の毒に思った。


「それで…ハイゼル様が好きで…更に女の子にもなりたい…と…?」

「すまないが、ミッシェルの事を頼めないか?」

「そう言われても…なぁ…」

「よ、よろしくお願いします…!」


 確かに夜になればハイゼルはグラーフィン家に帰宅する…可能性がある。可能性があると言うのも、最近激務になり、家に帰る事が出来ない状況が続いていると、執事長のロブソンに聞いたばかりだったフローラは、自分がどうにか出来る案件だとは思わなかった。だが、こうやってディレザリサに頼み事をされるのは嬉しかった。


「…分かった!何とかしてみるよ。じゃあ、ミッシェルを借りていい?」

「それは構わないが…どうするんだ?」

「先ずは〝女の子〟にしてみる!」

「えぇっ!?いきなりですか!?」

「ミッシェル。女は度胸だよ!」


 「確かに度胸は肝心かもしれないな」とディレザリサはこれまでを思い出した。自分がどれだけ無茶をしてきたのか…それを思うとフローラの言う『女は度胸』という言葉はしっくりきた。


「じゃあ、ミッシェルの事はフローラに頼む。私はちょっと出掛けてくる。理由は…また後ほど伝える」

「わかった。こっちは任せて!」

「フローラさん、よろしくお願いします!」


 フローラとミッシェルは、二階にあるフローラの寝室へ向かって行った。

 二人の背中を見送り、ディレザリサは今一度東地区へ足を向けた。


 【続】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ