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私、元は邪竜でした  作者: 瀬野 或
四章 邪竜と賢者 〜東大陸 観光地レンデル 地獄の炎編〜
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〖第四十四話〗私と英雄、微妙に距離感を掴めませんでした


 炎の海が辺り一面に広がる。建物はメキメキと音を立てて崩れ、空は紅色に染まり、まるで終末を告げるかのようだ。その燃え盛る村の中心にただ一人、返り血で真っ赤に染まった衣を纏う男は、左手に握り締めている禍々しい瘴気を放つ剣を一振りし、血を振るい払った。ビチャッと音を立てて、今しがた殺めた者の血が地面に飛び散る。そして、男は当たり前という具合に炎の中へと身を投じた。男の身体が焼けつき、皮膚が灼け爛れていくが、男はただ笑みを浮かべ、そのまま炎へと回帰していった。ただ一つ、灼熱の炎に焼かれても、男が持っていた剣だけは、その身に熱を宿す事なく、燃え盛る大地を貫き、次の主人を待ちながら静かに眠りについたのだった…。



 * * *



「───酷い有様だな」


 南大陸中腹にあった…はずの村。この村はかつて上質な染物が有名な村だったのだが、今はその姿は無く、残っているのは炭となってしまった住居跡だけだった。五将の一人、『魔将』の冠を持つゼルは、火災の調査と、被害者の保護の為、小隊を率いてこの村にやって来たのだが、文字通りの全焼を目の当たりにし、暫し言葉を失った。

 こういう光景には覚えがある。かつて対峙した竜の王、邪竜と呼ばれる存在が猛威っを振るった後は、こういう状況になるのだ。だがこの世界にいる邪竜は牙を失い、爪を失い、翼まで失い、単なる少女の姿をしている。魔力も当時より弱いので、先ず彼女の暴走という事はないだろう。それに、今の邪竜は人間に対し、比較的に好意的だ。さらに言えば、同居している者もいるし、その同居人がこんな事をするディレザリサを許さないだろう。では、だれがここまでの火力を使い、村を消滅させたのか…。


「〝魔王の遺産〟と〝死霊の宴〟か…」


 最近五将会議で議題に上がらない日は無いこの二つだが、近年、被害が増大しつつあるので、本格的に『死霊の宴』を捕え、解体する事となった。だが、死霊の宴についての情報はあまりに少ない。最近、身近な裏世界の団体と提供関係を結んで、精力拡大をしているそうだが、それも推測の域を出ない。だが、暴虐の牙事件があったので、それを踏まえると嘘と一脚するにはまだ早いだろう。


「ゼル様。一通り村跡を探索しましたが、生存者は確認出来ませんでした。又、近隣の街にも情報を求めてみましたが、この村からの移民は来ていないそうです」

「───そうか。小さな手掛かりでもいい。見つけ次第報告と伝えろ」

「それなのですが…手掛かりかどうかは分かりませんが、見て頂きたいものが…」


 なんとも歯切れの悪い物言いだったが、ゼルは兵士の跡を着いていく事にした。

 ゼルは歩きながら改めてこの村の焼け跡を見るが、犯人は何故ここまで徹底してこの村と住人を焼き払ったのか疑問だった。理由は幾つか思い付くが、そのどれもしっくりくる動機にはならない。この村を焼き払う程の理由が犯人にはあったのだろうか。


「こちらです」

「───ほう」


 兵士が連れてきた場所は、確かに今まで見た焼け跡と違った。全長六十センチ程の円が、焼け跡もなく残り、円の中心には何かが刺さっていただあろう跡が残っている。例えばこの場所で誰かが魔力結界を貼り、攻撃を防いだと考えればこういう跡も納得するが、円の中心にある七センチくらいの跡は、明らかに剣を突き刺した跡だろう。


(戦士や兵士がわざわざ武器を突き刺して魔法を防ぐか?戦いで自分の武器を手放すなんて愚かだ…つまり、此処に突き刺してあった剣が、何らかの力でこの場所を守っていた…或いは…剣自身が自分を守っていたという方がしっくりくるな。つまり、此処に突き刺さっていたのは、それ程強力な力を持つ…魔剣か)


 だが、肝心の魔剣の姿は無い。持ち去られたか、回収されたかは分からないが、村一つ消滅させられる力を持つ魔剣が、この場所で使われた可能性が高い。


「ゼル様、どうでしょうか…これは何か手掛かりに繋がるでしょうか?」

「───ああ、大手柄だ。俺はレウターにこれを伝える手紙を書く。お前達は引き続き捜査に当たってくれ」

「かしこまりました!」


 「嫌な予感がする…」と、これから起こるかもしれない事件に一抹の不安を抱えながら、ゼルはテントのある野営地まで戻っていった…。


 

* * *



 ゼルの手紙がレウターに届く少し前───


 『無能状態』からすっかり回復したハイゼルは、菓子折りを持ってディレザリサ達の住む家を訪れていた。だが、扉はノックせず、俯いて、両手で持つ『ハニーパン』の箱を眺めている。箱には鮮やかな赤い色の塗装がされていて、その両端をリボンで巻き付けてある。贈り物に大人気のハニーパンは、ディレザリサの好物なのだが、どうにもノックをする勇気が出ない。


(グランデゴーレムと初めて対峙した時よりも緊張するとは…な、情けないぞハイゼル・グラーフィン!貴様は英雄と呼ばれる五将の一人なんだぞ…!グラーフィン家の誇りはどうした!)


 ハイゼルは意を決し、右手をゆっくりと扉に近付けた。


「───今だッ!!」


 木製の扉が『コンコン』と刻みの良い音を鳴らすと、中から「はーい」と返事が聞こえた。この声の主はディレザリサだ。そう、ハイゼルはフローラが屋敷にお勤めに出ている今日を狙って、ディレザリサの好物を朝一番に店に行って購入し、こうして馳せ参じたのである。


「ハイゼルです!ハイゼル・グラーフィンです!」


 ディレザリサはその名前を聞き、扉を開けようとした手を止めた。その場で硬直しながら、ディレザリサはハイゼルをこのまま中へ通すべきか悩んだ。何故悩んだかと言うと、理由は至極簡単で、『面倒臭い』と思ったのだ。

 もし、これがただの少女だったら、ハイゼルが家を訪ねて来るなんて卒倒モノなのだが、ハイゼルに興味の無いディレザリサからすれば、一々絡んで来る一匹の羽虫に過ぎない。過ぎないのだが…どうも最近はハイゼルを見ると胸が騒つく。これも一種の『少女化』の症状なのかもしれないのは言うまでも無いのだが、ディレザリサにはこの胸の騒つきの正体が分からず、今も跳ね上がる鼓動を何とか抑えていた。

 自分の正体を打ち明けた後から、ディレザリサはハイゼルに敬語を使う事を止め、自分の正体を知らないものがいる時だけ敬語を使うようにしている。ハイゼルもそれは承知しているので特に気にしていないのだが、ハイゼルは『ディレザリサの正体』の事でずっと悩んでいた。然し、ハイゼルは今日でその気持ちを払拭しようと、見舞いの礼を兼ねて家を訪ねたのだが…一向に扉は開いてくれない。


「あ、あの…ディレさん。開けては頂けないのでしょうか?」

「……」

「ハニーパンをお持ちしたのですが…」


 その一言がまるで扉を開く呪文だったかのように、扉はゆっくりと開いていく。数秒かけて開いた扉の先には、見慣れた玄関と、鮮やかな青色の長い髪を垂らした美少女、ディレザリサが頬を染め、俯きながら立っていた。


「まあ…その…入ったらどうだ」

「は、はい…失礼します…」


 ハイゼルは少し複雑な気持ちで、家の中へと入って行った。


 気まずい空気が漂う部屋で、ディレザリサがボリボリとハニーパンを頬張る音だけが響いている。テーブルの上にあるティーカップに注がれたスリータは、すっかり意気消沈したかのように冷めきってしまっていた。ハイゼルはそんなスリータを一口啜り、心の中で『はぁ…』と溜め息を吐き出す。

 テーブルを跨いで、前に座っているディレザリサもこの空気をどうにかしないととは思うが、どうにもこうにも言葉が見付からず、ただひたすらハニーパンを頬張るだけの撥条人形のように、無言でひたすら食べ続けている。


「…やはりお好きなんですね」

「…まあ、な」

「「……」」


 何とか見付けた話題も、ディレザリサはたった一言で打ち消してしまった。

 また沈黙が訪れ、暫く二人はスリータとハニーパンを食べるだけの時を過ごしたが、ハイゼルは『このままでは意味がない!』と身を乗り出した。


「───ディレさんッ!!」

「な、何だ!?」

「わ、私は…私は…ッ!!」

「……」


 ハイゼルが何を言おうとしているのかは予想が出来る。然し、ディレザリサはハイゼルの気持ちには到底応えられそうにないので、何と言えば良いのか考えたが、やはりハッキリと断るべきなのだろう…と、ハイゼルが次の言葉を発するまで待った。


「私は…そ、その…私は…私わぁッ!!」

「……」

「あ、貴女が例え…竜であったとしても…そ、その…諦めたりしません!!」

「───あ、あぁ…そうか…」


 『つまりこいつは何が言いたいんだ?』とディレザリサは思ったが、ハイゼルは今の一言で満足しているようで、鼻息を荒げながらガッツポーズをしている。


「…全く、何を言い出すかと思えばそんな事か」

「す、すみません…然し、私はやはり諦める事が出来ませんので!」

「はいはい。分かった分かった。用はそれだけか?」

「え?あ、はい…一応は…」


 『どうしてこうなったんだ!?』と、ハイゼルは思ったのだが、ディレザリサの表情があまり優れているとは言えないので、それ以上の言葉が出せなかった。

 また嫌な沈黙が続いていたが、今度はディレザリサが口を開いた。


「あれから〝死霊の宴〟とかいう奴らの動きはあったのか?」


 以前、ディレザリサ達がハイゼルのお見舞いに行った際にレウターが話していた『死霊(デス)(ファーレ)』という裏世界の者達。この『裏』という意味は『影』という意味であり、『この世界の闇の部分』という総称として『裏世界』という言葉が使われている。この裏世界を総ているのがこの死霊の宴と呼ばれる者達で『魔王の遺産』を独占している…らしい。そこまでの情報はレウターの話を聞いて把握していたが、あれ以来、レウターがディレザリサ達の元へ来ていないので、ディレザリサはそれ以上の情報を持ち合わせていないのだ。

 『魔王の遺産』と呼ばれる『魔道具』に、もしかすると元の世界へ戻るような手掛かりがあるのかもしれないと思っていたディレザリサは、少しでも情報が欲しいのでハイゼルに訊ねたのだが、ハイゼルはただ頭を横に振るだけだった。


「そうか…」

「お役に立てず、すみません…」

「いや、いい。一応私は軍とは無関係の一般庶民だ。死霊の宴の事は口外出来ないんだろう?」

「はい…」


 いつ何処で情報が漏れるか分からない危険性を考えると、今のハイゼルの行動は正しい。幾らディレザリサだからと言って伝えたら、それが何処に広がるか分からないのだ。仮にここにいるのがハイゼルではなくレウターだとしたら、死霊の宴の事を話していたかもしれない。その代わりに『捜査を手伝え』と交換条件になると思うが。


「どうして奴らの事が気になるのですか?」

「それは…身に降る火の粉は払わなければならないからな。情報は身を守る為に必要だろう?」

「それはそうですが…知ってしまうが故に危険になる場合もあります。ディレさんは大丈夫だと思いますが…呉々もご注意下さい」

「…そうだな。気を付けよう」


 全く色気の無い話になり、ハイゼルは少し肩を落とす。来る前はこんな話をする為ではなく、今の気持ちをちゃんと伝えようと息巻いて来たのだ。こんな血腥(ちなまぐさ)い話なんかではなく、自分の本当の気持ちをディレザリサに伝えたかったのだ。だが、ディレザリサの興味は自分ではなく死霊の宴にあるらしい。ハイゼルはもうすっかり冷えてしまっているスリータを一気に飲み干すと、「それでは。そろそろ失礼します」と席を立った。


「は、…ハイゼ…ル」

「何でしょうか?」

「その…ありがと。美味しかった」

「…いえ。またお伺いします…今度はフローラさんがいらっしゃる時間に」


 最後の言葉は『まるで捨て台詞みたいだな』とハイゼルは思った。今回は完全に敗北。自分自身に完敗した。まだディレザリサには届いていないと悟ったハイゼルは、もっと活躍して、ディレザリサに認めて貰おうと、心の中で静かに闘志を燃やしたのだった。


 【続】

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