〖第四十三話〗裏世界の脅威が見えてきました
「あ、ああぁぁ…神よ、精霊よ…感謝します…。こんな場所でディレザリサ様にお会い出来るなんて…夢のようです…」
「わ、分かったから私に祈りを捧げるのは止めてくれ…」
レウターに連れられて、ディレザリサ達は城内にある治療室に入った。この治療室には『一般兵治療室』と『特別治療室』があり、ハイゼルは『特別治療室』のベッドにいた。
「おや?グライデンはどうしましたか?」
「グライデンならとっくに出て行きましたよ?」
「あの傷で…ですか?」
「ええ。あの傷で、です」
グライデンはハイゼルと一緒に担ぎ込まれていたのだが、傷が閉じるや否や、黙って病室から出て行ってしまったらしい。
「すみません…私も止めたのですが、グライデン様は〝身体が鈍る〟と言って聞かなくて…」
「まあ、彼らしいですね…それよりハイゼル君。君の想い人が来てくれたんですよ?何か言葉は無いのですか?」
「え、えっと…その…」
ハイゼルはモゴモゴと何かを呟きながら、頬を赤く染めている。
「お見舞いです。ハイゼル様」
フローラがハイゼルに手渡し、ディレザリサはその隣で、何だかバツが悪そうな顔をしている。
「ありがとうございます、フローラさん。そして…ディレさんも…その…ありがとうございます」
「ま、まあ…その…あれだ。お前も早く動けるようにならないとだしな…」
「は、はい…」
何やら怪しい雰囲気を醸し出している二人を見たナターニャは、プクッと頬を含ませると、二人の間に割って入ってきた。
「それにしてもハイゼル。どうして貴方はまだ全快にならないのですか?あの力を使っても一日すればいつもは回復したのに…もしかしてサボりですか?」
「ナターニャ様!?い、いえ…それは違います。いつもならそうなのですが…流石に今回の相手は強かったのです。故に、力の消費も激しく…それでもやっと少し動けるようになったじゃないですか!?」
「私はもう貴方の下の世話はしたくありませんからね?」
「「「下の世話?」」」
これにはディレザリサ、フローラ、レウター三人が同じタイミングで言葉を発した。
「病人という立場を使って、ハイゼルは私にあんな事やこんな事を…うぅ…」
「ハイゼル君。説明をお願いします」
「ハイゼル様…不潔です」
「貴様という男は…猿か」
「ご、誤解です!ナターニャ様!少し冗談が過ぎますよ!?」
「…あら?何の事でしょうか?」
「どうして私はいつもこうなるんだ…」
ハイゼルはガックリと項垂れると、自分の力がどういうもので、使用するとどうなってしまうのかを細かく説明した。
「くっ…屈辱だ…まさかディレさんとフローラさんにまで話さなければならないとは…」
「まあ、私は知っていたのですがね」
レウターは飄々とした態度でニヤけている。
「これに懲りたら、迂闊にその力を使わない事ですね、ハイゼル」
「うぐぐ…」
和気藹々とした雰囲気の病室に、突然ノックが飛び込んで来た。
「ハイゼル様、至急お耳にしたい事が御座います。よろしいでしょうか!」
「あぁ…済まない。今は来客中なんだ。もう少ししてから───」
「いいじゃないですか。私は構いませんよ?ここにいるの者達は信頼に値しますから」
「レウター様がそう仰るのなら…入れ」
「は!来客中とは知らず申し訳御座いません!失礼します!」
そして、中に入ってきた兵士を見て、ディレザリサもフローラは絶句した。
「お、お前は…番犬ッ!?」
「え!?どうしてアナタが!?」
「んな!?こ、これは一体…!?」
三人が三人共、驚きを隠せずに目を丸くした。
ハイゼルを訊ねて来たのは、かつて偽物の魔剣を使い、ディレザリサ達を攫おうとしていた野党の一人、『番犬』だったのだ。
「そう言えば説明していませんでしたね。彼はあの後投獄されましたが、ハイゼルが剣の腕を買い、部下にしたんですよ」
「そういう訳ですので、彼はもう無害です。ご報告せずに申し訳ございません」
ベッドで少女二人に対して頭を下げるのは、普通の兵士なら訳が分からないだろう。だが、実際に手合わせをし、魔剣ケルベロスを破壊された番犬は、この状況を察して受け入れた。
「なるほど…レウター様とハイゼル様に口止めを命じられていましたが…そういう事ですか。道理であの強さ…納得です。改めて自己紹介をさせて頂きます。私の名は〝ロイス・バーベイル〟と申します。あの時の御無礼、お許し下さい」
「もう終わった事だ。それに、今はハイゼルに仕えているのだろう?なら、君の忠誠心を守るんだな」
「そうですね、もう私も気にしてませんし…頑張って下さい!」
「ありがとうございます…して、ハイゼル様、お伝えしてよろしいでしょうか?」
ハイゼルが頷くと、ロイスは再び敬礼の姿勢を取った。
「ご報告申し上げます。この度被害にあった北地区の件ですが、どうやら暴虐の牙の背後に、まだ何か怪しい気配があるようです」
「怪しい気配…ですか?」
レウターがそれを聞いて、眉間に皺を寄せた。
「はい。私も一時期は裏稼業に身を投じていましたが、ファングが手にしていた〝残虐獣の牙〟という魔剣に〝骸骨の刻印〟がされていました。私の見解では〝死霊の宴〟が関わっていると考えます」
「死霊の宴…ですか。やはりそうなりますね…」
「おいレウター。死霊の宴とはどんな者達なんだ?」
「死霊の宴は、この国で〝ディルダ〟に分類される凶悪な犯罪組織です。魔王の遺産を手にし、着々とその勢力を拡大しているのですが…」
「魔王の遺産…とはなんですか?…あ、すみません!」
聞き慣れない言葉だったので、フローラはつい口を挟んでしまった。
「いえ、いいんですよ。…魔王の遺産とは、かつてこの世界に宣戦布告をした魔界の王がいまして、その時代の勇者によって滅ぼされたのですが、魔王はこの世界に〝魔王の遺産〟と称して〝魔界の武具〟を隠したのです。その一部が〝魔剣〟と呼ばれる剣であったり、〝邪具〟と呼ばれる鎧や盾であったり…〝魔石〟と呼ばれる邪悪な力を秘めた石もあります。今まではそれが〝単なるおとぎ話〟と言われていたのですが…近年、魔王の遺産被害が出て来まして、今回の暴虐の牙事件も、魔王の遺産被害と呼べるでしょう」
つまり、『死霊の宴』と呼ばれる巨大犯罪組織が、参加に入る者達に『魔王の遺産』を与えている…という事だった。今回の事件を引き起こした『暴虐の牙』も、きっと『死霊の宴』の参加に入り、ファングは『残虐獣の牙』を手にしたと思われる。
「我々も死霊の宴の本部が何処にあるのかを探しているのですが、なかなか尻尾を掴めず…」
ハイゼルは悔しそうに歯を食いしばった。
「私が使っていた〝ケルベロス〟は、闇商人から受け取った物ですが、きっと本物のケルベロスも、奴らの手の内にあると思われます」
「・・・・・・」
ディレザリサは魔王の遺産の事を知っている。それは、レウターが置いていった本の物語で語られていたのだ。だが、それがどんな物か実際に書いてはいないので、その遺産を『アセリア帰還の〝手掛かり〟』として結び付けていたのだが、どうやらディレザリサの当ては完全に外れたらしい。
(フローラに話さないでいて良かった…)
きっと、あの時フローラに話していれば、この話を受けた時にフローラは反応してしまうだろう。邪竜ディレザリサが魔王の遺産を狙っているとなると、もう釈明の余地は無いのだ。
「どうかしましたか?ディレさん」
「いや…あれだ。たかが魔剣一本で、ここまで被害が出るとは思わなかったのでな…」
(なんて、少し苦しいか…)
然し、それに反応したのはハイゼルだった。
「今回の騒乱で、最も被害を出したのは〝魔装弾〟です。やはり、この魔装弾は取り締まるべきだと思います、レウター様!」
「そうですね。最近物騒な事件が頻繁に起きているので、市民の自衛にと目を瞑っていましたが、即刻廃棄させた方が良さそうです」
ひとしきり話を終えたロイスは「では、失礼致します!」と、特別治療室から出て行った。
「所でナターニャ。君が使う鎌は、魔王の遺産と関わりは無いのですか?」
『死神の鎌』と呼ばれるその禍々しい大鎌は、嫌でも魔王の遺産と結び付くのだが、ナターニャは「違います」と否定した。
「この鎌は、私の願いを叶える為に…と、精霊より賜りし物です。無論、魔石など使われていません」
「それは私が証明しよう。確かにナターニャの使う大鎌は、なかなかに禍々しい物だが、魔王のそれとは一切関係無い。あるとすれば、精霊の〝純粋な殺意〟そのものだ」
「精霊の純粋な殺意…って、怖過ぎだよ…」
フローラはナターニャが顕現した大鎌を見て、ビクビクとしている。
「ナターニャ、分かりましたからしまって下さい」
「そうですね。あまり見せびらかす物ではありませんし」
ナターニャが手を離すと、大鎌は黒い粒子となって消えた。
「さて、なかなか面白い事になって来ましたねぇ…」
「レウター、そういう不謹慎な発言は謹んで下さい」
「これは失礼しました」
「しかし、このままだといずれ死霊の宴とぶつかります…それまでにこちらも戦力の補充をしなければなりません。そろそろ〝あの老人〟にも声を掛けるべきでしょうね」
『あの老人』という言葉が、ディレザリサの喉に引っかかった。
「それは誰だ?五将の一人か?」
「ええ。〝賢将、バリアス・アンダーマン〟です。魔法の深淵を研究していて、その深淵に一番近いのが彼ですね」
「どんな方なんですか?」
フローラは小首を傾げながら訊ねると、それにはナターニャが答えた。
「厳格な方ですよ。私が唯一殿方で信頼している方です」
「…だそうだぞ?レウター」
「私が欲しいのは信頼ではありませんので気にしていませんよ」
「そ、そうだったのですか…」
ディレザリサは初めてハイゼルを不憫な男だと哀れんだ。あれだけレウターに信頼を置いていたのに、ここに来て『信頼は要らない』と言われたのだ…ショックを隠しきれないのも無理はない。
「ではナターニャ、バリアスに近々五将会議をすると伝えて下さい。ハイゼル君が回復次第、執り行います」
「分かりました、お伝えします」
「ハイゼル君はもしグライデンが此処に戻ってきたら伝えてください。私も見かけたら伝えます。ゼルも私から伝えますので」
「かしこまりました!」
フローラとディレザリサは顔を見合わせた。普段、おちゃらけている面々だが、こうして指示を出すレウターに従っている所を見ると、五将は癖の強い連中ではあるが、統率はしっかり取れているようだ。ナターニャも普段は不満を垂れ流しているが、こういう時は五将として受け答えしていた。
「それじゃあ、そろそろ私達は帰るとしようか」
「そうだね。仕事の邪魔しちゃ悪いし」
「では!私がディレザリサ様達を、お家までお見送りします!良いですね!レウター!」
「え、ええ…分かりました…」
「それでは行きましょう…ディレザリサ様!フローラさん!」
「あ、ああ…」
「な、ナターニャ様!?」
ナターニャは二人の手を両手で繋ぐと、鼻息を荒げながら特別治療室を出て行った…。
帰宅途中、ディレザリサだけでなくフローラも撫で回されたのは、言うまでもない…。
【続】




