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私、元は邪竜でした  作者: 瀬野 或
三章 邪竜と聖者 〜中央大陸 首都レイバーテイン 暴虐の牙編〜
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〖第四十二話〗私達、お見舞いする事にしました


 暴虐の牙事件から数日が経過した。被害は北地区だけに留められたものの、その傷跡はかなり深く、都は復興作業で慌ただしく動き回る兵士達や、建設業を営む者達で溢れていた。


「私が行けば瞬時解決出来たぞ、レウター」


 ここはディレザリサとフローラの住む家。そこで五将総括である『レウター・ローディロイ』が、まるで当たり前のようにスリータを啜っている。


「いえ。ディレさんの力に頼るばかりでは、成長出来る者も出来ませんからねぇ…」

「成長出来る者…レウター様がそう仰るという事は、ハイゼル様の事でしょうか?」


 それに対してレウターは『ご名答です』と頷く。


「なるほど…だから貴様はあの日、わざわざ私に釘を刺しに来たのだな?」

「えぇ、もちろんですとも。厳戒警備をしている中、ここに来るのは至難の業でしたねぇ…。まあ、どうせハイゼル君は強いですし、グライデンが負けた所で勝ててしまいますけど…非常につまらない事件でしたよ」


(自分の兵も、民も犠牲になっているのにこの言い様か…この人間だけは本当に理解に苦しむ…いや、理解出来てしまうからこそ、理解に苦しむのかもしれないな…)


 かつてはディレザリサも、レウターと同じような事を思った事があった。絶大な竜の力に絶望した人間達の姿や、恐れを殺して向かってくる無謀な騎士達の事を、ディレザリサは『羽虫』と例え、退屈さえ覚えていたのだ。そんな中、白銀の騎士…現・魔将・ゼルは、何度も何度もディレザリサに一騎討ちを申し込み、敗れては強くなり、敗れては強くなりを繰り返し、いつの日か『好敵手』と言えるまでになったが、その好敵手さえディレザリサは一撃で仕留めている。

 レウターもきっとそうなのだろう。

 この男も人間にしてはそれ以上の力を所有している。話を聞く限りだと『百戦』と呼ばれる五将の一人、グライデンは先の暴乱の首謀者に敗れたが、ハイゼルは勝ったという事になる。もしこれがレウターだったらどうだろうか?きっとレウターならもっと上手い手段で…それこそ姑息とも呼ばれるような手段を用いて、直ぐに解決してみせるのだろう。戦う前から既に勝敗が決まっている勝負など、退屈にも程があるのだ。


「───では、そろそろ失礼させて頂きますね。これ以上現場を離れると、ナターニャに文句を言われそうなので…あ、そうだ」

「…ん?」

「お二人共、もし宜しければハイゼル君の見舞いでも如何でしょうか?」

「お見舞い…ですか?」


 フローラがキョトンとした顔でレウターに訊ねる。


「えぇ。一応お二人は〝ハイゼル君の妻になる〟という〝建て前〟がありますので、ここでお見舞いに行かないと、些か矛盾が生じますから…」


 愛する者を気遣う…これは確かにそうなのだが、そもそもディレザリサもフローラもハイゼルの事を『愛しているのか?』と問われると、そんな事はない。なので、ハイゼルが倒れて休養している事を聞いても『戦いの傷を癒している』程度にしか留めていなかった。それに、そもそも一般人である二人が城を訪ねるとなると、それなりに大変なのだ。


「奴と番になる気など無いが…まあ、お前の言うことも一理ある…」


 「それなら」とフローラは手を叩いた。


「お花を買って行かないとですね!」


 今ではすっかりグラーフィン家に慣れたフローラは、まるで少女のように目を輝かせながら、何の花を買っていこうかと想像を膨らませていた。


「きっと、ハイゼル君も喜びますよ」


(花か…花なら買うよりもフローラが創造した方が早いのではないか?)


 それを伝えるべくフローラに話し掛けようとしたが、あまりにもフローラが楽しそうにしているので、ディレザリサは言うのを止めた。


「では花屋に寄って、それから城に参りましょう」


 外に出ると楽しげな大道芸や、吟遊詩人の歌は無く、所かしこから鎧の音や、金槌の音が忙しなく聞こえてくる。


「皆、頑張っていますねぇ…」


 五将のお前は頑張らなくていいのか…と口に出そうになるが、それは敢えて飲み込み、ただ無言でレウターの後に続く。横にはフローラがいるが、さっきまでの楽しい表情とは裏腹に、顔色を悪くしながら歩いていた。


「フローラ…大丈夫か?」

「あ、うん…ちょっと思い出しちゃって…」


 フローラにとって騒乱とは、やはり『魔女狩り』を思い出してしまうのだろう。それだけフローラの心に深く傷を作っているのだ。


「家にいてもいいんだぞ…?」

「ううん。もう待つだけは…嫌なんだ」

「そうか…」


 ディレザリサは知っていた。フローラがディレザリサの見ていない所で、いつも創造魔法を練習しているのを。きっと、これまで置いてけぼりをされているのが嫌なんだろうな…と、陰ながら応援していたのだが、あの日、フローラがディレザリサに勢い任せに言った言葉の裏には、自分が足でまといになりたくないという気持ちも込められていたのだろう。


「フローラ」

「何…?もう、大丈夫だって!」

「…うん。頼りにしてる」

「え…?あ…うん!」


 フローラの顔に正気が戻り、ディレザリサに「お花何がいいかな!」とはしゃぎながら相談している。


「そうだな…どうせなら根の張る植物が良いんじゃないか?」

「ディレ…それは流石に駄目だよ…」

「なら、白い花でどうだ?」

「それはもっと駄目!!」

「そうか…ハイゼルに安らぎをと思ったのだが…」

「ディレさん。それだと永遠の安らぎという意味になってしまいますよ?それでしたら…黄色いカーレイションなど如何ですか?」


 レウターが思い付いたように手を叩きながら、口元を歪ませて提案した。


「レウター様…その意味をご存知で言ってるんですよね…?」

「ええ。きっとハイゼル君も喜ぶと思いますよ」


 因みに黄色のカーレイションの花言葉は『失望』『軽蔑』『拒絶』という意味だ。こんな物を意中の相手から贈られたら、その場で泣いてしまうかもしれない…とフローラは思った。そして、レウターという男が、正真正銘の最低な男だと、改めて思い知ったのだった。

 暫く通りを進むと、一件の花屋があった。店頭には色鮮やかな花々が美しく飾られている。店内には直射日光に弱い草花が展示されていて、花の甘い香りが薄らと香ってくるようだった。


「私はここで待っています。私が店内に入ったら、店主の方も驚かれると思いますのでね」

「それを今言うのか…」


 問答無用でグロッツォの店へ入っていった男の言う言葉ではない…と、ディレザリサはレウターに呆れながら、フローラの手を引いて店内へと入った。


「いらっしゃ…あら、アナタ達はいつもこの通りを通るべっぴんさんじゃない!ようこそ私の店へ!歓迎するわぁ♪」

「わ、私はそんな事ないですよ!綺麗なのはディレだけです…」

「何言ってるの!貴女も充分可愛いじゃない!もっと自信持って!」

「あ、ありがとうございます…」


 フローラは店主の女に背中をバシバシと叩かれていた。


「フローラ…よく聞くが〝ベッピン産〟とは何て意味だ?」

「〝べっぴんさん〟ね?可愛いとか、綺麗って意味だよ」

「そ、そうだったのか…」


 これまで適当に返事をしていたが、その意味を知った今、ディレザリサは急に顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「あれ?ディレ…もしかして恥ずかしがってる?」

「そ、そんな事ない…!!」

「ふふ…ディレはべっぴんさんだなぁ…」

「う、うるさい!早く選ぶぞ!」

「はいはい」


 ディレザリサは店の外の花を物色し、フローラは店内の草花を物色している。何故ディレザリサが外の花を見ているのかというのは…ご察しの通りだ。一連のやり取りを見ていたレウターは「これは…面白いですねぇ…」と、いやらしい笑みを浮かべながら、どうやってディレザリサを弄ってやろうかと算段を立てていた。


「どんな花を探してるのかな?恋人に贈る…のは男だね。お見舞いかな?」

「はい。この前の事件で怪我した知人のお見舞いに贈る花を探しているのですが…」

「そう…あの事件は本当に酷い事件だったねぇ…でも、不謹慎かもしれないけど、こういう事があると店の売り上げが上がるから、何とも言えないよ」

「職業柄、仕方ないですよね…」


 今回の犠牲者は、北地区の住人の半数…。それだけの被害があった…とレウターが言っていた。つまり、それだけ花を贈る相手がいるという事になる。それが悲しみだけでなく、優しい祈りとして贈られる事を、フローラは願った。


「ごめんなさいね、こんな話をして。お見舞いにはこの花が一番人気だよ」


 そう言って女店主が持ってきた花は、ガーレッラという赤い花だった。


「あ、確かこの花の意味は〝希望、前進〟でしたよね」「おや、詳しいねぇ?その通りだよ。明るい未来を象徴する花だね。この都にピッタリの花だね」

「ディレ、この花にしない?」

「あ、今行く」


 どうやらディレザリサも花に興味があるようで、フローラの元へ行く途中にある花々に、色々と目移りしていた。


「どう?綺麗でしょ?」

「うん…確かに鮮やかな赤が綺麗…」

「安くしておくよ、これを機に贔屓にしておくれ♪」

「ありがとうございます!では、この花を十本包んで下さい!」

「毎度あり♪」


 そして、花束をディレザリサが受け取り、フローラが支払いをしている時、ディレザリサはこの花を見ながら、自分がどうしてこうも『花』というただの草に興味を惹かれるのか不思議だった。それはフローラも同じで、支払いを終えてディレザリサの元へ戻る最中、ディレザリサが何処か満足そうな笑みを浮かべているのを見て『少女化』が進んでいるのでは…と思った。だが、それをディレザリサには伝えず、笑顔で「お待たせ♪」と言うと、ディレザリサは「じゃ、行こうか」と、先程の笑みを隠して、レウターの元へと歩いて行った。


「ほう…ガーレッラですか」

「レウター様って男性なのに、花に詳しいですね?」

「当然ですよ。花に詳しくなければこの仕事は務まりませんから」


 五将総括という地位にあるレウターは、それだけ花を贈る機会が多いのだろう。命を落とす者も沢山いるだろうし、感謝を贈る事も沢山あるはずだ。自分がレウターを少し軽蔑してしまった事を、フローラは心の中で恥じた。


「花には様々な物がありますからね。根に毒を持つ物、葉に毒を持つ物、花の蜜、茎に毒を持つ物など…それらを知っておけば、色々と役立つんですよ」

「…そうですか」


 やはりこの人はぶれないな…とフローラは思い、先程恥じた気持ちをバッサリと棄てた。


「やはりお前は下衆だな…」


 ディレザリサがレウターにド直球な感想を吐くと、レウターは「いえいえ」と、割と気にしていないような仕草をしている。


「では、花が萎れてしまわなぬ内に、早く城へ向かいましょうか」


 その後は、レウターとディレザリサが毒を吐き、そして吐き返しながら、城へと続く道並みを、フローラは黙って歩いて行った……。


 【続】

《小説の書き方の変更について》

今まで会話の部分で一行開けていましたが、この話より先は一行開ける事は止めにします。いきなりの変更で大変申し訳御座いませんが、何卒ご了承下さい。


by 瀬野 或

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