〖第四十一話〗英将、本気を出しました
ハイゼルが向かっているのは、北地区の中央にある一際大きな建造物。普段はその建物の中に様々な店が入っていて、リーズナブルな価格で買い物を楽しめる中古品マーケットになっているのだが…どうやらそこを暴虐の牙が占拠しているらしい。その証拠に、そこを中心とした周囲で激しい戦闘が繰り広げられている。これまでの戦闘で何人の民が犠牲になり、何人の兵が負傷しただろうか…それを思うと、ハイゼルは気だけが焦ってしまう。
(英雄が聞いて呆れる…何が英雄だ…ッ)
然し、ここで気持ちが折れてしまえば、それこそ負傷した者達に顔向け出来ない。戦場とは常に死と隣り合わせなのだ。
臆せば死ぬし、臆さずとも死ぬ。
それだけの事が起きるのが戦場。
飛び交う火の玉を躱し、襲いくる暴力に抗い、自らの信念と民の為に剣を振るう。
「クソッ!!何で当たらねえ…ぐはっ!!」
「ハイゼル…グラーフィン…化け物め…ぐぉふ…」
「ふぅ…」と疲労の息を吐いて、ハイゼルは剣を鞘に収めた。これでこの付近にいる暴虐の牙の団員はあらかた片付けたのだが、まだ所々で火の粉が上がっている。つまり、戦いは終わっていない。
「やはり、敵の将を討取らなければ…」
ハイゼルはそう思いながら、ふと空を見上げると、上空から『何か』が落下してくる事に気が付いた。
「新手の魔法か…?」
然し、どうやら『ソレ』は、魔法でもなければ爆弾でもない。徐々に近付くにつれ、その全貌が露わになると、どうやらこの物体は『人間』のようだ。しかも、その姿には見覚えがある。
「───まさか…グライデン様ッ!?」
そう確信した時は既に遅く、轟音と共に地面に叩きつけられていた。その衝撃で、場に灰色の塵が舞う。
「クッ───グライデン様!!ご無事ですか!?」
グライデンは魔力を持たない。なので、あんな上空から叩き付けられれば一溜りも無い…はずなのだが、塵が晴れてくると、立膝を着いているグライデンの姿が見て取れた。ハイゼルは直ぐにグライデンの元へ駆け寄り、声を掛ける。
「グライデン様…!!」
然し、グライデンはハイゼルに見向きもせず、自分が飛ばされたであろう方向だけを見つめていた。
鎧は所々砕け、その身体には幾つもの傷跡がある。一番重症だろう脇腹の傷からは、今も大量に血が溢れ出していた。
「チッ…吹き飛ばされたか…」
身の丈よりも大きな剣を、杖のようにして立ち上がるが…痛みが酷いのだろう、立ち上が間もなく、また膝を着いてしまう。
「グライデン様!!ハイゼルです!!ハイゼル・グラーフィンです!!」
グライデンはその声を聞いて、ようやくハイゼルがそこにいる事を確認した。今の今まで、神経を研ぎ澄まし、敵対する相手を警戒していたのだろう。
(す、凄い集中力だ…これが百戦と謳われる剣の将…)
「ハイゼル…あぁ、グラーフィンの小僧か…。下がってろ、お前にあの相手は無理だ」
一度こそハイゼルを見たが、グライデンは直ぐにまた目の前に集中する。グライデンがそこまで言う相手なのだろう。つまり、グライデンと互角か、それ以上の相手なのだ。
だが、ハイゼルからすればグライデンは既に満身創痍だ。砕けた鎧が、血の滴るその剣が、致命傷たる脇腹の傷が、もう一歩足りとも動けない…そうハイゼルに伝えてくる。
「な、何を…その身体ではもう無理です!!私が代わりに引き受けますので、お下がりく───」
「貴族の坊ちゃんには無理だっつってんだ、下がってろ!!」
「───ッ!!」
その迫力に気圧され、一瞬後退りしてしまったが、それでもハイゼルは喰らい付いた。
「い、一体誰がこんな事を…!?」
然し、その答えは直ぐに分かる。
「───おい。もう逃げらんねぇぞ」
「え───?」
背後にある壁が突如吹き飛ばされ、土煙と瓦礫がハイゼル達に雨のように降り注いだ。
「なんだよ…まぁだ生きてんのかァ?ったく…タフな野郎だぜェ…」
その者は、土煙を薙ぎ払うように剣を一振りすると、その剣圧で土煙は一瞬にして掻き消えた。そして、掻き消えた土煙の中から現れたのは、百九十センチはあるのではないかと思える大男だった。右手に持った大剣を肩に掛け、ニヤニヤと笑いながら首を鳴らし、ハイゼルを見る。
「あァん?何か増えてると思えばァ…英雄様じゃねぇかァ…」
「狼の牙の首飾り…暴虐の牙かッ!!」
ハイゼルは剣を構えた。
この男こそ間違いない。暴虐の牙の頭だ。その首には賞金も懸けられている。
「そう。この俺様がァ…暴虐の牙の頭…ファング様だ、覚えておけよォ…?」
ファング・デイバーソン。
王制に異議を唱える革命家であり、その過激な行動から、指名手配をされている危険度『ディルダ級』の犯罪者。
危険度というのは『コルダ』『ロッダ』『ディルダ』の三つに分かれていて、その中でも『ディルダ』に指定された者は、凶悪犯の中の凶悪犯だ。特に『国家反逆』『反政治活動』を唱える者達が、この『ディルダ』に組み分けされるが、『ディルダ』と指定された犯罪者の中には、五将にも匹敵する者達もいると噂されている。今回対峙している『ファング・デイバーソン』もその内の一人で、『魔剣〝残虐獣の牙〟』の使い手。
以前にも魔剣使いと対峙したハイゼルだが、あの時の魔剣は偽物だった。然し、偽物でありながらも、その効果は一般的な剣とは凌駕する程に協力な力を秘めていた。今回対峙するファングが使う残虐獣の牙は、ここまでグライデンを追い詰めただけあり、本物なのだろう。
「おい小僧…どけ…」
グライデンは無理矢理立ち上がると、ハイゼルを片手で押し退けた。
「グライデン様!!その身体では無理です!!」
「俺は剣将グライデン・マーティンだ…これくらい…」
明らかに強がっているのは見て取れる。だが、グライデンは『己の誇り』を貫こうとしているように見えた。それがグライデンの強さの根底にあるものなら、それを否定するのは『侮辱』になる。だが、ハイゼルも引けない。
───なぜなら彼もまた『五将』なのだ。
「グライデン様…確かにグライデン様はお強い。だが、私も五将の一人〝英将 ハイゼル・グラーフィン〟…ここで引く訳にはいかないのです!!」
「チッ…勝手にしろ」
その言葉を聞くと、グライデンは初めて安堵の色を見せた。グライデンも分かっていたのだ。ハイゼルがただの『貴族の坊ちゃん』ではなく『英将』である事を。だが、『英雄』でも『英将』でも、戦意が伝わらない者に戦場は任せられない為、敢えてハイゼルを退けようとしたのだ。
「へへへェ…俺はどっちでもいいぜェ…?二人まとめてかかってこいよォ…」
ハイゼルは剣を強く握り締め、ファングを睨み付ける。
「貴様の相手など、私一人で充分だ。魔剣は回収させて貰うぞ」
「言うなァ…英雄様よォ…直ぐに殺してやらァ…」
これまで幾つも死線をかいくぐった。
何度も死にかけた。
失態も犯したし、迷惑だってかけた。
だが、それもここまで───
英雄ではなく、『英将』の冠を受けた時に、ハイゼルは誓ったのだ。
「私は…国を…世界を守る為に剣を振るう!!」
〝汝 我が盟約に応えよ
自然を愛し 自然と共に生きる者よ
今こそ 魔を伐ち滅ぼす力を───
「───我に与えたまえッッッ!!」
今まで纏っていた蒼い魔力が、紅いの色に変わる。
「な、なんだ…なんだその力はよォ…!?」
その大いなる力の前に、ファングは後退りする。空気が焼き付くような…冷たく燃える炎のような力を、ファングだけでなくグライデンも感じていた。
「これが本来の〝精霊王の力の片鱗〟…これを見て無事に帰れると思わない事だな!!」
「こ、こっちには〝残虐獣の牙〟があるんだぜェ…?そう簡単にやられてたまるかァァァァッ!!」
ファングが魔剣を一振りすると、巨大な狼の姿をした魔力の獣が姿を現し、ハイゼル目掛けて突進してきた。
「暴虐獣…?ただの獣だな…」
ハイゼルは、その魔獣の後頭部目掛け、右手の拳を放つ。すると、魔獣は消し炭のように消えていった。
「お、おィ…嘘だろォ…?グライデンの奴も…これは躱せなかったんだぜェ…!?なら、これならどうだァァァ!!」
ファングが魔剣を何度も振るうと、その回数に合わせた魔獣が姿を現す。合計で五匹の魔獣がハイゼル目掛けて向かってくるが、それら全て剣を使わず、自らの拳と蹴りで掻き消した。
「ば、馬鹿なァ……!?」
「手品はもう終わりのようだな。この程度なら、南地区にいる大道芸人の芸の方が面白いぞ」
「───ッ!!」
「そろそろ終わりにしようか…ファング。一撃で屠ってやろう…」
ハイゼルは刀身をファングに向ける状態で、剣を眼前に構えた。
「ま、待て…は、話を───」
「〝朧崩し〟」
「───ッ!?」
ファングが瞬きをした瞬間、眼前にいたハイゼルの姿が消えた。それは、グライデンも同じで、一瞬何が起きたのか分からなかった。
ハイゼルはファングの背後にいる。既に剣を鞘に収めた状態で、振り向きもせず前を見ていた。
「───〝零の太刀〟」
その瞬間、ファングの左肩から斜め下に向かって、ファングの身体が真っ二つになった。血すら飛び散らず、まるで柔らかい物をゆっくりと切ったように、ストンと地面に落ちた。
「ハイゼル…まさか、これ程とはな…」
グライデンはハイゼルの背中を見つめた。
正しく、その佇まいは『英雄』であり『英将』と呼ぶに相応しい。だが、そう思ったのも束の間、ハイゼルはそのまま膝を着いて倒れてしまった。
「チッ…お前が倒れたら、この状況で誰が救助すんだよ…」
そう言いつつも、グライデンは満足そうに笑った。
* * *
「だから以前にも言ったように、その力を使う時は、必ず〝救援を呼んでから〟にして欲しいものです…」
「す、すみません…」
ここは城内にある救急医務室。
ハイゼルとグライデンは、あの後支援に駆け付けた兵士達によって、ここまで運ばれたのだった。そして今、ナターニャに文句を永遠と聞かされ続けている。
「いいですか?その力を使った後、貴方は〝ほぼ無能〟になるのですから、それを弁えた上で───」
「チッ…女が戦に口出すんじゃねぇよ」
「グライデン!!貴方もですよ!!毎回毎回戦場を突っ走って…作戦も何も無いじゃないですか!!毎回治療するのは私なんですよ!?」
「…すまん」
「だから男は嫌いなんです!!」と、ナターニャは文句を垂れ流しながら、ハイゼルとグライデンを交互に治療していく。
「おい…ハイゼル」
隣のベッドに寝ている包帯だらけのグライデンは、ハイゼルに声を掛けた。
「何でしょうか…」
「俺はお前の戦いっぷりをあまり見た事が無い…お前はいつもあんなめちゃくちゃな力を使ってるのか…?」
それに対してハイゼルは、苦笑いを交えながら答えた。
「いえ…いつもは聖石の力の半分も使ってません。聖石の力を全て解放すると…見ての通り、使用後はこんな情けない状態になってしまうのです…」
精霊王の聖石は、精霊王の力を宿した石であり、その力を解放すると、所有者に人知を超えた絶大な力を与える。然し、その力の全てを解放すると、後遺症として、約一日間行動不能、魔力欠乏に陥る。つまり、話すだけで精一杯で、指の一本すら動かせないのだ。つまり、この超絶的な力を悪用しようにも、その力を振るう事が出来るのは数分であり、その後に無能になってしまうので、悪用など絶対に出来ないのだ。なので、普段は聖石に呼び掛ける時、途中で呼び掛けを止めて、その分だけの力を使えるようにしているのだが、これも実はリスクが伴い、使用している間は魔力が徐々に失われていく。なので、魔力を補う回復薬だけは必ず常備しているのだ。だが、全ての力を解放した後では、魔力の補給が出来ない。何故なら『行動不能』だからだ。つまり、ハイゼルは自分で『食事』する事も出来なければ、『用を足す』事も出来ない…まさに『無能』なのである。
「本当に最低な力です…ディレザリサ様の下の世話なら喜んで引き受けるのに…何故男の下の世話なんか…」
「た、大変申し訳ありません…」
「早く〝ディレザリサ様〟意外の奥方を迎えて、その方に世話させて下さい!!」
「そ…、それに関しては異議が!!」
今の会話を聞いていたグライデンは、会話の途中に聞く『ディレザリサ』という人物が気になった。
「おい…その〝ディレなんとか〟ってのは誰───」
そう聞こうと思ったのだが、ナターニャの表情がサッと変わり、いつの間にかグライデンの首に大鎌の刃が向けられた。
「貴方がその名を口にするのだけは許しませんよ、グライデン。あの方こそ私の天使…いえ、女神…いいえ、私が最も愛する方なのですから」
「わ、分かったからこれを退けろ…お前、性格変わったか…?」
「私は昔からずっとこうですよ」
鎌は瞬時に消えて、ナターニャの表情には微笑みが浮かんでいる。
「ハイゼル…俺がグラーディンにいない間に、何があったんだ…?」
「そ、それは…多分、レウター様でもお話し出来ない深い事情がありまして…」
「チッ…まあいいか」
そして、グライデンは目を閉じて眠りについた。
五将の中でディレザリサの正体を知っているのは、レウター、ハイゼル、ナターニャ、ゼルの四人だけだ。そして、これは極秘事項として四人の取り決めとなっている。つまり、幾らグライデンが五将だからと言って、迂闊に話せる内容ではないのだ。
ハイゼルはナターニャに目配せをすると、ナターニャは伏し目がちで「申し訳ありません…」と言うように、軽く頭を下げた。
グライデンは目を閉じて考えている。ナターニャの変貌、ハイゼルの力、今回の騒動、そして『ディレザリサ』と呼ばれる者の存在。あのレウターさえ口を閉ざすと言われるという事は、それだけの存在なのか…もしかするとその存在が、今後この国を大きく動かす事になるのかもしれない。
(そんなわけねぇか…)
だが、グライデンの心に過ぎる『違和感』は、その一言で片付ける事を許さなかったのだった。
【続】




