〖第四十話〗英雄、初めて五将として活動しました
城の屋上にある広場で、ハイゼルは城下の街を見下ろしていた。吹き抜ける風がハイゼルの髪を撫で、さらりと揺らす。
この世界での首都であるレイバーディンは、ここで成功を掴めれば人生が大きく花開くと言われている。それ故に移民も多く、それだけ危険も増えるのだが、軍が統制しているのもあり国が傾くような犯罪は起きていない。いや…そうなる前にレウター率いる五将が阻止しているので、表立っていないだけだ。
暗躍する者達を改めて感じたのが先日、ナターニャが引き起こした事件。あの時駆り出されていた兵達は、謀反を企てている者達で構成されていた…と、後々になってレウターから伝えられた。あの時生き延びた者達は、今も牢獄に閉じ込められている。
この事件をきっかけに、ハイゼルは、都の中ではなく城の中にも危険な存在がいるのではと感じて始めていた。普通に接しはするが、ナターニャこそあの事件の犯人でもある事から、他の五将は大丈夫なのかと不安を隠しきれない。
「人を信じる事が、これほどに難しいとは…」
胸元から聖石を取り出し握り締めると、それに応えるように仄かに温もりが伝わってくる
。
かつて精霊王から託されたこの石は、守りたい者を守る為に…と授かった宝石だ。その色は海よりも青く、空よりも澄んでいる。ハイゼルが一声かければ聖石の中に封じられている『精霊王の力の片鱗』を、その身に宿す事が出来る。それだけでも人知を超える力なのだから、精霊の王は更に強大な力を持っているのだろう。
「精霊王か…かつてのディレさんもそうだったのだろうか…」
元・竜の王であるディレザリサはどうなのだろう…と想いを馳せたが、脳裏に蘇ったのは綺麗な長い髪と、優しい微笑みだった。
「───だ、駄目だ駄目だ!!」
雑念を振り解こうと頭を振るが、どうにもその姿が消えてくれない。
ナターニャが事件を起こしたあの日、ディレザリサに気付いてないような素振りを見せたが、実はしっかりと視認していた。だが、どう声を掛けて良いものか分からず、自分を誤魔化したのだった。あの事件の後、ディレザリサと話す機会があったのだが、何ともバツが悪く「気付かなかった」と嘘を吐いてしまった。ディレザリサは特に気にしてはいなかったのだが、その件が未だに棘となってハイゼルの心をチクリと刺し続けている。
「もう一度、ちゃんと話をしなければ…」
一つだけ溜め息を吐き、中へ入ろうと踵を返して階段を降りようとしたその時、何処からともなく爆発音が響いた。
「───何事だ!?」
音がした方を振り向くと、北地区の方で大きな黒煙が上がっている。北地区は何かと問題が多い地区ではあるが、ここまで騒ぎを起こした事がかつてあっただろうか?いや、あった事はあるが、それはまた別の話であり、今回の件とは別だ。
急いで現場に駆けつけようと階段を降りると、兵士がハイゼルの元へやって来た。
「ハイゼル様!レウター様が広場までとお呼びです!」
「分かった、今すぐ行こう。君も準備したら直ぐに北地区へ向かってくれ!」
「かしこまりました!失礼致します!」
城内は慌ただしく駆け回る兵士の鎧の擦れる音が忙しなく聞こえる。それはまるで警鐘を鳴らすかのように、四方八方から響いていた。
ハイゼルが広間に到着すると、レウターは落ち着いて兵士達に指示を飛ばしている。
「遅くなりました、レウター様!状況はどうなっていますか!?」
「ふむ…。北地区で起きた爆発は、どうやら我々への挑戦状みたいですね」
「挑戦状…ですか…?」
「この都には…残念ですが御しきれていない勢力が幾つかあるのは知っていますね?その中の一つ〝暴虐の牙〟と呼ばれている一団があります。彼らがどうやら北地区を占拠し、我々に対抗しようとしているみたいです」
「なるほど…つまり暴虐の牙は、我々に対抗し得る〝何か〟を手に入れ、それを武器にして…と言う事でしょうか?」
「その可能性が高いですね…然し、現場では〝グライデン〟が指揮を取っているので、暴虐の牙に勝ち目はほぼ無いのですが…全く、久しぶりの緊急配備だと言うのに、私が現場に行けないのは些か退屈ですね…と言う事でハイゼル君。現場に出動して、グライデンの補佐をお願いします」
『百戦』の異名を持つ『剣将』グライデン・マーティン。『百戦』の異名は百回の戦闘という事ではなく、一人で百人の敵兵を討ち取った事から付いた異名である。その為、戦にグライデンがいると、それだけで降伏する相手もいる程、敵国から恐れられていた。現在は和平条約を諸国と結んでおり、国と国が争う事も無くなってきてはいるが…グライデンがあまり城にいないのは、つまりそういう事でもある。また、中央大陸に潜む魔物。魔獣を討伐しているのもグライデンの率いる『マーティン騎士団』なので、グライデンと会う機会はあまり無い。なので、ハイゼルもグライデンがどういう人物なのかは詳しく知らない。
「分かりました。私がグライデン様に迷惑をかけないか心配ではありますが…」
それだけ強い人物であるグライデンの足を引っ張る訳にはいかない。今回は件が件だけに尚更だ。一般人も致傷者が出ているだろう。兵士も既に何名か負傷して戻って来ていて、それをナターニャ達聖職者が回復魔法で治療したり、薬等で応急処置を施している。つまり、現場はかなり深刻な状態だろう。そんな中、状況も掴んでいない自分が出て行ったら、迷惑を掛けてしまうのでは…と、ハイゼルは危惧していた。
然し、レウターはそれをあっけらかんとした表情で「君は強いので大丈夫でしょう」と一脚した。その言葉がどれ程ハイゼルの支えになったか、ハイゼルは再び前を向いた。
「───では、行って参ります!」
そう言って目的地に向かおうと駆け出そうとしたが、レウターに呼び止められた。
「ハイゼル君」
「はい。何でしょうか…?」
「君はもう〝五将〟なのですから、呉々もそれを忘れないようにして下さい」
レウターの忠告に「はい!」と二つ返事をし、ハイゼルは騒乱の北地区へと向かって行った。
* * *
北地区は想像よりも酷い状況だった。立ち所に黒煙が上がり、瓦礫の下敷きになっている者を助けようとしている者や、道の端で倒れている兵士や民間人がいる。その中に埋もれるように倒れているのは、兵士に討ち取られた暴虐の牙の一員だろう。消火活動をしているのは魔法士団と、民間の自衛団のようだ。
「暴虐の牙め…ここまでして得るものは、破滅しかないと分からないのか…!?」
込み上げた怒りが、ハイゼルの闘志に火を点ける。
阿鼻雑言が飛び交う瓦礫で散乱した…かつて『大通り』と呼ばれていた道を駆け抜ける。先ず探すべきはグライデンだ。彼が指揮を取っているので、現状を聞かねばならない。だが、北地区のこの状況でグライデンを探すのは困難を極める。つまり、グライデンを探すと言うより、自分の目で現状を確認して動くべきなのだろう。それがレウターの言っていた『忠告』の意味か…とハイゼルは気付いた。
「〝汝 我が盟約に応えよ〟」
ハイゼルの首にかけられた精霊王の聖石は、ハイゼルの呼び掛けに応えるように蒼色の輝きを放ち、やがてハイゼルの身体を包み込む。人知を超える精霊王の力の片鱗を纏い、剣を天に掲げた。
「〝魔力探知 索敵〟」
範囲を北地区に絞り、強大な魔力を探る。グライデンの魔力は見当たらない。それもそのはずで、グライデンには魔力が無い。このご時世、魔力を持たない者は少ないのだが、グライデンはその数少ない内の一人で魔力探知に掛からない。なので、ハイゼルが今まで感じた事のない魔力を探す。きっとその近くにグライデンがいるだろう。
「───見つけた!!」
地を蹴り、まだ崩れていない建物の屋根へ飛びのる。然し、運悪く、そこには武装した盗賊風の男達が息を潜めていた。
「暴虐の牙か…」
どの男も『狼の牙』で作られたネックレスを首からぶら下げている。これが彼らの象徴なのだろう。
「ハイゼル!!覚悟おおおぉぉぉッ!!」
四人の盗賊風の男達は、剣を振り翳しながら一気に迫ってくる。だが、ハイゼルはそれを軽く受け流し、バランスを失った男達にそれぞれ一撃を加えた。その間十秒足らず。
「は、ハイゼル…グラーフィン…恐るべし…」
「───私に剣を向けた事を後悔しながら、地獄に落ちるんだな」
ハイゼルは息を整えもせず、そのまま隣の屋根、隣の屋根へと渡って行った。途中、眼下では兵士と暴虐の牙達が剣を交えている。
「早く終わらせないと…」
───その一瞬の隙を突かれた。
横から炎の弾がハイゼルに直撃する。
「───ッ!!」
脇腹に着弾し爆発したが、ダメージはそこまでではなかった。然し、バランスを崩して近くの屋根へ降りる時、危うく落下しそうになってしまった。それを好機と、今度は氷柱がハイゼルに向けて飛んでくる。その氷柱を剣で真っ二つに割ると、ようやく魔法を放ってきた相手が見えた。人数は二人。だが魔法使いではない。杖の代わりに拳銃をこちらに向けている。
「〝魔装弾〟かッ!!」
魔装弾は魔法召詠無しで下級魔法を発動出来る銃弾だ。最近出回り始めた物だが、こうして実戦で使われるのは、ハイゼルは初めてだった。
「ただの魔装弾と思うなよ?今のはほんのご挨拶だぜ?」
「───何?」
二人の男はもう一丁の拳銃をバックルから取り出すと、合計四丁の拳銃で炎の弾を撃ち出した。その四つの火球が合わさり、一つの大きな火球となって、ハイゼル目掛けて飛んで来る。
「コイツの威力は中級魔法にも匹敵する!!いくら英雄様でも無事には済まないぜ!!」
普通の速度ならこの火球を躱す事は出来ないだろう。だが、今のハイゼルは精霊王の片鱗を宿している。つまり、ハイゼルが得意とする超速の剣技が使えるのだ。
「───秘技…朧崩し!!」
轟音を轟かせながら迫ってくる火球を瞬時に躱し、上空から超速の斬撃を二人に浴びせた。
「───ぐはッッッ!?」
二人はいとも簡単に倒す事が出来たのだが、先程躱した火球が下の地面に着弾し、大爆発を引き起こす。
(これが中級だと…?下手したら上級魔法並みの威力じゃないか!!)
ハイゼルは床に転がっている拳銃を、剣で粉々に粉砕した。
(そうか…暴虐の牙はこれを使って反旗を翻したのか!!)
あの時発生した爆発の正体も、きっとこれに違いない。
ハイゼルは今一度気を引き締め、再び標的の元へ走り出した───。
【続】




