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私、元は邪竜でした  作者: 瀬野 或
三章 邪竜と聖者 〜中央大陸 首都レイバーテイン 暴虐の牙編〜
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〖第三十八話〗私、仕事を斡旋しました


 グロッツォに連れられて店内に入ると、扉に付けてある鈴が『カランカラン』と鳴る。すると、店の奥から「いらっしゃいませ!」と青年が出迎えてくれた。


「あ、親方!おかえりなさい!…そちらの方々は?」


「おう!ランダに行った時に知り合ったディレちゃんとフローラちゃんだ。お前にも話しただろ?」


 すると、店番をしていた青年は「ああ!」と思い出したように手を叩いた。


「親方が話していた〝べっぴんさん〟とはこのお二人でしたか!初めまして、私は〝リサ・エルネスティ〟と申します」


「「リサ…?」」


 ディレザリサとフローラはお互いに目を合わせて首を傾げる。『リサ』という名は女性名だ。男性でリサという名を付ける親はいない。


「あー…よく見間違わられるんですけど、私は女です…あはは…」


「す、すみません!ほら、ディレも謝って!」


「ご、ごめんなさい…」


 強引に頭を下げられ、少しムッとするディレザリサだが、確かに性別を見間違えるのは失礼に値する。だが、それだけこの『リサ』という女性は、男性に見間違える程、その容姿が良い。整った顔立ちに、引き締まった身体、腕には程よく筋肉が付き、何処からどう見ても男なのだが、確かにそう言われてみると、唇が柔らかそうな形をしているし、胸も少し出ていた。


(大きさは同じくらいか…いや、何を安堵しているんだ私は…)


「胸があると色々と邪魔なので、サラシを巻いてるんですよ」


(なん…だと…!?)


 つまり、見た目はディレザリサと同じ程度だが、サラシを解いたらそれ以上の大きさという事になる。つまり、答えはディレザリサの方が小さい…という事になる。


「ディレ…女の子は胸の大きさだけじゃないよ!大丈夫!まだ成長期だよ!」


「・・・・・・」


 竜である自分が人間としての成長期があるのか一抹の不安を覚えながら、ディレザリサは気を取り直し、もう一度店内を見渡した。壁には甲冑や盾が飾られ、店の真ん中に壁のような物があり、そこに剣が丁寧に飾られている。会計を済ますカウンターの前には、無造作に何本も剣が入れられた箱があり、『セール品』という文字が書いてある。


「まあ、ゆっくり見てってくれ!」


 そう言うと、グロッツォは露店に出していた商品を店内へと運んでいく。それをリサは手伝いながら、「あ、これ可愛いな…」と零していた。それを聞くと、女性らしい感性もあるのだな…とディレザリサは再確認した。


 フローラは壁際に飾られている甲冑や盾を見ながら「わぁ…重そう…」と、率直な感想を言いながら、横に横にと物色している。ディレザリサはと言うと、店の真ん中に飾られている剣を見ていた。


「どれもなかなか…この腕でも売れないのか…」


 と、ブツブツ言っていると、積荷を下ろし終えたリサがディレザリサの横に来た。


「親方の打つ剣は、多分この王都の中で一番の業物ですよ。私はこの剣を見た時に一目惚れしまして…それで無理を言って親方に弟子入りしました。実は、こう見えてちょっと前まで剣士だったんです」


「そうですか…元剣士である貴女が惚れ込む程の剣なのに、何故売れないのでしょう?」


「親方は…商売が下手なんですよ。ああ見えて結構頑固な性格で、自分が気に入った相手じゃないと絶対に売らないんです」


武器は相手の命を奪うものだ。グロッツォのやり方は、それに見合う正しいやり方かもしれない。


───だが、それは武器商としては苦しいだろう。


武器は消耗品だ。業物わざものと呼ばれる剣でもない限り、折れたり刃毀はこぼれする。いや、いくら名剣と呼ばれようが、使い続ければそれ相応に刀身に痛みが生じる。なので、忠実に磨いたりしなければ錆びて使い物にならなくなるのだ。故に剣は消耗品なのだが、グロッツォは客を選ぶ。一度断られた客は先ず来ないだろう。それに、断られた客は店の悪評を流し、一層客足が遠退く。その結果、武器や防具が売れなくなるのだ。

だが、今のグロッツォを見る限りそんな風には見えない。横柄な態度だが人当たりも良く、商売下手とは思えないのだ。


「何か心境に変化があったんでしょうか…最近は都を離れてアクセサリー売りをしてたんですけど、ランダから帰ってくるなりいきなり工房で剣を打ち始めまして、打ち終えた剣に、今度は竜を彫り始めて…それが終わったらまた露店でアクセサリーを…親方は一体何がしたいんだか…」


リサが落胆しながら話していると、グラッツォが店の奥から大きな縦長の箱を抱えて出てきた。


「ほらよ!持ってきな!」


そう言ってディレザリサに手渡し、満足そうな笑顔を浮かべる。


「これは…?」


その騒ぎを聞きつけ、フローラは「開けてみようよ!」と騒いでいる。ディレザリサは一度グロッツォを見ると、グロッツォは頷きだけで返した。それを了承と捉えたディレザリサは、会計をするカウンターに箱を置き、ゆっくりと開けた。その箱の中身は、先程見せてもらった剣が入っていた。


「え…?良いんですか…?」


「ディレちゃんにはちゃんとした報酬を渡せてなかったからな。好きに使ってくれ!」


「ありがとうございます…」


 ディレザリサはそっと剣を箱にしまうと、大切そうに抱き締めた。


「親方…太っ腹ですね!この調子でお客さんも連れて来て下さいよ!」


「馬鹿野郎!適当な客に剣を売れるか!」


(適当な客には売れない…か…)


 グロッツォは剣を使う相手を見て判断する。なら、それ相応の相手なら剣を売るという事だ。


(それなら丁度良い奴らがいるじゃないか…)


 ディレザリサが何を考えているのかフローラは直ぐに分かった。


「グロッツォさん。今度知り合いを連れて来ても良いでしょうか?」


「おう…構わないが、俺はそいつがちゃんと剣を使えるのか見極めて、相応しくなかったら売らないぞ。それでも構わないなら良いぞ?」


「親方!そこまでしなくて───」


「───剣は人の命を奪う物だ。正しく使えねぇ奴には売れねぇんだよ」


 ここまで徹底するには何か理由があるんだろう。ただ、それ以上の追求は許さない…そんな目をしている。


「では、私の知り合いがグロッツォさんの剣を扱えるか、見定めをしっかりお願いしますね?」


「グロッツォさん。多分吃驚すると思いますよ?」


 フローラは悪戯っぽく言うと、ディレザリサと目を合わせた。



 そして翌日──────



 今日も、閑古鳥が鳴きそうな程、客のいないグロッツォの鍛冶屋兼武器防具屋は、相変わらずの不人気っぷりだ。


「親方…今月も売り上げが大ピンチですよ…」


「仕方ねぇだろ…武器商売はシビアなんだよ…」


 そんな時、突然扉が開いた。


「グロッツォさん、約束通り知り合いを連れて来ました」


「ディレちゃんか!待って…た…ぜ…えええぇぇぇ!?!?」


 ディレザリサの後ろにはフローラがいて、その後ろからハイゼル、レウター、ナターニャが続いて入ってきた。


 現・五将の内、三人の将が此処に集結したのである。


「う、嘘でしょ…なんで五将が…?」


 リサは何が起きてるのか分からずパニックに陥り、グラッツォはただ口を開けて呆然と立ち尽くしている。


「ディレさんが言っていた店とはここでしたか…確かに凄い…レウター様!この剣をご覧下さい!」


「ふむ…確かに素晴らしい…まぁ、ディレさんに見せて頂いた時にどれほどの腕かは分かっていましたが…想像以上ですね」


「私はこちらにあるイヤリングが良いです。ディレざ…さん、ペアでどうでしょうか!?」

 

 三人の将は、それぞれ思い思いに武器や防具等を吟味しては、あーでもない、こーでもないと呟いたり相談をしている。

 そんな中、やっと意識を取り戻したグロッツォは、駆け足でディレザリサの元へやって来ると「これはどういう事だ!?」と困り果てていた。


「知り合いを呼んだだけですよ?」


「ディレちゃん…アンタ一体何者なんだ…?五将が知り合いとか、只者(ただもん)じゃねじぇぞ…てか、英雄と五将総括までいるじゃねぇか!?」


「お、親方…ディレちゃんじゃなくて〝ディレ様〟って呼んだ方が良いんじゃないですか…!?」


「今まで通りで良いよね、ディレ?」


「そうだね」


 二人は笑いながら答えた。


「店主は貴方ですね?」


 一通り吟味を終えたレウターが、真剣な顔をしてディレザリサ達の所へやって来ると、グロッツォとリサを見て微笑んだ。


「私は五将総括のレウター・ローディロイと申します。少しご相談が有るのですが…宜しいでしょうか?」


「は、はひぃ!?」


 そして、グロッツォとレウターは奥の部屋へと入って行った。

 リサはと言うと、ハイゼルの質問攻撃とナターニャの怒涛のような買い物でてんやわんやになっていた。


 * * *


 五将達の買い物が終わる頃にはすっかり日も落ちて、窓辺から差し込む赤い夕日が店内をノスタルジックに飾る。

 ディレザリサ達は先程店を出て、店内はようやく落ち着きを取り戻した頃、グロッツォとリサは疲労と安堵の溜め息を、思いっきり吐き出した。


「親方…私達明日からどうなるんですか…」


「どうするもこうするも…やるしかねぇだろうがよ…」


 レウターから告げられたのは、武器防具の独占契約だった。これから剣百本、盾三十個、鎧二十着を用意しなければならない。だが、この小さな工房で、しかも従業員二人では作り終えるのに年月が掛かり過ぎるので、もっと大きな工房を用意してくれるとレウターは約束した。後は従業員だが、城に滞在している鍛治職人を全員使って構わないから、鍛え直して欲しいとも言われている。つまり、グロッツォはいきなり城直属の鍛治頭となったのだ。


 二人が途方に暮れていると、再び誰かが店に入ってきた。


「悪いが今日は店終いだ。明日来てくれるか…」


 そう言って断ったのだが、どうも帰る気配が無い。


「おいアンタ、聞こえて───」


「───ディレから聞いて来た…と言えば、店内を見せてくれると聞いたんだが…仕方ない、出直そう」


「い、いや…もしかしてアンタ…」


「───俺はゼル。この国で五将を務めている者だ」


「親方…私はもう限界なので、お願いします…」


「す、好きなだけ見てってくだせぇ…」


「ん?あぁ、世話になるぞ」


 この日以降、グロッツォの作る剣には竜の刻印がされ、『名匠グロッツォ・ドライゾンの竜印の剣』として知られるようになり、剣士や戦士が憧れる剣となるのだが、それはもう少し後の…未来の話である。


 【続】

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