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私、元は邪竜でした  作者: 瀬野 或
三章 邪竜と聖者 〜中央大陸 首都レイバーテイン 暴虐の牙編〜
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〖第三十七話〗私達、懐かしい人に出会いました


 あの事件から一週間が過ぎた。

 未だに夜間出歩く者は少ないが、それが逆に犯罪の抑止力になり、都の治安は皮肉にも以前より良くなっていた。レウター、ハイゼル、ゼル、そしてナターニャの四人は、あの事件の後始末に追われ、この一週間はろくに外にも出れていない。


 ここはゼルの部屋。

 薄暗い部屋はナターニャの登場により、劇的な変化を遂げていた。先ず、暗過ぎた部屋は、発光石の増設によりゼルがギリギリ生活出来るラインまで明るくなり、埃っぽかった部屋も掃除が行き届いている。これはナターニャのせめてもの罪滅ぼしだったのだが、ゼルからすれば迷惑極まりなかった。


「───どうして、こうなった…」


 丸い木のテーブルの中央には花が添えられ、何も敷いてなかったテーブルは、純白のテーブルクロスが引かれている。

 そして、これはレウターの悪ふざけだろうが、スリータを淹れるティーセットが一式、銀の配給代に乗せられて、部屋の片隅に置かれている。


「それにしても、凄いですね…」


 ハイゼルが『凄い』と言ったのは、何よりゼルが身に付けている服だった。いつも着ていた黒いローブではなく、まるで貴族のような、赤色の高級な布で仕立てられた立派な服を着ていたのだ。


「良く似合っていますよ?ゼル」


 もちろん、これらの着衣は全てナターニャによって縫われた品であり、何処にも売っていない。その見事な刺繍は、レウターでも「素晴らしい」と感嘆の溜め息を零す程だった。


「然し、何故俺の部屋に集まる…貴様ら。自室があるだろう…」


 当然、レウターも、ハイゼルも、ナターニャも、与えられている部屋がある。だが、いつの間にかゼルの部屋が五将…いやここにいる者達の溜まり場となっていたのだ。


「お互い確認しなければ分からない事がありますから…それなら、一つの部屋に集まった方が効率が良いんですよ…あ、ハイゼル。その部分はそうではなく、こうやって書くのです」


「ありがとうございます!ナターニャ様!」


 ナターニャは万遍の笑みを浮かべてゼルの質問に答えながら、ハイゼルの間違いを正している。


「いつから五将は仲良しこよしの集まりになったんだ…」


「ゼル。君も諦めが悪い。それより、口を動かすよりも手を動かしたらどうかな?君だけ全く進んでいないじゃないか」


 レウターはゼルの目の前に積まれている大量の書類を指差した。


「レウター・ローディロイ…これも貴様の企ての内か」


「嫌だねぇ…ゼル。私はこれでも君達の事を思ってやっているのだよ?あ、ハイゼル君。スリータのお代わりを」


「はい!」


「はぁ…ディレザリサ様不足です…早くディレザリサ様を愛でたい…」


「な!?ナターニャ様!?それは一体どういう事ですか!?」


「ハイゼル…貴方が悩んでいる合間に、私がディレザリサ様のお心を射止めてしまうかもしれませんよ…?」


「くっ…!!」


 もしかするとディレザリサをナターニャが奪ってしまうのではないか…と、ハイゼルは焦りを隠せなかった。

 そんな中、レウターは「それにしても…」と切り出す。


「君はハイゼルの事が好きなのかと思っていましたよ、ナターニャ。君がハイゼル君によく近付いているのを見ていたからねぇ…」


 「ああ、その事ですか…」と、ナターニャはそれについての説明を始めた。


「私が〝同性愛者〟というのは、もう皆様も知っての通りなので、ハイゼルを恋愛対象としていないのはお分かりと思います。私がハイゼルに近付いた理由、それは…ハイゼルの〝弱点〟を探る為ですよ…フフッ」


 つまり、ナターニャはハイゼルを殺す算段をしていた…という事だった。確かにあの腑抜けていたハイゼルの背後を取るのは容易かっただろう。だが、あの作戦の時にハイゼルを狙わなかったのは、腐っても『英雄』と呼ばれる力を感じた為だった…らしい。


「いや、それは…冗談に聞こえません…ナターニャ様…」


「俺はハイゼルの代わりに斬られたのか…」


 この中で一番の被害者であるゼルは、深い溜め息を吐いた。


「所でハイゼル君。お代わりはまだかね?」


「は、はい!!今直ぐに!!」


「今ではすっかり恋敵になりましたから…ハイゼル?気を抜いたら後ろから行きますからね…?」


「そ、それだけはご勘弁を…」


「ハイゼル君。お湯の温度が低過ぎます。淹れ直して下さい」


「は、はい!!すみません!!」


「いつまでもウジウジしていたら、本当にズバッと行きますからね?」


「は、はい…」


「ハイゼル君。もしやスリータを淹れた事が無いのですか?今度は熱過ぎです」


「す、すみません!!」


「お前ら少しは黙って仕事しろッッッ!!!!」


 その後も和気藹々と話は進んだが、ゼルの仕事だけは一向に終わらなかった。


 * * *


「───ッ!?」


 午後、窓辺から差し込む太陽の光がスリータの表面を輝かせている中、ディレザリサは背筋に悪寒が走った。


「ディレ…どうしたの?」


「い、いや…何か嫌な寒気がしてな…ナターニャ辺りが噂をしているのかもしれない…」


「あー…ナターニャ様ね…」


 ディレザリサを送るという使命を受けたナターニャは、帰りの最中、ずっと頭を撫でられていた。今自分でも考えると、何故拒否しなかったのか疑問だったが、帰宅した際のフローラの反応を見て、自分が『少女化』していたのだと分かった。


「あの時は吃驚したよー…まさか、ディレに彼氏じゃなくて彼女が出来た!?ってさ」


「やめてくれ…思い出したくもない…」


 * * *


 あの日、帰宅したディレザリサを出迎えようと玄関の扉を開けたフローラは、一瞬、何が起きているのか分からなかった。それもそのはず、フローラが目にした光景は、ディレザリサが聖職服を着た歳上の美しい女性に頭を撫でられながら頬擦りされているという、何ともカオスな光景だったのだ。

 一先ず部屋の中に招き入れ、お茶を振る舞い、これは一体何事なのかと訊ねると、その女性がナターニャという名前で、五将で、今回起きた惨殺事件の犯人で…と、一連の流れをナターニャ本人から聞かされた。そして、フローラが一番信じられないのは、この美しい女性がディレザリサに恋をしている…という事だった。フローラは特に同性愛に偏見は無く、寧ろ恋愛の形なんて色々あっていいと思っていたのだが、こうも露骨にそれを表現されると、それはそれで何だか複雑だった。しかも、相手は五将であり、聖職者であり、殺人鬼なのだ。この時点でもう色々と駄目なのだが、ナターニャはそれらを全く気にしてないように見える。

 一連の事件の話が終わると、ナターニャは真剣な趣きでフローラを見つめた。


 そして──────


「フローラさん。ディレザリサ様を下さい」


 と、頭を垂れたのである。


 それはまるで彼氏が彼女の父親に、「お父さん、彼女を僕に下さい!」という、結婚の許しを貰おうとしている彼氏のような姿だった。


「そ、そんなの無理です!ディレは私の魔法の師匠でもあるんですよ!?」


「ではこうしませんか?私達が結婚しても、魔法の修行は続けて構いません。それならフローラさんも納得して頂けるのではないでしょうか?」


 ニコッと笑いながらナターニャは提案するが、それに対してディレザリサが反論した。


「なななな、何で私がナターニャと結婚しなきゃならないの!?そ、それに、私はまだその…結婚とか…よく知らないし…」


「じゃあ、ディレザリサ様…私が結婚について、詳しく教えて差し上げます…一晩中、ベッドの上で…」


「だーーめーーッッッッッ!!!!」


 その後、ディレザリサの『少女化』が解けて、ナターニャがディレザリサについて怒られたのは言うまでもない。


 あの事件からというもの、すっかり都も落ち着きを取り戻し、昼間は露店や大道芸人のパフォーマンスで盛り上がっている。

 ディレザリサとフローラは、昼食が終わった後、久しぶりに露店巡りでもしようと、家から出ていた。


「…おや?そこにいる美少女はディレちゃんじゃねぇか!」


「…ん?」


 何処かで見た事がある顔だ…と思ったが、店の品を見て直ぐに思い出した。


「あら、グロッツォさん。お久しぶりですね」


 直ぐにディレザリサは『外向きの顔』を作る。いつもフローラに『背伸びした子供』と言われるが、ディレザリサはこれしか出来ないのだ。素で『少女を演じる』のは、流石に竜のプライドが許さないのだろう。


「そっちのお嬢さん…えっと、フローラちゃんだっけか?元気そうで何よりだ!」


 グロッツォはガッハッハッ!と笑った。


「そうだ!ディレちゃんこいつを見てくんねぇか!」


 グロッツォが差し出したのは、刀身約50センチの剣だった。その剣を手渡され、ディレザリサは鞘から抜いて見ると、刀身の根元にディレザリサが伝えた通りの竜が、まるで今にも雄叫びを上げそうな迫力で彫られている。また、その装飾も然る事乍ら、剣自身も長さや太さの割に軽く、女性でも扱いやすい剣だった。然し、道行く貴婦人方全員の腰に、護身用としてこの剣が差してあると想像すると、なかなかにシュールな光景ではある。だが、それを差し引いても見事な剣と言える。


(ほう…あの絵からここまで仕上げるとは…なかなかの腕ではないか…)


 そうディレザリサが心の中でそう評価していると、隣でフローラが「わぁ…凄い迫力…」感嘆の溜め息を零していた。


「グロッツォさん、かなり腕を上げましたね」


 元々は中央大陸出身の鍛冶屋だ。アクセサリーよりも武器防具を作る方が長けているのだろう。


「ヘヘッ!どんなもんよ!ここまで再現するのは骨の折れる作業だったけどな…そのおかげで自分の腕が更に上がった気がするぜ!ありがとよ、ディレちゃん!」


「ど、どう致しまして…」


 俯いて顔を隠してはいるが、その頬は赤く、口角も上がっていて、フローラはそんなディレザリサが『照れ笑いしている』と直ぐに分かった。

 それを何とか引っ込めたディレザリサは、そう言えばせっかく中央大陸の城下町、繁栄と栄光の都レイバーディンにいるのにグロッツォの店を訪ねていない事に気付いた。


「そう言えば、グロッツォさんの店は何処にあるのでしょう?」


「俺の店は直ぐそこだ。客もなかなか来ねぇし、こうやって露店でアクセサリー売るのが気楽で楽しくてな。今じゃすっかりアクセサリー露天商だ」


「そうなんですか…?こんなに腕がいいのに…」


 フローラは先程見させて貰った剣を思い出しながら首を捻った。


「自分の身は自分で守るってのが当たり前になって、武器防具もその需要に合わせた物になりつつある。そうなると、剣や槍は兵士連中の武器で、一般人は皆〝コイツ〟を使うのが主流になっちまってるからなぁ…」


 そう言って、グロッツォが奥の箱から取り出して見せたのは、一丁の拳銃だった。


「拳銃か…」


 ディレザリサはその拳銃をじっくりと見る。

 何の変哲もないただの六弾装のリボルバーに見えるが、その箱の左下にある弾が気になった。

 普通の拳銃の薬莢は貫通力を高めるために(とが)った形状をしているのだが、この薬莢は違う。半透明の丸い筒のような形をしていて、中に『赤』『黄』『白』の液体が入っている。


「これは…?」


 ディレザリサがグロッツォに聞くと、グロッツォはそれを手に取って説明を始めた。


「こいつは〝魔法弾〟と言ってな?この弾の中に〝下級魔法〟が入ってる。コイツをシリンダーに装填して撃鉄を引くと、魔法で言う〝召詠〟状態になって、発射すると弾の中に封じられた魔法が発動する、現代の魔法武器ってやつだな!」


「つまり、魔力が無くても魔法が使える…という事ですか?」


 フローラがそれに対して質問をする。


「おうよ。今のご時世は〝魔法家具〟が一般的になってるのは知ってるよな?水道から電力、他にも様々な用途で〝魔法〟が(もち)いられているわけだが、それを応用して作られたのがこの〝魔法弾(マジックバレット)〟ってやつだ」


(なるほど…。確かに通常の銃弾では鎧に弾かれてしまうが、魔法だと話は別…〝一般的〟な鎧や縦に、魔法を防ぐ効果は無い。つまり、その対策として作られた弾という事か…。人間というのはこれだから浅はかなのだ。これをきっかけに戦争が激化するぞ…?)


 これまで戦の遠距離攻撃となっていたのは『弓』『投石』に加え『魔法』というのが常識だった。然し、この『魔法弾』という凶器が開発された結果、人間は更に強い武器を…と開発を進め、戦死者はきっと今までよりも増すだろう。


「まあ、これはあくまでも俺らみたいな凡人向けの武器で、殺傷能力はそこまで高いわけじゃないんだがな。それでも、これは人間が踏み込んじゃいけねぇ領域に近い代物だと俺は思う」


「確かにそうですね…」


 フローラもその意見には賛成のようだ。彼女自身も強力な魔法の使い手なので、その危険性は充分承知なのだろう。


「ついでっちゃアレだが、俺の店も見ていくかい?」


「そうですね!ディレ、見て行こうよ!」


「確かに興味はあります。グロッツォさんの腕前がどれだけのものか、見定めたい所ですし」


「お、おう…何か緊張するな。ガッハッハッ!」


 こうして、ディレザリサ達はグロッツォに誘われ、グロッツォか経営している鍛冶屋へと向かって行った。


 【続】

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