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私、元は邪竜でした  作者: 瀬野 或
三章 邪竜と聖者 〜中央大陸 首都レイバーテイン 暴虐の牙編〜
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〖第三十二話〗私達、行動を開始しました


「いたか?」


「いや、こっちにはいないな。向こうを探してみよう」


 レウターの作戦が決行され、四地区を更に分断した十六地区の犯人捜索が行われている。兵士達は四〜六人のチームとなって、一斉に捜索を開始したのだが、犯人と思われる怪しい人物を、まだ見つけられないでいた。

 その兵士達の中で、一際目立つ存在がいる。

 そう…我らが英雄、ハイゼル・グラーフィンだ。

 こういう探索は、ハイゼルが一番適任でもある。それはハイゼルが持つ『精霊王の聖石』の力なら、魔力を使った相手が何処にいるのか探知出来るのだ。レウターもそれを知っているので、ハイゼルを本作戦に導入しようと思っていたが、当の本人から申し出があり、今は捜索隊に混じって活動している。


「ハイゼル様!こちら側には異常ありませんでした」


「そうか…でも油断するな。これまでその姿を見せていない相手だ、きっと何かある」


 姿を透明化させる魔法…というのが、現状一番考えられるのだが、魔法を使えばハイゼルが探知出来る。然し、魔法を使ったような形跡は全く無い。つまり、今は何処かに潜んでいる…という事だろう。


「必ず捕らえてやる…グラーフィン家の名に賭けて!」


「おお…やはり英雄ハイゼル様がいると心強い!俺達もハイゼル様に遅れを取らないようにするぞ!」


「「おおーッ!!」」


 一方、レウターは屋根伝いに移動しながら東側を捜索をしている。下からではなく、上からも捜索する事で、視野を広げているのだ。


「そう簡単には見つからないですか…」


 立ち止まり、辺りを見渡す。然し、怪しい人影は見つけられない。時折聞こえる兵士達が着ている鎧の『カシャカシャ』という音だけが、夜の都に響いている。


「そもそも、犯人の目的は何なのか…単純に男だけを狙った快楽殺人者ですかねぇ…」


 然し、引っ掛かる。

 犯人は何故『男だけ』を狙うのか、と。


 男を狙うというのは、少しリスキーな部分がある。女子供と違い、男は少なからず抵抗出来るだけの力がある。それなのに男だけを狙う理由は何だ…と、レウターは周囲を警戒しながら考えた。


「男色の男の犯行…という事も考えられなくはないですが、それもどうなんでしょうねぇ…」


 死体を調べた時に『右肩から斜めに大振りの刃物で斬られた』事は分かった。つまり、犯人は右利きである可能性が高い。そして、一撃で目標を仕留めているので、その太刀筋には迷いが無い。つまり、犯人は『相当な手練』という事になる。視界の悪い夜に、誰にも気付かれる事無く、一撃で相手を仕留める…これ程の者が味方だったら、どんなに心強いか。だが、残念ながら『敵』として、自分達に立ち塞がっている。


「なるべく生きて捕らえたい所ですが…それも難しいかもしれないですね」


 もう一方、ゼルはレウターの反対側の、西側の地区の屋根の上で、レウターと同じように周囲を警戒しながら探索をしている。夜というのは魔族であるゼルにとって一番動きやすい時間帯だ。魔族の眼は、闇の中でも鮮明に景色を映す。だが、それさえも潜り抜ける相手なのだ、油断は出来ない。


「───今日こそ、捕らえるッ!!」


 胸の中に静かな闘志を燃やしながら、屋根から屋根へと渡る。

 もし、自分が当時の力…『白銀の騎士』と呼ばれていた頃の自分なら、もうとっくに捕まえた…或いは処刑していただろう。あの時、ディレザリサの魔力が半減していたので、皮肉混じりに『可愛くなったな』と言ったが、自分もディレザリサと対して変わらないので、人に言えたものではない。だが、失った力の代わりに得た力もある。それが『魔族の魔力』だ。

 魔族の使う魔力は、自身の生命力に依存する。つまり、自分の生命力が高ければ高い程、使える回数も多くなり、威力も高くなる。つまり、現状、ゼルは『騎士』ではなく『魔法剣士』という職業に近い。白銀の騎士時代の力程ではないにしろ、その経験と魔族の魔力が合わされば、それに近い力は使えるはずなのだ。然し、ゼルは未だに犯人を見つける事が出来ていない。


「ハイゼルの索敵にも引っ掛からないか…相手は本当に人間か?そんな事が出来る奴なんて、五将くらいだが…」


(───ッ!!)


「ま、まさか犯人は…〝百戦〟!!」


 大振りの刃物、誰にも見つからずに殺害、ハイゼルの索敵に引っ掛からない、ゼルの眼すらすり抜ける…そんな事が可能な奴は、五将の一人『百戦』の異名を持つ、剣将グライデン・マーティンだけなのだ。


「どうする…?レウターに知らせる───…」


 直後、背中に激痛が走る───。


「お、お前だった、の、か───」


 薄れる景色の微睡みの中で、『ソレ』はただ薄い笑みを浮かべていた……。


 * * *


 南地区にある家から数歩歩いた先、南地区のメインストリートとなっている通路は、このまま北へと足を進めると中央にある城への最短ルートになっている。そのメインストリートでは普段、酒屋で飲んだくれて酔っ払った男達や、店の客引き等で夜も賑わっているのだが、ここ最近の事件によって今は夜に外出する者はなく、ただ不気味な夜の闇に包まれていた。


「ねぇディレ…本当に探すの…?」


 フローラはディレザリサの三歩くらい後ろを、おどおどとビクつきながら歩く。一方、ディレザリサはというと、差して怖がるようなことも無い。流石は竜、こういう場面は慣れたもののようだ。

 

「当たり前だ。フローラ、あまり離れない方がいい…近くに」


「う、うん!」


 フローラはディレザリサの近くまで走り、その腕にがっしりと掴まった。


「これじゃ歩き難い…」


「だって…ちょっとこういうの苦手で…」


 ゴロランダの夜の闇程は暗くないはずなのに…とディレザリサは思うが、普段人がいるはずの場所に人がいないというのは、確かに不気味な雰囲気がある。


(フローラが怖がるのも無理はない…か)


 然し、この状況を他人が見たらどう思うだろうか?夜、誰もいない道で、恋人のように腕を組んで歩く少女が二人…色々とまずい事になりそうだが、それを気にして離れられる程、フローラの心に余裕は無い。

 暫く道沿いに歩いてみるものの、これと言った手掛かりは無く、怪しい人間も見当たらない。


(あまり入りたくはないが…路地の裏手に回るか)


 犯罪者というのは光を嫌う。つまり、闇が深い場所にいる可能性が高い。路地裏は普段から太陽の光も遮られているし、逃げ隠れするには丁度良い場所だ。つまり、路地裏を歩いていれば、何かしらの犯罪者と遭遇するだろう。スリや強盗、そして人攫い等…それらに今は用事は無いのだが、路地裏を行くのなら覚悟しなければならない。

 ディレザリサは進路を変えて、路地裏へと進んで行こうとしたが、それにフローラは反対するかのように動かない。


「フローラ?」


「さ、流石にそっちは…怖い…かなぁ…」


 フローラは一度、ティミーという女盗賊に殺されかけている。そのトラウマがあるので、ここから先へ進むのを躊躇ったのだ。


「フローラは家に戻った方がいいと思うのだが…」


「そ、そうだよね…やっぱり足でまといになってるよね…」


 そして、フローラは手を離した。


「ディレ、気を付けてね」


「気を付けるもなにも、私より強い奴はそうそういない。心配は無用だ」


「そうだよね!それじゃ、家で待ってるから!」


 フローラは自分の不安を隠すかのように、走って家まで戻って行った。家まではそう遠くない距離なので、ディレザリサはフローラが家に入るのを見届けてから、路地裏へと入って行った。


「全く…路地裏というのはこうも湿気が多くて適わんな…」


 ジメッとした空気がディレザリサの肌にまとわりつく。


「余計な仕事は御免だ。今日は出て来てくれるなよ?」


 溜め息混じりにそう呟くと、ディレザリサは路地裏を更に奥へと進んで行く。

 路地裏には飲食店で出たゴミ等が散乱していた。どうしてこう、ゴミを散らかすのが好きなのか…と、ディレザリサはその犯人であろう一匹の猫を見つめる。だが、この猫も生きるのに必死なのだろう。人間の都合に合わせている余裕は無いのだ。


「程々にしておけよ?」


 優しい声で呟くと、猫は「にゃー」と鳴いて何処かへ走って行った。


「このまま進んでも城に着くだけか…少し進路を変更しよう」


 丁度、目の前に十時に分かれる道があった。そこを左に曲がろうと思ったが、ふと嗅ぎなれた匂いに気付いた。


(血の匂いだな…)


 素早く壁に背を当て、ジリジリと十字路まで歩く。そして、ゆっくりと血の匂いがする方を覗き込むと……


「───やはり、か」


 四人の見慣れた鎧を着用した兵士達が、覆い被さるように倒れていた。


 赤い水溜りの上に──────。


 【続】

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