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私、元は邪竜でした  作者: 瀬野 或
三章 邪竜と聖者 〜中央大陸 首都レイバーテイン 暴虐の牙編〜
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〖第三十一話〗私、また疑われました

《三十一話》


 本を読む日々が終わり、ディレザリサ達の日常は、またいつもと変わらない日々に戻る…はずだった。


「───どう思いますか、ディレさん」


「そう言われてもなぁ…」


 何だかんだと理由をこじつけては参上するレウター・ローディロイに、フローラはお茶を差し出す。以前、レウターに教わった通りに淹れているので、あれからスリータを淹いるのがかなり上達していた。それに気付いたレウターは「おお…美味しいですね」と、満足な表情を浮かべた。

 そもそも、何故こんな昼間からレウターがディレザリサ達の家を訪れたかと言うと、最近、夜中に人が殺されるという凄惨な事件が連続して起きており、その死者がついに五人になったのだ。夜間の警備を厳戒態勢にしたにも関わらず、未だに犯人の尻尾を掴む事が出来ずにいるので、ディレザリサに助言を求めてやって来たのである。


「お前は何か勘違いをしてないか?話をする相手が先ず違うだろ…。こういうのは…探偵とか、お前達五将で話し合い、解決するのが定石ではないか…?」


「それはそうなのですが…やはり、ここは竜の王ともあろう御方に助言を求めるのが、一番有効な手段かと思いましてねぇ…」


「あの…レウター様。そもそも竜と人間では価値観が違うのではないでしょうか…?」


「───!?」


 「それもそうでした…」と、レウターは大袈裟に肩を落とした。


「ふん。どうせもう目星らしい目星は付いているんだろ?」


 レウター・ローディロイという男は、剣術も然る事乍ら『智将』とも呼ばれているだけあり頭脳も高い。元々は『王の脳』と呼ばれる程の策士なので、そのレウターがこの事件を未だに解決出来ていない…という方が無理のある話なのだ。

 だが、レウターは先程まで冗談めいた表情を変えて、真剣な目で訴えた。


「そのはずなんですけどね…今回ばかりは私も分からないのですよ」


「まさか…お前が分からないのか?」


 例えばこの事件がハイゼルの担当で、ハイゼルがディレザリサに泣きついて来たのなら話は分かるのだが…あのレウター・ローディロイが、真剣にディレザリサに助言を求めに来た…というのは(にわか)に信じ難い。然しその目は真剣で、嘘偽りや冗談を言っているようには感じられなかった。


「レウター様が解決出来ない事件を、ディレが解決出来るとは思えないですけど…あ!違うんだよディレ!?そういう意味じゃないからね!?」


「…別にいい。確かにフローラの言う通りで、お前が解決出来ない事件なんて、私以前に誰も解決する事が出来ないんじゃないか?」


「実は、この件を担当しているのは私ではなくゼルなのですが、そのゼルでも犯人を捕まえる事は疎か、手掛かり一つ見つける事が出来ないのです…強いて言うのなら、使われているのが『大振りの刃物』というだけで…」


 『大振りの刃物』という言い方に、ディレザリサは違和感を感じる。こういうあやふやな答えを出すという事は、つまり、犯行に使われた凶器が特定されていないという事だ。


「しかも、狙われているのが〝男だけ〟なのです」


「男…だけ?」


「はい」


 詳しく話を聞くと、どうやら犯行は深夜から朝に掛けての時間で、背後から『大振りの刃物』で斬殺…というのが手口らしい。その標的になっているのは、今現在『男』のみで、女、子供の被害は出ていない。


「つまり、犯人は〝女性〟という事になりませんか!?」


 フローラは閃いた!と言わんばかりに、自信満々で発言したが、レウターとディレザリサは互いに首を振った。


「確かにその線が一番濃厚かとは思うのですが、使用されている凶器が『大振りの刃物』なので、女性が扱うにはなかなか厳しいんですよ」


 次にディレザリサが反論する。


「それに、そんな大振りな刃物を犯行で使っているのなら目立つはずだ。確かに大剣を使う女戦士もいるにはいるが〝誰にも見つからず犯行を遂げる〟というのは難しい。まあ、それは男にも言える事ではあるが、女が犯人とは考え難いな…」


「そっかぁ…」


 フローラはガックリと肩を落とし、静かに着席した。

 そして、議論はまた振り出しに戻ってしまう。


「これ以上被害者を出す訳にもいかないので、今晩は私も警備に参加する事にします。ディレさん、フローラさん、もし何か思い付いたらまた教えて下さい」


「分かった。こっちでも少しくらいは考えておいてやる」


「私も頑張ります!」


「ありがとうございます。スリータ、ご馳走様でした。とても美味しかったですよ」


 そう言い残し、レウターは家を出て行った。


「見張ってるぞ…というアピールのつもりか」 


 ディレザリサはレウターが度々家にやって来るのは、見張ってるというアピールだと考えている。いや、もしかすると今回の件をディレザリサが犯人と思っていて、揺さぶりを掛けに来たのかもしれない。そう考えるのが妥当だと、ディレザリサは確信した。


「なら、私が真犯人を捕まえるしかないという事か…奴は何処までもいやらしい奴だ」


 つまり、『犯人じゃないのなら真犯人を捕まえろ』と、レウターは言いに来たのだ。


「私に疑いを掛けているのなら、素直にそう言えばいいではないか」


「え?そうなの?ディレ、疑われてるの?」


 どうやらフローラは、現状をまだ把握していないようだ。キョトンとした顔でディレザリサを見つめている。


「今回レウターが来たのは、私が犯人ではないか…と予想したんだ。凶器は〝大振りの刃物〟と言っていた

。つまり〝創造魔法(りゅうのまほう)〟ならそれも可能という事だ。そうして私が犯人である証拠を掴む為にこの家へやって来て、それを敢えて私に伝えず揺さぶりを掛けた。だが、私が犯人ではないと確信したレウターは〝犯人にされたくないのなら真犯人を探せ〟と脅していたのだろう。故に〝今晩から私も参加する〟という情報を私に伝えたのだ。〝自分が見張る範囲なら魔法を使ってもバレないだろう〟と、な」


「そ、そこまで計算して!?」


「あの男ならやりかねない…」


「レウター様…とことん最低だね…」


 * * *


「───どうだ、何か分かったか?」


 薄暗いゼルの部屋に、レウターは「駄目でしたね」と結果を報告した。


「幾ら竜の王でも、流石にそこまで頭がキレるわけではないようですねぇ…」


 丸い木のテーブルに肘を着いて、残念そうにレウターは話した。


「───いや、俺が買い被り過ぎたんだ。今日こそ奴を捕らえる」


「私も微力ながらお手伝いします」


 実は、レウターはディレザリサを疑ってはいなかった。ディレザリサの家を訪ねたのも、ゼルが日中あまり動ける体質ではないので、代わりに…という事だったのだ。然し、ディレザリサはそんな事とは露知らず、勝手に勘違いをしただけだった。

  勘違いした挙句、レウターは陰口を盛大に叩かれていたのだがら、本人からすれば溜まったものでは無い。然し、その陰口はレウターの耳に届くはずもないので、結果、レウターが損しているだけである。


「そう言えば…最近ナターニャを見ないのですが、ゼルは何か知ってますか?」


「俺が聖職者の行方を知るはずないだろう…」


「確かに…それもそうですね。彼女の奉仕心も程々にして欲しいものですねぇ…」


 悩み事をしている者を放っておけないのがナターニャなので、度々、城の中にある教会から姿を消しては、兵士達に探させるという事を、もう何度繰り返しただろうか…。それ以来近くにいる兵士に行き先を伝えるようにと、耳にタコが出来る程伝えたのだが、それが実行された試しは…今の所無い。


「まあ、今はそれよりも犯人を探す方が優先です。今夜、もし犯人を見つけられなければ、五将総出で捕らえます」


「お前がそこまで熱くなるのも珍しいな…」


「ここまで私を楽しませてくれた者も、なかなかいませんしね…」


「…?」


 そう言いながら怪しい笑みを浮かべるレウターは、まるで子供が初めて遊びを覚えたような、無邪気で邪悪さを含む笑みだな…とゼルは思う。

 元々、レウター・ローディロイの中に『正義』という言葉は無いのだろう。あるのは『楽しいか楽しくないか』という、とても単純で、とても残酷な何かだ。純粋な好奇心は、その凶暴さを知らないのと同じように。


「ここまで、私を虚仮(こけ)にしてくれた愚か者も、なかなかいませんから…」


「───そうか」


 どうやら、ゼルの思い過ごしのようだった。先程の言葉は『悔しさ』から零れた言葉らしい。それならそうと最初から言え…と、ゼルは呆れた。


「ゼルは城を中心にした東側を、私は西側を担当する事にします。兵は片側四十で、総勢八十人で捜索します。地区を十六分割し、各所に五人ずつ配備。私達はそれぞれ中央で、各地区へ素早く移動出来るように対応します。この作戦でどうでしょうか?」


「───まあ、妥当だろう。然し…その人数で足りるか?幾ら十六分割したからと言って、夜に他の犯罪が発生して、兵がそっちに取られる可能性もあるぞ。それも考慮するべきじゃないか?」


「なら、犯罪件数の多い北地区には兵を多目に配備して、他の地区は私達が巡回という具合が良いでしょう。これで減った人数を補えるはずです。何かあれば照明弾で連絡を…どうでしょうか?」


「───それなら問題無さそうだな」


 流石は五将総括、智将…という所か…と、ゼルは関心する。自分が提案してから、数秒経たずに代案を出したレウターを、改めてゼルは評価した。


「今日こそ尻尾を掴みますよ…楽しみですねぇ…」


「・・・・・・」


 だが、やはり危険な男という事に変わりはないようだ。この男がもし、国王を裏切るような事があれば、必ず国は傾くだろう。その時、誰が軍を指揮するのか…それを五将で話し合う必要がありそうだ…と、ゼルは密かに思うのであった…。


 【続】

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