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私、元は邪竜でした  作者: 瀬野 或
三章 邪竜と聖者 〜中央大陸 首都レイバーテイン 暴虐の牙編〜
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〖第三十話〗私、本が嫌いになりました


 レウターに正体を明かしてから、数ヶ月の時が流れた。季節は新しい芽吹きの季節。暖かい風が実りをもたらし、商人や漁師達も、この時期から忙しくなっていく。


 そんな季節なのに、浮かない顔をしている男がいる。英雄と呼ばれ、精霊王にも認められ、五将の仲間入りを果たした男、ハイゼル・グラーフィンだ。ハイゼルは城の中庭の隅にある木製のベンチに腰を掛け、ただ空を見上げていた。元々『五将入り』の話は以前から伝え聞いていたが、ずっと断り続けていた。それは、まだ自分に『将軍』という地位は務まらないと思っていたからなのだが、レウターの口車にまんまと乗せられて、ついに『五将』の仲間入りをしたのだ。つまり、『五将』ではなく『六将』になったのだが、総括をしていたレウターの、この『総括』という地位が、五将から切り離した『新しい地位』となり、新たに『総括』と『五将』という分け方となったのだ。然し、ハイゼルはそれに憂いているのではない。寧ろ、尊敬するレウターが新しい地位に着くのは喜ばしい事だ。


 つまり、ハイゼルが悩んでいるのは『恋の悩み』なのである。


 レウター達との会合の後、ハイゼルにもこれを伝えなければならなかった。そう、この話はディレザリサ、フローラ、レウター、ゼルだけで事を済ませる訳にはいかなかった。それは、ハイゼルがディレザリサに『求愛していた』からである。つまり、ディレザリサは、自身に求愛したハイゼルを振る為に、わざわざ自分の住む家にハイゼルを呼び出し、正体をバラした。それが、ディレザリサが思う『誠意』だった。

  その『ハイゼルにとって衝撃的な日』から三日が過ぎたのだが、未だにハイゼルは自分の気持ちを整理出来ずにいる。


「まさか、これ程に我を忘れてしまうものなのか…」


 溜め息と共に吐き出した言葉は、誰の耳にも届かない程に小さく、情けない声音だった。ディレザリサの正体を聞いてから、ハイゼルは彼女達が住む家に行けず、この胸の苦しみに、ただ耐えるだけの日々を過ごしている。何とかしなければならないと思いつつも、こればかりは自分で乗り越えなければならない壁であり、他言を許されていない。もし、これを誰かに話せば、自分と、その話し相手の命は無い。これはレウターと交わした『制約』だ。こんな事になるのなら、知らない方が良かった…と、ハイゼルはまた空を眺める。透き通るような青空に、所々雲が浮かぶ。たまに鳥が風を切って横切り、その自由を羽根いっぱいに広げていた。


「───ハイゼル。どうしたのですか?」


 優しい声に耳を傾け、その声の主を探すと、五将の紅一点である『ナターニャ・フィクセス』が、純白の聖堂着を来て、ハイゼルの横に座っていた。長い金色の髪は吹き抜ける風に靡いて、甘い香りがハイゼルの鼻をくすぐる。


「ナターニャ様…いえ、何でもありません」


「ふふっ。もう貴方も五将の仲間なのですから、ナターニャで良いのですよ」


 そう言うと、ナターニャは笑顔をハイゼルに向けた。


 精霊と神に愛された奇跡の生き女神。『愛将ナターニャ・フィクセス』は、二十六歳という若さで『五将入り』をした。五将で最年少だったナターニャは、自分よりも早く五将入りしたハイゼルを気にかけ、たまにこうして話し掛けに来ている。

 

「いえ…。まだ私はナターニャ様と同格等と思いません。なので、折角のお申し出なのですが、もう暫くはこのままでお願いします…」


「真面目ですね、ハイゼルは」


 ナターニャは笑顔を崩さない。どんな時でも笑顔で、皆を励ましている。それは、今回も変わらない。目の前で落ち込んでいる者がいれば、話を聞いて元気付けるのが、ナターニャ・フィクセスという女性なのだ。そこに特別な意思は介在しないのだが、希にそれを『好意』だと勘違いする者もいる。

 

 ───だが、それも無理は無い。


 ナターニャは、この城で『格別に美しい』のだ。顔も然る事乍ら、その身体も実に悩ましい程に良い。出る所は出て、締まる所は締まり、その容姿も相俟って、世間からの評判も良い。中には『ナターニャとハイゼルがくっつけば、美男美女カップルだ』とまで言われているが、ハイゼルは兎も角、ナターニャはこれに対して特に言明はしていないので、軽く受け流しているのだろう。


「その表情から察するに…恋の悩み、ですね?」


「───な、何故それを!?」


「恋に悩むのは、男も女も関係ありませんから…上手く行ってない、という事ですね?」


「…はい」


 上手く行くという事は、きっと有り得ないのだろう。相手は人間ではなく『竜』で、しかも『竜の王』なのだ。まだ今は『人間の姿』なので問題は無い。だが、『竜の姿』を取り戻した暁には…と、自分が竜に首輪を付けて、その手網を引く所を想像した。


(こ、これは流石に有り得ない…)


 そもそも、竜と人間の恋が成立するはずも無いのだ。それに、竜を愛せるのかと問われれば、一つ返事で返せる程、自信が無い。故に、ハイゼルは悩むのである。彼女を愛するという事は、竜である彼女も愛するという事になるのだから。


「私に、何かご協力出来る事はありますか?」


 ナターニャは、ハイゼルの手を取って、真剣な眼差しをハイゼルに向ける。


「い、いや!だだ、だ、大丈夫です!」


 吐息が掛かる距離まで顔を近付けられ、ハイゼルは危うく自分の心を裏切る所だった。


(あ、危ない…こんな気持ちでは、ディレさんに顔向けなど、絶対に出来ない…!!)


 直ぐにハイゼルは立ち上がると、「話を聞いて下さり、有難う御座いました!」と礼をすると、駆け足で何処かへと走って行った。

 その様子を…ハイゼルの姿が見えなくなるまで、ナターニャは優しい笑みを浮かべて、見守っていた…。


 * * *


 時同じくして…ディレザリサとフローラは、レウターが「参考に良ければ」と置いていった、童話や魔術書など…合わせて十冊を、二人で手分けして読んでいた。


「疲れた…フローラ、少し休憩しない?」


「駄目。さっき休憩したばかりだよ?もう少し読み進めよう!」


「ぐぬぬ…」


 どうやらディレザリサは『本を読む』という行為が苦手らしい。そもそも文字書きがままならず、山小屋にいる時にある程度はフローラに教わっていたのだが、本というのは難しい表現が多い。特に魔術書関連の本は、文字の他にも『図形』や『記号』が出て来るので、ディレザリサの頭の中は、既にオーバーヒートを起こしていた。


「では、この作業は弟子に任せ───」


「こういう時だけ弟子扱いは禁止だよ!ほら、頑張って!〝お・し・しょ・う・さ・ま〟♪」


「うわーん!もう嫌だー!」


 半泣きになりながらも、ディレザリサは再び魔術書に目を通す。だが、どうも『精霊文字』というのは理解に苦しむ。精霊文字は文字に非ず、記号と記号を合わせたような形をしている。例えば『〇と△』で『あ』という具合なのだが、この『あ』という発音にしても『あぁ』なのか『ふぁ』なのか曖昧なのだ。それを読み解く為の『精霊語辞典』もレウターが親切に置いていってくれたのだが、その辞典が途方も無い分厚さで、この辞典を武器にして戦えるのではないか?と思う程である。


「ねぇ、ディレ…これを見て?」


 精霊語辞典と睨めっこしているディレに、フローラは童話の一ページを見せた。


「ふむ…人間如きに倒される竜か、情けない奴め」


「あ、いや…そうじゃなくて…こっちだよ」


「…ん?」


 フローラが指し示したページは、人間によって殺された竜が、神の力によって人間として生まれ変わるというシーンを描いたものだった。


「もしかして、ディレは…神様によって生まれ変わった…とも考えられないかな?」


「それは無い。私は死んでないしな…と言うか、人間に負けるはずがない!この本は不愉快だ、燃やす!」


「あー!駄目だよ!レウター様の本なんだから!」


「ならば余計に燃やせねばなるまい…奴め、こんな不愉快な本を置いて行くとは!!」


「だから駄目だってばー!!」


 今にも童話を燃やしそうなディレザリサを必死になって止め、ようやく落ち着いた時、ディレザリサの腹の虫が鳴り響いた。気付けば陽も落ちて、外も暗くなり始めている。


「今日はこれくらいにして、夕飯にしよっか」


「そうだな!今日は何にする?何にするんだ!?」


 まるで子供のようにテーブルをドンドンと叩くディレザリサを見ながら、「そうだなー」と考える。


「肉団子入りのシチューなんてどう?」


「ふむ…美味そうだ!それにしよう!」


 そして、こういう生活が本を読み終わるまで続けられた……。




 約一週間くらいが経過した頃、ようやく最後の一冊をディレザリサが読み終えた。


「終わ…った…」


「流石に疲れたね…」


 もう本なんて見たくもないくらいには、二人共疲労困憊だった。


「お茶にしよっか…」


 フローラが提案する。


「そ、そうだな…」


 ディレザリサはそれに賛同した。


「まだ幾つかあったのでお持ちしました」


 そして、悪魔より悪魔な男が、何食わぬ顔で追加分を持って来たのである。


「れ、レウター…貴様、いつの間に…」


「いやぁ…ノックをしても、呼んでみても返事が無いもので…勝手に入らせて頂きました」


 レウターは、まるで悪気は無いという言うように笑っている。


「レウター…一つ聞いていいか?」


「はい。何でしょう…?」


「この本、お前は全部読んでるんだよな?」


「ええ。勿論です。全て頭の中に入っております」


「そうか…なら、お前が話して聞かせればそれで事足りるのではないか…?」


「それでは意味が無いのですよ。知識というのは、自分で学んでこそ身に付くものです。ですから、私は心を鬼にして、一生懸命本を運んでいたのですよ?それもこれも、ディレさん達のお役に立ちたいが為に…」


「つまり、私達が苦しんでいる姿が見たかった…という所だな」


「───バレましたか」


 その日、レウターが所持していた貴重な魔法書と、数冊の童話の本、合わせて二十冊が灰燼と化したのだった……。


 【続】

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