〖第二十八話〗私、正体をバラしました
扉の奥には、煌びやかなシャンデリアが照らす優雅な茶室…とは程遠い、何とも無機質で不格好で、酷い部屋だった。照明と呼べる物は、部屋の四方の壁に付けられた発光石だけ。それが唯一、この部屋を部屋と認識させる。主に書斎として使用されているのかもしれないこの部屋の奥には、三列に及んで本棚があり、そのどのタイトルも…ディレザリサには読めななかった。だが、こんな薄暗い部屋で本を読むなんて有り得るのだろうか?手元にランプを置いて、やっと読めるくらいにはこの部屋の光は弱い。部屋の奥にいるのがレウターだと、服の色で視認出来る程度の明かりだ。流石にこの暗さは『お誂え向き』と言えるのだろうか?それとも『竜にはその暗さがお似合いだ』という、レウターの嫌がらせなのだろうか?この男ならそれもやりかねない…と、ディレザリサは眉間にしわを寄せた。
部屋の中央には丸い木のテーブル…であろう物が置かれ、正面にレウターが鎮座していて、右側にはローブを着ている人物が座っている。暗くてよく見えないが、あのシルエットには見覚えがある。
「白ぎ…ゼル?」
ディレザリサの声を聞いて、ただ右手だけ少し上げると、その手をテーブルに置いて「早く座れ」というように、テーブルを指でコツコツと叩いた。
この部屋にレウターとゼルがいるという事は、レウターはゼルがディレザリサ達と繋がりがある…というのも確信していたのだろう。まあ、確かにあの夜の心理戦でのゼルの発言は、流石に強引過ぎだった。そのせいでレウターから目を付けられていたのだろう。もしかしたら、深夜に会ったのもバレている可能性がある。
色々と考えを巡らせてみたが、このままだと何も進まないので、ディレザリサは一度フローラを見て、互いにアイコンタクトを取ると、用意された椅子に腰掛けた。
「ようこそ、フローラさん…そしてディレさん」
またもレウターは演技掛かった仕草で、二人の来訪を歓迎する。丸テーブルの中央に置かれたオイルランプがゆらゆらと火を揺らし、レウターの顔を怪しく照らす。
「本来なら私一人でお話しをしたい所ではあるのですが、ゼルにも参加して貰いました。よろしいですか?」
「構わない」
ディレザリサの口調は静かだが、この口調はもう『背伸びしている女の子』ではなく、『竜』としてレウターに接するつもりらしい。
「さて、御二方に来て頂いたのは他でもない…単刀直入に聞きます。ディレさん、アナタは〝竜〟ですね?」
「───如何にも、私は竜だ」
ピリッとした空気が張り詰める。
「竜と言っても単なる竜ではない。竜の王だ」
「な、なんと…!?」
まさか、相対する少女が『竜の王』だとは思っていなかったレウターは、額から焦りの汗を流した。そして、隣に座っているゼルに問いかける。
「ゼル…君は気付いていたのかい?」
「───無論だ」
「やはり…」と一つ言葉を零し、あの日の夜を思い出す。あの時、レウターは違和感を感じていたのだが、それを追求する事はしなかった。流石に五将であるゼルが嘘を吐くとは思っていなかったからだ。
「何故教えてくれなかったのですか?」
「お前が信用ならん…それだけだ」
「私も随分嫌われましたねぇ…」と呟いてはいるが、差してそれを気にしているような雰囲気は無い
「ですが、この件は反逆罪に値します。今回はディレさんの顔を立てて不問としますが、これからは虚偽の報告はしないように。いいですね?」
「───分かった」
「それでは」と、レウターは改めてディレ達を見る。
「色々と質問したい所ですが、先に一つ質問させて頂きます。回答によっては…この場で処刑も免れないと思って下さい」
『処刑』と聞いて、フローラはゴクリと唾を飲み込んだ。
これまで、何度か死ぬかもしれないという事態に陥ったが、ディレザリサがいるお陰で、その恐怖も幾分感じなかった。然し、目の前にいる男は、ディレザリサよりも格上の相手だ。今度ばかりはディレザリサに頼ってた所で、それを回避する術が無い。つまり、自分達はギロチン台に掛けられた死刑囚と同じなのだ。
焦りと恐怖で、唾が喉に引っ付く。額からは一筋の汗が垂れ、テーブルの下で組んでいる右手に落ちた。
「───大丈夫だ。心配いらない」
優しい声音で、ディレザリサはフローラを宥める。
「う、うん…」
その言葉はまるで、ディレザリサ自身にも言い聞かせているかのようだった。つまり、ディレザリサもこの状況が『危険である』と感じている証拠だ。それを必死に隠そうとしているのが、フローラには分かった。だが、ここで取り乱した所で現状が変わる訳では無いので、フローラはそれ以上言葉を出さなかった。
「───では、質問です。この国を滅ぼそうとお考えですか?」
やはりこの質問が最初に来るか…と、ディレザリサは思った。元来、竜とは災害とも呼ばれるその猛威を振るい、人間達を追い詰めた。ディレザリサもそれと同じく、世界を滅ぼす一歩手前まで人間達を苦しめたのだ。
それは、この世界でも同じらしい。
どの世界でも、竜という存在は圧倒的な力を持ち、人間と戦ってきたようだ。
「私はこの世界に仇なすつもりは無い…そちらが何もしなければの話だがな」
レウターはその言葉の真意を考える。
本当にそうなのだろうか…と。
「ランダを滅ぼしたのは…アナタですね?」
「あれはフローラを苦しめた報復だ。元々狂っている街だ、いずれにせよ結果はこうなっていただろう」
「ですが、アナタが一つの街を滅ぼしたという事実は変わらない…そうですよね?」
「そ、そんな言い方!!あれは、ディレが私の為───」
「死語は謹んで貰いたいですねぇ…フローラさん。私は今、目の前にいる〝竜〟と対話しているのです。何か質問があるのなら、終わってからお願いします。それとも…暫く席を外しますか?」
「…申し訳御座いません」
───いつものレウターではない。
今、ここにいるのは『五将総括』の『レウター・ローディロイ』だ。レウターがここまで神経を集中している理由は、やはり目の前にいるのが人間ではなく『竜』という存在だからだろう。
「ご理解有難う御座います。では、続きを…ディレさん。どうでしょうか?」
「確かに、私があの街を滅ぼしたという事実は変わらない。だが、逆を言えばそれだけだ。私がこの世界に仇なすというのなら、既に私は人間の姿ではなく〝竜としてこの世界に君臨している〟だろう。つまり、この姿でいるという事が、何よりの証拠だ」
「なるほど…まあ、苦しい言い訳程度ではありますが、一理ある…という所ですね。では、何故人間の姿で生活を?」
「それは───」
ディレザリサは、今までの事を全てレウターに話した。自分が異世界の存在である事、フローラに魔法を教えた事、ランダの事…そして、王都に来てからの生活を、洗いざらい全てレウターに伝えた。
「にわかに信じ難い話ではありますが…そもそも竜の魔法を人間が扱えるのですか…?」
その問いには、フローラが実際に試して証明した。自分の右手から、召詠無しで草の蔦を出して見せたのだ。
「ば、馬鹿な…これは世紀の大発見にも成り得る事ですよ!?」
「たまたま、フローラに才能があったというだけで、全ての人間がこれを使えるかと言えば、そうとは限らないだろう」
そう、レウターに伝えた。
「この世界に仇なすつもりも無いのなら、この先どうするのですか?」
「元の世界に帰る算段を探すのが一番の目的だ」
「やっぱり、帰っちゃうんだ…」
寂しげにそう零したフローラの手を、ディレザリサは握り、「すまないな…」と謝罪する。それに対してフローラは「ううん。気にしないで」と答えた。
「この世界に仇なすつもりは無く、更に私達にも敵意は無い…。つまり、無害である…という事で結論を出して宜しいですか?ゼルはどう思いますか?」
今まで空気のように扱われていたゼルは、いきなり指名されたので少し戸惑いながらも「問題無いだろう」と、レウターの意見に賛同する。
「…分かりました。それでは、私達もディレザリサ様がお帰りになる手助けをしたいと思います」
「いきなりそんな呼び方をされてもなぁ…今まで通りでいい。それに、お前にそういう呼び方をされると悪意を感じる」
「いえいえ!世界は違えど竜の王ともあろう方を〝ディレさん〟など、気安くお呼びする訳にはいきませんよ…ディレザリサ様」
「お前、わざとやっているだろ」
この二人のやり取りで、ようやく場の空気が軽くなった。
「───レウター。そんな口約束をしていいのか?」
「ええ。勿論ですよ。ここで私がそう明言しておけば、あなた方に殺される事はありませんからねぇ…そうですよね?ゼル、ディレさん」
「…そこまで気付いていたのか」
「───いいえ?ただのハッタリです。もう少し〝対話術〟を覚えた方が良いですよ?特にゼルとディレさんは…ね?」
「…やはりお前は嫌いだ」
「───俺は元から嫌いだがな」
「わ、私は…ごめんなさい…」
「…全く、君達は私を何だと思っているのですか?」
「ペテン師だな」
「ペテン師だ」
「ペテン師…です」
三人が三人共、同じ答えを言葉にした。
「…よく覚えておきます」
こうして、一応はレウターとも和解…まではいかないものの、誤解等は解く事が出来た。
この時、ディレザリサ達はまだ知らない。
いや、知る術が無かった。
『何か』がこの世界で暗躍し、その事件に巻き込まれて行く事など……。
【続】




