〖第二十七話〗私、嫌な奴に会いに行きました
「何故、自ら明かすような真似をしたのですか…?」
レウターが発した一言目はそれだった。
確かに、レウターはディレザリサは『人間に化けた竜』だと思ってはいたが、そこに確たる証拠となるものはなく、今回の作戦でそれを暴こうとは思っていた。然し、ディレザリサが自らそれを証明するなど、レウターは微塵にも思ってなく、かな動揺している。
気付けば兵士達は、レウター達をじっと見つめていた。このままだと怪しまれてしまう…と思ったレウターは、自身の焦りを隠しながら、「取り敢えず場所を移しましょう。話はそれからで…いいですね?」と提案した。
「───はい」
ディレザリサは覚悟したように、頷きながら返事をした。
「私達を、何処に連れて行くんですか?」
フローラはそれが気になるようで、ディレザリサを奪われるものかと必死に腕を組む。それを見たレウターは、必死に抵抗しているフローラに対して、静かに答えた。
「それは…そうですね。お誂え向きの場所があります。誰も近付こうとしない、この城で唯一の場所が」
レウターを信用して良いものか…だが、彼の表情からは嫌な気配はしない。それさえも隠している可能性はあるが、レウターは、自分の隣にいるのが『竜』だと確信しているので迂闊には手を出せないだろう。
「…分かりました。ディレ、良いんだね…?」
そう、隣で決心を固めているであろうディレザリサに問いかけると、「うん。フローラには、迷惑かけないから」と、ただレウターを見つめていた。
その一言が、フローラを更に不安にさせる。
(今、この状態のディレを連れて行くわけには行かない…!!)
もしこの状況が、フローラの抱える『不安』通りなら、レウターと二人きりにするのは危険だ。一旦時間を開けて、それからにした方が絶対に良い。
そして、フローラはディレから離れて深々と頭を下げてレウターに言った。
「少しだけ時間を下さい!お願いします!」
この状況は、周囲の兵士達も見ている。つまり、このままここでこの状態が続けば、兵士達に不信感を抱かせてしまう…そう思ったレウターは「致し方ありませんね…」と、フローラの要求に従った。
「今日中に、必ずこの城に来て下さい。来ないという選択肢は…どうなるか、分かりますね?」
「分かりました…必ず来ます!」
「───ちょっ…フローラ!?」
そして、フローラはディレザリサの手を掴んで、足早に城から強引に手を引いて出て行った。
* * *
「フローラ!ちょっと!」
「・・・・・・」
フローラは答えてはくれない。表情から察するに、かなり焦っているように見える。
「ねぇ!フローラ!フローラってば!痛いよ!」
「───ッ!?あ、ご、ごめん…」
無我夢中で家まで走って帰ったフローラは、つい手に力が入ってしまい、強く握り締めてしまっていた。それに気付き、手を離した。
「私、大丈夫だって言ったのに…どうしてこんな事するの…?」
「そ、それは…」
言うべきか、悩む───。
いつもなら、もう……
だけど、今日はまだ、だ……。
「フローラ…ちょっとおかしいよ…怖い」
「───ッ!?」
もう、間違い無かった。
この一言で、フローラは確信に至る。
邪竜と恐れられたと聞いているディレザリサ本人が、そんな言葉を口にするはずがなかった。確かに、今のディレザリサはとても可愛いし、抱き締めてスリスリしてやりたいという欲求さえ湧く程に美少女足らしめている。
───だけど、違う。
このディレザリサは、ディレザリサではない。
───普通の女の子の、ディレザリサだ。
「ディレ、よく聞いてね?」
どう伝えれば良いのか頭の中で考えながらも、フローラは決心する。
「う、うん…何…?」
「ディレは…竜だよね…?」
今、彼女に起きている事を伝えなければ。
「うん…?」
「今は…人間だよ。普通の女の子だよ」
「え───?」
どうやら、自分でも気付いていないようだ。今、自分がどういう状態で、どうなってしまっているのか…を。
「ディレ…よく聞いてね…?私が違和感を感じたのは、この前の襲撃事件からなんだけど…」
部屋の中に、これまでに無い緊張が漂う。
これを伝えてどうなるのかは、分からない。
だけど、ディレザリサ自身、知る必要がある。
「ディレは、竜の魔力を使うと…その反動か何か分からないけど…普通の女の子みたいになるんだよ!」
「・・・・・・へ?」
ディレザリサはフローラから、何を言われるのかと少し身構えていたのだが、自分が考えている事とは全く別の話をされて、呆気に取られてしまった。
「だ、だって今のディレ…可愛いもん!!」
「いやいやいや、ちょっと待ってよ!?き、急にそんな事言われても…困るよ…」
頬を赤らめてモジモジとしている様子は、何処からどうみても『愛らしい少女』だ。然し『邪竜ディレザリサ』とは、対極という程に違う。
普段のディレザリサが使う竜としての言葉使い以外は、失礼かもしれないが背伸びをして大人ぶっている少女という印象。だが、今のディレザリサはどうだろうか…もう、紛うことなき少女なのだ。
「えっと…そうじゃなくてね、ディレ…。私が感じてるのは、竜の魔力を使うと、一時的に竜としても心が〝少女としての心〟に入れ替わるんじゃないかって事なんだけど…」
「心が…入れ替わる…?」
ディレザリサには何が何だか分からなかった。
自分が竜である事はちゃんと把握しているし、そのプライドだってある。自分が何をどうしようが、それは自分がそうしているからであり、誰かに操られている訳ではない。
「もしかしたら…私がいけないのかも…ディレに〝女の子としての立ち振る舞い〟や〝乙女心〟を教えてしまったから、そういう心が生まれちゃったのかもしれない…」
ディレザリサは、フローラが何を言いたいのかを考える。いや、考えるも何も、フローラは言明しているではないか。『竜と人間の心が入れ替わっている』と。つまり、今、自分が『竜』として考えているのではなく、『人間の雌』として考えている…という事になるのだが、やはり自分は竜で、人間ではなくて…それでも人間の雌みたいな言動をしていて…もう、パニックになりそうになっている。
「多分〝無意識〟じゃないかな───」
「無意識───?」
つまり、今、ディレザリサが行っている言動は、無意識の内に取った行動だと、フローラは伝えた。
「人格が入れ替わる…みたいな、そういう感じだけど、ディレはディレのままだから、つまりはそういう事なんじゃないかって…無意識の内に竜と人間の心が入れ替わって、今、ディレは女の子と同じように、感じたり、話したり、動いたりしてるんだと思う…」
「入れ替わる…竜と人間の心…?」
そして、フローラは…一番言い躊躇っていた事をディレザリサに伝えた。
「もし…いずれ…このまま竜の魔力を使い続けたら、その時…ディレは〝邪竜ディレザリサ〟に戻れなくなって、魔力も使えなくなるかもしれない…よ…?」
「なるほど…確かにフローラの言い分には、一理あるかもしれないな…」
「───あ!戻ってる!」
「え、あ…戻った…のか?」
突然、いつも通りのディレザリサに戻った。言葉使いも、背伸びしている少女になっている。
「どうやって戻ったの?」
「分からない…全くもって分からない…私がその…〝人間の雌〟に成り下がるような言動をしていたのかさえも…」
「何かきっかけがあるはずだよ…もし、もしだよ?レウター様が私達の味方になってくれるような存在だったら、この事を伝えて、何か策を考えて貰うのが、今の最善だと私は思う…どうかな?」
「奴の出方次第ではあるが…それも視野に入れておこう…」
二人は目を合わせ、同時に頷くと、再び城へと歩いて行った。
* * *
「ディレ様とフローラ様ですね。どうぞ、こちらへ」
城の入り口手間にいる兵士は、二人の姿を見るなりこう告げた。
「どうして分かったのですか?」
フローラは率直な疑問を兵士に聞くと「レウター様から〝麗しい少女二人…ディレさんとフローラさんがが訊ねて来たらお連れするように〟と仰せつかってますよで」と、笑顔で答えた。
「う、麗しい…そんな言葉言われたの初めて…」
嬉しいような、恥ずかしいような、そんな気持ちで頬を赤らめているフローラを見ながら『免疫が無さ過ぎる…』と、ディレザリサは心配をしていた。
城の中を奥へ奥へと進んで行くと、誰も寄り付かなそうな、薄暗い地下へと続く階段の前まで来た。
「ここから先は、御二方だけで…とレウター様より仰せつかっていますので、私はここで失礼致します。暗いので、足元にはご注意下さい」
そう言い残し、兵士は二人を残して戻って行った。
「ここ…行くの…?」
「らしい…な…」
あからさまに怪しい階段だ。途中、足元にあるスイッチを押してしまい、後ろから大岩が転がって来てもおかしくないくらいには怪しい。
(その時は、私も魔力を使おう…)
フローラは右手に魔力を集中し、いつでも発動可能状態にした。ディレザリサもどうやら同じ事を考えているようだ。
「───行こう」
そして、この奈落へと続きそうな階段をゆっくりと降りて行った。
今、どこまで歩いて来たのかは分からないが、これまでの距離を考えると、もう少しで最深部へと辿り着く事が出来るだろう。然し、こうも暗いとなかなかに歩き難い。灯りと呼ぶには頼りない発光石の明かりを頼りに、一段一段丁寧に降りて行く。
「何だかんだで、トラップの類いはなさそうだね…」
「まあ…確かに怪しい地下階段だが、ここは城の兵士達も通る道だ。罠を張るような場所ではない…とは思うんだが…レウターだしな…」
「何するか分からないもんね…」
「寧ろ〝罠を仕掛けるに決まっているじゃないですか、敵を招き入れるのですから〟と、嫌味な笑顔を浮かべていそうだ…」
「うん…何となく分かるかも…」
「だが…奴の事だから、敢えて罠を張らずに、声だけは自分にも聞こえるようにしている可能性もあるな…」
「な、なんかそれはちょっと流石に…悪趣味…」
「今更…。奴は悪趣味に足が生えて動いているような存在だろう」
───散々な言われようである。
仮にも『五将の総括』であるレウターに、ここまで悪態を吐く人物は、なかなかいないだろう。まあ、なかなかいないと言うだけで…いなくはない。レウターの態度は相手の怒りを煽るような物言いなので、敵を作る事もしばしばなのだ。それを逆手に取って、自分に有利に物事を進めるのだから…レウターの陰口を叩く者はそこそこいる。
やがて、大きな鉄の門が二人の前に現れた。
「ここが奴の言う〝お誂え向きの場所〟か…。優雅なティータイムには持ってこいじゃないか」
そう言いながら、ディレザリサは扉を叩いた。
「どうぞ。お待ちしておりました。中へお入り下さい」
声の主はレウター・ローディロイに間違いないだろう。
ディレザリサはその言葉を聞くと、ゆっくりと扉を開けた……。
【続】




