〖第二十五話〗私、余興を楽しむ事にしました
朝、とある『客人』がディレザリサ達が住む家を訪れた。
「先ず、ティーポットとティーカップをこのようにして、予め温めるんです。そうする事で、お湯の温度を均一に保つ事が出来ます。
「こうですか?」
「そうですそうです。その後、お湯を注ぐ際に、低い所から徐々に上へ…茶葉を踊らせるような感覚でお湯を入れて行きます。その際に、お湯が飛び散らないように注意して下さいね。火傷の危険もありますから」
「なるほど…こんな感じでしょうか?」
「お上手です。お湯を注いだら一分程茶葉を蒸らして、均等にティーカップに注いで行きます」
「…出来ました!」
「では、味見を…おお、昨晩よりも断然美味しくなっていますよ」
「ありがとうございます♪」
「何をしているのですか…レウター様、フローラ…」
キッチンで楽そうにスリータを淹れる練習をしているフローラと、それを教えている『客人』のレウターは、まるで旧知の仲のように話しをていた。
「おや、ディレさんも知りたかったですか?それなら早く言って下さればお教えして差し上げたのですが…」
もう終わってしまった…と、残念そうに肩を落とすレウターを見て、ディレザリサは呆れる。
「いやいや…なんで〝あんな事〟があったのに、何故、親しい友人の家を訪ねてくるように、家に訪問して来るのですか…」
───そう。
これは昨夜の出来事から、明けた次の日の朝の出来事。
当然、扉をノックして「おはようございます」と爽やかに訪ねて来たのは、昨晩、心理戦を繰り広げた相手レウター・ローディロイ、その人である。おまけに、焼き菓子の手土産まで持って来るのだから、この男は何を考えているのやら…と、ディレザリサは頭を抱えていた。
「さあ、それでは朝の優雅なティータイムとしましょう。ディレさんもお席にどうぞ」
「ここは私の家なのですが…」
あまりに自然な流れで、レウターがティータイムに誘うのでついツッコミを入れてしまったが、「まあまあ」とフローラはディレザリサを宥め、ディレザリサの席の椅子を引いた。
「折角だから、ね?」
「・・・・・・」
こんなに嬉しくない『折角』は初めてだ。と、ディレザリサは溜め息混じりに着席する。
「そんなに怖い顔をしていては、お茶も美味しくありませんよ?さあ、楽しもうではありませんか」
(何を考えている…レウター・ローディロイ…)
まさか、友好関係を築いて、そこから正体を突き止めよう…なんて浅はかな考えをしているわけではないだろう。腐っても『五将を束ねる男』だ…それ相応に考えているはず。いるはずなのだが…この現状から察するに、本当にお茶を楽しむ為に来たみたいだった。
「確かに…この淹れ方をすると、茶葉の香りが増しますね!」
フローラは関心しながら、正規の手法で淹れたスリータを啜り、感動している。
「スリータは元々、香りを楽しむだけの〝趣向品〟として売り出されたもので、実は飲み物ではなかったのです。それが〝飲み物として楽しむ〟ようになり、こうして品種改良を重ねて、今の状態になったのですよ」
レウターは自慢げにそう語ると、フローラは「へぇー…」と関心しているが、ディレザリサは『どうでもいい情報だな』と、聞き流していた。
「そして、私が持ってきたこちらの焼き菓子は、パンを作る過程で生まれた〝シュガーパン〟と呼ばれる菓子です。サクッとした歯応えが楽しい一品でして、都では今、入手困難になる程の人気なのですよ」
芝居染みた動きをしながら、持参した『シュガーパン』なる焼き菓子を披露するレウターの話を、流しながら聞いていたディレザリサは、試しに…と、口の中へ放り込んだ。
「───ッ!?」
「───どうでしょう?」
(な、なんだこの食感は…!?サクッという軽い歯応えが噛むほどに楽しく、生地に練り込まれた砂糖が口の中に広がり…美味い…そして、程よい苦味のあるスリータが、こうもこのシュガーパンなる食べ物を引き立てるとは…)
「どうやら、お気に召したようで」
───悔しいが、その通りだった。
「ディレ、そんなに頬張らなくても、まだあるから大丈夫だよ」
フローラとレウターは笑いながら、また談笑を始めた。
傍から見れば、これは紛うことなき『友人とのティータイム』だろう。然し、相手は自分達の敵として君臨している五将の一人、レウター・ローディロイだ。何か策があってこうしてディレザリサ達の前に現れたのだろう…と、頭の中で考えながら、シュガーパンをもぐもぐしている。
「ふむ…楽しい時間というのは、あっという間に過ぎてしまいますねぇ…そろそろ城に戻らなければ、ハイゼル君に叱られてしまいそうです」
「ハイゼル様に?」
レウターに訊ねたのはフローラだった。
「はい。今日はハイゼル君に剣を教えると約束しているのです」
これに反応したのはディレザリサだった。
「どちらが強いのか興味があります…見学はさせて頂けますでしょうか?」
こんな機会、滅多にないだろう。レウターの強さを知れるチャンスかもしれない。腕試し程度ではありそうだが、それでも、その身のこなしを見れれば多少は今後の参考になる。
「あ!私も見てみたいです!」
それにフローラも賛同した。
「困りましたねぇ…部外者は立ち入りが禁止されているので、いつもなら御遠慮して頂くのですが…」
「ハイゼル様は、仮にも私達の夫になるかもしれない方ですから…少しでもその力を見てみたいなーっと…駄目ですか?」
(フローラ!良い援護だ!)
ディレザリサは心の中でガッツポーズをした。
「なるほど…そうですねぇ…」
だが、それでもレウターはなかなか頷く事はしない。色々と思考を巡らせているのだろう。だが、暫く考えた後「良いでしょう」と、笑顔で頷いてみせた。
この提案を受けるのは、正直言えば意外だった。敵に手の内を晒すようなものだし、レウターに何のメリットも無い。やはり、この男は何を考えているのか分からない…掴み所の無い男だとディレザリサは思った。
「それでは参りましょうか…御二方の意中の相手の元へ!」
「わーうれしいですーれうたーさまー」
ディレザリサはこの時、レウターに対して猫を被るのをやめた。レウター・ローディロイという男は、こういう男なのだろう。相手が嫌がるような事を楽しむ事が出来る、歪んだ性格の持ち主なのだ。
(それだけじゃないのかもしれないがな…)
罠という可能性もある。だが、その時はその時だ。そうなった場合は、もう隠す事無く魔力を使おう…そうディレザリサは覚悟したのだった。
* * *
ディザルド城の入り口は、城を囲うように水路があり、入り口に繋がる大きな木製の橋がある。太い丸太を何本も繋いで作った頑丈な橋があり、その奥には鉄の頑丈な扉が設置されている。通常は開いている門だが、敵が攻め込んで来た際はこの大扉を閉め、丸太の橋を閉じ、二重に敵の進行を妨げる仕組みになっている。又、見張り塔が二つ城門の左右にそびえ立ち、小窓のように開いている所から狙撃も可能だ。もしこの水路に敵が落ちて、堀を登る事が出来たとしても、この城には鉄壁とも言える城壁が、更に敵の進行を妨げる。つまり、合わせて三重の障害を突破しなければ、この城に攻め込む事は出来ない。この難攻不落の城は、まさに『栄光』と『繁栄』の象徴と言えよう。大袈裟に言って『希望』と謳っても、誰も文句は言わない。それだけを言わせるの『技術』がこの門にはあるのだ。
ディレザリサはこの鉄壁の城を見て、この壁を壊せるか少し考える。竜の姿だったら、跡形もなく粉砕する自信があるが、今の人間の身体で、この鉄壁を崩すとなると、なかなかに骨が折れる作業かもしれない。つまり、この城と事を構えるのなら、それ相応の戦力…軍隊が必要になるだろう。
(まあ、そのつもりはさらさらないのだがな…)
レウターは門番をしている兵士に事情を説明する為、ディレザリサ達から離れた。
「凄いお城だね…」
「うん。これはとてもじゃないけど壊すのは無理…」
先程考えていた事をつい口走ってしまったが、フローラはそれを冗談だと受け止めたのだろう。苦笑いしながら「ディレらしい考え方だね」と小声で言った。
暫くこの立派な門構えを見ていると、奥で話がついたのだろう。レウターはディレザリサ達の元へ戻り「どうぞ、お入り下さい」と一礼し、一緒に歩き出した。横一列に歩くこの光景を、他の兵士が物珍しそうに見る。
「すみません…私が客人を招くのは、なかなかありませんもので…」
レウターは申し訳なさそうに謝罪をしているが、その心の内は、違う事を考えているに違いない。もしかすると、これもレウターの企みの一部なのかもしれない。この男と接する時は、用心するに越したことはないのだ。
城門を抜けると、城に向けて真っ直ぐ伸びた石の通路があり、左右に芝生の生えた広場がある。その広場では兵士達が剣の稽古をしていたり、軍の魔法部隊が魔法の練習をしたりしている。その中で、一際目立つ存在がいた。
「おや…?ハイゼル君…私を待ち切れずに兵士達と手合わせをしていますね」
手合わせ…と言うより、それは『動きの確認』という印象だ。相対する兵士達は本気でハイゼルに向かって行くのだが、ハイゼルはそれを容易く返り討ちにしている。しかも、それがひたすらに同じ動きなので『動きの確認』と感じるのだが、対峙している兵士達は、自分が何をされたのか理解出来ず、倒された後に首を傾げる者もいるくらいだ。
「ハイゼル様…お強いですねぇ!」
フローラは目を輝かせながら、ハイゼルの強さを讃えている。然し、ディレザリサからすればハイゼルこそ『何をしているんだ?』と首を傾げてしまいそうになる。同じ踏み込み、同じ呼吸、同じ剣筋…あれを自分がやるとしたら、直ぐに飽きてしまうだろう。だが、ハイゼルの顔はふざけている訳ではなく、その動き一つ一つ、丁寧に重ねているようだ。
「彼は地味な練習を好むんですよ。容姿は派手なんですけどねぇ?」
あの白銀の髪色は確かに目立つ。戦場では不利になりそうだが、それを跳ね除ける力がハイゼルにはあるので、大した不利にはならなそうだ。
暫くハイゼルを見ていたが、こちらの視線に気付き、走って近付いて来た。
「レウター様!お待ちしておりました!…おや?何故この二人が…?」
「いえ。実は先程まで御二方とティータイムを嗜んでいましてね…私と君が手合わせをすると伝えたら、是非見たいと言っていらしたので、連れて来ました。ハイゼル君、構いませんか?」
「はい。問題有りません!」
「では、御二方に良い所を見せられるように〝本気〟で向かって来て下さいね?」
ハイゼルはその言葉を聞くと、先程よりも更に真剣な顔になり、「では、本気で手合わせさせて頂きます!」と、また奥に走って行った。
「さて、私もそろそろ行きますが…御二方、一つ賭けをしてみませんか?」
「賭け…?」
ディレザリサとフローラはお互い首を傾げる。
「ちょっとした余興です。〝ハイゼル君が私に一撃を入れられたら〟御二方の勝ち。ハイゼルが私に負けたら私の勝ち…という、単純な賭けです。如何でしょう?勝った方は、一つだけ願いを叶える…という報酬でどうですか?」
「───ッ!!」
その言葉を聞いて、レウターの朝の行動は、まさにこの時の布石だったのだと理解した。
「ご安心下さい。別に私が賭けに勝っても変な要求は致しません。身の安全は保証致しますよ?それとも…御二方は〝夫となる者が負ける〟かもしれない…と思うのでしょうか?それなら、残念ながら賭けは出来ませんので、ただの見学で結構ですよ?」
フローラもここでようやく気付いたのだろう。先程の笑みが消えて、冷や汗を流している。
この状況で賭けに応じなければ『ハイゼルの名誉を損なう』事に繋がり、もし賭けに応じて負ければ『ディレザリサの正体』を要求されるだろう。そして、何よりこの賭けは、圧倒的にレウターが有利な状態なのだ。レウターは『自分がハイゼルから一撃を貰う事は絶対に無い』と確信している。それだけの『力』があるという事だ。
またしても、心理戦で負けたのだ───。
「どうでしょう?受けますか?それとも───」
「───いいわ。賭けに乗ってあげます」
「ディレ!?」
それを聞いたレウターは不敵な笑みを浮かべると、「ありがとうございます」と一礼し「どうぞ余興をお楽しみ下さい」と言い残し、ハイゼルの元へと向かって行った。
「ねぇディレ!!この賭けは罠だよ!?いいの!?」
「致し方ない。私はあの男に既に二回も負けた。勝者には褒美を与えてやらないとな…」
「ディレ…」
然し、まだチャンスはある───。
「あの男は〝ハイゼルが一撃入れたら勝ち〟と宣言した。つまり〝ハイゼルが一撃〟奴に与えればいい」
「で、でもそれは…難しいんじゃ…」
確かに、ハイゼルの力を持ってしても、レウターに一撃与えられるかは不明。当てられる確率はかなり低い。
「大丈夫…ここにいるのは誰だ?」
「ま、まさかディレ…!?」
そして、ディレザリサはレウターよりも更に邪悪な笑みを浮かべる。
「───さあ、余興の始まりだぞ…レウター」
【続】




