〖第二十三話〗私、また悩み始めました
「フローラさん。先ずアナタについてですが…〝魔女狩り〟以降は、ゴロランダの山小屋で生活をされていたと伺っています。ゴロランダは確かに食材も豊富に取れる豊かな山ではありますが…それだけの食材を確保するのに、どのような手段を?」
フローラはいきなり自分に質問がされ、少し身体を強ばらせたが、ここで無回答などしたら、それこそ怪しまれてしまうと、必死に今までの事を思い出した。
「は、はい…。基本は自給自足でのサバイバル生活です。それと、取った山菜や野うさぎの肉を街外れに待機している行商人の方に物々交換という形で、食材を得ていました。他には、自分で野菜を植えたりもしましたし、肉の加工技術も自己流ですが覚えたので、ギリギリではありましたが、生活は可能でした」
事実だし、この答えで問題は無いはず…それなのに、レウターの目は心を見透かすように鋭い。
暫く唸っていたレウターだったが、今の発言に嘘や偽りが無いと悟ったのだろう。先程まで見せていた鋭い眼光はなく、口元も緩んでいる。
「なるほど…〝ギリギリ〟と申されましたが、そこに〝ディレさん〟を受け入れる程の余裕はあったんですか?」
これはあくまでも『興味』の類いの質問だ。それなら、フローラもそれ相応の回答をすれば、この場を切り抜けられる…と、フローラはあの時思った事をそのまま伝える事にした。
「困っている人を見過ごす事は出来ませんから…」
「確かに、フローラさんの判断は正しい判断だと思いますよ。貴女はお優しい方なのですね」
「い、いえ…」
人間として当然、ごく当たり前な感情論ではあるが、この場でそれがどれだけの力を発揮するのかは明確だ。つまり、フローラ自身は『何者でもない、ただの女の子』と印象付ければいい。
それが幸をそうしたのか、レウターの興味はフローラからディレザリサに移る。レウターの眼光は、鋭く、ギラギラとしたものに変わった。
「では、ディレさんにご質問しますが…単刀直入に申し上げると、アナタは何処の出身なのでしょう?こちらの情報では…この大陸に〝ディレ・ザリサ〟という人物は、存在していないんですよねぇ…。更に言えば〝ザリサ〟の名を語る人物も存在していないんです。これは一体、どういう事なのでしょうか?」
(やはり、そこを責めて来たか…)
今まで、他の人間達との会話を思い出し、この世界がどういう世界なのかをパズルのように繋げていく。確か、この首都である都も、影を落としている地区があったはずだし、野党達が巣窟にしている場所もあるはずだ。ならば、そこを突いてやればいい。
「この世界で、全ての人々がって王都に出生届けを出しているとは限らないのではないでしょうか?」
「ふむ…確かに。ですが、貴女の容姿を伺うに〝奴隷〟として生活していたというには、あまりに〝綺麗〟過ぎるんですよねぇ?」
読まれていたか…とディレザリサは、自分の選択肢が間違いだった事に気付く。確かに自分の容姿は人間の雌で言えば〝綺麗〟という枠に当てはまるのだろう。故に、不本意とは言え、今日、人攫いと一戦構える事になったのが、何よりの証拠だ。ここで引き下がる訳にいかない。何か言葉を紡がなくては…と、ディレザリサは口を開く。
「それは───」
「───それに、ハイゼル君はディレさんとフローラさんは〝ご友人関係〟と言っていましたが、いつからその友好関係はあったのでしょうか?」
然し、それもレウターは読んでいたようで、言葉を発しようとした途端、それを途切るように畳み掛けた。
(くっ…ヤツの方が一枚上手だな…自分の立場が有利だと踏んで、一気に畳み掛けて来たか…。ここで回答を間違えれば、もうおしまいだ。慎重に事を運ばなければならない…が、それを許す事もないだろう…ならば)
ディレザリサは、残された一つのピースを開示する事にした。
「私とフローラが出会ったのは、約一ヶ月前、ゴロランダの山小屋近くで、身ぐるみを剥がされ倒れている所を助けて貰いました。何故そのような事態になっていたのか、私にも分かりません。気が付いたら…という感じです」
「気付いたら?それは一体ど───」
「───分かりません。何らかの〝力〟が作用したのかもしれません。なんせ、あの山には〝精霊〟が住んでいる山ですから」
『精霊騒動』は、ランダで発生したから歌う精霊事件の通称。精霊が介入した事件は数多く存在するだろう。それは、アレシアも同じ。精霊が存在する世界なら、精霊は精霊足らしめる行動を取る。それが『人間に有利になる事だけではないはず』なのだ。
(あの羽虫共は人間に介入するが、益をもたらすだけではない。〝度が過ぎる悪戯〟をする事もある)
「そう来ますか…なるほど。それを言われると確かにと納得出来る…が、然しですね?私にはまだ腑に落ちない点があるんですよ」
レウターはまだ、負けを認めてはいない。その眼光がそれを物語っている。つまり、次に問われる質問を上手く躱す事が出来なければ、ここで終了だ。
「それは…何でしょう?」
「ディレさんとフローラさんが出会ったのは、約一ヶ月前と仰っていましたね?あの時、精霊も絶対に行わない〝ある現象〟が発生したんです」
(しまった、まさか、この男───ッ!!)
「高出力の魔力で、雪雲が吹き飛ばされたんですねぇ…〝約一ヶ月前に〟…これは、どういう事なのでしょうか?」
レウターはトドメを刺しに来ている。その剣が、ディレザリサの喉元まで迫っているかのような、息苦しい圧迫感をディレザリサは感じた。
「幾ら精霊と言えども、自然を吹き飛ばすような事はしないはずなんですよ。精霊は自然と共に生きる者達。それを精霊が破壊するなんて、前代未聞ですから…さあ、これを貴女はどうご説明しますか?」
(身から出た錆…とは、こういう事を言うのか…迂闊だった…)
「お答え出来ない…と、受け取って宜しいですか?」
「・・・・・・」
「では、それを行ったのはディレさん。貴女という事でお間違いはありませんね?」
「ディレ……」
「・・・・・・」
「あそこまでの超魔力…貴女は人間ではない…魔族ですか?」
「そ、それは……」
ここまでか…と諦めかけたその時、後ろで待機している魔族、ゼルが声をあげる。
「───悪趣味だぞ、レウター」
「ゼル…口を挟まないで貰いたいのだが」
然し、ゼルは黙らず、レウターに近付くと、信じられない言葉を言った。
「───この女は魔族ではない。そんな力、この女からは微塵も感じられない。お前の思い過しだ、レウター」
「ほう…ここまでの状況証拠がありながら、私の思い過し…と、君は言うのか?」
ゼルの顔は見えない。ローブのフードを被って、その影で顔を伺う事が出来ない。
(あの魔族、何を考えている…?)
「───少し頭を冷やせ。五将総括の名が泣くぞ」
「…確かに、君の言う通りかもしれない。こんな夜分に訪問して、まるで尋問紛いな事をしてしまいました。お二人に謝罪致します」
「い、いえ…」
フローラは何が何だか分からない…という顔で、ディレザリサを見つめる。そのディレザリサでさえ、この現状をどう理解するべきか悩んでいた。
「───行くぞ、レウター。出直すべきだ。もう少し考えを整えてから、足を運ぶべきだったな」
「ふむ…そのようですね…。それに、これがハイゼル君に知られたら、怒られてしまいます。それでは、また後日お伺いしたいと思います。失礼致しました」
呆気ない幕切れだった。
あの魔族がレウターの信用を得ているのか、或いは他に考えがあっての退却か…、ディレザリサがそれを判断するには、材料が全く足りない。
玄関の外まで見送った後、再び二人きりになったディレザリサとフローラは、互いに溜め息を吐き出した。
「緊張し過ぎて頭痛い…」
「・・・・・・」
あの男は、また来るのだろう。それまでに何とかしておかねばならない。レウターにとって有益な存在か、それとも不利益な存在か…正解なのは前者なのだが、それを納得出来ない自分もいる。
(たかが人間の雄に…何を遠慮せねばならないのだ…やはり、殺すしか…いや、それこそ奴の思う壷か…何処まで姑息な奴なんだ…)
だが、これで警戒すべき事は分かった。この土地で騒ぎを起こすこと無く生活をする事が、一番得策のようだ。
それが、本当に自分のやりたい事なのか?
自分は、この世界で何がしたいのか?
自分は、人間の姿のままで良いのか?
自分は、元の世界に戻りたいのか?
何か、自分の中でそれを考える事を拒んでいる気がする。それは、フローラとの生活に『安らぎ』すら感じてしまっている自分がいるからかもしれない。
「本当の自分とは、何だろうか───」
つい吐き出したその一言は、ディレザリサの心に一つ、黒い染みとなっていく……。
【続】




