〖第二十話〗私、ドキッとしました
ロブソンがスリータを人数分淹れ終わる頃には、フローラもようやく落ち着きを取り戻し、ディレザリサもリラックスをし、ハイゼルも…いや、ハイゼルだけはまだ緊張を禁じ得ないようだった。それもそのはずで、自分が愛の告白した相手が…まあ、返事はさて置き、目の前でゆったりとスリータを嗜んでいるのだ。その動きの一つ一つが、ハイゼルに取っては胸を締め付けるくらい跳ね踊る。だが、そんな事など知らぬ存ぜぬと、ディレザリサはただスリータを飲んで「美味しい…」と、ホッとしていた。
(この時、もし誰か一人欠けていたら…こんなに安らかな時間は訪れなかったのだろう…)
ハイゼルは敢えて違う事を考えようとした。
あの時、ロブソンが一人で屋敷に戻るという選択をしていたら、きっと誰か一人は欠けていたに違い無いのだ…と、今ある幸せを噛み締めるように、ハイゼルはスリータを啜った。
* * *
まだ、ハイゼルは『あの事件』が起きる前まで、レウターと会談をしていた。『あの事件』とは、屋敷の事件ではなく『ランダ』の事件である。
「ハイゼル君は〝ロナルド・ビンゴッド〟という人物を知っているかな?」
「いえ…初耳です」
「そうですよねぇ…。実はこの男。ランダの『街長』を務めていた者なんですよ。ただ、私が知る限りでは、ランダの街の長は『ガレーゾ』がやっていた…この意味分かるかな?」
「つまり…交代したと言うことですか?」
「そうですね…実はその〝ロナルド・ビンゴッド〟は処刑されているんですよ」
「んな!?…ど、どういう事なのでしょうか…?」
レウターはハイゼルの反応を見ながら、ゆっくり丁寧に説明していく。
「〝ロナルド・ビンゴッド〟と〝ガレーゾ〟は兄弟で、どうやら〝奴隷商売〟を行っていた可能性があるんです」
「ちょ、ちょっと待って下さい!!街長である者が奴隷商売とは…!?」
「落ち着いて下さい」と、レウターはハイゼルを諭した。
ハイゼルは焦りを隠しきれないでいる。それもそのはずで、まさかこのような事態になっているなど、誰が予想出来るだろうか?
「これをどうやって調べたのですか…?」
「それには先ず、あの街で行われていた〝魔女狩り〟についてお話しする必要がありますねぇ…。あの魔女狩りが行われるようになったのは、ビンゴッド兄弟があの街を統治してかららしいです…」
レウターは一冊の手記を本棚から取り出し、それをハイゼルに渡した。
「この手記は…」
「手記…と言うか〝出荷帳〟に近いですね。酷い事に、狙われているのは全て〝若い女性〟ばかりでした」
「つまり…フローラさんが狙われたのは…」
「───そういう事になります」
この世界で『赤い髪』というのは、かなり希少な存在だ。なので、奴隷取引ではかなり高値で売れる。更に、フローラは母親に似て愛嬌があり、見た目もなかなかのモノ…そこに目を付けたビンゴッド兄弟は、魔女狩りという大義名分を使い、フローラの両親を殺害。その後、フローラを一度山に待機させ、その後に回収する…という手はずだったようだが、フローラを見失ってしまい、結果、奴隷引渡し大失敗に終わる。納品が出来なかったビンゴッド兄弟の兄であるハロルド・ビンゴッドは、事情を説明しようと、王都へと渡った…然し、その奴隷売買所を、その日解体しようとしていた兵士達に見つかり、その場で処刑された…という顛末のようだ。
「───その後、ガレーゾは見つかったのでしょうか?」
「いえ…多分、もう人間では見つけられない場所にいる確率が高いですね」
つまり、死んだ…という事だ。
「なるほど…それで、先程言っていたレウター様が感じた〝何か〟とは?」
少し沈黙が続き、やがてレウターは口を開く。
「これはあくまで推測の域を越えない、私の戯言だと思って下さい」
「いえ、そんなご謙遜は……」
「ハイゼル君」
「は、はい…分かりました」
「ハイゼル君は、あの街に戻った時に、何か感じませんでしたか?」
「何か…とは?」
「まさか、本当に街の者達が全員疑心暗鬼に陥り、互いに殺しあった…と思っていたのですか?」
「い、いえ…それは…」
「それは〝表向きの発表〟です。あの事件の裏には、もっと強大なモノが見え隠れしています。先ずは北大陸の〝異常気象〟…この季節、北大陸の雪が降っていないのはおかしいと思いませんか?それに〝歌う精霊〟というのも何か引っ掛かります…。天候を操り、今度は人間を操る…こんな芸当が出来るのは…私が知る限りだと〝魔王〟か〝魔王に匹敵する何者か〟です。然しながら、魔王は既に時の勇者が滅ぼしています。つまり、考えられる要因は一つ……」
「竜、ですか───?」
「ええ…ですが、竜なんて巨大な存在を確認したという報告はありません。それに竜なんておとぎ話の伝説の存在…だから〝推測の域を越えない戯言〟と言ったのです」
「竜……」
話がひと段落したので、レウターは窓の外を見つめた。
「ん…?外が騒がしいですね」
「レウター様!ハイゼル様!ご報告が御座います!!」
兵士が扉をドンドンと叩く。
「何事ですか?」
「ハイゼル様に仕えているメイドが一人、重症で発見されました!それと、ロブソンという執事から、この事をハイゼル様にお伝えしろと───」
「君!!場所は何処だ!!」
「場所は──────」
その後、城の出入口でロブソンを見つけ、脱兎のごとく屋敷へ向かい、今に至る───。
* * *
ハイゼルは言いあぐねていた。この二人も、ランダの関係者だ。真実を知る権利はある…だが、知らない方が良い事もある。これ以上ランダの事件を蒸し返して、嫌な気持ちにさせるくらいなら、今、姉妹のように談笑しているこの二人の笑顔を見ていたい。
(もう少し、後でもいいか……)
ハイゼルは、ただ二人を見つめながら、これからもこの二人を守ると、自分の心に誓った。
* * *
「素敵な家ですね…!!」
南区域にあるメインストリート。そこに立ち並ぶ一件の古い家の前に、ディレザリサとフローラは立っていた。
「この家は昔…私が住んでた家でして、お気に召して頂けて何よりです」
ロブソンは優しい笑顔を浮かべていた。
(ほう…こんな顔もするのか…)
口には出さず、ディレザリサは心で呟くと、フローラに続いて中へ入った。
「爺が言うように、この家は好きに使って下さい」
「ありがとうございます!…えっと、お家賃は…?」
「要りませんよ。ハイゼル様の〝良き友人〟のお二人からは、とても頂けません」
「爺…!」
ハイゼルは照れながら抗議しているが、ロブソンは顔色一つ変えない。優しい笑みだけを浮かべていた。
「それなら…好きに使わせて頂きます。ハイゼル様、ロブソンさん…どうもありがとう」
ディレザリサは礼儀正しくお辞儀をした。
(くっ…人間に頭を下げるなど…屈辱…)
心の中では、全く正反対の気持ちだが。
「家具の使い方については、この後ロブソンからお聞き下さい。私は行く所がありますので、今日はこれにて…」
「はい!あ…あの…助けて頂いてありがとうございました!…ディレも言うの!」
「わ、私は別に…助けてなんて言ってないし…あ、ありがとうございます…」
「騎士として、当然の事をしたまでです。それに───」
「それに?」
ディレザリサは首を傾げた。
ロブソンはただ黙っている。
フローラだけは、何か分かっているようで、ワクワクと瞳を輝かせている。
「あ、愛する人を守るのは…と、当然で、ですからッ!!」
「流石坊ちゃんです。爺は感動しました!」
「爺が感動してどうするんだ!!」
「フフフ…ディレ、愛されてるねー?」
「う、うるさい!は、早く行け!」
やはり、ディレザリサは照れているのかもしれない…と、フローラは思った。確かにディレザリサは邪竜だったかもしれない。でも、今は一人の女の子だ。感情だって、徐々にだがそれに近付いている。
「ハイゼル様、頑張って下さいね♪」
「は、はいッ!!それでは失礼します!!」
ハイゼルは駆け足でその場から去って行った。
ロブソンは「やはり坊ちゃんの目に狂いは無い」と、成長に喜びつつ、少し寂しい気持ちを抱いていた。
そして、ディレザリサはと言うと……
「どうしたの、ディレ?」
「な、なんか…胸がドキって…フローラ…これ、なにぃ…?」
「ディレ…そ、それは…もしかして…!?」
「そ、そんなんじゃないもん…絶対、人間の雄になんて…ないもん…」
ディレザリサは自分の心が今、どんな反応をしているのか分からなかった。
「頑張って…ハイゼル様!」
「ふろーらぁ…!!」
「わ、分かった…分かったから…」
フローラはディレザリサの頭を撫でながら、手を繋いでゆっくりとソファに座らせた。
それにしても、たまにディレザリサが急にこうなるのは、一体何故なんだろう…?と、疑問に思った。確かに人間の身体と竜の心では、互いにチグハグで、色々と不安定なのかもしれない。だから、たまに癇癪を起こすように、こんな甘えるような声になるの…かも?と予想してみるが、それをディレザリサに伝えてもきっと無意味なのだろう。
「では、私はスリータを淹れて参ります。お話しは、その後…ディレさんが落ち着かれたらしましょうか」
「そう…ですね」
「く、屈辱だぁ…」
この『心のバランス』が、今後どうなってしまうのか…と、フローラは少し不安になりながらも、愛くるしいディレザリサを愛でたいという欲求に駆られ、今はただ、ひたすら愛でる事にした。
【続】




