〖第十九話〗英雄、英雄らしい事をしました
迂闊だった…と、ディレザリサは思った。あの時感じた違和感は、やはり的中していたようだ。その証拠に、あの時見せた笑顔は、まるで歪んだような醜い笑い顔に変わっている。
「赤髪の子って、高く売れるんだよねぇ…」
「フローラ…!!」
「ディレ…ごめん…」
あと1ミリでもナイフが食い込めば、フローラの首筋にのめり込み、首筋から血を流させるだろう。その為、創造魔法を使うにしても、その衝撃でフローラの首にナイフが刺さる可能性があり、迂闊に動けないのだ。
「まさか、アンタが幻術を使う魔法使いだったなんてねぇ…つか、番犬…アンタ負けたの?こんなちっさいのに…?」
『ちっさいの』とはディレザリサの事だろう。いつもならその発言で、この女の首が弾け飛ぶのだが、この状況が状況だけに、ただ下唇を噛み締める事しか出来ない。然しながら、この女はディレザリサを『幻術を使う魔法使い』と勘違いしているようだ。きっと、目の前にいる男達が倒れている状況を、彼女なりに考察したのだろう。
「ティミー…お前はこの女と対峙してないから分からないのだろうが、コイツは…」
「はいはい分かった分かった。よく頑張ったねー偉いねー後で慰めてあげるねー?」
「・・・・・・ッ!!」
十代の女に三十代の男が、まるで飼い慣らされているように歯向かう事が出来ないというのは、なかなか滑稽な状況ではあるが、それよりもディレザリサは、この女が『ティミー』という名前なのか…と、冷静に情報を収集する。
「普段連まない私だけど、アンタらに少し働いて貰ってみればこれだよ…やっぱ他人は信用出来ない」
何か彼女に『孤独を強いるような出来事』があったのだろうか?先程の言葉は、無意識に零れた言葉なのだろう。
「ちょっと、後ろの使えない奴隷商人!早くそこの女を縛りなさいよ!時間が勿体無いでしょ!」
「う、うるせぇ…今やる所だったんだよ!!」
番犬よりも更に後ろで伸びている兄貴…と呼ばれた男を取り囲んでいた男達は、やっと戦意を取り戻したのか、ゆっくりと近付いて来る。
「大人しくしてろよ…?」
そして、ディレザリサの身体にロープが巻き付けられそうになった……
その時──────
「その女性に少しでも触れてみろ。貴様らの首が吹き飛ぶぞ!!」
勇ましい雄叫びが、そこにいる全員の動きを止めた。
「は、ハイゼル…グラーフィン…!!」
そして、ハイゼルは剣を構える。
見据えるは二人、赤髪で人質として捕らわれてしまった少女と、恐怖のあまり固まっている淡い青の長い髪の少女。自分が先程、愛を告げた少女。
「───今、助けます!!」
ハイゼルは剣を中段に構え、そして……
「〝汝 我が盟約に応えよ〟」
首に掛けている聖石が、眩い光を放ち、その光はやがてハイゼルの身体を包み込んだ。
精霊王の聖石。
精霊王が認めた者にのみ与えられ、その石を使い熟す者は、人知を超えた力を手に入れられる。ハイゼルはその聖石の所有者であり、精霊王に認められた人間。かつてグランドゴーレムを一撃で粉砕し、ジャイアンサンドスネークを討伐し、盗賊から王女を救ったこの王都の英雄、ハイゼル・グラーフィン。その男が、この聖石を発動させたという事は、即ち、この場にいる悪鬼修羅は殲滅されるという事だ。
(な、なんて力だ…ここまで来ると、白銀でもハイゼルに勝てないのではないか…!?)
かつての好敵手、白銀の騎士。彼も人間でありながら、人知を超えた力を手に入れた者だ。だが、今のハイゼルはその力をも上回る…と感じた。空気がビリビリと、まるで放電しているかのように、震える。
「ハイゼル君。お手並み拝見させて頂きますよ?」
その後ろから更に一人、黒の『五将着』に身を包んんでいる男は、まるで見物客かのように、ただ笑顔で見ている。
国王を支える最強の五将。その総括を務める男、レウター・ローディロイ…その人である。
「んな…!?なんでレウター・ローディロイまでいる訳!?」
(レウター・ローディロイ?それは誰だ?)
新しく聞く名前だ。だが、その身なりからしても、この状況であれだけの笑顔を浮かべるだけの余裕を見るからに、レウターと呼ばれた男も強者なのだろう。
(竜の姿でないのが、悔やまれるな……)
もしここでディレザリサが人間ではなく、竜の姿だったら…と考える。きっと、あの白銀との戦い以上の熱い戦いを繰り広げられる事だろう。いや、もしかしたら負ける可能性もある。
(最強が聞いて呆れるな…)
後は彼らがどうにかしてしまうのだろう。
ディレザリサはただ、二人の動向を観察する事にした。
「お前達、奴隷商人だな…。都で奴隷商とは、いい覚悟だ。その罪、自らの命で償え!!」
「ま、待てハイゼル・グラーフィン!!話し合おう!!俺達はあの女に言われてやっただけなんだ!!」
兄貴の取り巻き達は、全員ティミーを指差した。
「お、お前ら…お前らあああぁぁぁぁッ!!」
「そうか…よく分かった」
その言葉を聞いて、取り巻き達は安堵の色を浮かべたが、ハイゼルはそう甘くはない。
「お前達は仲間さえ売る下劣な奴らだとな…」
「お、おい…嘘だろ…!?」
「問答無用だ…秘技…〝朧崩し〟!!」
ハイゼルは取り巻き達の上空へ一瞬で移動し、瞬速の一撃を取り巻き達に放った。
男達は悲鳴をあげる事すら叶わず、無言のまま息絶え、絶命した。
「見事だ…ハイゼル・グラーフィン…俺の剣では、お前に届かない…殺せ」
番犬は悟る。
自分がこの男に適わないと。
「───今の発言は〝投降〟と捉えた。レウター様の元へ行け」
「な、何だと!?俺も殺せ!!」
「死だけが罪滅ぼしではない。それに、アナタはあの〝番犬〟だ。もう少し、自分が剣を尽くす相手を選ぶべきだろう…」
「ハイゼル・グラーフィン…まさか、ここまでの男とは…完敗だ…」
番犬は剣を地面に置くと、レウターの元へ歩いて行く。
「ハイゼル君。彼はいいのですか?」
「はい。殺さず、牢にお願いします」
「───甘いですね。まあ、いいでしょう。連れて行って下さい」
後ろに待機させていた兵達に命令し、番犬は手を縛られ、牢に送られて行った。
「後はお前だ。〝鎌鼬のティミー〟」
「チッ…動くとこの女が───」
「お前が彼女に触れる前に私がお前を殺すぞ…!!」
「ヒッ!!」
迫力に負けたのか、ティミーはナイフを落とし、その場にへたり混んだ。
(終幕…ですねぇ…)
レウターは残っている兵達に指示を出し、ティミーを捕らえた。
「お見事でしたよ。ハイゼル君。あとの処理は私がやりますから、そちらのお嬢様方をお願いしますね」
「はい。ありがとうございます!」
レウターはそう言うと、兵士達の元へと戻る…が、その時、ディレザリサとすれ違う。
「貴女は、本当に〝お嬢様〟なのでしょうかね…」
「───ッ!?」
レウターはそう一言ディレザリサに告げると、後ろを振り返る事なく、その場を後にした。
(レウター・ローディロイ…何者なんだ…?)
ハイゼルはヘナヘナになったフローラを担ぎ、駆け付けたロブソンと屋敷の中へ運ぶ中、ディレザリサはただ、ゆっくりと帰って行くレウターの後ろ姿を目で追っていた。
「ディレさん…大丈夫でしたか?…ディレさん?」
「───え?あ、はい。大丈夫です…」
そして、ディレザリサはハイゼル達を追うように屋敷の中へと戻って行った。
一抹の不安を残しながら──────。
【続】




