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私、元は邪竜でした  作者: 瀬野 或
一章 邪竜と魔女 〜北大陸 中央街ランダ 歌う精霊編〜
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第1話 私、異世界へ飛ばされました


 アレキアでの戦いから強制的に除外された邪竜・ディレザリサは、これまで見た事のない見知らぬ山奥で意識を取り戻した。


「転移魔法か? 人間め……、小賢しい真似を……んッ!? 何だこの声は……ッ!?」


 邪竜ディレザリサは自分の発した声に徒ならぬ違和感を覚えた。

 転移させられる前のディレザリサの声は、聞く者達を恐怖のどん底に落とし、自分の命すら諦めるほど戦慄するほどの、地獄の淵から発せられるような低い声だったのだが、今、自分が発した声は明らかにそれとは真逆であり、まるで人間の雌のような、高く澄んで、伸びやかな声だった。

 次に違和感を覚えたのは、身体の軽さである。

 今までは自分の身体を活動させる為に、自身に風の魔法を使い、俊敏に動けるようにしていたのだが、今はその魔法の効果も切れている。

 それなのに、この軽さは一体なんなのだ……? と、ディレザリサは戸惑いを隠せなかった。

 最後に……これはもう致命的と言っても良いだろう。

 背中に生えていた、自慢の巨大な翼がピクリとも動かないし、感覚すら無いのである。

 一度羽ばたかせれば大気を揺らし、木々をも薙ぎ倒す程の風圧を起こす自慢の翼が、まるで『無くなった』かのように、その存在を感じる事が出来ない。

 ディレザリサは身体を弄るように、恐る恐る自身を確認してみる……。


「何が起きている……ッ!?」


 ディレザリサは、自分のあまりの変わりように、吃驚(きっきょう)を禁じ得なかった。

 どんな攻撃も弾いてきた、鋼鉄よりも硬い(うろこ)は無い。

 それに変わり、透き通るような、白いすべすべの肌が露出している。

 指は、少しでも力を入れてしまえば、ポキッと折れてしまいそうな程に細い。

 あらゆる物体を切り裂いてきた、人間や獣共の血で染まった紅の爪は失われ、鋭利(えいり)な刃となっていた爪は、長さを指先に合わせるように整えられ、爪の下にある皮膚の色を透き通らせる程に艶々(つやつや)だ。

 頭皮からは滑らかな淡い青色の毛が数えられない程生えていて、その長さは足膝まで及ぶ。

 手、足、声──、その全てが『人間の身体(それ)』そのものだった。


「私を人間の姿に変えたというのか!? 小賢しい人間共めッ!!」


 ディレザリサは怒り心頭に、その場で地踏鞴(じたたら)を踏んだ。

 然し、幾らこの場で恨み辛みを吐き出した所で、元の世界に戻る事は出来ない。

 不幸中の幸いか、ディレザリサが活動出来る分の魔力は残っている──が、人間の身体となってしまった反動のせいなのか、竜でいた頃よりも激減してしまっていた。


 「はぁ……」と溜め息を零し、それにしてもやけに寒い場所だ……と、ディレザリサはガタガタと身体を震わせる。

 アレキアには、こんな寒い場所などなかったので、この白くふわふわした地面や、枯れた木々の隙間から吹き抜ける、凍てつくような冷たい風や、その風に紛れて混じる冷たい白い粒が何なのか、ディレザリサには皆目検討(かいもくけんとう)もつかなかった。


「此処は、アレキアとは別の世界なのか……?」


 周囲を見渡す限り、危機感を抱くような獣の類いは存在しない──だが、この冷たい白いふわふわの物質は、どんどんと身体の熱を奪って行く。


「凍結魔法の上位種か……? この力……私の魔力と同等……或いは、それ以上の……」


 今まで何とか耐えていたが、ついにディレザリサは崩れるように、その場に倒れてしまう。


「竜の王と呼ばれた私を、ここまで追い詰めたこの世界の魔法使いよ……見事なり……」


 正体の見えない、自分よりも遥か高みの相手に、ディレザリサは讃辞(さんじ)の言葉を呈する。

 やがて意識がどんどんと遠くなり、ディレザリサは深い眠りについたのだった……。



 * * *



 ここは何処だ──と、意識の戻ったディレザリサは、状況の変化に戸惑う。

 先程のまでの凍てつくような身体を劈く寒さとは違い、肌触りが良く、心地良い布が、自分の身体を包み込んでいるかのようなホッとする温かさを覚える。

 少し遠くでは、木がパチパチと燃える音も聞こえた。

 ディレザリサは、どうやら誰かに救助されたらしく、抵抗する瞼を無理矢理開き、身体を起こした。

 この肌触りの良い布の正体を確認してみると、これは『毛布』と呼ばれる、人間が就寝する際に(まと)う布のようだ。

 そして、少し遠くから聞こえたのは、暖炉にくべてある薪が燃える音で間違い無かった。


 この場所は、人間が住む巣に似ている───と、ディレザリサは周囲を見渡した。

 丸太を組んだ簡単な作りのような家に見えるが、実際、どのように組んであるのかまでは分からない。

 ふ、と横を見ると、机の上に人間用の服が用意されている。

 もしかしたら、この服を着ろ……という、この巣の主からの貢物(みつぎもの)かもしれない。

 脆弱なこの身体にとって、布切れ一枚羽織(はお)るだけでも大分違うのだろう。

 ディレザリサは戸惑いながらも、今まで出会った人間が着ている服を想像しながらもぞもぞと着てみる。

 袖は手首まで隠せるように長く、これならあの氷結魔法を防ぐ事が出来るかもしれない……と、ディレザリサは一笑したが、このヒラヒラとしたものは、どうも具合が悪い。

 一瞬、身体全体を守る『マント』と呼ばれるものかと思ったが、それとは違うようだ。

 そういう形ではないと悟り、試しに下半身に装着してみる。

 やたらとスースーするが無いよりはマシだ、と、ディレザリサはそれを履いた。


「これでは足元の防御にはならない、か……」


 そもそも竜に『服を着る』という風習は存在しない。

 分厚い鱗がある為、その必要が無いのだ。

 なので、初めて履くスカートにディレザリサは戸惑っていた。


「──あ、起きた!! 大丈夫?」


 ディレザリサがようやっと服を着れた時、この家の家主と思われる人物が、物陰から姿を表した。


(もしや、この人間があの氷結呪文を……?)


 見た目はただの人間の雌だ。

 この人間からは、人並みの魔力すら感じる事は出来ない。

 ディレザリサは、この人間の雌を『取るに足らない存在=殺す価値すらない者』と認識した。


「お前……何者だ?」

「私の名前はフローラ・カジス。此処でひっそりと暮らしてる。下の村の人達からは〝魔女〟……って呼ばれてるわ」


(魔女? これが魔女なのか……?)


 この雌からは魔力を感じ無い。

 よって、先の言葉は偽りだ……と、ディレザリサは直ぐに分かった。そして、ディレザリサは、この雌は初対面の相手に対し、偽りの情報を流して反応を見る『姑息な人間だ』と判断した。

 「ふっ……この程度か」と、ディレザリサは薄ら笑いを浮かべる。


「あれ? 私、何か笑われるような事……言ったかな?」

「貴様が〝魔女〟だと…? 片腹痛いわ」


 ディレザリサは『貴様の正体は見切った』と言わんばかりの高笑いをする……が、このフローラ・カジスという人間の雌は、悔しがる素振(そぶ)りすら見せない。

 いつもの通りなら、逆上して襲って来るのを返り討ちにしてやるのだが、逆上すらしない。

 フローラは、何もかも諦めてしまったかのような微笑みを浮かべて「確かにそうだよね。私が魔女なんておかしい話だと思うよ」と、答えた。

 ディレザリサはどう反応して良いものか分からず、「どういう事だ?」と、フローラの真意を確かめる事にした。


「魔法が使えない私が魔女だなんて……、可笑しいよね」


 そう言って浮かべた笑顔は、自分を値踏みするかのような自虐的な意思を感じた。

 そうだ───、この笑顔には見覚えがある。

 ディレザリサと対峙し、自らの力が圧倒的に足りない者は、よく、こういう笑みを浮かべ、放心状態で炎に飲み込まれていったものだ。

 つまり───、この雌もそうなのだろう。

 自分の存在が他者から見て劣る種族だと判断し、『私に劣等感を感じているのだな』と……とディレザリサは心中(しんちゅう)で思った。


(まあ、それもやむを得まい……この雌と私では、圧倒的な力の差がある……)


 こうなった場合、一瞬で殺してやるのがせめてもの救いだろう。

 痛みすら感じず、一秒後に目を開けた時は、既に死の世界にいる……くらいの慈悲(じひ)は掛けてやりたい。

 あの超上級氷結魔法から自分を救い出したせめてもの礼だ……と、ディレザリサは爪を立てようとした。

 然し、いつも力を入れると伸びる鋭利な爪は、うんともすんとも反応しなかった。


(この身体、不便だな……)


 ならば魔法で一撃粉砕(いちげきふんさい)してやろう──と、片手に魔力を集中させた──はずだったのだが、いつも息をするように自在に操れていた魔力も、今では焚き火に火をくべる程度の、脆弱(ぜいじゃく)な魔力しか集まらない。


(この身体に魔力が定着してないのか……?)


 フローラは、ディレザリサの右手に纏う赤い魔力を見て、その目を丸くするほど吃驚(びっくり)した。


「あ、貴女……本物の魔女だったの!?」


 (見当違いも甚だしい。この竜王が魔女だと? やはり、劣等種族(れっとうしゅぞく)か……)

 

 ───と思いながら、ディレザリサは深い溜め息を吐いた。


「私は魔女ではないし、魔法使いでもない……。私は竜だ」

「竜……ドラゴン……?」


 ディレザリサは『恐怖に(おのの)け』と言わんばかりに、胸を張った。


「訳あって今は人の姿をしているが、な」


 フローラは首を(かし)げつつも、ディレザリサの言葉に耳を(かたむ)けている。然し、ついに我慢が出来なかったのだろうか「ふふっ……」と失笑(しっしょう)してしまった。

 だが、自信満々に「私は竜だ」と胸を張っている、目の前にいるディレザリサが可愛いくて、何とも愛らしい表情を浮かべるものだから、ついにフローラは身体を揺らす程、哄笑(こうしょう)してしまった。


「あははははっ!! それはちょっと無理があるよー!! 貴女、面白い人ね♪」


(ほう……? この雌……どうやら死にたいようだ……)


 ディレザリサの顔に、めきめきと青筋が立つような怒りが混み上がる。

 例えば、本来の姿のディレザリサを見て「ただのドラゴンだろ」と軽口を叩く者がいれば、その者は、次の瞬間、人間の姿を留めてはいないだろう。然し、今は自分が人間の姿で魔力を貧弱(ひんじゃく)だ。

 舐められても致し方ないが、それでも『面白い人呼ばわり』は、ディレザリサのプライドを傷付けるには充分だった。


「信じぬ……と言うのだな?」

「だって、こんな〝可愛い子〟がドラゴンだなんて信じられないもん」


 その笑顔に偽り無し。

 どうやらこの雌は、本当に『信じていない』らしい。


(いつもなら詠唱などしないが……)


「───見せてやろう」

「え?」


 そして、ディレザリサは呪文を唱えた。

 本来ならこの呪文を唱えた時点で、人間は恐れを隠せず逃げ出す。

 それだけ高度で、殺傷(さっしょう)能力の高い魔法なのだ。

 竜の作り出す魔法は人間が使う『精霊魔法』と違う。

 精霊魔法は『精霊の力』を借りて発動する方法だ。

 然し、竜が使う『魔法』というのは『創造魔法』といい、自らの魔力を具現化し、放出する。

 つまり、詠唱する事などほぼ無いのだが、自らの魔力を高める為に、敢えて口に出して力を蓄えるという方法もある。

 この方法で魔力を放出した際は、通常放出の倍以上の効果がある。

 然し──、そもそも竜が使う『創造魔法』は強力な魔法であり、効果を倍にしなくとも問題無い。詠唱発動する時は、それだけの強さを誇る相手と対峙した時くらいなものだ。


「綺麗な声……」

「……は?」


 不意に思いもよらない言葉を言われ、『後一歩』で構築が完了するはずの魔法を止めてしまった。


「凄い綺麗な声……感動しちゃった……」

「ま、まさか貴様……、今のを全く恐れないと言うのか……?」

「恐れ? 恐れなんてないよ? あんなに澄んだ優しい歌声を初めて聞いたから、ちょっと感動しちゃって……」


(なんなんだ、この雌は……)


 目の前で謎の感動をしているフローラは、今までディレザリサが合った雌と何もかも違う。

 やせ細った足や腕に、魔力も持っていない。

 それなのに、あれだけの力を見ても、全く臆する事が無い。


(面白い……この雌は、なかなか面白いな…)


 この時初めて、ディレザリサは……邪竜にして、竜の王ディレザリサは、人間の雌に興味を持った。


「フローラ…とか言ったな?私の名はディレザリサだ。よく覚えておくといい」

「ディレ・ザリサね? じゃあ、ディレって呼んでいいかな?」


(ディレ・ザリサではないのだが……まあ、いいか)


 ディレザリサは吐き捨てるように「好きに呼べ」と答えた。


「よろしくね、ディレ! 取り敢えず食事にしよっか? 食材が不足してるから、あまり豪華なものは出せないけど……」

「構わん」

「じゃあ、ちょっと待っててね? 準備してくる!」


 フローラは食事の準備を始める為に、小屋の奥へと向かって行った……。


 【続】

2018年5月3日──文章を修正しました。

2018年5月11日──全文の見直し改稿と、難しそうな漢字に『ふりがな』をしました。

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