〖第十五話〗私と英雄、やらかしました
王都レイバーディン。
この世界の繁栄と栄光の象徴の『ディザルド城』があり、世界の要であり、数多の夢と希望を抱えた者達が集う流行最先端の都。大道芸人が道の端で三本の剣をくるくるとお手玉のように投げていると思いきや、吟遊詩人が歌を歌っていたりする。活気の溢れたこの都では、毎日がまるでお祭りのように賑やかだ。それを支えているのが、この中央大陸の国王である『グラハンド・ザン・ディザルト13世』と、その側近である五人の将。
『百戦』の異名を持つ『剣将』グライデン・マーティン。
賢者である『賢将』バリアス・アンダーマン。
精霊と神に愛された『愛将』ナターニャ・フィクセス。
裏切りの魔族『魔将』ゼル。
五将総括『智将』レウター・ローディロイ。
この『五将』がいる限り、この王都が陥落する事は有り得ないとされ、世界で絶対的な平和と秩序を保っている。だが、最近、この『五将』にもう一人入るかもしれないと噂をされているのが『英雄 ハイゼル・グラーフィン』である。
───都はその噂で持ち切りだった。
ディレザリサとフローラは、ハイゼルに強引に説き伏せられてレイバーディンまで来た。然し『一緒に来て欲しい』なんて言うものだから、愛の告白でもされたのかと勘違いさせられたディレザリサは、活気溢れる楽しい都を、不愉快極まりないという表情で歩いている。それは『愛の告白じゃなかったの!?』という乙女心で不愉快になっているのではなく、単純に『不愉快』だからだ。『たかが人間風情が』という、単純な理由である。然し、そうと取らないのが『人間の男』というものであり、ハイゼルは道案内しながらも、生きた心地が全くしなかった。
「ねぇ…ディレ?そろそろ機嫌直してよ…あの人可哀想だよ?」
「・・・・・・」
「そ、その…本当に申し訳ない…言い方というのがありましたよね…猛省します…」
道行く人々はハイゼルに向けて「素敵ー!」や「ハイゼル様ー!」と声を掛けてくる。それを苦笑いで返すしかないハイゼルが、フローラは不便そうに思えて仕方がなかった。
「…分かったわ。今回は許します」
ようやく折れたディレザリサを見て安堵するハイゼルは、何だか女房の尻に敷かれた旦那様のようにも見える。
「ハイゼル様。次は気を付けて下さいね?」
「はい!グラーフィン家の名誉に誓います!」
「そこはディレに誓ってあげないと…」
「そ、そうですよね…ディレさんに誓います!」
「何だかなぁ…」と思いながら、フローラはやっとこの板挟み状態から開放されて、溜め息を零した。
「それで、ハイゼル様。私達を何処に連れて行くんですか?」
ディレザリサは見知らぬ都をキョロキョロと見ながら、ハイゼルに訊ねた。
「流石に、あの事件があってもあの山小屋に住まわせるなんて事は出来ませんので、私が住居をご用意させて頂きました!」
「え?住居?」
いつの間に…である。
話を聞くと、レウターに密書を送った際に、もう一つ手紙を出していたらしい。宛先はグラーフィン家。不憫な少女二人の家を用意して欲しいという要望を出していたのだ。
「この橋の上で待ち合わせをしたのですが…」
都の中央には、小さな川…と言うよりも水路があり、その水路を渡る小さな橋が幾つか存在する。その中の一つはグラーフィン家が資金を出して作った物らしく、『グラーフィン橋』という名前が橋に掘られてある。
「貴族って、こういう趣味があるの…?」
「フローラ、声が大きい…」
然し、その声は都の喧騒に掻き消されたようだ。
暫く待っていると、執事の格好をした老人が現れた。
「やあ、爺。元気そうで何よりだ」
「坊ちゃんこそ。よくご無事で」
「爺…そろそろそれは止めてくれ…」
「これは失礼を…ハイゼル様。して…後ろにいらっしゃるお嬢様方が、お手紙に書かれていた方々ですかな?」
爺…と呼ばれた老執事は、眼鏡を掛け直してジッと二人を見た。
「こちらがディレさん。そして、あちらがローラさ…あ、フローラさんでしたね」
あの街が崩壊したので、もう名前を偽る必要もなくなり、フローラはハイゼルに本当の名前を打ち明けていた。
「呼びやすい方で構いませんよ。フローラと申します。宜しくお願いします」
「ディレと申します」
二人は老執事に軽く会釈をした。
「これはこれは…。私はロブソンと申します。坊ちゃん…ハイゼル様とは幼少の頃からお世話をさせて頂きまして───」
「爺。もういいだろう?」
『坊ちゃん』と呼ばれるのが恥ずかしいのか、ハイゼルはロブソンが『坊ちゃん』と呼ぶ度に怪訝な顔をする。一方ロブソンはと言うと、それを指摘されても顔色一つ変えない。その身体の身のこなし方から、グラーフィン家の名誉を損なうような行動を取るまいとしているようだった。
先頭をロブソンが歩き、その後をハイゼル、フローラ、そしてディレザリサが歩く。それにしても王都と言うだけあって広い。ランダの倍…いや、ランダとは比較にはならないだろう。都の中央に君臨する『ディザルト城』が、この世界の繁栄の象徴と言われるだけある…と、ディレザリサは頷いた。
───だが、光ある所には影があるものだ。
ディレザリサの目は、この都を映した。何やら不穏な動きをする人間が数人、路地裏を歩いている。
「どうしたの?ディレ」
「いや…何でもない」
自分達に気概を加えようとしている訳でもないので、今は捨て置くとしよう…と、ディレザリサはまた、明るい光の照らす都を見る。
「ハイゼル様。この都はどういう作りになっているのでしょうか?」
ディレザリサはハイゼルに訪ねた。
「この都は、ディザルト城を中心に〝東西南北〟に区切った四つの地区で成り立っています」
「貧富の差は…ありますよね?」
フローラがやけに現実的な質問をすると、それにはロブソンが答えた。
「えぇ…御座います。流石にこの都に住む者達全員が裕福…という訳にも参りませんからね。北地区は少しガラの悪い連中が彷徨いています。あまり近付かない方が良いでしょう」
(なるほど…北地区か…面白そうだな…)
…と、ディレザリサは思った。今夜辺り、北地区に忍び込んで、どんな場所なのか探ってみるのも悪くない…と。
「ディレ。行ったら駄目だからね?」
「んなっ…!?」
「やっぱり…そんな事だろうとは思ったよ。駄目だよ?」
「…はい」
「よしよし♪」
そう言って、フローラはディレザリサの頭を撫でた。
何故、フローラはディレザリサの心が読めたのか…それが気になったが、フローラは「顔見れば分かるよ」と言う。それだけ何やら企んでいる顔をしていたのかもしれない。
「見えて参りました。あちらがディレ様とフローラ様のお住まいです」
「「・・・・・・」」
二人が圧倒されてしまった程に、その『お住まい』は立派過ぎた。
「爺…まさかとは思ったが、流石にここを二人が使うのは、些か大き過ぎるよ」
眼前にあるのは『お屋敷』と言われる程に大きな建造物だった。
「何を仰いますか。ハイゼル様の結婚相手になるお二人には、これでも狭いくらいです」
「あ、あの、今…な、な、な、なんと…!?」
フローラは慌てロブソンに聞き返す。
「いや。ですから…御二方はハイゼル様の第一夫人と第二夫人になると…ふむ、違うのですか?」
「私がそんな話をいつしたのだ!!ロブソン!?」
「いえ…あの書状を見て察するに、そういう事かと…旦那様も奥方様も、ハイゼル様がやっと女性に興味がと、泣いてお喜びになっていたのですが…」
「な、何だと!?」
ハイゼルとロブソンは、互いに『あーだ、こーだ』と言い合いになっている。
「ディレ、どうしよ…でぃ、ディレ!?」
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…」
「待って!落ち着いて!?」
ディレザリサは、もう勘弁ならんと、堪忍袋の緒が切れたらしく、フローラの言葉が耳に届かないようだった。
「ディレ!ちょっとディレ!」
フローラはディレザリサの両肩をグラグラと揺すった。
「殺す殺す殺───はっ!?」
ようやく意識が戻ったらしい。
「良かった…戻ってきた…それで、どうしよう…このままだと、私達、ハイゼル様の婚約者になっちゃいそうだよ…」
「はぁ…やはりあの男は危険だな…私が話を付けてくる」
そう言って、ディレザリサはハイゼルとロブソンが口論している、屋敷の入口前までやって来た。
「だから、それは勘違いなんだと何度言えば!!」
「いやですが…困りましたね…そうなると旦那様と奥方様に、何と御説明すればよろしいのか…」
「ちょっと、よろしいですか?」
二人の口論に割って入ったディレザリサは、二人を一度黙らせ、口論を中断させた。
「ああ、ディレさん…申し訳ない。今度は私の家の者達が勘違いをしてしまったらしい」
「勘違い…なのでしょうか?」
「二人共。少し私の話に耳を傾けては下さいませんか?」
「「はい」」
ディレザリサは「コホンッ」とわざとらしく咳払いをして、二人を見る。ハイゼルは焦った顔をしているが、ロブソンの方は相変わらずのポーカーフェイスと言うべきか、こんな状況になっても顔色一つ変えていない。
「先ず、ロブソン様にお話ししますが、私とフローラは、ハイゼル様をとても信頼しています」
───という体でで話を進める。
「ですが、私達とハイゼル様では全く釣り合うものがありません。なので、私達はハイゼル様の〝良き友人〟として、これからも関係を築き上げて行きたいと思います」
「ふむ…そう言われるのなら…」
ここで話を止めるべきだった。だが、苛々していたディレザリサは、余計な事を口走ってしまったのだ。
「それに───」
「それに?」
フローラは、この後何が起きるのか…何が起きてしまうのか、少し嫌な予感がしていた。
「ハイゼル様は、私達を愛してはいません。そうですよね?」
やってしまった…とフローラは思う。
フローラが見るに、ハイゼルはディレに恋心を抱いているのは分かっていた。だが、ディレザリサは人間ではない…竜なのだ。以前、乙女心を少しだけ教えてはいるが、それで全て理解出来るほど、乙女心は単純ではない。そして、それは男の気持ちも同じ…。その根本を理解していないディレザリサは、『まさかこの男が自分に恋心を抱いているはずがない』と思い込んでいるのだ。『一緒に来て欲しい』とハイゼルが伝えたあの時だって『人間風情が、弁えろ』と思わんばかりの態度を取り、ハイゼルが謝罪した事で、あの一件は『無し』となり、ハイゼルは『自分の事を諦めた』と『思い込んで』いたのだ。
───その結果が、これである。
「ハイゼル様。ちゃんとロブソン様にお伝えして下さい。そうすれば、ロブソン様の誤解も解けます」
「・・・・・・」
「ハイゼル様?」
「坊ちゃん…?」
「わ、私は…」
「さ、早く証明を」
「私は……」
「坊ちゃん、まさか……!?」
ここに来て、初めてロブソンの焦燥が見られた。
「ディレ、それは駄───」
「私はディレさんを愛しています!!」
「あーあ…」とフローラは項垂れた。そして、どうしてあの時、ディレザリサを二人の所へ一人で行かせたのかと後悔した。
「という事です。ロブソンさ…え、今、何と?」
「私、ハイゼルは…ディレさんを愛しています!!」
「坊ちゃん!!流石で御座います!!爺は感動致しました!!」
涙を流して喜ぶ爺、こと、ロブソン。
顔を真っ赤にしながらも、何処か満足顔のハイゼル。
もう諦めるしかない、と項垂れるフローラ。
そして───
「は───、はぁッ!?」
一番の元凶は、この状況を全く掴めず、目を丸くしていた……。
【続】