〖第十四話〗私、告白されました
「や、やめろ…来るな!この魔女めえぇぇ!!」
ランダの最北にある豪邸、街長、ガレーゾ邸は狂気に満ちていた。今まで自分に仕えていたメイド達が、自分に向けて刃物を振るって来たのだ。
「死ね…死ねぇぇぇッ!!」
「ヒイィィッ!!」
情けない声をあげながら、メイド達が振り下ろすナイフや包丁をギリギリで交わし、何とか自分の部屋まで辿り着くと、机の中に隠していた銃を取り出した。
「はぁ…はぁ…来るな…来るよぉ…」
扉の鍵は閉めた。だが、万が一という事もある。ガレーゾは扉に銃口を向けて身構えた。震える手足を何とか抑えながら、ただただ、誰も入って来るなと祈る…が、やがて扉は激しいノックで揺れる。
「ガレーゾ様ァ?早く開けテ下さいませんカぁ?」
正気ではない。
一体、何が起きたのかわからない。
『ミシッ』と、嫌な音がした。
鍵が、どんどんとノックと体当たりによって、壊れてきている。そして、ついに扉は開放され、狂乱のメイド達はガレーゾを見つけ、襲いかかった。
「く、来るなーッ!!」
『パンッ』という破裂音が数回部屋をこだまする。
ガレーゾがメイドに撃ったのだ。
三人のメイドは、ピクリとも動かぬ人形のように、目を見開いて倒れている。
「わ、私は悪くない…私は悪くないぞ…!!」
ガレーゾは腰を抜かし、その場に座り込んでしまった。
「私は…悪くない…」
誰も答えないはずの言葉に、誰かが冷たく答えた。
「貴方が悪いのよ。ガレーゾ」
「───ッ!?」
目の前にいるのは、赤毛で、髪の毛を後ろに結んでいる少女。
ガレーゾには、その赤毛に見覚えがあった。
赤い髪の毛は、この街では『あの母親と娘』しかいなかった。
自分が『魔女』と認定したあの医者の妻と、その子供。
フレアンナ・カジスと、その娘──────
「お、お前は…フローラ・カジス…生きていた…のか…!?」
「お久しぶりです…そして、死んで下さい」
フローラは冷たく言い放つと、右手をガレーゾに向けた。
「お、お前…本物の魔女だったか…!!」
「違う。私は魔女じゃない。
〝邪竜の魔女〟よ──────」
「し、死ねぇぇぇッ!!」
『カチッ』という軽い音が鳴った。
「し、しまった…弾切れか…!?」
先程、ガムシャラに撃ってしまった為、六発の弾を全て撃ってしまったのだ。
「どうやら〝歌う精霊様〟も私の味方をしたみたいですね…」
「ま、待て…話せば分かる…な?落ち着け…」
「───いえ。結構です。さよなら」
フローラの右手の掌から、一本の弦がガレーゾの後頭部を貫いた。
「ア、アガァ…」
「八つ裂きにしてやりたいけど、これで許してあげますね…ガレーゾさん」
死体はやがて朽ち果て、塵になって消えた。
「仇は討ったよ…お父さん…お母さん…」
「フローラ。早く…ハイゼル達が来る…」
「うん…」
二人は、あの山小屋へと帰って行った。
* * *
いつにも増して静かな街は、ハイゼルの心を掻き乱した。
(この街で、何か起きた…。しかも、自分が街から離れた数時間ので…?)
「血の匂い…ですね…」
レウターは腰に下げていた剣を抜く。
「はい。調査しましょう」
だが、調査をするまでもなかった───
「な、何だ…これは…!?」
街は既に死んでいた。
道には、かつて人間だった者が転がっている。
それも、一人や二人ではない。
街の人々が、全員死んでいた。
「ハイゼル君。これはどういう事ですか…?」
幾ら智将と呼ばれたレウターも、ここまでの惨劇が行われているとは、想像もしていないかった。
「分かりません…分かりません…な、何故こんな事が…」
作戦はこうだった──────。
レウターを連れて街の中に入ると、精霊の歌が聞こえ、それを聴いたレウターと一緒に街長の家へと向かい、そこで洗いざらい吐かせる。街長はきっと死罪になり、この街を軍が統治する…予定だった。だが、精霊の歌が聞こえてくる気配など無く、ただ眼前には、無気力に転がる死体…死体、そして死体。
「ハイゼル君。君は生存者の確認を。私はこの街の街長に会いに行きます…生きていれば良いですが…」
「は、はい!」
ハイゼルは走って、街の中を確認しに行った。
ハイゼルの姿が見えなくなるまで、レウターはその後ろ姿を目で追い、見えなくなってから、まるで悪魔のような笑みを浮かべた。
「面白い…実に面白いですね…」
そして、空気中に漂うわずかな『証拠』を掴んだ。
「なるほど…そういう事ですか…。これは王にお知らせした方が良さそうですね…」
レウターは剣を鞘に収めた。
もう、この場所に生存者はいないと悟ったのだ。
「まさか竜が出て来るとは…ハイゼル君は本当に〝恵まれて〟いますねぇ…」
* * *
生存者、0人。行方不明者、不明。
街長も姿を消していた。
「レウター様…これは…こんな事が…一体誰が…」
「そうですね…死体が見つかっていない〝ガレーゾ街長〟が、この騒動の発起人かもしれませんね」
「ガレーゾ殿が?…いや、魔女狩りを発案したのもガレーゾ殿か…」
だが、本当にそうなのだろうか?と、ハイゼルは疑問に思った。街長であれど、ただの人間だ。魔力も無い、ただ少しばかり権力のあるだけの男が、これ程の惨劇を犯せるのだろうか?と。
「レウター様」
「何でしょうか」
「本当にガレーゾ殿が犯人だと、お思いですか?」
ハイゼルはレウターに聞くが、レウターはその問に対して首を傾げた。
「分かりません。ただ〝何か〟を彼が握っている。そう思っただけですよ」
「つまり、まだ生存していると?」
「どうでしょうね…直属のメイドが銃で撃たれて死んでいました。その銃は街長の部屋に落ちていましたが、彼はいない。もしかすると〝犯人によって連れ去られた可能性〟も無きにしも非ず…という所でしょう」
「そう…ですか…」
「これから私は王都に帰還し、この事を直々に陛下に伝えます。ハイゼル君も来ますか?」
「いえ。私はまだやる事が残っていますから」
「そうですか…ハイゼル君」
「はい…」
「〝竜〟には、気を付けなさい」
「竜…ですか?」
竜なんて夢物語に出て来る怪物…くらいだろうと、その存在を否定していたが、レウターがそれを口に出すという事は、今回の件、その竜が関わっている可能性がある…という事だ。
「はい。ありがとうございます」
レウターは、門の近くにある馬屋から、手頃な馬を選び、跨った。
「それでは、ハイゼル君。後は任せましたよ」
「───はい」
レウターは馬を走らせ、港町へと引き返して行った。
「こんな事…ディレさんとローラさんに、何と伝えればいいんだ…」
死臭の漂う死の街で、ハイゼルはこれから会う二人の少女を気にかけた。
「───行くか」
ハイゼルは何も知らない。
だから、これからも知らない。
この街で起きた惨劇を首謀した犯人を。
二人の少女の、本当の姿を──────。
* * *
「───という訳です」
結局、真実を包み隠す事なく伝えた。
「そうでしたか…私達が精霊様に会えれば、こんな事には…」
「いえ!ディレさんのせいではありませんよ!!悪いのは全て犯人です。必ず見つけだし、然るべき制裁を加えます!!」
「そうですか…」
ディレザリサは、笑いを押し殺すのに苦労していた。
(その犯人というのは、私達なのだが…本当に人間というのは愚かだ…)
「ところで、ローラさんの姿が見えませが…」
いつもなら二人一緒に行動しているのに、山小屋にいたのはディレザリサだけだったのだ。
「ローラは…精霊様をムキになって探していて、怪我をしてしまって…今はベッドで休んでます」
───それは嘘だ。
精霊なんて探してないし、怪我もしていない。
ただ、一人にして欲しいと言われただけだ。
「大丈夫なのですか!?」
「ええ。薬草も使いましたし、かすり傷ですので」
「そう…ですか…」
「ハイゼル様は、これからどうされるのですか?」
どうせ、何も出来ないだろうと、ディレザリサは思った。幾ら強大な力を持っていたとしても、証拠は何も残っていない。
「竜を探します」
「・・・・・・?」
意外な言葉だった。まさか馬鹿で愚かなこの男の口から、『竜』という言葉が出て来るとは、微塵にも思っていなかったからだ。
「この事件と関係があるかは分かりませんし、そもそも竜が存在ているのかすら分かりません。ですが〝レウター様〟が仰ったのです…〝竜に気を付けろ〟と」
「レウター…様…ですか」
初めて聞く名前だった。
(そうか。その男がハイゼルが連れてきた〝権力者〟というわけか…)
「それと───」
「はい…?」
「ディレさん…私と一緒に来て下さいませんでしょうか!!」
「・・・・・・え?」
ディレザリサは、ただ固まったまま動く事が出来なかった……。
【続】