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私、元は邪竜でした  作者: 瀬野 或
一章 邪竜と魔女 〜北大陸 中央街ランダ 歌う精霊編〜
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〖第十一話〗英雄、名誉を失いました


「ハイゼル様!?」


「な、なんで貴方が此処に…?」


「いや、私は…ど、どういう事だ…?」


 三人が三人共、この状況が一体どういう事なのか分からない。いるはずのない相手が、まるで運命の悪戯かのように、三人を引き合わせたのかもしれない。


 ディレザリサとフローラにとっては、かなりの緊急事態だ。だが、ハイゼルに至っては、これは神の思し召し、或いは、精霊王の加護の力かもしれないと、高鳴る胸を抑えている。


 話は、少し遡る──────


 * * *


 ハイゼルは山小屋を見つけると、扉を叩いた。


「誰か…誰かいらっしゃるか?」


 然し、中からは返答が無い。

 この山小屋はきっと、自分のように迷ってしまった者を保護する目的で建てられた山小屋なのだと安堵し、ゆっくりと扉を開けた。


 小屋の中は、当然誰も使っていないはずなので、埃や、物が散乱しているだろう。それでも、休めるなら有難く使わせて頂こうと、そう思っていたのだが、扉の奥は、まるで誰かが住んでいるかのように、綺麗に整理整頓され、綺麗な状態だった。

 調理器具もあるが、それは必要最低限の物しかない。備蓄してある食材も、底を尽きようとしている。暖炉には先程まで燃えていたかのような、真新しい燃えカスがあり、ベッドも綺麗に整えてある。やはり、この山小屋で誰かが生活している証拠だ。そして、何より…良い香りがするのだ。果物ではない。然し、何処かで嗅いだ事のある、良い香りが部屋の中を漂っている。


「こ、これは不味いか…不法侵入になってしまう…」


 ハイゼルは部屋の物色を止め、急いで山小屋を出ようとした……のだが……


「沢山収穫出来て良かったね」


「そうだね」


 ───と、何やら楽しそうな声が聞こえる。


(ま、まさか…この山小屋の住人が帰って来たのか!?)


 ハイゼルは何処か身を隠す事が出来そうな場所を探す。だが、何処にも隠れられそうな場所は見当たらない。そもそも、隠れた所でどうするのかさえ分からない。隠れるくらいなら、ここは堂々と立ち振る舞うべきか…と、心に決めた。


(精霊王よ…我に力を…!!)


 足音と、楽しげな会話は徐々に近付いて来る。

 そして、ついに扉が開かれた──────


「ハイゼル様!?」


「な、なんで貴方が此処に…?」


「いや、私は…どういう事だ…?」


 ───そして、今に至る。


 ハイゼルは嬉しさで鼓動が跳ね上がるが、先ずは自分が何故この山小屋にいるのかを説明しなければと、腰に付けた剣を床に置き、危害を加えないという意思表示をした。


「ここが、まさかディレさんとローラさんの住居だとは知らず、大変申し訳ありません…」


 床に腰を下ろし、跪くかのように頭を下げた。


「ですが、勘違いしないで頂きたいのです。私は、決して貴女方を探す為にこの山に入ったのではないと言うことだけは!!」


 ハイゼルは必死だった。

 ルーヴェルン家の名誉に賭けて、誤解は解かなければならない。


「で、では…どういったご要件でしょう…」


 ディレザリサはハイゼルに問う。

 顔は冷静を装っているが、心の中ではかなり焦っていた。何せ、自分が『脅威』と思った相手が、自分のテリトリースペースに侵入しているのだ。動揺するなと言う方が無理な話である。

 それは、フローラも同じだった。仕切りにディレザリサを見ては、ハイゼルを見て、またディレザリサを見てはハイゼルを見て…の繰り返しで、目が合えば「どうしよう!?」という不安の色を隠しきれずにいる。

 ハイゼルは、ディレザリサの問に、どう答えれば良いか考えた挙句、真実を話す事にした。


「私は…〝歌う精霊〟に会う為に、この山に入ったのです。なので、決して…貴女方を追って来た訳ではないということだけは、信じて頂きたい!」


「あー、うん。ですよねー」


 フローラは、もう顔面蒼白だった。

 忘れ去りたい過去を掘り返されたからだ。


 今のハイゼルの話は、ある意味では自分達を追って来てないという事になるが、ある意味では自分達を追って来たという事にもなる。


 何せ、歌う精霊とはこの二人の事なのだから。


「わ、分かりました…それで、その精霊には会えたのですか…?」


「それが…会う所か…情けない事に、遭難してしまいまして…」


「遭難!?」


 目の前にいる男は、中央大陸では『英雄』とまで呼ばれた男であり、自分が『勝てない』と思った相手だ。そんな男が「遭難した」と言うのだから、驚きを禁じ得ない。


「それは、本当に遭難した…という事なんですか…?」


 苦し紛れの言い訳か…と、ディレザリサはハイゼルに問う。然し、ハイゼルは至って真剣に「はい…」と、しょんぼりした顔で答えた。


「情けない事に…事実です…」


「・・・・・・」


 無様だ…そして憐れな男だ……

 ディレザリサは思う。


「無礼を承知で、お二人にお願いがあります…」


 ディレザリサとフローラは、嫌な予感がした。

 だが、この流れでそうならない方がおかしい。


 つまり──────


「一晩だけ…ここに置いて頂けないだろうか!!」


 ───という事だ。


「少し話し合いをしたいので、ハイゼル様…お疲れの所申し訳御座いませんが、外で少しお待ち頂けますでしょうか?」


 丁寧な口調で、ディレザリサはハイゼルを外に放り出した。


 ───さて、どうしたものだろう。


「ディレ…どうする…?」


「どうするも何も…」


 出来る事なら今すぐ奴を八つ裂きにして、消し炭にするのがベストだが、それを簡単に出来ない相手だという事も分かる。つまり、現状でハイゼルと事を構えるには、準備が圧倒的に出来ていない。こうなる事が予想出来ていたなら、毒草の一本や二本料理に混ぜて毒殺するという方法もあるが、生憎、その毒草も持っていない。そもそも精霊の加護を受けた者が、たかが毒程度で死ぬとも思えない。このままハイゼルを追い返す事も出来なくはないのだが、追い返すだけの理由も無い。


 つまり、詰みである──────。


 このまま、ハイゼルの要求を飲み、悟られる事なくやり過ごすしか、選択肢は残されていないのだ。


「フローラ…やるしかないよ」


「そうだよね…」


 ディレザリサは外で待つハイゼルを山小屋の中に入れて、一日だけならという条件で受け入れる事にした。


「ありがとうございます!実は、断られるのも覚悟していまして…ホッとしました…」


((断っても良かったのか!?))


 ディレザリサとフローラが同じ事を思ったのは、言うまでもない。


「この御恩、必ずお返し致します…グラーフィン家の名誉に賭けて!」


 そんな名誉なら捨ててしまえ、とディレザリサは思った。


「では、何からお手伝いすれば宜しくですか?」


 ハイゼルはディレザリサ達の思いなど、微塵も感じていないようだ。

 その問に、フローラは優しくこう答えた。


「裏手に井戸があるので、先ずはそちらで汗をお流しください♪」


 遠回しに『汗臭い』と言われているのだが、ハイゼルは自分を気遣ってくれていると受け取り、「ありがとうございます!」と、井戸へ向かって行った。


 * * *


 突如現れた天敵、英雄ハイゼル。

 彼は『遭難』と言っていたのだが、それを鵜呑みに出来るほど、ディレザリサはお人好しではない。その前に人ではないので、そう簡単に人間を信じる事など出来ないのだ。

 フローラは『致し方なく』料理をしている。このまま何もせず、寝る場所だけ貸して帰らせるという訳にもいかないのだ。沢山収穫してきた山菜が、ハイゼルの登場で余分に減ってしまうのが、フローラは許せなかった。

 確かに、ハイゼルは俗に言う『いい男』ではある。

 家柄も良いのだろう。彼が口癖のように発しているのがその証拠だ。ルーヴェルン家がどんな家柄なのかは知らないが、名家と言われているのならそうなのだろう。然し、自分達の敵である事は明確だ。殺すべき相手に手料理を振るうなんて経験は、後にも先にもこれが最後だと願いたい。

 

「フローラ…一応、呼び方は〝ローラ〟にするからね?」


 料理を作っているフローラに呼び掛けると、フローラは「うん」とだけ短く返事をした。

 

「他にすべき事は───」


 ディレザリサは人数分の皿を戸棚から取り出し、テーブルにセットする。


「よし…って違うッ!!」


 人数分の皿を用意するのはそうなのだが、ディレザリサがすべき事は他にあるはずなのだ。


「習慣というのは、恐ろしいな…」


 * * *


 ハイゼルは、井戸の前で暫く放心していた。それは、井戸の使い方が分からない訳ではなく、今、自分に起きている奇跡について、考えていたのだ。願わくばもう一度会いたいと願っていた美少女との再開…しかも、それがなかなかに運命的だったので、ハイゼルは高鳴る鼓動をどうも抑えられない。

 だが、ハイゼルはそれと同時に、あの時何故早急に街を離れたのか…という謎も知れるチャンスだと考えていた。それに、この山小屋に住んでいるという事は、『歌う精霊』の事も知っているのではないか?という、一抹の期待もしている。

 汗と土で汚れた衣服を脱ぎ、井戸から水を汲み上げ、身体にかける。


「つ、冷たい…」


 季節はまだ春には遠く、風は時より凍てつく程の冷気を帯びている。そんな季節に水浴びだけと言うのは不便だな…と、ハイゼルはディレザリサ達を思う。もっと良い暮らしをさせてやりたいが、そこまで自分が彼女達にするのは差し出がましい行為かもしれないと、冷静になって考えた。

 そして、ハイゼルは汚れた衣服や装備品に水をかけて、汚れを落とす。なるべく、彼女達と接する際は、清潔を心掛けたい。

 一通り汚れを落とし終えた所で、ハイゼルは重要な事に気付いた。


「着替え、どうすればいいんだ…」


 まさか全裸で中に入る事は出来ない。そんな事をすればグラーフィン家の恥だ。然し、この状況を脱する手立てが無い…。


(どこまで惚けていたんだ…私は…)


 だが、災難とは立て続けに起こるものだ。


「ハイゼル様、夕飯の準備が───」


「あ───」


 ディレザリサは思った。

 この時、人間の雌はどういう行動をするのか、と。

 「逞しい身体ですね」は先ず有り得ない。

 「ご立派ですね」も無いだろう。

 「死を持って償え」は、本心だから却下。

 つまり、正解は──────


 ディレザリサは「キャーッ!!」と叫んでみる。多分、恥じらう乙女のような姿が、この場では自然の流れなはずだ。


「どうしたの!?」


 ディレザリサの叫び声を聞いて、フローラも飛び出して来る。


「ディレ!大丈夫───」


「・・・・・・」


 ハイゼルはこの時、グラーフィン家の名誉は失われたと覚悟した。そして、ただ「申し訳ない…」と謝罪をするしか道は残されていなかった……。


 【続】

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