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私、元は邪竜でした  作者: 瀬野 或
一章 邪竜と魔女 〜北大陸 中央街ランダ 歌う精霊編〜
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〖第十話〗私と弟子と英雄が、それぞれ道に迷いました


 泣き腫らした次の日の朝。鳥の囀りで目を覚ましたフローラは、未だ眠っているディレザリサを起こさぬように、そっとベッドから降りた。

 いつも通り暖炉に薪を焚べて火を炊く。朝はまだ寒いので、暖炉で部屋を温めておきたい。パキパキという薪が燃える音に少しの間耳を傾け、炎が消えないように追加で薪を焚べる。やがて、しっかりとした炎が立つ頃、フローラは今日の朝食を何にしようかと考えた。


(この前、街で食材や調味料を買いたかったんだけど…それも叶わなかったから厳しいなぁ…)


 残りの食材と睨めっこしながら、マンネリ化してしまっているが馬鈴薯を蒸して、それを朝食にする事にした。

 牛乳や、他の調味料等、いつもは街外れに待機している行商人から物々交換で手に入れたりしてたのだが、最近はそんな暇も無く、すっかり食材も底を尽きようとしている。


(野うさぎのお肉も美味しいけど、それだけじゃね…)


 この山に放り出されてから約二年の間、フローラは逞しく成長していた。元々医者の家系で、薬草の知識や、食べられる野草の知識は少しばかり持っていた。だが、狩りが最初から出来ていた訳ではない。山小屋の中に弓と矢が放置されていたのだが、当初はそれを使うこと無く、取れる野草だけで生活していた。それも限界に近付き、最初は慣れない手つきで弓を使って獲物を手に入れていたが、最近ではその弓の腕も上達し、動く獲物でも動きを予測して当てる事が出来るようになっていた。

 一番大変だったのは、捕った獲物の処理だ。

 血を抜き、皮を剥ぎ、その名の通り『肉』に加工するには、それなりの勇気が必要だった。最初は失敗も多く、捕った獲物をそのまま丸焼きにして、大失敗を犯してしまい、食べる為に捕ったのに食べられず、そのまま土に埋める…という事もあったが、今では手際よく肉の解体まで出来る。

 人間、追い詰められると色々出来るようになるものだ…と、改めて思いながら、テキパキと朝食の準備をこなしていく。


(取り敢えず、こんなもんだね)


 馬鈴薯の蒸し、薬草のスープ、そして野草のサラダ。後は、果物を少々…という所だ。この果物はディレザリサが露店の果物屋さんから貰ってきたもので、これがあるだけで大分華やかになる。


(さて…起こしますか!)


 起こす前にディレザリサの寝顔をチェックするのを忘れたりはしない。


(ああ…天使みたい…)


 邪竜に『天使』と言うのはおかしい話ではあるが、スヤスヤと寝息を立てながら眠るディレザリサは、まるで羽根を休める天使のようだ…と、フローラは思う。このまま抱きついて起こしたい所も山々だが、そこはぐっと堪えて、ゆっくりと毛布を剥ぎ取る。


「ディレ、朝だよ。朝食も出来たから食べよ」


 まるで、母親が子供をあやすかのような優しい声色でディレザリサを起こそうとする…が、聞いてるのか聞いてないのか、モゾモゾと動いて、まだ起きようとはしない。


「ディレー、朝だったばー。朝食も冷めちゃうよー?」


「…ぁい」


 かなり寝惚けているのだろう。今、自分がどんな声で返事をしたかなんて、ディレザリサは分からない。だが、フローラはしかとその声を聞き漏らす事無く、脳内に保管した。


(か、可愛い…可愛い過ぎるぅ…)


 寝起きでふらついているディレザリサを介抱しながら、ようやく椅子に座らせた。その頃には、ディレザリサも目を覚ましてきたようで、目の前の料理に目を輝かせている。


「おぉ…馬鈴薯…!!そしてこれは…薬草のスープ!薬草のスープは身体に染みて温まるから好きだ…。おや?このサラダにかかっているソースは…」


 子供が摘み食いするかのように、ソースを指でペロリと舐める。


「柑橘系の爽やかな香りと甘みがある…なるほど。果物屋(エド)から貰った果物でソースを作ったのか!そして…食後にはグァナナ…今日も素晴らしい朝食だな!ありがとうフローラ!」


 何処からどう突っ込んでいいのか分からないが、またしてもこんな質素で簡単な料理に大袈裟だと思う程の感想を頂けるとは…邪竜様、お褒めに預かり光栄です…と、フローラは頭の中で呟いた。

 

「毎日毎日、よくそんなお世辞が出て来る事やら…」


「世辞?違うぞ?私は今も昔も本当の事しか言わん!」


 まあ、それはその万遍の笑みを見れば分かるんですけどね…と、目の前に出された朝食を美味しそうに口の中へ詰め込んでいくディレザリサを見ながら思う。


「ディレ…でも、そろそろ食材が無くなってきちゃって…」


「確かに…だが、買い出しに行くにも、今はまだ行けそうにない…な…」


 ディレザリサはランダの事を行っているのだろう。確かにランダに行ければ、食材の書い足しが出来るが、フローラが言ってるのは、物々交換での食材調達の事だ。


「明日、山から少し離れた所に、食材を運んでいる商人さんが来るんだけど…いつもはその人から色々と手に入れているのね?」


「ふむ…」


「でも、今は交換出来るような食材が無くて…どうしよう…?」


「なら取りに行くしかないな。食材の確保は重要だ…」


「じゃ、食べたら探しに行こう♪」


 こうして、ランダを襲う作戦を立てる前に、食材確保という重大なミッションが与えられた。


 * * *


 ゴロランダ山奥地にある、忘れ去られた山小屋。その山小屋から奥へ奥へと進んでいくと、薬草や山菜が取れる良い場所がある。崖に面した場所で、少し危険を伴うが、その場所から見渡す風景はなかなかに絶景だ。


「ここはいつ来ても気持ちいいなー♪」


 フローラはこの眺めを楽しんでいるようだ。


「ねぇ、ディレ?」


 突然名前を呼ばれたディレザリサは、山菜取りに夢中だった為、身体をビクッとさせた。


「な、何…?」


「最近…と言うか、街から帰って来てから…言葉遣いが元に戻ったりしてるよ?」


「そ、そうだね…」


 それには彼女なりの理由があった。


 自分が人間の雌として生活していると、何だか、邪竜であるディレザリサと人間であるディレザリサの境界が出来て、元に戻れなくなるかもしれないと考えたのだ。そんな事、あるはずもない…とも言いきれないのが一番のネックになっていて、どうすればいいのか自分でも分からなかった。


「フローラには、話しておくべきか…」


 ディレザリサは、自分が抱えている悩みをフローラに打ち明ける事にした。それを聞いたフローラは、暫く考え込み、やがて何か答えを見つけ出した。


「ディレは、やっぱり竜の姿に戻りたいの?」


「そうだな…この身体は不便極まりない。貧弱だし、空も飛ぶ事が出来ないし、魔力も弱い」


「でも、それってさ…」


 次にフローラが発した言葉は、ディレザリサにとって衝撃的な一言だった。


「自分の弱さを認めたくないから、とかじゃないのかな?」


「・・・・・・」


 常に強者として君臨し、強者として強者を討ち、その力こそが自分のプライドであったディレザリサは、今、フローラが言い放った何気無い一言に怒りが込み上げる…のだが、単純にフローラがそんな言葉を言うはずもなく、その言葉には何か裏があるのだろうと、直ぐに冷静さを取り戻した。


「ご、ごめん…悪気は無かったんだよ!?」


「───分かってる。だから、ちょっとだけ怒る事にした。それで、フローラは何が言いたいの?」


「え…えっとぉ…」

 

(ちょっとって言うけど…私から見れば凄く怒ってるように見えるよぉ…)


 コホンッ!と、咳払いをして、フローラは自分が感じた事をディレザリサに話す事にした。


「強いだけなら、別に竜じゃなくてもいいかなって思ったんだ。それは別に、神様でも悪魔でも、精霊でも何でもいいんじゃないかなって。でも、強いだけじゃ分からない事って、沢山あると思うよ?」


「何が言いたいのか分からないんだけど…」


「つ、つまり…ね?私はディレがどんな姿をしていても、ずっと友達でいたいし、その…今のディレはとても素敵だから…な、何言ってるんだろうね、アハハ…」


「・・・・・・」


 自分がこの世界へと転移させられてから今まで、フローラには何かと助けられている。だから『復讐』を成功させる事を自分の恩返し…ではないが、借りを返すという意味合いで、これまで色々と行ってきた。それが単に『馴れ合い』となっていたのなら、それはディレザリサが望んでいた結果ではない。そう、そんな結果は望んではいないのだが…それを一脚する事も出来ない自分が、既に心の中に住み着いている。これは自分が『人間化』している事に他ならず、恐れていた事でもある。自分の魂が、人間の身体に定着してしまえば、二度と竜の姿には戻る事が出来ない。


 ───つまり、ディレザリサは『怖い』のだ。


 変わってしまう自分が、変わってしまった世界が、風が、土が、太陽が、夜の月や星が。それを隠して今まで過ごしてきた。『きっと戻れるはずだ』なんて、何も保証は無い。その淡い期待だけを心の支えにしてきた。だが、その支えさえ、今は亀裂が入り、少し触れてしまえば崩れてしまいそうだった。

 

「人間というのは、本当に…涙が出るものだな…」


 笑いながら、涙を流すディレザリサ。

 フローラに、その涙を止める術は無い……

 それに優しい言葉は、きっと受け入れないだろう。


「すまない…直ぐに止める…から…」


「・・・・・・」


 どんな言葉をかけたら、彼女を救う事が出来ただろうか。今まで、彼女が生きてきた道を知らないフローラには、沈黙という表現でしかそれに応える術を持ち合わせていなかった。


 ───だが、相手が『女の子』なら違う。


 フローラは、優しく語りかける。


「私は…ディレが大好きだよ。多分、邪竜ディレザリサになっても、それは変わらないと思う。そりゃ少しは吃驚するかもしれないけど…でも、やっぱりこの気持ちが変わる事なんて無い。貴女は、私を救ってくれて、力をくれてた。だから、私は貴女が望む結末になる事を願ってるし、そうなるように……」


「フローラ…?」


「───協力したい」


(ああ…そういう事だったのか…)

 

 自分が今まで…何を望み、何を手に入れたかったのか…。強者が強者である理由は、そもそも何だったのだろうか…その答えは、目の前にいる一人の少女が持っていた。

 

(今は…束の間の安らぎに身を寄せるのも、悪くないのかもしれないな…)


「さ!早く山菜取っちゃおう!」


 気恥しいのか、そっぽを向きながら山菜を探しているフローラ。その後ろ姿を見ながら「分かってるよ」と、ディレザリサもそっぽを向いて作業に取り掛かったのだった……。


* * *


 ───時間は少し遡る。

 

 今、決意を胸に、ゴロランダ山を登ろうとしている者がいた。

 彼の名は英雄、ハイゼル・グラーフィン。

 齢23という若さで、精霊王から加護を受け、数々の魔物を討伐してきた、この世界の英雄は、眼前に立ちはだかる気高き山を見上げた。


「歌う精霊の住む山…か…」


 ハイゼルは、心を引き締めると、その勇敢なる一歩を踏み出す。


 ───そして、数時間後。


「此処は……?」


 ハイゼルは『何か特別なモノ』を見て驚いた訳ではない。寧ろ、眼前にあるのは、もう見慣れてしまった木や草ばかりだ。即ち、「此処は……?」の後に続く言葉はこうだ。


「何処だ……」


 英雄は、遭難していた。

 数々の武勇伝が語り継がれている英雄は、今まさにその武勇伝を一つ増やそうとしている。そう、それは『ゴロランダ山で遭難したが無事に脱出した』というものだ。


「そんな武勇伝、冗談じゃないぞ……」


 まだ太陽は上空にある。焦る時間帯ではない。

 然し、この山はそんなに登頂が難しい山だっただろうか?と、ハイゼルは街で聞いたルートを思い出した。だが、誰もが『山頂まで一直線で、道なりに進めば太陽が頭上に来る前に、山頂へ到着出来る』と言っていた。何処をどう間違えれば、こんな険しい山道を進めるのか、自分でも理解出来ない。

 確かに、少しばかり寄り道をした。物珍しい花が咲いていたり、薬草を見つけたりした。だが、その都度修正して行ったはずなのだ。


「そうか…これは精霊が自分を見つけられないようにと、結界を張っているのか!」


 そんなはずはないのだが、ハイゼルはそうとしか考えられないと思い込み、『これは挑戦状かもしれない』と、再び闘志を燃やす。


「良いだろう…グラーフィン家の名誉に掛けて、ソナタ達の作ったダンジョンを攻略してみせよう!」


 実は、ハイゼルの持つ『精霊王の聖石』には、精霊王が施した『イタズラ』が仕込まれている。そもそも、精霊は『遊ぶ』のが好きなのだ。その『遊び』は限度など知らず、時に人間を陥れてしまったりする。それは『精霊王』も変わらない。即ち、精霊王の聖石に秘められた『度の過ぎたイタズラ』とは、持ち主の方向感覚を希に惑わすという、とてつもなく迷惑なものだった。然し、その『イタズラ』が毎回発動するという事は無い。極たまに、本当にたまに発動するだけなのだが、ハイゼルは運が悪かったのだろう。この時、そのイタズラが発動してしまったのだ。


「この道は、先程通った道だな…」


 木に目印を付けて歩いていたので、自分が迷っているという事は確認出来た。


「人を迷わせる結界…それかダンジョンが仕組まれているとなると、歌う精霊は、かなり警戒心の高い精霊なのだな…」


 そんな精霊は、この山にいないのだが。


「はぁ…水も底を尽きたか…」


 辺りを見回しても、水を汲めるような場所は無い。


「仕方が無い。野営出来そうな場所を探すか……」


 ハイゼルは暫くまた彷徨っていると、木々の奥に山小屋を見つけた。


「おお…あの小屋で宿を取るとしよう!」


 ハイゼルが見つけた山小屋とは、ディレザリサとフローラが暮らす、あの山小屋だった……。


 【続】

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