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私、元は邪竜でした  作者: 瀬野 或
一章 邪竜と魔女 〜北大陸 中央街ランダ 歌う精霊編〜
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〖第九話〗英雄、凹んで立ち直りました


「おはようございます。ハイゼル様」


「よう、ハイゼル!昨日は楽しかったぜ!」


「ハイゼル様!今日も素敵です!」


 ランダに滞在してから、数日が経過した。

 

「おはようございます」


 歩けば老若男女に声を掛けられ、それに笑顔で返して行く。

 この街に何か妙な兆しがあると思って滞在しているのだが、その尻尾をなかなか掴む事が出来ず、ハイゼルは少しばかり焦っていた。もしかすると勘違いだったのかもしれない…とすら、今のハイゼルはこの気さくな街人を見ながら思う。

 美少女失踪事件が起きた当初は、それこそ必死になって事件の顛末を模索していたのだが、これと言った情報も無く、あの美少女二人が、今何処で何をしているのかすら分からない。そして、街は既に平穏を取り戻し、のどかな暮らしをしている。

 この街に来てからと言うもの、ハイゼルは自分が如何に無能だったかと、失意の連続だった。その度に自分を鼓舞し立ち上がってみせたが、それでも先の失態は、自分の自信を揺るがすには、充分過ぎる失態だったのだ。

 ハイゼルは街の中央にある噴水広場のベンチに座り、ランダに暮らす人々の生活を見ていた。これと言って怪しい行動をする者はいない。そろそろ自分も王都に帰ろうか…と思っていたその時、最後まで残っていた露店の果物屋の主人が声をかけてきた。


「グァナナっつうんだけどよ、食うかい?」


 差し出されたのは一本の不思議な果物。三日月のような形をしていて、太く、まだ熟していないような色をしている。


(なるほど…これは遠回しに私を未熟だと言っているんだな…)


「ありがとうございます。ですが…」


「いいから食えって。こうやって皮を剥いて食うんだ。美味いぞ?」


 皮を剥き、中から出て来たのは、白く、とても柔らかそうな果実の身だった。それを、ハイゼルは恐る恐る、少しだけ齧ってみる。


「───ッ!?」


 一瞬、自分の味覚が狂ったのかと思った。あの皮の色からして、どうせまだ渋みのある実だと思っていたのだが、その身を口に入れた途端、甘い香りが広がり、舌を使って口の中ですり潰すと、まるで蕩けるように消えていく。これは、そうだ。まるで牛の乳のような甘さに似ている。だが、牛の乳とは違う。不思議だが、かなりの美味だった。

 ハイゼルは一気にその果実を食べ終え、ふと我に返った。


「はっ!?あ、すみません!代金を支払います!」


「いいって事よ。そいつはもう限界だったからな。これ以上置くと腐っちまう。だがな、果物っつうもんは、腐る直前が最高に美味いんだ。あんたにあげたのはその最高の瞬間だったんだぜ?べらぼうに美味かっただろ?」


「それはもう…素晴らしい味わいでした!然し、何故私にこれを…?」


 ハイゼルが果物屋の店主に問うと、また片付け途中になっているテントを見ながら「俺もそろそろ出なきゃだしな」と呟いた。


「そうですか…それは残念ですね…」


「商売っつうのは、生物なんだ。その時期その時期で売れるもんが変わる。昨日バカ売れしたもんが、明日になってゴミ同然の価値になる事だってあるんさ」


「なるほど…商売とは、奥が深いんですね…」


「ハイゼル様…だったか?お前さんはまだ若いんだ。何落ち込んでるのか知らねぇけど、若いうちは沢山落ち込んでおけ!そして、そのうち分かる時が来るんだ。あの時落ち込んだから、今の自分がいるんだってよ!」


「は、はいっ!」


「それとな…ここだけの話だが…」


 果物屋の店主は「耳を貸せ」と言わんばかりに手招きをする。


「な、なんでしょうか?」


「この街には、あまり滞在しない方が身のためだぜ?ちょっと前まで〝魔女狩り〟と称して、やべぇ事をやってたって、俺ら露店の奴らはみーんな知ってる。だから、精霊騒動が終わったら、ささーっと店を占めて出てったんだわ…」


 こんな話、街人は誰もしなかった。


「そ、それを…もう少し詳しく教えては頂けませんか!?」


 だが、果物屋の店主は頭を横に振った。


「これがバレたら、俺もやべぇからな…俺が教えてやれんのはこれくらいよ。悪ぃな、ハイゼル様」


「そうですか…」


「それじゃ、またどっかで会おうぜ?」


「あ!せめてお名前を!!」


「俺は世界一の果物屋になる、エドガー・スターソンっつうもんよ!」


「覚えておきます!エドガー殿!!そして、いつかグァナナのお礼を!!」


「おう!楽しみにしてんぜ!ガッハッハッ!」


 エドガーはそう言い残し、テントを畳んでランダから出て行った。


「魔女狩り…そして、精霊騒動…やはりこの街、まだ何かある…!!」


 失意で輝きを失いつつあった瞳の光が、再びその光を取り戻した瞬間である。


 再起したハイゼルは、先ず街の長を務めている街長に話を聞きに行った。街長の屋敷は、噴水広場から南へ行き、少し高台になっている場所にある。この田舎街には似つかわしい装飾がされた扉をノックすると、屋敷のメイドが姿を現した。


「何か御用でしょうか、ハイゼル様」


「突然の訪問済まない。街長殿はいらっしゃるか?精霊騒動について、お話をお伺いしたいのだが…」


 一瞬、メイドの顔が曇ったのをハイゼルは見逃さなかった。この時もし『魔女狩りについて』と口にしていたら、門前払いされていたのだろう。然し、街が賑わった『精霊騒動』の話題にしたのが正解だったのか、メイドはハイゼルを中に通した。


 扉の奥には広いエントランスがあり、壁には歴代の長の肖像画が飾られている。エントランスの奥には階段があり、その階段の横には扉がある。その扉から大柄な男が姿を現した。


「これはこれは、ようこそハイゼル様!今日は精霊騒動について話を聞きたいと、メイドから聞いておりますが…」


「ええ。もう少し私が早く到着してさえいれば、お話だけという事もなかったのですが…それが残念でなりません」


「そうですかそうですか、どうぞコチラへ…」


 案内されたのはエントランスの左手にある部屋で、この部屋は応接室のようになっている。よく鞣した獣の皮のソファは、座るとゆっくり沈み、身体をしっかり支えてくれる。


「ハイゼル様。何をお召になりますか?」


「では、スリータを砂糖無しでお願いします」


 スリータとは、この世界の一般的な紅茶の一つで、焙煎した茶葉に、乾燥させた花を添え、茶葉と花の香りを楽しむものである。


「旦那様。ハイゼル様。スリータをお持ちしました」


 先程のメイドが配膳台の上に、スリータの入ったティーポットと、お茶菓子を持って来た。それをゆっくりとテーブルの上に置き、一礼して部屋から出て行った。


「どうぞ。お飲み下さい」


「頂きます…ほう、これはなかなかですね…」


「露店商から仕入れたものですが、香りがとても良いのですよ」


 ハイゼルは暫く様子見程度に、あまり興味の持てない話を聞いていたが、話も一段落したので、本題を切り出す事にした。


「実は、街長殿にお話を伺うのは他でもなく、その精霊騒動について詳しくお聞きしたく思いまして、突然の無礼を承知でお邪魔させて頂いたのですが…」


「ええ、分かっておりますとも。それで、何をお聞きしたいのでしょうか?」


 街長の顔色には、まだ余裕がある。即ち、まだ足を踏み入れて問題無い…という所だろうか。


「ありがとうございます。その『歌う精霊』の歌声を初めて確認したのは、いつ頃なのでしょうか?」


「確か…一ヶ月くらい前だったと記憶しております。あの頃は、それはもう大変な盛り上がりでして…」


 このまま街長に主導権を取られるのは拙い。

 ハイゼルはもう一歩、踏み出す事にした。


「では、突然その…歌が聞こえてきた…という事ですね?」


「えぇ。その通りです」


「では、それ以前に、何か不思議な事が起きた…というような事は御座いましたか?」


「そうですねぇ…。その騒動が起きる少し前に、夜中、とてつもなく大きな…爆発音がありましたね」


「爆発音…ですか?」


 これはまた、新しい情報だ。

 聞き漏らすまいと、ハイゼルは身を乗り出した。


「えぇ。その爆発音の後、不思議な事に、今ならまだ降り続けているはずの雪が、パタリと止まりまして…今ではこの陽気ですよ。これも精霊様の恩恵なのでしょうかねぇ?」


「雪が…止んだ…」


 誰かが、雪を降らせていた雲を、魔法で吹き飛ばしたとでも言いたいのだろうか。それこそ、精霊の仕業と言えばある程度の理由にはなるが…精霊が果たしてそんな事をするのだろうか?精霊は自然と共に生きる者だ。精霊の仕業と考えると矛盾が生まれる。更に、それをする事に何のメリットが精霊にあったのだろうか?


「他には、何か変わった事はありませんでしたか?」


「他に…ですか…」


「例えば…この街で何か事件が起きたとか…」


 その言葉を発した時、街長は眉を(しか)めた。

 

「…何故、そんな話を?」


「いえ。もしかすると、その事件をきっかけに『精霊の加護』が働いたのかもと思いましてね…」


 あくまで友好的に、相手が有利になるように話を合わせる。

 話をこじらせてしまえば、それでおしまいなのだ。


「ふむふむ…なるほど…。その可能性は充分に考えられますなぁ…。我々ランダの者達は、日々慎ましく生活をしています。その結果、このような加護を受ける事が出来たのかもしれませんねぇ」


「では、その『善行』が何か、ご教授願いたいのですが…」


「そう言われましても、我々は日々の生活でいっぱいいっぱいでして…」


 ───シラを切り通すつもりらしい。


 それなら…と、ハイゼルは単刀直入に切り出した。


「───精霊に貢物でもしましたか?例えば〝人の命〟とか…」


 街長はその言葉を聞くと、焦りが少しだけ顔に見え始めた。


「な、何の事だか…」


「街長殿。勘違いしないで頂きたいが、私は街長殿を咎める為に来たのではありません。そのお知恵を、無知な私にご教授願いたく来たのです」


 モノは言いようだ。

 そう言われたら、警戒していても悪い気はしない。


 つまり、街長は思う。

 彼も、自分と同じなのだと──────。


「そうですかそうですか…なるほど。ハイゼル様。なかなかに野心家ですな…」


「いえ。街長殿の英知に比べたら私など…」


「───ここだけの話、ですぞ」


 釣れた。と、ハイゼルは確信した。


「実はですな…この街には時より〝魔女〟が生まれるのですよ…」


「魔女…ですか…?」


「魔女は人間に成りすまし、邪悪を呼び込む悪の化身。我々は、その〝魔女〟を討伐して来たのです。その結果、あのような精霊の加護を受ける事が出来たのかもしれませんなぁ…」


「その魔女ですが、どう魔女と判断なされたのでしょうか?」


「───簡単ですよ」


 これから先は、聞いたら後悔するかもしれない。

 だが、ハイゼルは勇気を持って次の言葉を待った。


「街人全員で〝監視〟し合うのです」


「───ッ!!」


「つまり、我々街人の生活に仇なす者は、魔女という事になりませんかな?」


「で、では…魔女と決まった者は…」


「その者に組みする者、全員を討伐しますねぇ…」


 ここまで…醜悪だとは……と、ハイゼルは後悔した。あの時、エドガーが言った言葉が、頭の中で警告するかのように鳴り響く。


「な、なるほど…とても貴重なお話を聞けて、大変嬉しく思います…。この街の更なる発展、私も陰ながら応援させて頂きます…」


「いえいえ。つまらぬ話をしました。この話は、決して他言する事ないよう、お願いしますね…?」


「えぇ…無論です…」


 メイドに見送られ、ハイゼルは屋敷を後にした。

 

 屋敷から離れ、路地裏に出たハイゼルは、ぐったりと壁に寄りかかった。まさか、こんなとんでもない話が飛び出して来るとは、流石に思っていなかったのである。これを中央大陸にある王都に知らせれば、軍隊がこの街を制圧し、軍監視の元、街は新たな長が統治する事になるだろう。


 ───だが、それで良いのだろうか?


 いや、まだ終わりではない。

 寧ろ、これからなのだ。


 然し、これ以上どう詮索するべきだろうか?

 街全体で監視をしているとなると、下手な行動は避けるべきだ。だが、この街を放置しておく事も出来ない。


「何が一番良い結果になるだろうか…」


 魔女狩り、精霊騒動、そして二人の美少女の失踪…この三つは、何か繋がりがあるはずなのだが、あと少しという所で、真実が掴めない。まるで、進んでも辿り着く事が出来ない目的地に向かって、霧の中を必死になって歩いているような錯覚さえ感じる。その霧を晴らす為には、一体どうすれば良いかと考えを巡らせていると、やがて一つの仮説に行き届いた。

 その仮説は、一番最悪で、醜悪で、残酷な仮説だが、この仮説通りならば、やはりこの街をしっかりと軍の管理下に置き、統治する必要がある。その仮説を証明する為には、行かなければならない場所があった。


「歌う精霊が住む山、ゴロランダ山…行ってみるか」


 英雄は、その足を踏み鳴らすかのように、堂々と裏路地から出ると、答えを見つけ出す為に、ゴロランダ山へと向かって行った。


 【続】

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