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プロローグ:プロポーズ

「――どうか、僕と結婚してください!」


 それは、王国の中央広場で行われたプロポーズ。

 広場の中央には少しだけ距離を取った二人の人間と、二人を囲うようにして広がっている大勢の人々の姿がある。

 当然だ。何せ、今ここにいる二人の人間は魔王討伐パーティ『ネクサス』の勇者フィートと賢者カルラなのだから。


 僕――ことカルラとフィートは幼馴染である。

 幼い頃から天才的な才能を発揮して勇者になった彼女に追いつくため、凡人だった僕はこれまで随分と努力してきたものだ。


 世界のどこかにいるという伝説の賢者を見つけて弟子入りして、来る日も来る日も死にたくなる様な修行を重ねてきた。

 魔王の下で働いて、魔族の力を得る為にコキ使われた事もあった。

 世界有数のレアアイテムを手に入れるために何度もダンジョンに潜って、ボロボロになりながら目的を達成した事もあった。


 そうしてやっと、彼女の所属するパーティに認められ、魔王を討伐し、無事に帰ってきて――こうして、今この場で想いを伝えている。

 

「あ、え、わ、わた」


 目の前で、突然の幼馴染の行動に心底びっくりしたであろう勇者フィートがやっと口を開いた。

 彼女の頬は茹でたてのタコさんみたいに蒸気し始めて、普段は雪の様に白い肌をみるみるうちに真っ赤に染めていく。

 心なしか、後ろで一つにまとめている真珠色の髪まで紅く染まって見えるのは、僕らを照らす夕陽のせいだけではないだろう。

 

「えと、その、えっと、これ、えっと」

「プロポーズだよ、フィート」

「ええ、ああ、うん! そうね、これ、プロポーズよね! あ、ううぅ……」


 自分で口にして更に恥ずかしくなったのか、フィートは顔を抑えてぱたぱたと首を振る。

 普段はクールで格好良い勇者様の意外に乙女な一面に、周囲の人間も多少ざわつく。

 ふふふ、どうだ、可愛いだろう。顔を伏せながら、何故か自慢げになる僕。

 何せ、今のシチュエーションは完璧だ。後は彼女の返事を待つだけでいい。

 

 魔王討伐が終わってから始めての二人でのデート、その帰り道。

 プロポーズ場所としては有名らしいこの王国広場で、わざわざ事前にこっそりと呼びかけておいた住人達を前にプロポーズ。

 誓いのアイテムは、この世界に二つしかないと噂されているレジェンドアイテムの、"黄金薔薇の指輪"。

 それに、彼女も僕を慕ってくれている事くらい、鈍感ニブチン変態賢者と呼ばれている僕でも気付いていた。

 これまでずっと、僕を想って男の噂すら一つも立たなかった彼女。隙は無い。


 そう。……これは、最初から結果の分かっているプロポーズ。

 彼女が僕の嫁になるまで、もう秒読みの勝ち組プロポーズ。

 

 さあ頷くんだ、フィート。

 大丈夫、僕は絶対に君を幸せにしてみせるよ!


「そ、その、えっとね、あの……」


 フィートもやっと決心して、一生懸命に言葉を紡ぎだす。

 ああ、長かった。

 僕も心の中で安堵しながら、それでもやっぱり胸を高鳴らせながら、彼女の言葉を待つ。


「ふ、ふふふふふっ! ふつつかものですが――」


 勝った! やった! 大成功だ!

 それは勝利の切り返し。了承に繋がる定番中の定番の定型句。

 伏せていた顔を上げて、僕は満面の笑みで彼女を迎える。


 僕はこれから彼女と結婚し、幸せな家庭を築いてゆくだろう。

 いやんだーりんばかん、ええじゃないかええじゃないかといった具合に、子宝に恵まれるのだろう。

 やがて子供も成長して旅立って、僕らは二人で第二の人生を歩むだろう。


 ああ。

 ああ、これが幸せってヤツか――

 僕はゆっくりと顔を上げて、


「フィ、フィート――」

「――ふむり」


 ……満面の笑みで顔を上げた僕の目の前には、見知らぬ女の子の姿があった。

 後姿しか見えないが、その体躯は僕らより少しだけ幼い。


「はい?」


 えっと。

 その、この子誰?

 いや、本当に、誰?


「え、えっと、あれ?」

「ふむりふむり。ふむふむり」


 僕はただ困惑する。脳の処理が今の不可思議な状況に追いついていないらしい。

 フィートとは対照的に、黒みの掛かった栗色の髪を持つその女の子は、混乱する僕達を他所にピッとフィートを指差して、


「私と同じ、ペチャパイですね」

「……ぺ、ぺちゃ?」


 思い切り、彼女の地雷を踏み抜いた。


「ふむり。パパは、ぺちゃぱいが好みなのですか、そうですか」

「ぺちゃ……」


 突然現れた女の子に自身最大のコンプレックスを指摘されたからか、一気に色々な事が起きたからか、魂が抜けたように愕然として言葉を失うフィート。

 ちょ、ちょっと待って欲しい。あれ、僕、まだちゃんと返事してもらってないよね?


「フィート、起きて! 戻ってきて! まだ僕は……」

「無駄みたいです。完全にトリップしてるです」


 立ち上がってゆさゆさとフィートの肩を揺らす僕に、冷静にそう呼びかける女の子。

 ここで初めてこの子の顔を見れたわけだけれど、蒼く透き通る碧眼を持つ、やはり幼い印象の隠せないロリ顔の目の前の女の子に、僕は見覚えが無い。

 

「き、君は……誰?」


 フィートの肩を掴みながら、彼女へと至極当然の疑問を投げかける。

 可愛い女の子に悪い子は居ないが僕の信条だけど、今この時ばかりはそれも揺らぐ。

 何せ、何が起きたか分からないけど、僕は今人生最大の試練を邪魔されたような物だ。

 若干睨む様な形になって、僕は彼女を見つめて。


「何言ってるですか。ずっと待ってた娘に対して」


 けれど彼女は、お前何言ってるんだと疑問に満ちた目で僕を見つめ返した。

 というか今、最後に変な言葉が交じっていたような?

 ……僕はすっかり毒気を抜かれたような気分になって、代わりに嫌な汗をかき始めながら、恐る恐る聞き返す。


「ずっと待ってた……何だって?」

「娘です。……どうしたですか、頭おかしくなったですか」


 娘。

 彼女は確かにそう言った。

 だから、僕は固まったのだろう。

 だから、周囲が大いにざわつき始めたのだろう。


娘?

今娘って言った?

もしかして子持ち? 

もしかしなくても子持ちだろ。 

え、なに、修羅場? 娘?彼女?じゃなくて? 

勇者様は? 

あの様子だと知らなかったんじゃ。 

というかあの子、あまり年が離れてなさそうだけど?

幼少期に作ったの?

ママは誰?

いやねえ、最近の若い子は。


「むす、め……?」


 どくどくどくっと背中を冷や汗が流れていく。

 言っておくけど、僕はまだ生まれてから十八年しか経っていない。それに童貞であり、故にこんな。

 こんな、こんな成長した姿の娘など居るはずも無い。


 それに、問題なのはフィートの方だ。

 彼女はその、若干頭が弱いから、その辺の事実を一切理解せず物事を見ようとする。

 つまり、僕に三個くらい下の娘がいるって聞かされても、年の差による矛盾なんて考えもせず認識するのだ。

 いつの間にかトリップ空間から帰還したらしいフィートが、ただならぬオーラを醸し出してきているのは……そのせいで。


「ちょっと待って! 誤解だよ、僕にこんな大きな娘なんていないよ!」

「ですか。私は小さいので、全く問題ありませんね」

「胸の話じゃないよ!」


 自分の胸を両手ですとんと落とす動作をして、ぺちゃぱいアピールを重ねる女の子。

 駄目だこの子、話が通じない!


「ところで」


 これ以上誤解を与えたら、取り返しのつかないことになる。

 とにかくフィートにだけでも誤解を解こうと弁明を始めようとする僕より先に、女の子はハッキリと声を出せるよう、口を大きく開く。

 だ、駄目だ。これ以上、何か刺激を与えたら――



「パパ。――その人が、新しいママさんですか」



 ――最後に僕が見たのは、目いっぱいに涙を溜めて思い切り僕に殴りかかる幼馴染の姿で。

 故に、僕の一世一代を掛けたプロポーズは、失敗に終わったのだった。


ついに始めてしまいました。楽しめると幸いです。

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