ボーイズラブは純文学です
ボーイズラブーーBLとは男同士の恋や愛を描いた小説漫画アニメ等の作品、男同士の関係性を指す言葉である。
以前は本屋の片隅に小さなコーナーを儲けられる程度であったが、今では腐女子と言う言葉の認知と共に、市民権を得たかのごとく、一般的にも認知され、片隅から一列全てBL作品が閉める本屋も増えているらしい。
BLの重要単語として挙げられるものに、攻めと受けがあげられる。際どい性描写を使わずに説明すると、攻めが男役で、受けは女役とのことだ。
これを別名カップリングとも言う。
BL作品の読者の大半は女性であり、今では中高生にも広く愛されているらしく、この女子が九割の時風高校でも愛好者は多くいるとの事だ。
「BL好きな子は手をあげてー」
元気な声で木ノ実が率先して手を挙げながら聞いた。
「はーい」
クラスの女子も声を揃え元気に返事をした。見回してみると女子は一人残らず手をあげていた。
真面目そうなルーム長もおずおずと手を伸ばしている。明るい馬鹿木ノ実、大和撫子金井、ウルトラな母日向は俺にBLの素晴らしさを説くために使ったBL小説を片手に持ちながらも、手を出来うる限り天高く伸ばしていた。
手をあげていないのは俺と、俯き頭を垂れている月城の二人だけだった。
月城が俺と距離を置こうとしていたのはお互いの名前と、このクラスのBLの普及度を知っていたからのようだった。
もし俺がこのクラスに初めからいて、月城が転校してきていたら最初は距離を置いていたかもしれないな。
「席順が受け×攻めなのが惜しいです」
「あら、私はカップリングが逆と言うのも有りだとは思いますわ」
どうやら席に向かいキャーキャー黄色い声をあげられたのは、並んでカップリングが完成したからのようだった。俺はもう一度クラスを見回す。皆瞳を輝かせながら俺と月城を見ていた。そりゃあ、揃ってトイレからなんか戻りたくないよな。
「……なんかごめんな……」
俺は心の底から転校してきたことを詫びた。
「ホントだよ」
袖で涙を拭いながら言うと俺をきっと睨んだ。
「何で君は攻なんだよ」
俺の名前がと言う意味で言ったと思うんだが、女子達はそうは受け取らなかった。
「それは月城君が攻めたい発言ですか?」
「違うよ!」
鼻息荒く言われたことに息荒く答えた。
「あら、私は月城さんが荒々しく攻めるパターンの方が萌えますよ」
大和撫子の下衆発言に俺は身震いしたが、なぜか月城は頬を赤く染めた。
「いや、でも……その、僕は……」
もじもじと口ごもる。照れてるよ。
月城ってもしや金井の事が好きなんじゃないのか?
髪を結ばれている時も顔を赤らめていたしな。
俺はそう確信すると無償に泣けてきた。好きな子に自分のBL映像を思い浮かばれるなんて男としてはこれ以上切ないことはないよな。
「ドンマイ」
肩に手を置いて励ますと月城はその手を払いのけた。
「君が来たせいでこうなったんじゃないか。励ますなよ」
「俺が来た所にお前がいたんだろ。俺だって知っていたら他のクラスに入れるよう頼んでいたに決まってるだろ」
「じゃあ今からクラスが変われるように頼んでこいよ」
「そんな自己都合で変えて貰えるわけないだろ。来年クラスが変わるまで我慢しろよ」
俺と月城が口喧嘩をしていると木ノ実が会話に割ってくる。
「うちの学校はクラス替えないからずっと一緒だよー」
つまり俺はこの腐女子が集まるクラスで、二年間を過ごすと言うのか。ヤバイ俺の薔薇色の学校生活が別な色に染まりつつあった。
転校からたった三時間で俺は他の学校に転入できないか真剣に考えた。まあ、無理だろうが。今さら俺を受け入れてくれる学校なんて探しても見つからないだろうな。
諦め、この学校のこのクラスで二年間机を並べて学んでいくことを覚悟した俺に、日向は触角のような髪を揺らしながら聞いてきた。
「それで水澤君は攻めですか? 受けですか? どっちですか?」
キラキラした子供のように穢れのない瞳で、汚れた女が質問をして来た。
「いや、そもそも俺はゲイじゃないしーー」
バン。否定しようと放った言葉は日向が机を叩き立ち上がった音により遮られた。
「シャラップです。ボーイズラブとゲイを混同するとは言語道断です」
まるで犯人はお前だと言わんばかりに俺にずばっと指をさした。
「ゲイとはガチムチの男同士の肉体のぶつかり合いです。エロです。けれどボーイズラブとは耽美の精神が現れた、芸術です。取り合えず全国のうら若き乙女に謝るです」
「……」
それはお前の考えであって、ゲイが全てガチムチ好きってわけではないだろ。取り合えず全国の同性愛者に謝れよ。と、俺は口に出さずに心の中で言い返す。口にしたら二時間半くらい熱く語られそうな気がしたから。
「ぶっちゃけ私はガチムチでもイケメンどうしなら涎垂らして見れるけどね」
頭の後ろで手を組み、明るい馬鹿はにへへと良い顔をして笑った。
「私は幼顔の子が体格の良い殿方を蹂躙するのが好きですわね」
大和撫子は俺と月城を交互に見ると、おしとやかな笑みを浮かべた。
頭の中で俺を押し倒す月城の事を想像しているのか、金井はうふっと妖艶な声を漏らした。
「私は男らしい攻めとうぶな受けの王道パターンにときめくです。純愛です。純文学です」
そこからBL本を持った三人は理想のカップリングと、俺と月城のカップリングそしてシチュエーションについて熱く語りだした。
「……なあ、いつもこうなのか?」
「……一日一回はこう言う話をしているね」
もう慣れた……いや、慣れるしかなかったと言う疲れた笑みを俺に送ると、月城は結われたシュシュをほどく。
「苦労してたんだな」
「そう思ってくれるなら、今後は距離をとって貰えるか?」
熱く語る三人には聞こえないように俺に言ってくる。
「善処するよ」
当分は、距離を取った方が良いとは俺も思った。こんなノリを毎日されたらたまったもんじゃない。
取り合えずは席替えをするまでは耐えよう。
「BLは誰が何と言おうが純文学です!」
三人の語りが熱くなり、ウルトラな母がそう叫ぶと、離れた席でルーム長がパンパンと手を叩いた。
「お昼休みにプリント届けにいくから、そろそろやらないと終わらないよ」
三人はハッと顔をあげ時計を見る。
授業は残すところ二十分。プリントの問題量的にはギリギリといったところだ。
木ノ実達はいそいそとBL本を机にしまい、プリントに向かった。
「ヤバイヤバイ、天川ちゃんに怒られちゃう」
馬鹿は木ノ実は人一倍焦った感じで、教科書をめくりながらプリントを埋めていく。
月城は精神的なダメージが大きいらしいが、影を落としながらも筆を動かした。
さてと、俺も片付けるか。
楪に怒られるのは避けたいしな。
さっきまでは台風が直撃したかのように騒がしかった教室が、今では嘘のように静まり、小気味良いカリカリと言う鉛筆の芯が紙の上を動く音だけが、教室に静かに響いた。