バニラ&ストロベリー
「違う違う。俺が西根から金を取り戻したらどうしてリスクが高いのかって話だ」
「おお」
再度ぽんと手を叩くと、真面目に話す気になったのかごほんと咳払いした。
「歩きながらまた話すとするです」
言葉通り歩き出した日向の横に並び俺はリスクの話に耳を傾けた。
「簡単に言うと、西根くんからお金を取り返すと言うことは、保川高校からお金を奪い返すと言うことと同義になるのです」
「……なるほどな。つまりは西根は学校の指示でやっていると言うことか」
「ザッツライトです。補足するなら、三年の久喜先輩にやらされていると言って良いですね」
「久喜? 久喜ってあの薄気味悪い笑みを浮かべているやつか?」
「知っているですか?」
「今日コンビニに張り込んでいる時にやって来たんだよ」
話ながら久喜の顔を思いだし苦々しい顔を浮かべる。笑顔だと言うのに、目の奥は心底冷え込んでいるあの顔を。
「保川高校とは、関わったことがなかったので、昨日徹夜でブログやツイートを調べたのですが……」
そこで言葉を止め俺を向いた。
「見てくださいこのお肌を。潤いを失った頬が泣いているですよ」
「徹夜トークは良いからその調べた事を教えてくれ」
徹夜した話以上につまらない会話はないからな。
因みに日向は潤いを失ったと言っているが、赤子のようなもちもちとした肌をしている。
思わずつつきたくなる気持ちを押さえて会話に集中する。
「保川高校と言えば昔から恐喝カツアゲ喧嘩で有名な悪の巣窟だったのですが、去年の冬から……つまりは今は卒業した代が学校に登校しなくなってから、久喜先輩と東先輩の二人が学校を絞めるようになって保川高校は変わったです」
「変わったって品行方正な学校になったとでも言うのか?」
冗談半分で聞くと、日向は思わぬ答えを返してきた。
「その通りです」
「……はっ?」
俺は今日保川の生徒を何人も見てきたが、どいつもこいつも真面目な生徒には見えなかったぞ。
「品行方正と言っても表向きはです。去年までは保川高校は荒れに荒れていて、学校の窓ガラスは一日一枚割るのは当たり前。校内で喧嘩をするのも当たり前。時には他の学校と川原で大乱闘。週に一人は退学処分を受けるような由緒正しきヤンキー校でした」
その話を聞き今日も見た校舎を思い出してみる。「ガラスなんか割れている様子はなかったぞ」
「今話したのは冬までの事です。しかし久喜先輩と東先輩が学校を絞めてからはガラリと変わったようです。表だって悪はしなくなり退学者も零になったです。ガラスも割れずにピカピカです」
「ピカピカかは置いておくとして、退学者も居なくなったのならば学校に取っては良いことなんではないのか?」
「表向きはの話です。元々は各々が好き勝手に暴れまわっていた生徒達が圧倒的な力と圧倒的なカリスマ性を持つ男に統べられ、バラバラに向けられた悪意が一方向に向けられるようになったです」
「一方向?」
「お金儲けです。深く潜ってやっと知れたんですが、中々うまいやり方をしているです。久喜先輩はマルチな才能もあるですね」
ニヤリと笑う日向に俺は背筋にぞわりとした悪寒を感じた。
「久喜先輩は自分と東先輩をトップに上納金のシステムを作り出したです。まず各クラスに月のノルマを課し、それをクラスの代表に集めさせます。集めたお金はクラスの代表から、各学年のトップに一度行き、それが久喜先輩達に届けられると言うものです」
本当にネズミ講のやり口だった。
「上手いのは各学年のトップとクラスのトップにはきちんとキックバックをし、更にその恩恵を自分達に従うものにも与えている所ですね。それにより反対勢力も現れなくなり、保川高校に久喜、東帝国が出来上がったです」
「俺ならそんな帝国には属したくないな」
「そう言う生徒も中にはいるですが、そんな生徒は数の力で捩じ伏せられるですね。良くも悪くも旨く出来たシステムです。上納金を払わなければ、クラスのトップが責任を取らされ、集まりの悪いクラスが多ければ学年のトップにも被害が及ぶ。なのでクラス総出でお金集めに勤しんでいるです」
そこで俺の脳裏には鼻の曲がった男の姿が浮かんできた。
あれは学年かクラスかは分からないが、何れかのトップであったのだろう。
そして、責任として鼻が曲げられた。
「校内で暴れていた生徒達が、その持ち合わせた暴力を外に向け懸命にお金集めに勤しむようになった。ただ、ここが悲しいかな、生徒の大半は不良だったので、アルバイトで稼ごうとせず、より巧妙に稼ぐようになったです」
「それが、西根のように女を騙してって訳か」
「そうです。カツアゲや窃盗を行っている生徒もまだまだいますが、西根くんのように顔の良い生徒はその手を使うよう……教えられているみたいです。ローリスクハイリターンの手だとでも教えられたのでしょうね」
そこで日向は言葉を止め、ふうと疲れたかのように息をはくと、続けた。
「なまじ頭が良いとやり口が巧妙で悪質になるものです。そして頭の良い人間ほど金儲けを邪魔されたら……怒るものですよ」
なるほどな。それがリスクと言うやつか。
「俺が西根から金を奪い返したら……保川高校全てが仕返しにやって来る。そう言うことか」
「ザッツライトです。よほど上手いことやらない限りは水澤くん、引いては時風高校が的にかけられるです。水澤くん一人くらいならまあいっか。頑張ってくるですと背を押してあげられるですが、か弱い私や時風の生徒には迷惑をかけられないですからね」
「俺も気遣えよ」
話ながら日向は携帯を取り出した。
「おや、話に花を咲かせ過ぎたのか電車はとうに行ってしまったですね。また、乗り遅れないようにホームに向かうですか」
二十分はとっくに経っていたようだ。話に夢中になり歩いていた俺達は駅の外に出ていた。これ以上遅れたら、帰りも遅くなりそうだったので俺もホームに向かう事に賛同する。
「だな」
駅ビルの外のロータリーを歩きながらホームに向かっていると、俺達の先に、地面に座る三人組の派手な髪色をした下だけ学ランのズボンを履いた男達がいた。
足元には倒れた空き缶が置かれていて、中から茶色い液体が溢れていた。
保川高校の生徒だろう。
そいつらは少し疲れた目をしながら辺りをチラチラ見回していた。
「……目を会わせないで行くです」
そう日向が言った時には俺は中の一人とバッチリ目があってしまった。
坊主頭を金髪に染め、サイドに何本もラインを入れた男と。
ライン男は疲れた目を瞬時に険しいものにし、睨んできたので、俺は男の習性なのか、無意識に睨み返した。
するとライン男は一瞬怯んだ顔をしたが、直ぐ様睨み返してくると、立ち上がった。
足にぶつかったのか倒れた缶がカラカラと転がり、茶色い線を描いた。コーヒーだろうな。
「おい、こら。何見てるんだよ」
ライン男が歩み寄ると、残り二人も立ち上がり、俺を睨んでくる。
「ああ……もう。だから言ったんです」
頭を抱えながら日向がぼそりと言った。
「悪い」
ヤンキーの動物的習性ーー睨み返されたら取り合えず絡むーーを忘れていた俺は会わせてぼそりと答える。
「女連れだからって意気がってんじゃねえぞ」
「……」
顔を近づけて睨み付けてくる。目は鋭いが、月城の方が威圧感もあるし、久喜の方が遥かに恐ろしさのある目をしているな。
俺は別段怯むこともなく平然とした態度をとっていると、ライン男はそれが気に食わなかったのか、チッと舌打ちをする。
「ムカツク目をしてんじゃねえよ」
そう言うと連れの二人にチラリと目配せする。連れは近づいてくると俺の肩に手をぽんと置いた。
「ここじゃなんだから、ちょっとこっち来いよ」
「こっち?」
「すぐ近くに楽しいゲームセンターがあるから、そこで楽しく遊びながらお話ししようぜ」
連れはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら言うと、その笑みは伝染するかのように、ライン男ともう一人の連れの顔にも現れた。
「そうそう。良い子にしていたら直ぐに帰れるからよ。連れの女の子ちゃんも一緒にお話ししようぜ」
「あー良いね。体を使ったボディランゲージとか言うのしたい」
一言一言が俺に沸々と怒りを沸き上がらせてくるな。
ヤンキーってのはこういう人種もいるってことを思い出した。
「ダメだって、連れていったら東さんに喰われちまうよ。あの人ガキにしか興味がないロリコンじゃん」
「確かに。ダハハハ」
回りの目も気にせず馬鹿笑いするヤンキー三人をイラつきを押さえながら見ていると、ぞわりとする悪寒を感じた。
背後から殺気らしきものを感じたからだ。俺は慌てて後ろを向くと、日向が瞳に怒りを宿らせていた。
「ガキ呼ばわりしたです。許さないです。デスです」
小さな声でそう言うと、俺に鋭い視線を向ける。
それはライン男の何倍もの威圧感を放っていた。
「……水澤くん……落ち着くですよ。リスキーですから」
落ち着くのはお前だと思いながらも俺はああと答える。
「何ごちゃごちゃ話してるんだよ。取り合えず来いよ」
肩を掴む手に力を込め無理矢理連れていこうと引っ張り出した。
「行かねえよ」
俺は男の手首を掴み答える。
「離せ……離してください」
揉めないために、ため口から敬語に変え、この場を穏便に過ごすように勤めた……けれど、口調はなんとか穏便にすることはできたが、感情が現れる目だけは変えることができなかったようで、俺の肩を掴んだ男は俺の目を見ると、ひっと短い悲鳴をあげ慌てて肩から手を離した。
「何してんだよ」
連れに厳しい目を向けるライン男。
「あっ、いや……だって……こいつ……」
ぼそぼそと口ごもる連れ。
「おい、女の前でかっこつけてんじゃねえぞ」
駅前の通りであり、決して人目が少ないと言うこともないのに、ライン男は俺の腹に拳を叩きつける。
遠目から見ていた人が、『喧嘩か』や、『止めないと』、『お前止めに行けよ』と小声でひそひそ話しているのが分かった。
「……痛」
不意な一撃に俺は声を漏らす。腹筋に力を入れていればどうってことのない一撃だが、気を抜いていた俺の腹には鈍痛を与えた。
「……」
ライン男のイメージ内では腹を押さえて踞る所まで想像していたのか、不思議そうに自信の拳と俺の腹を見比べる。
「てめえ……調子に乗ってんじゃねえよ……ッ!」
調子になんか乗っていないし、そもそも俺はなにもしていない。
そんな事を敬語で言い換えそうと俺は思ったが、その言葉が口から出ることはなかった。
ライン男が喋っている最中突如目を見開き、言葉を止めたからだ。
俺や日向が修羅の形相をしている訳でもない。
その顔は見てはいけないものを見てしまったーーホラー映画で幽霊を見た……いや、ホラー映画で化け物を目撃したーーような恐怖と驚きに包まれていた。
そしてその目は俺や日向にではなく、更に後方に向けられていた。
なんだと思い俺は振り替える。すると日向も後ろを向いていた。
俺達の視線は後方から歩いてくる一人の男に注がれた。
「……なんだあいつは……」
俺はそいつが一目で危ないやつだと認識した。
学ランの下の黒ズボンの裾を膝までまくり、ビーチサンダルのような薄いサンダルを履いている。学ランは着ておらず、裸の上に長袖の白シャツだけを身に纏っている。夜も近づき涼しくなっていると言うのに、前を第三ボタンまで開け、袖を肘まで捲っている。
髪は染めてはいないが長く、肩までかかりそうな長髪だ。長さは久喜と同じくらいではあるが、久喜のような毎日ブラシをかけていると分かるようなさらさらの髪ではなく、まるで髪の手入れなんかした事ないと言った切るのが面倒だから伸ばしているだけのボサボサの長髪だった。まるで頭に海草を乗っけているような。
風貌は辛うじて高校生に見えると言った所で、制服を着ていなければホームレスと間違えそうな容貌だった。
背は俺と同じくらいありそうだ。
容貌だけでは変なやつと思うくらいだったが、そいつの両手に持たれたある物のせいで、変なやつから危ないやつへと俺の認識を強めさせていた。
サンダルのボサボサ髪男は、両手にそれぞれ一つづつーーソフトクリームを持っていた。
右手が白なのでバニラ、左手がピンクなのでストロベリー何だろう。
これで連れでもいてトイレか何かに行っている間預かっているだけならばまだ危ないやつへと認識を強めはしなかったのだろうが、男はどちらも自分のものだと主張するかのように、交互にバニラとストロベリーをペロペロと舐めていた。美味しくてたまらないと言った満面の笑みを浮かべて。
……ヤバイやつだ。
間違いなく危険人物だ。




