探偵倶に必要なもの
追い付いた日向が俺のベルトを掴み止める。
「うっ」
力が一点に集中し腹部に鈍痛が走り、俺は足を止める。裾を掴むとか他に掴めるところはあるだろ。
「それでは説き伏せ講座はまた今度にします」
今度ではなく永遠に来ないでほしいな。
「まだリスクの説明をしていなかったので、それだけは話させて欲しいです。水澤くんが幼稚な正義感を振りかざして飛び出さないように、これだけは話をしなければならないのです」
幼稚な正義感など今の俺は持ち合わせてなんかなかったが、ベルトを掴み必死に頼む幼い日向の姿……を見た周りの引いた目を気にし俺は聞くから離せよと、日向に答える。
駅の改札入り口の前は混雑していて立ち止まり話をするには向いていなかったので、俺達は歩きながら話をすることにした。
「電車の時間までぷらぷらしながら話をするですか」
電車が来るまでは二十分近くありそうだったので俺達は駅ビル内に入り歩きながら話をすることにした。
「それでリスクってのはなんなんだ?」
「リスクとは、西根くん……引いては保川高校に恨まれるかもしれないことです。私の熱い説得によりお嬢様も納得しお金を取り返せたとして、西根くんが納得すると思うですか?」
「お前の熱い説得にお嬢様が納得するとも、西根が納得するとも思わないな」
日向はその言葉に少し不服そうに唇を尖らせたが、話を続けた。
「西根くんが納得しない場合でも、水澤くんがいるので最悪は力付くでもお金は取り返せるとは思います。水澤くんなら西根くんのようなファッションヤンキーの一人や二人軽く倒し、上から目線で悔い改めな……って言ってやることくらい容易くできるですよね」
ファッションヤンキーって……。
まあ、あのくらいのやつに負けるとは思わないが……。
「悔い改めななんて台詞言ったことも、これから言うこともないけどな」
「なな、なんと」
俺の発言に心底驚いた顔をする。
「探偵たるもの一つや二つ決め言葉は作っておかないと、いざってとき盛り上がりにかける結末になるですよ。みんな作って律儀に口にしているですよ。某血縁に恵まれた少年しかり、見た目は小学生の少年しかり」
どうやら座頭市は見ていないようだが、推理物の漫画は読んでいるようだった。
「じゃあお前らはどうなんだよ。言うのか? 言うわけないだろ?」
そもそも推理物の漫画で決め台詞を言うのは犯人を前にしたか、事件に挑むとき位だ。浮気調査等、現実的な捜査がメインで言う筈がないだろ。
「茜は正義の執行の時間だ……と毎度言いますよ」
「カッコいいな!」
いや、カッコいいが、それいつ言うんだよ。
そして言われた方はどんな顔をするんだ?
「祥子は粛清の時間ですわ……と言うです」
「嘘でしょ。日向さん、流石にそれは嘘ですよね!」
「部長は屈しろと決めるです」
どんな状況で言うんだよ。
ただ……あの圧倒的な存在感を放つ火乃の口から出たところを想像すると、確かに似合っているし決まってもいるな。
「そして私は、貴方の悪事を白日のものにしてあげましょう。そして悔いなさい。貴方の前に私と言う存在がいることを……私と言う存在がいるこの世界に生まれて来た事を」
歩を止め、キメ顔を作り俺を指差しながら言った。
何だろうか、この俺の心の中に生まれた感情は。
ああ、そうかこれは……。
「なんかお前の決め台詞だけイラッとするな」
生まれたのはイラ付きだった。
「なんですと!」
日向は叫び直ぐ様ハッとした顔をし、ポケットを探り、ヘアゴムを取りだし、いそいそと髪を縛った。
おお、久方ぶりのツインテールだ。
毎日やっている作業で慣れているのか、鏡が無くとも左右対称でバランスよく縛られている。
「キャラ付けが足りてなかったですね」
その髪型はキャラ作りの為だったのか。聞きたくなかったな。
日向はごほんと咳払いした。
「貴方の悪事を白日のものにしてあげましょう。そして悔いなさい。貴方の前に私と言う存在がいることを……私と言う存在がいるこの世界に生まれて来た事を!」
改まって言われると、余計イラッとした。指を指す動作で揺れる二つの尻尾に沸々と怒りがわく。
「……それで月城は何て言うんだ?」
「スルーですか!」
はい。スルーです。
「……へこむです。落ち込むです。ペタンコです」
「……胸がか?」
本音と冗談のハーフハーフの言葉。
「デスです。医学的にも社会的にもデスです」
最初のデスは殺すのデスなんだろうな。
日向は怒りで尻尾が上に向きそうなほど、体から殺気を迸らせた。おお、目が今にも飛びかかりそうなほど怒りに燃えているよ。
「もう切れたです。プッツンデス。もう許さないです。水澤くんと月城くんの絡みの同人誌をルーム長に書いてもらって、売店で売り出すです」
「ちょっ、おい、マジかよ!」
そんな事されたら、社会的には……高校生の学校と言う小さな社会の中では間違いなくデスだ。
「マジです。全体の半分は二人の絡み合うシーンにしてやるです!」
嘘だよな? 嘘ですよね!
「残り半分は月城くんが他の男の子に襲われるシーンにしてもらうです! 苦しむです!」
「それは俺の罰と言うよりは、月城への嫌がらせだろ」
俺以上にあいつのダメージがでかすぎるだろ。実現したらマジで泣くぞ……月城が。
「なっ、愛する月城くんが他の男に襲われるんですよ。苦しく切なく興奮しないのですか!」
それこそが俺への罰だと言わんばかりに大声をあげる。真面目な婦女子なのか、日向と同じような真面目な腐女子なのか、その声に反応し、通行人のOLがじっと視線を俺に送ってきた。
まるで値踏みするかのような……攻なのか受なのか見定めるような目で。
多分後者の日向と同類のOLだ。
「しねえよ。なぜ俺が月城を好きなこと前提で話を進めてるんだよ」
声を大きくしてこれ以上注目の的になってはいけないと、俺は声を潜める。
「この会話は不味い。謝るから、俺が悪かったから話を戻そう」
詫びの気持ちを全力で瞳に宿らし俺は言った。
「むう」
少し不服そうに日向は呻いたが、分かってくれたのか、しょうがないですねと言い、話を戻した。
「月城くんは罪を認めろよ……くすが……が、決め台詞です」
「戻すのはそこじゃねえよ!」
潜めることもなく、俺は大声をあげる。
「もっと前だよ。リスクのところまで戻ろうぜ」
「ああ」
と、日向はぽんと手を叩く。
まさか、リスクの話をしていた事すら忘れていたのか?
「リスクと薬と言う言葉は似ていると言う話でしたっけ?」
間違いなく忘れていたようだ。




