偏見とプラトニック
俺と日向は家路につくためにエスカレーターを下り駅に向かった。
家に帰るにしても、自転車通学の俺は一度学校による必要があった。
外に出ると夜とも日中とも言いにくい薄暗い空が広がっていた。
並んで歩いていると日向が口を開いた。
「先程から顔色が優れないですよ。調査は成功。万歳して喜んでも良いところです」
「あのままで良いのかって思ってさ……」
「あのままとは……封筒の事ですか?」
信号を渡り、駅ビルの前まで来たので俺は足を止めた。
「金井が言うことが正しいなら……あの中に入っているのは……金なんだろ?」
「聖蓮女学院の子が本当に西根くんの彼女だと言うなら、ライブのチケットや映画のチケットと言う可能性も皆無ではないですが……十中八九お金で間違いないですね」
「だったら……取り返すべきじゃないのか? あの人だって騙されているんだぞ」
袋の厚みはそう厚くはなかったが、もし中身が万札ならば、大金の筈だ。
「道徳的な考え方をすれば、取り戻してあげるべきだと私も思いますが、なんて言って取り返すのですか?」
「それは……女を騙して金を奪うなんて許さない……とか?」
俺は大真面目で答えたと言うのに日向は引いた目をした。
「それですみません。返しますと言ってくるような悪人ばかりなら日本は平和ですね」
そうですよね。
「すみません」
悪人ではないが俺も謝る。
俺達は信号が点滅しだしたので足を止める。
「お金を取り返すのは困難なんじゃないかと私は思います」
「どうしてだ?」
「もし水澤くんが言ったように騙されていると二人の前で言ったとします。それをあのお嬢様が信じると思いますか?」
お嬢様と言われた聖蓮女学院の女を思い浮かべる。
「恋する乙女の眼差しをしていたですよ。恋とは人を盲目にするものです。座頭市です」
盲目イコール座頭市と言う意味で言ったのだろうが、座頭市なら心の目で見えているだろ。
こいつ座頭市見てないな。
とは言え、確かに恋は盲目とはよく聞く言葉であったし。俺はその事を昨日十分学んだばかりであった。
佐久間先輩を知るまでは恋は盲目なんて嘘だろうと思っていたが、昨日の佐久間先輩は盲目だった。
一週間も連絡が取れず、尚且つ他の女と歩いている姿を目撃してなお、振られたではなく浮気を疑うなんて盲目以外の何者でもない。
「例えば今から私達が西根くん達を待ち伏せして、貴方は騙されているです。何人もの女にお金目当てに近付いて騙し取っている男ですと言っても聞く耳なんて持たないはずです」
「……そうだよな」
「まあ、私くらい頭脳明晰で言葉を操ることに秀でた美女ならば恋の呪縛を解きほどき、お金を奪い返すことくらいは可能ですが、それを行うとリスクが高いですね」
信号が青になり俺達は前に進む。
美女の部分はスルーし俺は二つの事を聞く。
「どうやって解くんだ? それとリスクってのはなんだよ?」
「解き方は、男と女の関係がどれだけ生々しいものか説き伏せます。男女の関係なんて欲にまみれた汚らわしいものだと言うことを熱く語ります!」
そう熱く語りだした。
「男女が付き合うなんて快楽と物欲に支配された汚らわしいものです。抱いて抱かれて快楽を味わうだけの汚らわしい関係です。そこにある愛は幻です。幻影です。虚偽の建前です。それに比べて男同士は健全です。プラトニックです。耽美です」
「……」
それはお前の偏見でしかないだろ。
そもそもこいつが教室で見せたBL本は男同士が裸で抱き合ってたぞ。どこがプラトニックなんだよ。
「日本はこのままでは男が女を好きになるのは自然の摂理と言う誤った常識を押し付けられ、真実の愛の形を知らぬ人達で溢れ帰ってしまうです。今こそ救済の時です。さあ水澤くん共にBLこそがこの世の正しい愛の形だと伝えるです。水澤くんと月城くんが愛の伝道師となり世界を救うです」
大きな声で誤った概念を声高々に宣言した。
そんな日向に俺は至極全うな正しい判断をした。
熱くなる日向と知り合いだと思われないように歩む速度を早め、大股で歩き距離を取った。
BLを全否定する気はありません。個人の趣味なので、好きな人は好きでいて良いのです……が、皆が皆それが好きと言うわけではありませんので、個人の意見を押し付けるのは辞めましょう。
「水澤くん話はまだ終わってないですよ」
小走りで追いかけてくる。
「終わりだ。頼むから終わりにしてくれよ」
「むー。まだ私の語りは序章ですよ」
序章なのかよ。エピローグまで聞いていられるか。




