甘くないパンケーキ
俺達にとって西根が他の女と歩く事も、その相手が女子高の生徒であることも想定の話だった。
火乃の役割は安楽椅子探偵であると金井は言っていたが、俺から言わせて貰えば金井自身も十分安楽椅子探偵と名乗れる存在だと思う。
昨日、木ノ実が部室にやって来てから金井は改まり依頼の説明をし三つの謎について語った。
どうして市立図書館と言う西根の活動範囲から外れた場所にいたのか。
どうして西根は学校名を偽ったのか。
どうして西根は佐久間先輩と肉体関係を持たずに別れたのか。
今回の依頼の謎はその三点だった。
それが謎なのかも怪しいような三点ではあるが、この三つをもとに金井はある仮説を立てた。
俺からしたらにわかに信じがたい仮説……信じたくない仮説を。
気持ちが暗くなっていると、テーブルに置いた日向の携帯が震えた。
日向は手を伸ばし操作すると、ぼそりと呟いた。
「月城くんからです」
メールが届いたようだ。
「なんだって?」
「今佐久間先輩がコンビニに入ったとのことです。どうやらバイトしているのは、間違いないようです。水澤くん、お手柄ですよ」
お手柄か。昨日西根の中学を見つけた時は嬉しかったと言うのに、金井の推理が確証に近づいてきたかと思うと、嬉しく思えなかった。
「そっか……」
短い返事をし、その後の言葉が続かないでいると、ウェイターが二種類のパンケーキをテーブルに運んできた。
日向はダブルでと頼んでいたが、それはパンケーキの枚数のことのようで、二段重ねのパンケーキがテーブルに並べられた。
イチゴもバナナもどちらもパンケーキ本体が見えなくなるほど生クリームでデコレーションされていて、見るだけで胸焼けしてきそうなものだった。
「パンケーキも届いたことですし、証拠撮影と行くですか。水澤くんも携帯出すです」
言われてポケットから取り出す。
「西根くん達は私がバッチリ納めるですから、水澤くんは堂々とパンケーキの写真を撮る振りをしてください」
「振り?」
と、聞き返す。
「シャッター押さずに、押した風を装いながらカメラを向け続けてくださいです」
理由は分からないが、俺は従い生クリーム覆われたパンケーキにカメラを向ける。
すると、カシャッと言うスマホ特有の大きなシャッター音が奏でられた。俺の携帯からではなく、日向の携帯からだ。
日向は腕とバックで隠しながら西根にカメラを向けていた。
しかし周りは俺がパンケーキに携帯を向けているのでシャッター音を気にする様子もなく雑談を続けている。
四度カシャッと音が奏でられると日向はもういいですと言ってきた。
撮れたのか聞き画面を見せてもらうと、西根が女にパンケーキを食べさせて貰っているシーンが写し出されていた。
ズームをしているため、画像は若干荒くなっているものの、十分それが西根だと分かる画質であった。
「ミッションコンプリートですね」
日向は満足げに頷くと、フォークを握りパンケーキを切り出した。
「水澤くんも半分に切るです。交換するです」
言われ俺もフォークで切る。生クリームが多く、パンケーキを切っているんだか、生クリームを切っているんだか分からなくなりながらも半分に分ける。
「半分食べたらチェンジするです」
昼飯もそんなに食べていないこともあり若干の空腹間はあるものの、この量を一皿分食べるのはキツいな。
そう思っていると、日向が勢いよくパンケーキにかぶりつきだした。
小さな口を大きく開け、頬袋いっぱいにためながら幸せそうな顔をして食べ進めている。
唇には生クリームが着いていて微笑ましい様子だった。
そんなに美味しいのか?
そう思い俺も一口食べる。俺のはチョコバナナだ。
大量の生クリームの下にはカットされたバナナが飾り付けられている。
口の中に運ぶと微かな甘味とチョコソースの香りが口の中に広がる。甘さは全然感じない。
「甘くないんだな……」
美味しいかどうかで言えば微妙だな。
そう思いながら四分の一ほど食べ進めると、いつのまにやら半分食べ終えていた日向が、俺に皿に残ったイチゴクリームのパンケーキを食べるように言ってくる。
「俺は良いよ。食べられるんなら残りも食いなよ」
「お腹いっぱいなんですか? そんな大きな図体で」
少し引っ掛かりながらも俺は返す。
「食欲ないって言うより、あんまり美味しいとは思えないんだよな」
西根達の話をするとき同様声を潜める。店員には聞かせられない内容だからな。
「……それならいただくですけど。もし美味しくないならこれかけて食べるといいです」
日向はそう言うと、俺の分の残り四文の一のパンケーキにテーブルにおかれていたガムシロップをかける。
「甘味がまして美味しいですよ」
言われて口をつける。さっきよりは甘味がまして食べやすくなった。
「これなら、残りは食えそうだな」
自分が口をつけた分は完食し、残りを日向に渡す。
小さな体のどこに入っていくんだと言う勢いでどんどん食べ進めていく。
凄いなと素直に感心しつつ、俺はチラチラと西根達にも視線を送る。
西根達はもうパンケーキは食べ終わったのか、テーブルの上で手を握り合い何やら語り合っていた。
「何やらお話タイムに突入したようですね」
その様子を日向も見ていたのか、もくもぐと頬張りながら話した。
口に物を入れながら話すのはよくないぞ。
「おや、見てください」
一瞬目付きを鋭くし言った。
さっきまで手を握っていた西根達だが、女が手をほどくと横に伸ばした。
ソファに置いたバックから封筒を取りだし、すっとテーブルの上に置いた。
「あれは……」
それは小さな白い封筒だった。
西根はそれを受けとると中を覗きパッと顔を明るくし、また女の手を握った。
すると女は顔を赤らめ何やら語った。
声は届かないが、女の表情からは嬉しさのようなものが読み取れた。
「どうやら祥子の推理で間違いなさそうですね」
喋りながら猛烈な勢いで残ったパンケーキを平らげると、残ったコーヒーも流し込む。
「ごちそうさまでした」
最後は礼儀正しく手を合わせる。
「さて、完食し、証拠も撮ったですし外に出るです」
日向は伝票に手を伸ばし席を立った。
俺も慌ててメロンソーダを飲む。そんなに長く居た気はしなかったが、炭酸が十分抜けべとついた冷たい液体が喉を流れていった。
「会計は一緒で」
日向は会計を済ませるとレシートを財布にしまった。
外に出て下りのエスカレーターの前まで来ると、立ち止まった。
「ふう、満腹です。夕飯食べれるか不安ですね」
あの量を食べたら俺なら夕飯は食べれないな。
女のデザートは別バラは本当かもしれないなと俺は思った。
「このあとはどうするんだ?」
「そうですね。もう証拠も揃ったですし、学校に戻るか、ここで解散するかですね」
「尾行はもういいのか?」
「女性にあーんされている写真があるですからもう十分です。このあと二人がどう愛を重ねようが私達の任務は完了、終了です」
「……そうか」




