コーヒーとメロンソーダ
シリアスな雰囲気を醸し出し日向が呟くと、路地から学ラン姿の男が現れた。
先程とは違い、上も重そうな学ランを来ていて、眼鏡もかけてはいるが、特徴的な焦げ茶の髪をしている。間違いなく西根だ。
「来た」
「了解です。私達も外に出るです」
日向は立ち上がるとツインテールの髪をほどいた。すると、一気に印象が代わりまるで日本人形のようだった。
「水澤くんは帽子を被っていたとはいえ、顔ばれ防止のために、その眼鏡をつけるです」
カウンターの上に置かれた月城が掛けていた眼鏡を指差す。
「交番に張られているポスターみたいな目もそれで隠せるです」
「おい」
短く突っ込みながら俺は、眼鏡をかける。
度は入ってないようだ。
まあ、目付きが悪いのは事実ではあるが、交番に張られているポスターって、指名手配書の事だろ?
言い過ぎだ。
俺は、金井や木ノ実のように心が広くないのでしっかりと注意する。
「あとで覚えていろよ」
俺達は急ぎトレイを片し、足早に階段を降り外に出る。夕方になり日差しも弱まり、外は過ごしやすい気温になっていた。
外に出ると信号待ちしている西根の姿があった。
耳に携帯を当てているので電話をしているようだ。
「近づくか?」
「待つです。信号渡ったら追い掛けるです」
急ぐ気持ちが現れたのか、日向はリュックを背負い直し、肩ベルトをぎゅっと掴んだ。
その気迫のこもった姿は、家出を決意した中学生のようだった。
信号が青になり、尾行する俺たちの心境とはまるで合わないようなほのぼのとした音楽が横断歩道に流れる。
進む西根の背を追い歩を進めると、西根は横断歩道の真ん中で止まり軽く手を振った。
「止まるです」
日向の言葉で足を止める。
手を振る西根に小走りで女が駆けてきた。女は上と下が繋がったワンピースタイプの制服を着ている。丈も膝下まである長いもので、まるでお嬢様学校の生徒のように見えた。
「あれは聖蓮女学院の制服ですね。制服可愛いです」
女は西根の元まで来るとにこやかな笑みを見せたあと、手を繋ぎ引き返して来て、駅前のデパートの中に入っていった。
「ルシールに行くみたいですね。追うですよ」
歩き出す日向を追いデパートの中に入る。
そのデパートは学生と言うよりは主婦層をメインターゲットにした所のようで、中には学生の姿は少なく、入ってすぐ西根達の姿を見つけられた。
西根達はやけに値段の高い大人向けの服屋の前を通りすぎ、エスカレーターを登った。
談笑する二人と十分な距離を取りながら俺達は四階までエスカレーターを使い上がる。
四階はレストラン街になっているようで、和洋中の様々な店が入っていた。
西根達はその中のアンティークテイストな外見をした店に入って行った。看板には筆記体でルシールと描かれている。
俺と日向は外に置かれたメニュー表を眺めながら西根達が座るまでの時間を潰してから中に踏み込んだ。
店内は英字新聞風の壁紙が貼ってあり、テーブルも椅子もアンティーク風の凝った物で、コジャレたカフェと言う感じだった。
壁際の席はクッション性の良さそうなソファー席になっていて、その左奥に西根達は座っている。
店内にはカップルや女同士で来ている客の姿があったが、やはり男二人で来ているような客の姿はなかった。
「離れてしまったですね」
込み合う時間帯なのか、店内には空席は少なく、西根達から離れた二人掛けのテーブル席に案内された。
ベストを着た女のウェイターが置いていったメニューを眺めつつも、俺はちらりと横を向いた。
西根達とは間に三席挟んではいるものの、表情の確認くらいはできる距離であった。
向かいに座ったお嬢様風の制服を着た女は、佐久間先輩のように化粧っ毛がなく、ごく平凡な顔つきをしていた。その顔には一目で西根に惚れているとわかるものだった。
その向かいでは西根が、作ったかのようなうすら寒い笑みを浮かべている。
「……お顔がこの場に似つかわしくないですよ」
自然と厳しい顔をしていたようで、日向がメニューを玩具のチラシを眺めるこのように輝いた目で見つめながら呟く。
「美味しそうなパンケーキ、向かいには美女が座っている。ここでニコニコしてないと怪しいですよ」
「……誰が美女だよ」
突っ込みをいれつつ俺は少しだけ笑みを浮かべた。西根に対する冷たい気持ちが少しだけ薄れたから。
「取り合えず頼むです。部費で落ちますから」
教室の入り口に黒板消しをセットしたちびっこのようなニヤリとした笑みを浮かべる。
「頼むと言っても……何を頼めばいいんだ? カフェとかパンケーキ屋とか入ったことないから分からねえよ」
メニュー表に出ている色とりどりのパンケーキを眺めながら答える。
「確かに水澤くんはモテなさそうですし、カフェとかよりは牛丼屋にいる方が百倍合ってそうですね」
「否定はしないが、歯に衣くらい着せろよ」
「そんな水澤くんのようなモテない男子に一発で女心をぎゅっと引き寄せる魔法のような注文方を教えるです」
「教えてください」
男子とはモテには敏感なものであり、別にモテない男子と言うわけではないけれど……モテない男子と言うわけではないけれど! 俺だって男子、敏感である。
聞きたい気持ちくらい多少はある。
日向の目を見つめ俺は即答した。
「がちの目向けてきているのでかなり引くですが、童貞拗らせて二次元の世界が俺の全てとか言い出されても同じ部員としてキツい……悲しいですから教えてあげるです」
着せる衣など持ち合わせてなく、歯をむき出し……と言うより、牙剥き出しで言ってきたが、俺は静かにありがとうございますと答えた。
だって……モテたいんだもん。
「まず何を頼むか聞かれたら、自分で選んでは行けません。ここはひなちゃんは何頼みたいのと聞くところです」
「……」
ひなちゃんと言う呼ばれ方はスルーする。
「聞かれたらひなちゃんは、えー、これとこれで迷っているんだ、どっちも美味しそうで決められないなーと言うです。パンケーキやスイーツを選ぶとき、女は一つには絞られないですから、必ず二つは言うです。そうしたら男は、僕もその二つで迷っていたんだ、じゃあ両方頼んで半分こしようよ。うん、そうしよう。えへへ、こうちゃんラビュー……と言う流れが起きます」
ひなちゃんと呼んだことや、こうちゃん呼ばわりされたことはスルーし、俺は答えた。
「マジっすか」
「マジです。ガチです。ノンフィクションです」
何がノンフィクションかは分からないが、モテテクをしっかりと心の中のノートに書き込む。
「と言うわけで……私はこのイチゴクリームとチョコバナナクリームが食べたいのですが、両方頼むと言うことで良いですか?」
「……なあ、今の話さ、ただ単純にお前が両方食べたいだけの話だからしたんじゃないのか?」
「……さあ、何の事でしょうか?」
「……まあ、別に俺は何でも良いけどさ」
取り合えず今の話は若干の虚偽の可能性あり、要注意と心のノートに書き足す。
「ちょろいですね」
ふっと、笑みを浮かべ小声で呟くが、俺の耳はしっかりと捉えた。
言い返そうとしたが、それより早く日向は手をあげ店員を呼んだ。
「イチゴクリームのダブルと、チョコバナナのダブルをお願いするです。あと飲み物は私はホットコーヒーで、水澤くんは何にするですか?」
「あっ、俺は……メロンソーダで」
「かしこまりました」
営業スマイルを向けるとウェイターは去っていった。
「……水澤くん、好みは人それぞれですが、女子がコーヒーで男子がメロンソーダとか、普通の女なら軽く引いて苦笑いするですよ」
どうやら日向は普通の女子らしく、引いた目を俺に向けてくる。
「しょうがないだろ、コーヒーは飲めないし、コーラがないなら、頼むのこれくらいしかないだろ」
他に紅茶やカフェオレ、オレンジジュース等もあるが、炭酸はメロンソーダ位しかなかったので、俺が頼めるのは限られていた。
「……それなら仕方ないですね」
注文も終わり俺はターゲットである西根達を横目で見る。
西根は談笑しながらコーヒーカップを傾けていた。その顔にはウェイターのような営業スマイルが浮かんでいる。
「楽しそうには……見えないな」
「同感ですね。ベテランの詐欺師ならいざ知らず、素人の高校生じゃあの程度のスマイルしか浮かべられないもんです。まあ、彼はイケメンですから、男慣れしていないあの子には十分通じているようですが」
「男慣れ? ああ、そう言えば聖蓮女学院とか言っていたな。名前的に女子高なのか?」
「女子高です。それも中高一貫の超お嬢様校ですね」
制服のデザイン的にもお嬢様校のように思えたが、どうやら間違いではなかったようだ。
相手の女を横目で見ていると、ドリンクが運ばれてきた。
注文を取ったウェイターとは別な女性で、俺の前にコーヒー、日向の前にメロンソーダを置いた。
男だからコーヒーを置いたのか、日向がお子様に見えたからメロンソーダを置いたのか分からないが、少し恥ずかしい気持ちになった。
互いにグラスを入れ換えると、日向はコーヒーに砂糖もミルクもいれずに口をつけた。
見た目は子供でも舌は大人なようだ。俺もストローを差し込み吸う。
弾ける炭酸を喉で感じる。
「女子高辺りを狙うと思っていましたが……」
一度言葉を止め、コーヒーにゆっくりと口をつけると続けた。
「当たりましたね」
「……そうだな」




