普通の眼差し
自分の心が冷えてきている事を感じながら、俺は窓の外を眺めた。汗をハンカチで拭うサラリーマンや遊びに出てきている大学生らしき若い人はいるが、西根の姿も、高校生らしき制服姿もどこにもなかった。
まだ学校が終わるには早い時間だ。制服姿が見えなくても仕方ない。
外を歩く人達は各々の目的地に向かい歩いていっている。
外に出たら俺は向かい歩けるのだろうか。向かった先には不幸しかないと分かっているのに。
数日ぶりに訪れた心の冬が、時風に入り芽吹き出した花を冷たい雪で多い尽くしてくる。
落ち着け、考えるな。
そう自分に言い聞かせながら、カップをはずし、半分以上残っていたコーラを一気に喉に流し込む。長く置いておいたせいか、炭酸は弾け、溶けた氷がコーラを薄め、なんの味もしなかった。
ただの冷たい水が喉を流れ、体を冷やしただけで終わり、心の冬は居座ったままだった。
尾行をしている時は踊っていた胸は嵐が去ったかのように、静かに弱く脈打った。
頭の中に実際に見た西根の顔と、画像の中の顔が浮かんで来る。
馬鹿笑いする顔と幸せそうな顔が。
佐久間先輩は辛く切ない顔をしていたと言うのに。
「……おい」
不意に月城が呼び掛けてきた。
「横でそんなことされるのは不愉快なんだけど」
そんなこととは何だろうと思ったが、直ぐに月城が言っていることの意味に気づいた。俺は無意識に空のカップを握りつぶしていた。
「……悪い」
「そんな顔をしてそんな態度を取るなら消えてくれないか?」
心に刺さる辛辣な言葉だった。
「……消えねえよ」
やることが残っているから。
西根の悪事を暴き、証拠を掴み佐久間先輩を救うまでは。
「だったら今すぐその顔を辞めてくれないか? イライラしてくるからさ」
蔑むような目を向け言ってくる。
その様子に俺も苛つく。
今までならばその視線を受け流すことも出来たが、今の心の状態は、その目に過敏に反応してしまった。
「俺が辞める前に、お前もその目をするのをやめろよ。人に向ける目じゃねえだろ」
「はっ」
と、嘲笑う。
「君みたいな男に他にどんな目を向ければいいんだい?」
「普通の目だよ」
「……普通? 普通の目を向けることが出来ないような男がどの口で言うんだい」
「……ッ!俺のどこが普通じゃないって言うんだよ!」
思わず声を荒げてしまった。それだけ月城の言葉は俺の痛いところを突いていた。
俺の声に驚いたのか、店内がざわめき出す。
「騒がないでくれないか。目立つだろ」
「目立つとか関係ないだろ。俺のどこが普通じゃないって言うんだよ」
俺は月城の胸ぐらを掴み顔を寄せ睨み付け言った。
月城は俺の目を睨み返し、俺の手首を握り潰そうとするかのように、掴んでくる。
「……おい、離せよ……殺すぞ」
「殺れるもんならやってみろよ……」
俺が言い終えるのに合わせるかのように、月城は左手を握りしめ後ろに引いた。
殴ってくる。そう思うと同時に俺も手を引く。
拳を握りしめる。他の客が煩いほど騒ぎ出すが、俺達は気にも止めずにお互いの拳を叩きつけようと動き出すーー。
「お二人は本当に仲が良いですね」
拳がスピードに乗るかどうかと言うタイミングで急に声をかけられ、俺達は拳の動きをピタリと止める。
「でも、張り込み中に目立ってしまうのはお勧めできないです」
そこには日向の姿があった。触覚のようなツインテールを揺らし俺達に歩み寄ると、俺と月城にペンベンとデコピンをした。
因みに月城には軽くペンで俺には力を込めたベンだ。
「痛ッ……いです」
中指が痛むのか、フーフーと息を吹き掛ける。
「痛いのはこっちだ」
俺は額を押さえる。
「やるなら平等にやれ」
「月城くんの額が赤くなると悪いことしたと言う気持ちになるですが、水澤くんなら、あれっ蚊に刺されたですか? ……位にしか気にする必要ないので力加減させて貰ったです」
「……蜂に刺されたくらい痛いデコピンしてやろうか」
俺は言い返す。
ほんの少し前まで月城と殴りあいの喧嘩をしそうになっていた俺だが、今度は日向とお互いデコピンを放つ体勢を取りながら睨みあった。
その様子が微笑ましかったのか、騒然とした店内にほのぼのとした空気が流れる。
「……ちょっといいかな?」
デコピンの照準を合わせる日向に話しかける。
「彩香ちゃん、どうしてここに来たの?」
「ルシールに行くなら女子が必要です。茜は西根くんに顔ばれしているですし、他の捜査があるので無理です。祥子は尾行張り込みに最も向かないので論外。そこで情報収集も一段落した私が駆り出されたわけです。パンケーキ食べるです」
パンケーキの部分を強く言った。
俺にはパンケーキが食べたいがために来たようにしか思えなかった。
「それじゃあ、ルシールには僕と彩香ちゃんで行くって事?」
「いいえ。月城君は茜のフォローを頼むです。詳しく言うと茜の補習が終わるまで代わりに尾行をして貰いたいです」
「……学校サボるくらいなのに、補習は受けるのかよ」
思わず口を挟む。
あいつ今日も補習になるような点を取ったのか。マジでどうやってこの学校に入学したんだ?
「私達と茜は違うです。馬鹿です。間抜けです。大馬鹿です。テストで点を取ってカバーするなんて事出来ないので、いざって時のために出席日数くらい良くしておかないと留年するです」
「理解したが、とりあえずお前は木ノ実に謝れ」
友達を馬鹿や間抜け扱いするなよ。
「そう言うことなら僕は一度学校に戻るよ。今出れば次の電車には間に合いそうだからね」
月城はトレイ片手に席を立つ。
「宜しく頼むです」
「了解」
そう言うとちらりと俺を見ることなく月城は階段を降りていった。
俺達は互いに謝ることはしなかった。
足音が聞こえなくなると、日向はさっきまで月城が腰をおろしていた席に座る。背が小さすぎるせいか、足が床にはついていないようで、ぶらぶらと揺らしていた。
「……ふう。それにしても張り込み中に喧嘩とは前代未聞です。あのままだったら下手したら警察呼ばれていたですよ」
突如日向はシリアスな顔をし、戒めてきた。
「悪い」
確かにやり過ぎたな。俺は反省し俯き答える。
「何があったですか? お姉さんに話すです」
顔はシリアスなままなので本心から言っているのだろう。
「誰がお姉さんだ」
お姉さんと言うよりお嬢ちゃんと言った容姿をしているだろ。
「私は四月生まれの十七才。けど水澤くんは二月生まれの十六才。私の方がお姉さんです」
「学年は一緒で、歳上も何もねえよ」
あれっ、そもそもこいつはなぜ俺の誕生月を知っているんだ? 教えた覚えはないのに。
そんな小さな疑問を持ちながらも俺は少し濁らせながら何があったのか話した。




