画像の中の幸せ
距離を充分取りながら後を追うと、西根達は駅前の繁華街から路地に入り、少し進んだ先にあるビルの階段を降りていった。
階段を降りる足音を聞きながら追おうとすると、止まるように月城が言ってきた。
「追わないのか?」
聞くと月城はビルの入り口を指差した。
そこにはゲームセンターと書かれているらしき看板が出ている。書かれていると言い切れないのは、看板が割れていて、なおかつ上からスプレーで落書きされているからだ。
こんな看板が出ているゲームセンターと言うことは、あまり客層は宜しくなさそうだな。と言うよりも、やっているのかどうかすら怪しいな。
「ここは不良の溜まり場だからね。入るとなると相当リスクを負うことになるよ」
「じゃあ尾行はどうするんだ?」
「ちょっと待ってよ」
そう言うと月城は携帯を取り出す。指示を仰ぐのだろう。
先程とは違い今度はメールで連絡を取っているようだった。
時間的にはもう五時間目が始まっているだろうから、メールで連絡を取ると言うことか。
流石に授業中に電話は出来ないもんな。
「……よしと。取り合えずここに立っていては目立つしどこか入ろうか」
「ここを離れて良いのか?」
「……ルシールに行くには大通りを通るから、そこが見えるところにいれば大丈夫だよ」
月城は不良の溜まり場の側にいるのが嫌なのか、早口で言うと、俺の返事を待たずに大通りに向かった。
戻る最中にも学ラン姿のタバコを加えた不良とすれ違った。振り替えると不良は煙をたゆませながら階段を降りていく。
確かに溜まり場のようだな。
大通りまで戻り俺達はファストフードのハンバーガー店に入った。一階席と二階席のある店舗だ。
俺達は飲み物だけを注文し二階の窓際の席に腰かける。
外を覗くとゲームセンターのある路地も見えたので、ここからなら西根が出てきても追えそうだ。
月城は注文したコーラにストローを差し込み口をつけ、ふうと一息つきパーカーのフードを外した。
緊張を解いたのが分かり俺も習い帽子を取る。
長時間被っていたために潰れた髪を手櫛で直すと、髪がじんわり濡れているのが分かった。五月の刺すような暑さも濡れている理由ではあるのだろうが、一番の原因はあいつに会ったことだろう。
「久喜か……」
口にする気は無かったが、俺の口からは自然とあの不気味な男の名前が零れていた。
すると声に反応し月城が勢いよく俺を向いた。あまりの速さに俺の体はビクッと反応し、持っていたカップを落としかける。
「……ッ! 危なっ。急に向くなよ」
「君こそ急にあんなやつの名前を挙げないで貰えるか」
緊張を解いた眼にまた強い光が宿る。
「……悪い」
久喜と月城の間には何かがあったのは間違い無さそうだった。名前を聞くのも嫌と言うほどの何かが。
久喜の名前を出したせいか、元から俺とは話す気がないのか、月城はストローを加えたまま窓の外を眺め続けた。
時折連絡が入ってないか確認しているのか携帯を広げはするが、俺に視線を送ることすらしてこなかった。
長い沈黙に耐えられなくなり、俺は当たり障りのない会話をすることにした。
「……今日は天気がいいな」
「……」
会話がないときの代名詞とも言える言葉を発する俺に月城は怪訝な目を向けてくる。
「それが?」
冷たく言い放つ。
「……いや……雨とかだったら尾行も大変だったなと思ってさ」
なんとか誤魔化そうと、全く思ってもいないことを口走る。
「確かに、雨だと傘を指すから尾行はしにくいね」
棚からぼたもち。まさかの正解だった。
「だよな。天気予報じゃ明日は雨らしいし、運良く今日出歩いてくれて助かったな」
「運良く?」
何かに引っ掛かったのか月城は聞き返す。
「運良くじゃないのか? 西根がいつ女に会っているかなんて分からなかったんだし、尾行初日からその現場に居合わせそうなんだから、運は良いだろ」
「君は昨日の佐久間先輩の話をろくに聞いてなかったようだね」
刺すような目から怪訝な目に替わった月城の瞳が、今度は見下すような瞳へと替わった。
「佐久間先輩は毎日デートしていたって言ってたのを聞いてなかったのか? 聞いていれば今の浮気相手とも毎日会っている可能性が高いことくらい分かるだろ」
「確かにそうだな」
そう返事をしながらも俺は西根が言った言葉にズキンと胸が傷んだ。
「浮気相手か……」
「……依頼の内容がそうなんだから、今はそう言うしかないだろ」
外を見つめながらコーラに口をつけ静かに言った。
「……だな」
俺も静かに答える。
返事の後無言が続いたので、俺は何気なく携帯を開いた。
真新しいスマホには着信もメールもラインの通知も何一つ残されていなく、買った当時の初期の画面のままだった。
まあ、着信も何もなくても何ら不思議じゃないけどな。
買い換えたときに番号も変更したし、電話帳には母親と姉の番号……それと昨日教えられた火乃以外の探偵部のメンバーの番号しか登録されていない。
昔の友人から連絡が来ることはないんだから。
俺は昨日連絡先を交換してすぐ送られてきた日向のメールを開く。
別に暇潰しにメールしようと言うわけではない。メールに添付されていた画像を見るためにだ。
最初の画像を開くと、そこには佐久間先輩と西根が幸せそうな顔で抱き合っていた。
楽しいでも嬉しいでも可笑しいでもなく、幸せ。
その思いが二人の顔に浮かび上がっていた。
こんな顔俺は一度もしたことはないな。
見ると心が切なくなるのを感じながら、俺は次の画像を開いた。
次の画像は日向が撮ったラインのトーク履歴だった。出会い連絡がとれなくなるまで短い時間だったのに、二人の語らいの履歴は膨大だったらしく、最後の数日分を抜粋して撮っていた。
『私カラオケに男の子と行くのはじめてで緊張しちゃった。唄変じゃなかった?』『そんなことないよ。凄く上手かったし、感動したもん』『良かった』『あんなに楽しいカラオケ始めてだよ。また行きたいな』『私も優人君とまた行きたいと思ってたんだ』
スタンプがなく、文だけのやり取りだが、二人の仲の良さが分かった。
俺は次の画像にスクロールする。
『今日の映画面白かったね。帰りに我慢できずに原作の本買っちゃった』『俺も読みたいな。ちゃんと映画見れなかったから、加奈ちゃんが読み終わったら貸して欲しいな』『ちゃんと見れなかったの? 面白くなかったかな?』『ううん。面白かったんだけど、ずっと手を握っていたからどきどきして、頭に入ってこなかったんだ』
幸せそうな内容だった。
見ているだけでほころびそうになる、愛が溢れた二人のやり取り。俺はまたスクロールする。
最後の画像だ。
二人の関係が綻んだ事が分かる画像。
最後のラインのやり取り。
今までとは違い、今度のトークには既読と言う文字がどこにも着いていなかった。
『優人君、今日は元気がなかったけど大丈夫かな?』『優人君何かあったかな? アルバイト忙しいのかな?』『電話も出れないのかな? ラインみたら連絡下さい』『優人君?』『優人君、やっぱり大変なのかな? 何か手伝えることがあったら教えて。私も頑張るから』『優人君。連絡ちょうだい』
この後の画像はもうない。本当は後何件もラインを送っていたようだが、残りは全て連絡ちょうだいと言った同じような短文だから日向は撮らなかったようだ。撮るのが心苦しかったからかもしれないな。
佐久間先輩には悪いが、俺は今回の依頼の話を先輩の口から聞いたとき、馬鹿なんじゃないかと思った。
恋人と一週間連絡が取れなくなり、他の女と歩いているのを目撃した。
浮気と思う前に関係が消滅したと考えるべきなんじゃないかと。
男の心は簡単にうつろい行くものなんだから。
恋愛も友愛もだ。




