男二人でパンケーキ
俺が帽子の上から手でこめかみを押さえると、前を歩く西根達が足を止めた。
思わず俺も足を止めようとすると、月城が小声で言った。
「止まらず進んで」
言われた通り止まらず進み西根達に近づく。
西根ともう一人の男ーー幾つもリング型のピアスを着けている男ーーは自動販売機の前で立ち止まりポケットからタバコを取りだし火をつけた。
学校から離れたから一服しているのだろう。
俺と月城はそ知らぬ顔をしながらその横を通りすぎようとすると、ピアス男が口を開いた。
「今日はどこ行くんだっけ?」
「今日は……駅前のルシール」
背後から西根が答える声が微かに聞こえた。
ルシールってなんだと思いながら俺と月城はそのまま真っ直ぐ進んだ。三十秒ほど進むと月城は足を止めずに、ちらりと後ろを振り返った。
「来ないようだね」
呟くと視線を俺に送る。
「駅前のどこって言っていたか聞こえた?」
どうやら月城には聞こえなかったようだ。
「ルシーなんとかって言っていたな」
「……駅前だと……ルシールかな」
「ああ、それ。で、ルシールってなんだ?」
「喫茶店だよ」
月城は答えながら携帯を弄り、耳に当てた。
電話を掛けたようだ。
暫くすると繋がったのか、話し出した。
「祥子ちゃん、今大丈夫? …………西根君は確認して後追っていたんだけど、立ち止まったから追い越したよ…………うん、多分F駅に向かっているね。一緒の電車で向かおうと思うんだけど、どうやら今日は、駅前のルシールに行くようだよ…………うん、多分そうだね…………うん。茜ちゃんは難しいかな?…………分かった。また連絡するよ…………」
通話が終わったのか電話を切った。
「……なあ、何の電話だったんだ?」
「このままどこまで尾行するかの確認だよ」
「どこまでするんだ?」
「とりあえずF駅までは尾行するよ。その後は途中で僕と茜ちゃんが交代する事になるかな」
話していると小さな駅が見えてきた。
駐車場は数台分あるが、全て空いていて、閑散としている小さな駅だ。
駅前のルシールと言っていたのでもしやこの駅の前ではないのかと思ったが、回りには小さな酒屋と民家はあるが、ルシールなんて店は何処にもなかった。
ルシールとは月城が電話で言っていた通り、F駅にある店のようだ。
「交換するって、俺はどうすればいいんだよ?」
「……とりあえず中に入ってから話すよ」
改札にSuicaを当て中に入り、F駅方面のホームに向かう。因みにこのSuicaは捜査のために支給されたものだ。
中には数千円分チャージされているらしいが、捜査外で使った場合実費で弁償することになるらしい。ちょっと残念。
階段を降りホームに降り立ち、俺と月城は一人分の距離ーー互いの心の距離なんだろうなーーを空けベンチに座る。
月城は眼鏡をはずすと伊達眼鏡をかけていたせいで目が疲れたのか、何度か強くまばたきをする。
座り一息ついたので、俺は諸々の疑問をぶつけることにした。
「質問いいか?」
ちらりと視線を俺に送る。
「何?」
電話の時とは違い、ぶっきらぼうで冷めきった声での返事だが質問に答える気はあるようだ。
「まず、西根達を追い抜いてきたけどさ、見張ってなくて良いのか?」
複数質問することを匂わせ聞く。自販機で止まった時俺達も止まるべきじゃないのか?
「愚問だね」
説明しなければわからないのかと、見下した視線を送ってくる。
「何もないところで止まったら目立つだろ。本当なら通りすぎて、どこかで曲がって、再度通過するのを待つんだけど、今回は目的地もおおよそ分かっているから、ここに来ても問題ないんだよ」
「なるほどな」
尾行と言うと電柱にこそこそ隠れて後を追うイメージだが、そんな行動をとっていたら目立ってしょうがないだろう。確かに通りすぎた方が自然だ。
「じゃあさ、さっき交換するって言っていたけど、俺はどうすれば良いんだ?」
本題の質問に入る。
「それは祥子ちゃんが決める事だけど、僕……もしかしたら君かもしれないけど、どちらかが茜ちゃんと交代して、二人で尾行することになると思うよ」
「どうしてだ?」
ここまで尾行したんだから、引き続き月城と二人で張り込んでも良いんじゃないか?
「今日は保川高校で張り込みだけの予定だったから、目立たないようにこの格好で来たけど、ルシールに入るなら、同じ学校のような服装では逆に目立ってしまうし、男二人では悪目立ちするね。それに僕らは一度西根君の前を通ったから、二人揃って近くをうろつくのはリスクが高すぎる」
「なるほどな」
探偵倶楽部に無理矢理入部させられ、最初はお遊び気分の部活かと思っていたら、きちんと考えて行動を取っていることに驚かされてばかりだな。
「とりあえず、祥子ちゃんの指示があるまでは尾行を続けるから気を抜かないでくれよ」
月城に釘を刺され、緩んだ気を引き締める。
「了解」
初めは俺達しかいなかったホームにF駅方面行きの電車の発車時間が近づいてくるとポツポツと人が集まり出した。
保川高校の生徒達だ。
皆一目で不良と分かるような服装頭髪の規定を守らないような派手ななりをしている。今はまだ昼休み中のはずなので、間違いなく授業をサボって帰るなり遊びにいくなりしているのだろう。
まあ、授業をサボってここに来ている以上、俺達も人の事を言えないけれどな。
集まる生徒の中には西根とピアス男の姿もあった。西根はスマホを気だるそうな顔で弄っている。
F駅行きの電車に西根が乗り込んだのを確認し、俺達も乗り込む。昼の電車は空いていた。
乗車マナーの悪いーー車内でコンビニの弁当やカップラーメンを食べたり、大音量で音楽を聴いたりしているーー不良達に注意したい気持ちを必死におさえ、十五分電車に揺られる。
F駅に着くと少ない乗客が次々に降りていった。西根達もそうだ。
俺と月城は今まで以上に距離を取りながら西根達の後を追い、駅ビルに入る。
「なあ……こんなに離れて見失わないか?」
保川高校の側や車内なら多少離れていても人が少なく見失う恐れは無かったが、F駅の駅ビルは新幹線も止まる大きな駅と言うこともあり、人が多く、少し目を離せば見失いそうだった。
「さっきまでなら近くに保川高校の制服を着ている僕らがいても何ら不自然じゃないけど、ここで近くを歩いていたら気づかれた時目立つだろ」
なるほどと納得し、俺は見失わないように焦げ茶色の頭を追った。
距離を取りながら後を追うと、西根達は駅ビルから外に出た。
「喫茶店に行くのかな?」
「いや、まだ行かない筈だよ」
「どうして分かるんだ?」
西根達は先程駅前の喫茶店に行くと言っていたので、その可能性は高いんじゃないか?
「君はこっちに来てまだ日が短いから分からないと思うけど、ルシールはパンケーキが人気のカフェなんだ。そんな所に男二人で行くと思う?」
まあ、今の時代スイーツ好きの男子も多くいると言うのでゼロではないとは思うが……俺なら行かないな。
さっき店内に男二人では悪目立ちすると言っていたことに納得する。
「って事は、そのルシールとか言う店に行くってことは……女と行くってことか?」
「だろうね」
自信を持って言い切った。
もうすぐ浮気現場を押さえる事が出来ると思うと、嬉しいと思う反面、佐久間先輩の顔が……西根の事を心の底から好いた顔が浮かび悲しくもあった。




