昼休みの過ごし方
転入二日目の昼休み。
新しく出来た友達と、購買部で買ったパンを片手に、教室で学校の話や近くの遊び場の話と言った他愛もない会話に花を咲かせる。二日目の昼休みならばそんな風に時を過ごすのだろうと、転入前の俺は考えていた。挨拶の練習の合間に鏡の前で想像していた。平穏な……俺からしたら薔薇色の学校生活を夢見ていた。
一人の昼休みの虚しさを知っているからこそ俺は夢見ていたのかも知れないな。
味気ないどころか、寂しさで一切味がしないパンと、喉の乾きを潤すだけの飲み物。
口の中に残る糖分のべとつき。
辛さと切なさで締め付けられる胸。
それが嫌だったからこそ、俺は初日の挨拶を頑張ろうとしていたんだ。
キーンコーンカーンコーンと授業の終わりと、昼休みの始まりを告げるチャイムが遠くから聞こえてきた。
「終わったな」
熱いだけで、味気ないポテトを口に運び俺はぼそりと呟いた。
指先が油で汚れたので、ハンカチで拭おうとポケットに伸ばしかけた手を止める。
そうだった。今はないんだった。
俺は仕方なく指先を舐め汚れを落とす。
隣に座る月城は俺の呟きには触れず、お茶を口に含むと、キャップを硬く締め、窓から外を覗く。
俺もつられ視線を送る。
転入二日目の昼休み、俺は教室で新しく出来た友達と語らいながら昼食を取ることは出来そうになかった。
だからと言って一人寂しく食事を取るわけでもない。
そもそも俺は教室にーー学校にいないのだから。
俺は今、保川高校の道路を挟んで斜め向かいにある、コンビニのテーブルに座って昼食をとっていた。
窓の外には保川高校の校門が見える。
俺と月城の二人は今から十分ほど前にこのコンビニにやって来て早めの昼食を取りながら校門をじっと見つめていた。
俺達は探偵倶楽部として西根を張り込むためにここに来ていた。
張り込んでいると言っても、今日が都合がよく創立記念日で学校が休みと言うわけでも、テスト期間中なので昼前に学校が終わったと言うわけでもない。
普通に六校時まで授業があるなか、三時間目が終わると同時にこそこそと学校を抜け出し、電車で十五分ほど揺られ保川高校の最寄り駅で降り、ここまで来ていた。
部活動の一環として来てはいるが、学校公認の活動でも何でもないので、公欠にもならない。つまりは授業をサボって来ているのだ。
昨日、月城と二人で昼休み前から西根を張り込むように言われ俺は反発した。
根が真面目と言うこともあり、俺はサボることを拒否したが、日向の熱心な説得ーープラス突き付けられたスタンガンの脅しにーーにより、快く引き受けることにした。
サボりが姉にバレる恐れと、授業に遅れるんじゃないかと言う恐れもあったが、日向が一二時間授業をサボっただけで授業に遅れるなんてやっぱり馬鹿なんですね。と、言わんばかりの見下した目を向けてきたので、馬鹿じゃない事の証明をするためにも参加を決めた。
昨日の事を思いだし少しイラットしながらも校門を見つめていると、お昼を買うためにか、外で食べようとしているのか、はたまたサボって帰るためにか、ポツポツと校門に生徒が現れた。
こっちに向かってくる生徒も多かったので、俺は顔がばれないように帽子を深くかぶり直す。月城は眼鏡を押し上げ、じっと生徒の顔を見つめる。
「それにしても……」
歩いてくる保川高校の生徒を見つめながら俺は呟く。
「がら悪いな」
コンビニに入る前に保川高校の校舎を近づき見たが、漫画の世界の不良高校とは違い、古びているものの、スプレーでペイントされていたり、窓が割れていると言う事もなく綺麗ではあった。
その光景からここは本当に不良高校なのかと思ったくらいだが、実際に生徒をみると不良高校以外の何物にも見えなかった。
保川高校も学ランの学校のようだが、下は履いていても、上は各々の好きな服を着ていた。
柄シャツやTシャツ。白のシャツではあるが派手なネクタイをつけていたり、胸元をこれでもかと言うほど開けているものも居る。
そして最も不良とアピールしているのは髪型だった。
黒髪の生徒は少なく、皆茶色や金に染めている。黒髪の者もホストですかと聞きたくなるような長髪やドレットヘアーにしている。
服装頭髪規定を守っているらしき生徒は今のところいないな。
がらの悪さに苦笑いしていると、生徒が次々にコンビニの中に入ってくる。
「いらっしゃいませ」
レジのおばあちゃんが業務的な感情の入っていない声で出迎える。
「何食う?」「肉っしょ」「カップラのスープくれよ」「アチいからビール飲むか?」「いやいや、まだ早えだろ」「寝みいし、飯食ったら帰らねえ?」「なあ、誰かゴム持ってねえ?」「穴空きだったらあるぞ」「使えねえよ」「ギャハハハ」「ってか、俺の鼻曲がってねえ?」「腹へった」「カラオケいかねえ?」
「……」
品位のない会話が次々に耳に飛び込んでくる。
月城も目に若干の苛立ちが現れる。
保川高校の生徒は不良で間違いなさそうだった。
「馬鹿ばかりだね」
ぼそりと呟きながらも、月城はやって来る生徒の顔を見つめ続けた。俺も同意見だなと思いながら、西根はいないか見続ける。
すると黒髪を逆立たせた一際がたいの大きな、高校生には見えないような老けた男を先頭に四、五人くらいの更にがらの悪い集団が校門から出てくる。
すると月城がばっと視線をそらし俯いた。
「どうした?」
店の中は煩いとは言え、俺は回りに届かぬよう声を潜める。
「あれとは目を会わせるな」
声に真剣みを感じる。月城が本心からそう言っていることが分かったので、俺も視線を落とす。
「東くんちっす」「お疲れっす」「ちぃっす」「昨日はお疲れ様っす」「ちぃーっす」
がらの悪い男が店に入ると、ばか騒ぎしていたやつらが挨拶をしだした。
「おう。鼻は大丈夫か?」
手をあげ挨拶に答えると、鼻が曲がってないか気にしていた男に声をかける。
「ちょっと曲がったっすね」
「ははは」
笑いながら男の鼻をつまむと、逆に曲げる。
「痛ッ」
「どうだ戻ったか?」
「……戻ったっす」
男は戻ったと答えたが、無理矢理曲げたため鼻からはつーっと血が流れ出していた。
すると東と呼ばれた男の取り巻きの一人の、髪が長く、色白の男がポケットティッシュを差し出す。
「使ってください」
「あっ、久喜くんありがとうっす」
受け取り、鼻に差し込む。
「今月の納期がこれ以上遅れたら今度は上を向くと思ってくださいね」
丁寧な口調で笑みを浮かべ、久喜と呼ばれた男は言った。その目が酷く冷めきっていることに俺は気づいた。
「にっ、にっしーがすぐ用意しますっ」
鼻曲がりの男は声を震わせ答えた。
静まり返る店内の様子におばちゃんがはらはらした様子を見せると、久喜はおばちゃんに笑みを送った。
「騒がしくしてすいませんでした。ポテト一つお願いします」
「あっ、はい。ポテトですね」
久喜達は弁当やカップラーメンを買うと、並び外に向かった。
買い物している間、ばか騒ぎしていた生徒達は通夜の席のように静かにその場に立ち尽くしていた。
おばちゃんが少し緊張した感じでレジを行っていると、隣で月城がピクリと動いた。
「来た」
ピッピッと言う電子音しか音のない室内でも聞き取るのに苦労するほど小さな声で呟いた。
俺も振り返り外を覗くと、そこには校門から出てくる焦げ茶色の長めの髪をワックスで立てた一人の生徒の姿があった。
背は高めで白のだぼっとしたTシャツ姿だ。眼鏡はかけていないが、それは西根のようだった。
眼鏡をかけているかいないかで印象は大分違い、月城が来たと言わなければ、俺はまず気付かなかっただろうな。
西根は似かよった服装の男と二人並ん来ると、道路まで来てコンビニには向かわずに、駅方面に向かい歩き出した。
「駅か……」
月城は呟き席を立ったので、俺も続いて立ち上がる。
そんな俺達の横を東達が通り過ぎていく。
買い物はもう終わったようだ。
後に続いて外に向かおうとする俺を月城が手を伸ばし制す。
行くなと言うことだろう。
従い止まると、自動ドアが開き、東を先頭に次々にがらの悪い男達は外に出ていく。
東達が出ていくと、店内のはりつめた空気が抜けていくのが分かった。
久喜を最後尾に外に出て自動ドアが閉まろうとしたとき、久喜が突如振り返り、店内に戻って来る。
俺と月城に冷めた笑みを送り、口を開いた。
「……君達……見ない顔だね。一年かな?」




