風が吹いた
嘘だろ。
ほぼ女子高の時風高校とはいえ、共学の学校であり、グランドも正規サイズだ。もちろん、サッカーコートも他の学校と大きさに違いはない。
それだと言うのに、ハーフラインからロングシュートを放ち、女子の脚力で届かせるどころか、威力もあるシュートを放つなんて。
やっぱり女子サッカー部があり、あいつは女子サッカー部員なのか?
「気を抜かないでと言ったじゃないですか。相手は運動バカの茜なんですよ。油断していると足元すくわれますよ」
突然のシュートに驚き転んだ日向は、擦りむいた膝にふーふー息を吹き掛けながら言ってくる。お前こそ足元すくわれてるじゃねえか。
「早く蹴ってよー」
走り回りたくてうずうずしている木ノ実が手をブンブン振って言ってきたので、俺はゴールキックを大きく蹴りだした。
ボールは木ノ実の立つセンターラインを越え飛んでいく。落下して来るボールに女子が驚いたようにキャーキャー言って逃げていくなか、木ノ実は短距離走の選手のように走って追いかけ、キープした。
するとフェイントをかけながらボールに群がる女子達を抜いていくと、ペナルティエリアの外からシュート体勢を取った。
「流れ弾注意です」
日向はそう言うと、しゃがみこみ頭を守る。
「ドライブシュートだー」
と、どこぞのサッカー部の10番風に叫ぶと木ノ実はシュートを放った。
ボールは俺の正面に女子が蹴ったとは思えない猛烈な勢いで飛んでくるが、そのボールはドライブシュートのように真下に落ちるようなことはなかった。
ボールは不規則な動きでぶれていた。
無回転シュート……通称ブレ玉だ。
「……っマジかよ!」
キャッチできないと判断した俺は、もとバレー部らしく、片手でゴールの外に弾き出した。
「せめちんやるねー。あたしの必殺ドライブシュートを止めたのは、君で二人目だよ」
好敵手を見つけた主人公のような台詞を言ってくる。そして俺の愛称はせめちんで決定のようだった。
「せめじゃなくてこうな!」
声をはり、俺は呼び方の訂正をすると、痺れた手を振りながら、もう一点の間違いをただした。
「あと、今のドライブじゃなくてブレ玉だったぞ」
「……ブレ玉?」
小首をかしげると、なにそれ美味しいのと言った感じに疑問で溢れた顔を向けてくる。
シュート力やブレ玉を放ったことから木ノ実はサッカー部なのかとも思ったが、どうやら違うらしい。いくら馬鹿でもサッカー部でブレ玉を知らないなんて事はないだろう。
「ドライブ回転じゃなく、無回転だってことだよ」
「ドライブ回転?」
それすら知らないのか、腕組みし聞いてくる。
「ドライブ回転知らないって、お前はドライブシュートをなんだと思って撃ってたんだよ!」
「立ち塞がる敵を凪ぎ払う必殺のシュートじゃないの?」
「ドライブシュート、カッコいいな!」
真面目な顔で答えられたよ。
因みに言っておくが、ドライブシュートは強い縦回転がかかった鋭く落ちるシュートの事だ。断じて立ち塞がる敵を凪ぎ払うシュートではない。
そこから俺はドライブシュートと言う名のブレ玉を何本か防いだ。
正直サッカー部のキーパーでもここまで止めるのは無理なんじゃないかと言うスーパーセーブ連発にギャラリーは盛り上がった。
「ふっ、ここまでやるとは。さすがはあたしの生涯のライバルだ」
どこぞの主人公のような台詞を木ノ実は言ってきた。ギャラリー以上に盛り上がっているな。頭の中が。
「けれどこの勝負は負けるわけにはいかない。封印したあの技を使わせてもらうね」
と、言うとなぜか空を指差す。
「まっ、まさかあの技を。水澤君危険です。早く逃げるです」
日向も盛り上がっているのか、俺の袖を掴み逃げるように言ってくる。
「いや、サッカーで逃げるって何でだよ」
乗りに疲れた俺が冷静に突っ込むと、ペナルティエリアの少し外で木ノ実はボールを受け取った。
「さあ、覚悟しな。あんたの悪行もここまでだよ」
「サッカーだよね。サッカーしていてそんな台詞って出るの!」
「必殺」
ボールを斜め上に高く蹴り上げた。サッカー部ではないがボールコントロールは正確で、キーパーが飛び出しキャッチできるギリギリ外に上がる。俺が出れずにいると、木ノ実はバックステップで下がり、助走をつけボールに駆けた。「えっと、あっ、えー、シュート!」
「名前考えてないのかよ!」
俺が突っ込みを入れるのと同時に木ノ実は飛び上がると、空中で体を反転させ、体を逆さまにさせシュートを放った。
「オーバーヘッドかよ!」
女子がやるようなシュートではない。そもそもサッカー選手でも出来る人は少ないんじゃないのか。どこぞのキャプテンかよ。
放たれたシュートは速く、角度もあり俺の視界から一度消えるとゴールネットを揺らした。
「体育の授業のレベルじゃないだろ……」
ゴールの中で転がるボールを眺めていると、ワッと歓声が上がった。
木ノ実は女子に囲まれ凄い凄いと囃し立てられている。空気に酔っているのか、今日は祝勝会だと叫ぶものもいた。
「水澤君は頑張りました。今日負けたのは実力の差ではないです。ただ、少しだけ茜の方が一生懸命だった。そんな茜に風が吹いただけです」
吹く風にツインテールの髪を揺らしながら日向は言ってきた。
「次は負けないですよ。負けた悔しさを知った私たちに……きっと風は吹いてくれるです」
遠くを見つめながら日向は続けた。
「空気に酔いすぎだろ」




