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わたしとあなたと先生と先生

作者: けら をばな

 恋人が往来で堂々胸ぐらを掴まれていた……なんて経験がある人は、どうかわたしにアドバイスを下さい。できることなら今すぐに。

「せ……先生?」

 この、堂々と恋人と公言できない立場にある彼は、わたしを見て、

「……これ、どういうことだ?」

 と聞いてきた。いや、それこっちが聞きたいから! 胸ぐらを掴んでいる人は、金髪で、背は同じくらいの、隣の学校の制服を着た女の人だった。何? 何があったの?

「おいお前、さっさとどっか行きやがって、どういうことだオイ!」

 女の人はわたしにはまったく気づいていないようで、先生に興奮気味にそう叫んだ。

 おいおいアンタも聞くのか! すんでの所でツッコミを抑える。まったくもって状況が飲み込めない。

「どーすんだよ、これどーすんだよ! 今日の四時までに帰らなきゃならねえって言ったのてめえだろうが! もう三時だぞ! 元に戻らなかったらどう責任取ってくれるってんだ!」

「責任の取り方……か。ぼくもどうしていいやら分からないな」

 先生はいつも通り至って冷静だった。ビビるわ。っていうか……責任って何? 責任って。っていうかこの状況ってやっぱり!

「先生! まさか……まさかまさか浮気じゃないでしょうね! ちょっと先生、ちゃんと話して貰いましょうか。ええ、わたしは至って冷静です。冷静ですよこれ以上無いほどに!」

「いや、落ち着け」

「あン? お前誰だ?」

 金髪はようやくわたしの存在に気づいた。うわ、目つき恐い。でも、負けてもいられない。負けるもんですか。ええ、負けたらアカンのですよこの状況!

「誰だとはこっちの台詞です。なんの権限があって先生に乱暴しているのですか。ちゃんと説明して下さい」

「あ~ン? てめえにゃ関係ねえだろ。これは、わたしと先生の問題だ」


 この口ぶり……やっぱり、そういうことなのだろうか? 泣きたくなったけど、怒り狂ってやりたいところだけど、我慢する。

「いいえ、無関係ではありません。だって……わたしと先生は、ちゃんとした恋人同士なのですから」

 言ってやった。

「…………はぁ!?」女の人は先生の首を絞める力を強める。「てめーこらてめー! これはいったいどういう」

「おーい、コノミー」

 突然、わたしを呼ぶ声がして、ひどく驚いた。そりゃあ、名前を呼ばれただけじゃ驚かないが、その声があまりにも聞き慣れたものだったので驚いた。そして、そちらを見て更に更に驚いた。

「「先生!?」」

 声が揃った。金髪の柄の悪いこの女の人も驚いていた。先生が、この場にふたり居た。手を振ってわたしたちに近づいてくる先生。わたしは胸ぐらを掴まれた方の先生を見る。

「ああ、やっぱり」

 ひとり納得して頷いた。ちょっと先生、ひとりで分からないでよ。

「コノミ、それ、ぼくじゃない。こっちの世界のぼくだよ」女の人に説明してから、わたしと先生を交互に見た。「すまないね。迷惑を掛けちゃって」

 女の人も、コノミって言うんだ。同じ名前なんだ。なんか、変な噂が広まったら厭だなぁ……。

 先生は……未だ胸ぐらを掴まれた先生は、

「いえいえ、面白い体験をさせてもらった。……そうか、成功したんだ。別世界のぼくは、ぼくよりも優秀らしいね」

「いやいや、そうじゃない。ぼくの世界が、巡り合わせたよかっただけさ。ぼくならば、これが謙遜でも何でもないと分かってくれるだろう?」

「そうだね。君の言葉を信じよう」

 女の人は、どうやら何かに気づいたらしく、先生を締める手を離して、恥ずかしそうに頬を染めた。後から来た方の先生は、にっこり笑って女の人の頭を撫でた。

「すまないな、出現する座標軸がずれたらしい。心配を掛けた」

「……まあ、うん、謝ってくれたら、いいけど」

 急にしおらしくなりやがって。

「それじゃあ、ぼくらは帰らせて貰うよ。長居するとこっちの世界に認識されてしまう」

「ああ、そっちはそっちで大変だろうが、頑張ってくれ」

 先生は、既に先生と心打ち解けているようだ。もー、よう分からん。

 先生は、柄の悪い女の子と手を繋ぐと、ひゅっと、一瞬にして消え去ってしまった。

「えー…………?」

 できることなら、今すぐ考えることをやめたかった。


***


「多世界解釈、というのを知っているか? よく、コペンハーゲン解釈と対にされる主張だ。名前ばかり知られた〝シュレディンガーの猫〟も、実際多世界解釈ならば特に矛盾なく説明できる。ちなみにこのシュレディンガー自身も、コペンハーゲン解釈には懐疑的だったのだが」

 帰り道、先生の講義が始まった。この人は、あろうことか教師という立場にありながら高校生の学力がどれ程のものか理解していない。

「ま、SFではよくありがちなことで、あらゆる世界が並行して枝分かれしている、と思ってくれれば良い」

「えーっと、要はアレ? あの先生は別世界の先生だってこと?」

「ああ、そういうこと。ぼくは別世界にシフトする技術を個人的に開発してたんだけどね、失敗しちゃったんだよ。しかしどうやら、あの世界のぼくはそれに成功したらしい。……うん、確かに、別世界には絶対に干渉し得ないが、〝別の世界に干渉し得た〟という事実をもっと外側から見ることができたなら、やっぱりそれは……」

「はい、ストップ。もういいよ、要点は分かったから」

 つい数分の出来事だったのだが、随分と疲れてしまった。

 まあ……疲れたのにもワケがある。

「別世界の先生は……別の人と付き合っていたってワケだ」

 その事実が、何とも受け容れがたかった。別世界のコトだし、この世界の先生とは無関係のことだし、どうでも良いって言っちゃ、どうでも良いんだけど、でも、そう思ってしまうのは、何て言うか、乙女心だ。

「……ん、コノミ、気づかなかったのか?」

「え?」

「あれ、別世界の君だ。ぼくはてっきり名前で気づくと思っていたのだが」

「…………」

 同じ名前。いやいやいや、気づくはず無いでしょ、ほら、全然違ったじゃない? 金髪だよ? 日焼けしてたよ? メイク濃かったよ? 全力でギャルしてたよ?

「ふーん、ぼくはすぐに気づいたけどな。確かに格好はいろいろ違ったけど。急にグレたかと思ったよ。そしたら君が来て、君がふたり居るものだから、いったいどういうことかと思ったよ」

 こともなげに……。できることなら地面にへたり込んでやりたい気分だった。

「ま、そういうことだ。どうやらぼくは、別の世界でも君に夢中になっているらしい」

 先生は柔らかく笑って、わたしの頭を撫でた。

「外ではやめてっての。捕まっても知らないから」

 精一杯抵抗したが、幸福な気分が表情に染み出してしまっていることだろう。わたしと先生は、人通りの少ない道を選んで寄り添って歩いた。

 別世界のわたしたちは、どの道を選んで歩いているのだろうか。

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