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密売事件

作者: ZIP

壊れたエアコンの下で暑苦しい男性教員陣が扇風機を囲む。

「なんとかうまくいきそうですねQD先生。これで県下で最も偏差値の高い

日の出海洋大学との提携が決まれば学園の存続は

約束されたようなもの。仕事が終わったら一杯行きます?」

ガタイのいい体育教師は、自前で持ってきた扇風機の首が

自分のほうへ回ってこないことに不満を覚えながらも上機嫌で話す。

「果たしてそううまくいくもんかねえ古井先生」

体育教師古井とは対照に扇風機の首が折り返す場所、

最も風が長く当たる位置に理科教師、QDはいた。

「例のグループのことですか?」

「ああ、QD先生探しましたよ。もう記者が見えてます」

「もうか、そっちは担当の教員と理事長先生にお任せしてくれ。

こっちは例のグループの件で会議を開かねばならない」

「おや、とうとう潰しにかかるんですか?」

「うむ、海洋大と提携をするからにはこの学園を名実共に健全化しなければ」

聖有度学園大学付属聖有度学園中高等学校。

この学校は今、エアコンの修理すら出来ないほど経営が悪化していた。

悪化しているのは経営状態だけではない。偏差値はわずか数年でマイナス5。

今年の中学入試志願者数も募集人数に対して大きく割り込んだ。

そして、この学園には他の学校があまり抱えないであろう問題を

もうひとつ抱えていた。それは生徒グループである。生徒グループ、

教室にいるような生徒同士が集まった集合体のことではない、

この学園で生徒グループとは生徒による販売組織を指している。

当初は生徒による自主的な組織という形態上、その売り上げは高校生の

お小遣い程度の微々たる物であった。厄介ごとに巻き込まれたくない隠蔽大好きな

学園側はこれを黙認し、その存在を外部に語ることはタブーとされた。

だがそれは、とあるひとつのグループが現れるまでの話であった。



「ではこれより、7月10日臨時教員会議を始めます。

皆さんも知ってのとおり、今回の議題は例のグループ、

密造酒密売組織『醸し会』の対応策についてです」

連日開かれる臨時職員会議、議長を務める星谷教頭自身も

毎日発する臨時という接頭辞にただならぬ違和感を覚え始めていた。

もっとも、昨日までの臨時会議の議題は提携交渉についてであり、

醸し会の会議としては初であり臨時であった。

「ついにか……」

「イツカハ、ヤラナケレバ、イケマセンデシタ」

「星谷教頭、まずは醸し会の現状を改めて、ここで説明してもらえますか」

「私も賛成です。ここにいる全員が完全に把握しているとは思えませんのでね」

「それもそうですね。では私のほうから説明しましょう。えーっと、どこから話したものかな。

まあまず、会の規模を知ってもらおうということで醸し会の売り上げについてですが。

協力者の情報によると先月の総売り上げは20万円に達したようです。純利益は不明とのことです」

「「なん……だと」」

「くっそ! 販売してるのが密造酒じゃなかったらこっちで

取り込むことも出来たのによお!」

その場にいる教師全員が長テーブルをたたき、顔をしかめる。

「エアコンの修理くらいお茶の子さいさいですね、あはは……」

「あんた、お茶を飲みながらお茶の子さいさいって、親父ギャグかい」

「おいおい、俺たちの手取りより多いんじゃないか? それ」

「みなさん、ここでリアルな金銭話はやめましょう。勤務時間に比例しない

財布の中身と通帳の数字に悲しくなるだけですよ。それと、書類上の勤務時間になったら

いつもどおりタイムカードを通しておいてください」

「畜生! なんでや、なんで教頭と俺たち平の教員じゃあこんなに手取りが違うんや!」

「落ち着けって、怪しい関西弁が出てるぞ」

「さ、さて次に醸し会の実態を話しましょう。彼らは自らを軍隊に見立てて大佐中佐少佐などなどの

階級でメンバーを呼んでいるようです」

「高校生の密売組織の分際で何が軍隊だよ……」

「そろそろ勤務開始時刻なので、私からの説明は以上ですが何か質問は?」

「星谷さんよお、その度々情報元になってる協力者っていったいどこのドイツなんで?」

「それはその……情報の提示条件として素性を一切明かさないという口頭契約をしているので、

お答えすることは出来ません。それに、私自身も直接顔を見たことがありませんし」

「まあなんにせよ、情報がもらえんなら、使えるもんは使うに越したことはないな。タダやし」



~昼休み教員会議~

「というわけで、対策グループのメンバーは下倉先生、古井先生、QD先生に

決定しました。今後はこの3名に全部任せます。異議はありま」

「「異議なし!」」

「早い……ではさっそく、彼らが根城にしているゲーム部を廃部に追い込ませましょう!」

「まてまて、そんな露骨にやったらやつらに証拠を……

ん? おいこらそこでなにしてんだ春日部! 会議中だぞ!」

「緊急の用件っす」

「こっちもいま緊急事態なんだ、後にしてく……」

「醸し会のことっす」

席を立ち上がる教員は動揺を隠せない。

「聞こえていたのか早く隠蔽しないと……それで、醸し会のどんな用件だ」

「実は、自分は醸し会のメンバーだったっす」

「よーし、こいつを拘束してすぐに尋問

「「異議なし!」」

「黙れ、脳筋」

「し、下倉先生?」

「おい、まさかこれが」

「うわさに聞くブラック下倉……」

「春日部」

にこやかな表情、穏やかな口調を一切変えずに春日部の名前を呼ぶ。

「う、うっす」

「まずさあ、ちょっと奥の部屋まで来てもらおうか」

「「……」」

沈黙する会議室にドアの開閉、施錠の音が響く


それから数時間後、顔面を蒼白にさせ、無表情のまま

動けなくなった春日部が扉の奥で座っていた。

「し、下倉先生。彼はどうしたんですか」

「知る必要の無いことです、それよりいろいろ情報を聞きだせました。

さて、会議を進めましょう」



~夜、尾木宅~

「とーさん」

「ん? 手に持ってんのはなんだ」

「密造酒」

「密造酒? ったくどっからそんなもんもってきたんだ、飲むなよ? 

あと、うちでどぶろく造ってることは誰にも言うなよ、いいな?」

「違うんだ」

「何がだ、うちで作ってる酒はまぎれもなく無免許の密造酒だ、何が違うんだ」

「怖い先輩に買わされたんだ、無理やり」

「先輩? 先輩って学校のか? 誰だその同志……クズは」

「春日部先輩、ゲーム部の」

「よーしわかった、そいつは退学にしてやろう。ゲーム部だったな、そんな存在意義のない

非アカデミックな活動を許可しているろくでもない学校ならやはり、

この提携は無かったことにさせてもらうしかないな。お前も秋には転校させる。

いくら特待合格でもあんなところに入れるべきではなかった。すぐに協力者とコンタクトを取らねば」

「え、そっち? 密造酒を造ってるからじゃなくて?」



~7月11日朝、教員会議~

「なるほど……」

春日部の密告により、醸し会撲滅の機運は加速した。

彼らにって、不透明に等しかった売り上げ帳簿、販売先リスト、取引銀行の口座、

メンバーリスト。それらすべてが一夜にして手に入ったのである。

「とある協力者の裏づけによると、春日部の情報は完全に正しかったようだ。

で、ここへきてさらに非常に不味い問題が発覚した」

「これ以上の、ヤバイ問題が起きたというのか!?」

「オー、ウップス!」

震える教員。

「ノルマンド先生、着任早々災難でしたね」

「マッタクデス。ソレデ、モンダイナニ?」

「海洋大の尾木教授は皆さんご存知かと思います」

「ああ、あの海洋学部長の。確かご子息が本校に在籍していますね、

その尾木教授がどうかなされたんです?」

「そのご子息、押収した販売先リストに名前が載っていました」

「「……」」

「終わったな、すべて、何もかも」

「そして、先ほど海洋大から連絡がありました。もしそのような生徒グループが

存在するならこの提携話は無かったことにしてほしいと」

「どうするんだ……」

「隠蔽だ! こうなったら醸し会の件は徹底的に隠蔽して圧倒的に春日部が

単独で行ったということにするんだ!」

「わかりました、すぐにその方向で協力者とコンタクトをとってみます」



~海洋大学、教授会~

「協力者の情報によると、今回の販売を行ったのは春日部という生徒だけでなく、

醸し会と称する密造酒の販売組織が集団で行っていて、どうもあの学園はそれを

把握しながら野放しにしていたらしい」

「学部長、その協力者とは誰です?」

「残念ながら今はまだ名前をいえない、今はな」

「ほう」

「彼には報酬として我が校の推薦枠を与える契約をした」

「……そういうことですか」

「そういうことだ、その話は事が済んでからにしよう。今は提携の解消が先だ。

こんなことが公になってみろ、我が校だって無事じゃすまないぞ。

しかし時期が悪い。まさか記者発表の翌日にこんなことが起きるとは……

とにかく、醸し会の事実確認を協力者に頼んでおいた。報告を待とう」



~夕方、教員会議~

「協力者からの情報が来ました、海洋大側は今回の件で

学園から生徒にどのような処分が下されるかで対応を考えると、

今日の教授会で決定したようです」

「なら話は早い、このメンバーリストに乗ってる

全生徒を退学処分にしてしまえばいい」

「でも、それだと不自然に思われないか? 海洋大が把握しているのは

今回の春日部の一件だけのはず、私は春日部に全責任を押し付けて

醸し会の存在を抹消する案に1票を入れさせてもらう」

「わたしもだ」

「どうです、QD先生?」

「うん、まずは春日部を非行事実で児童相談所に通報、

その後退学処分。これでいこう」



~ゲーム部部室~

「益戸大佐、戻りました!」

「で、春日部は見つかったのか?」

「見つかりません。あいつ、逃げ出したんじゃないでしょうか」

「厄介なことになったな……」

会長と呼ばれる男は歯軋りをする。

「他のやつらはどうした? そうだ、梅津は今日も来てないのか?」

「学校には来てるみたいです」

「あいつの情報網を利用したかったんだけどなあ。メアド知らないか?」

「すんません、知らないです。それにいまどきメールは使わないです」

「そうか、あいつも無事じゃすまないかも知れねえ」

「何も無いといいんですけどね」

「大佐、他のやつらにも警戒するよう言っておいてくれ」

「了解しました」



~7月12日朝、海洋大学、教授会~

「何ですと!? それは確かな情報なんでしょうね」

「協力者からの情報なのでまず間違いはありません」

「一人の生徒に罪を押し付けて退学させるとは、なんと汚い学園だ」

「それと、彼らはまだこちらが醸し会の情報を得ていないと思い込んでいるようです」



~教員会議室~

「そこにサインを」

保護者を連れて春日部が両親とともに自分の名前を記す。

「うっす……」

「次に学生証をこちらへ」

「う、うっす」

「これで退学手続きは終了しました。ではどうぞご帰宅ください。

再度申し上げますが、納入分の本年度学費は返金されません」

「うちの汚物がご迷惑をおかけいたしました……」

「……こんなはずじゃ」

「ふざけるな!」

春日部に鉄拳が飛び、部屋から退出する。

「ふう、これで一件落着……とは行きそうにないですねえ」

「まさかこちらの動きが読まれているとは……」

「こうなったら全員退学させるしかありませんよ!」

「退学理由はどうするんだ」

「成績不振とでも言っておけ、このメンバーの成績なら

怪しまれずに済むだろう。あれQD先生、ケータイ鳴ってますよ」

「ああ失礼。すぐに済みます」

QDが会議室の扉を開け、ケータイの通話ボタンを押す。

「さて、どうしたもんですかねえ。これじゃ提携なんかとてもできやしな

……はやかったですねQD先生。もういいんですか? 電話」

「とんでもないことになったぞ……」

普段は温厚なQD先生は表情を一変させ、そのギャップに

その場の全員が唾を飲む。

「いまのは国税局からの電話だ。まもなくこの事件に関与した

生徒全員を逮捕する、と。既に銀行口座も抑えてあるらしい」

「ど、どこから情報が漏れたんだ!」

「匿名で昨夜通報が合ったらしい。国税局にだけじゃない、

警察にもだ。もう逮捕状が発行されている。すべておしまいだ……」

「くそがああああああああああああ」

「あの餓鬼どもっ! 退学だけじゃすまさねえ、残りの人生を破滅させてやる!」

「Fuck up! mother fucker!」

「ノルマンド先生、気持ちは分かりますがそんな汚い言葉は……」

「まあ落ち着け」

「これが、これが落ち着いてられるか!」

「おい、このサイレン……」

「もう来たのか!」

「どうすんだよ」

「とにかく、今日の授業は一時限目から中止だ! 

全メンバーをここへ呼び出せ!」



~海洋大学、教授会~

「学部長! アダルトビデオを消してすぐにチャンネルを変えてください!」

「ば、馬鹿! 大声で叫ぶんじゃない! どのチャンネルだ?」

学部長はしぶしぶリモコンに指を伸ばしてお気に入りのビデオを一時停止してチャンネルを変える準備をする。

「地元局のニュースです」

「ああこれか……なに!?」

地元テレビ局のニュース速報、画面には

『聖有度学園高校の生徒を酒税法違反、恐喝の疑いで逮捕』の文字が流れていた。

「協力者からこの情報は?」

「まだ入っていません、予想外です」

「まあいい、さあすぐに記者会見の用意だ。早急に提携解消を発表しなくては」



聖有度学園大学付属聖有度学園中高等学校と

日の出海洋大学との提携は幻に終わった。

醸し会メンバーは、会の情報と罪を自供した春日部を

含めて全員逮捕、起訴された。

判決は執行猶予無しの懲役7年、初犯として重い判決に

世間からは賛否両論が出たが、何より未成年による

密造酒密売事件として、一連の出来事は大きく注目を集めた。

メンバーの逮捕後、学園は次年度以降の生徒募集を停止、

学校法人聖有度学園は付属中学と高校の廃校を決定した。

一方、日の出海洋大学は一連の事件でむしろ全国的な知名度を上げ、

毅然とした態度で挑んだ記者会見がそれなりに評価をされた。

それから時は流れて7年後、出所したメンバー。

元醸し会会長、羽宜のもとに協力者が姿を現した。



「お、お前が、お前がスパイだったのか!!」

「うそ……だろ。だってこいつは」

にやりと笑みを浮かべる協力者。

「梅津、どうしてだ! お前だって

醸し会の一員じゃなかったのか!」

「何のことだよ、前科者」

「て、テメェ!」

「おい落ち着けって、またムショに戻されちまうぞ」

「あ、ああそうだな。そいつはごめんだ」

「梅津君、用事は済んだかね」

「ええ、見ての通りです」

梅津は片手を広げて元メンバーを指す。

「そうか、今日が出所だったのか。早いものだな、7年とは」

「そうですねえ。おっと、そろそろ行かなくては遅れてしまいます」

「就職初日から遅刻はよくない、私が車で送っていこう」

「では職場、学園の前までお願いできますか」

「学園とはどっちの学園だったかな」

「ははっ、廃校になった私の母校ではないですよ。

下倉学園、あそこにいた下倉先生が設立したあの進学校です」

「そうか、下倉というのはやはり……うわさは聞いているよ」

「下倉先生の世間渡り術は凄まじいですからねえ。例の酒も、

あれから下倉先生が独自に事業免許を取得して今では

下倉学園の農業科で特別授業として実践しているそうですよ」

「おお、それはまた。一度飲んでみたいものだな」

「どうです? 今度一杯」

「いいねえ、君の教員免許取得と就職祝いに一杯やろうか」

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