視察団 1
目を覚ますと見慣れた天井が視界に飛び込んできた。
「...あれ」
確かカトレアにお盆ぶつけられて気を失ったのは昼食の直前。しかし今窓の外に見える太陽は東寄りだ。しばらく首をひねりながら逡巡していると部屋のドアが控えめに叩かれた。
「テオ?起きてる?」
僅かに開いたドアの隙間から顔を覗かせたのはセシーリアだった。
「うん、今起きた。なあセシル、今何時?」
「あ、えっと朝の10時」
「????」
テオドールの頭上にはてなマークが踊っているのを感じとったセシーリアはふふっ、と笑った。
「テオ、あれから丸一日寝てたのよ。ひょっとして最近寝てないの?」
少し笑いを含んだ高いソプラノの声に軽くムッとする。しかし寝ていないのは事実でその証拠に丸一日寝ていたのだ。テオドールは反論ができぬままムゥ、と唸った。
「そういえばなんか用か?」
あまり他人の部屋には来ないセシーリアが来たのだから何かしら頼まれたのだろう。
「あ、そうだ。そろそろ視察団のひとが来るから呼んで来いってカトレアさんが」
そういえば昨日ミロードがそんなことを言っていた気がする。
「分かった。着替えてから行くよ」
「うん」
パタン、と小さな音を立てて閉じたドアをしばらく見つめるが軽く頭を振って背を向けた。
服を着替えて孤児院の入り口に来たのと視察団が丘の上に見えたのは同時。
「あら、昨日はよく眠れた?」
「カトレアさん...」
部屋から出てきたテオドールに後ろから声をかけたのはカトレアだった。
「ひどいよ、いきなり気絶させるなんて」
「あら、あれぐらいしないと寝てくれないでしょ?」
ふたたびムゥ、と唸る。その時ザッザッと砂利を踏み締める音をテオドールの耳が捉えた。顔をカトレアから正面に向けると視察団が孤児院の門のアーチをくぐっているところだった。
「カトレア•ジェーンさんですね?」
列の先頭を歩いていた男が口を開く。よく通る低めの声だった。
「はい」
心なしかカトレアの表情が硬い。
「私は国立魔法研究所副所長のザザです。本日はよろしくお願いします」
「伺っております。ご案内します」
そう言ってカトレアはほんの一瞬テオドールを一瞥したがすぐに顔を前に戻し院内にザザとともに消えていった。
何故か、カトレアの顔が脳裏から離れない。
今にも泣きそうな、その顔が。
応接室に入ったカトレアはザザを一人応接室に残しある部屋のドアを叩いた。
「セシーリア、応接室に来てちょうだい」
「うん」
ドアが開き出てきたセシーリアの表情はひどく重たいものだった。