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BLACK Welt ーブラック・ウェルトー  作者: 鈴風
1章 きみとの距離
7/7

Episode6 「スギハラという人物」

 

 ーーそこにいたのは、あの日の少女だった。


 ーーその時の少女は、印象的な夜色の髪とまたも印象的な碧い瞳を煌めかせて俺を見つめていた。


 ーーだが、そこにいたのは、綺麗な髪に不衛生な返り血を夥しく付け周りに死体を転がした残酷な少女だった。


 ーー俺は彼女のことが好きだった。


 ーー唐突にキスをして来た子があんなに可愛いだなんて、そりゃあまりにも卑怯だからな。


 ーーでも、あんな姿を見てしまった以上、俺はもう彼女のことを…………。



 □■□■□



「……………………」


 微睡みんだ記憶の中から、亮也はゆっくりと瞼を持ち上げて意識を覚醒させる。

 目覚めると、真っ先に衛生的な純白の天井が目に映り、亮也はここが保健室であると知った。


 亮也はついさっき、商店街のある窓際に立ち寄って例の"特技"でそこの光景を目の当たりにしてしまった。

 そこには返り血を浴びた、綺麗だったはずの少女の姿があり周りに幾つもの人の死骸を転がしていた。

 その凄惨で残酷的なものを見た亮也は、思わず込み上げて来た吐瀉物(としゃぶつ)を開け放たれていた窓から戻し、そのまま例の光景を頭に残して倒れた。

 そして誰かが運んで来てくれたのか、保健室のベッドで寝ていて今に至る。


 亮也はそう言えばと思い、ポケットから携帯を取り出す。


『PM 4:40』


 一番最初に思ったことは、授業サボっちまった、ということだった。

 だが、戻した挙句にぶっ倒れたんだから別にサボったわけじゃないよな、と無理矢理自分を納得させて亮也はその考えを振り払う。


 そして次に思ったことは、


「…………スギハラ……。戸籍の話もしなきゃならないし、行かないとな……」


 けれども亮也の体は素直に動こうとはしない。

 それも当然だ。

 あんな姿のスギハラを見てしまった以上、スギハラが普通な子では無いということがわかってしまう。

 ただスギハラがあの場に偶然居合わせて、それで返り血を浴びてしまっただけと考えられないことも無い。

 しかしあの時のスギハラの表情は変わらずの無表情で、幾ら何でもあんなところに出くわしたら誰でも顔色は帰るはず。

 その変化の無かったスギハラを、普通の人と考えられるわけにはいかない、と亮也は渋々結論を出した。


 けれど亮也の中で消えない、スギハラに会わなければいけないというどこから来たのかわからない使命感。


 この衝動が、やはり亮也を突き動かした。


「そ、そもそも、俺が好きだって思った女の子なんだ。放って置くわけがないだろう」


 亮也はまた自分に無理矢理そう言い聞かせて、スギハラの待っているであろう丘へと向かった。



 □■□■□



 ベッドの傍らに置いてあった鞄を引っ掴み、亮也は駆け足で丘へと続く道を走っていた。


 スギハラにあってから話すことは二つ。


 まず一つは、戸籍についてだ。

 戸籍を確認には、身分を証明するものを提出して住民票を取得するという手順がある。

 未成年の場合、身分を証明出来るものを2つ以上提出しなければならない。

 そして昨日、亮也はスギハラにしっかりと身分を証明出来るものを2つほど用意して来て、と言っておいた。

 スギハラの天然ボケが炸裂しない限り、抜かりはないはず。

 亮也はそうして今日、戸籍の確認へと役所まで向かう予定だった。


 だが、


「…………あんな姿見ちまったしな……」


 何度も蘇る惨劇の光景。

 スギハラは初見から謎の雰囲気を漂わせてはいたが、こういう方面での謎はやめてほしい、と亮也は心底願っていた。

 だがそれが現実に起こり、スギハラと会ってどう話せばいいのかとかを今もずっと考えている。


 そして2つ目の話題は、もちろん先ほどの光景について。

 スギハラの口から言われれば、それが仮に嘘だとしても信じることが出来るかもしれない、と亮也は思っているからだ。

 スギハラから、あの場にはいなかったと言われさえすれば、亮也はそれだけで安心出来た。

 逆にあの場にいたと言われれば、亮也はスギハラへの見方を変えてしまうだろう。

 けれど、それが彼女の素性でそれが本当の彼女なのだとしたら、それはそれでいいのかもしれないと今の亮也は思っていた。


「……っと、着いた……」


 秘境である丘へ続く亮也のわかる唯一の道、その入り口へと到着した。

 他の森への入り口と比べて、その入り口だけは異様に禍々しいオーラを放っている。

 だが、それが逆にあの丘を秘境と呼ばせるために効果を成しているものとも考えられた。

 そんなことを今更ながらに考えながら、亮也は奥へと駆けていく。


 生い茂る雑草、ささくれ立っている樹皮、成長し切って通る人間の顔にまで当たる距離に垂れ下がっている木の葉。

 それらに気を配りながら、亮也はこの深い森を進んでいた。

 たまに大きめの木の根で足をつまづかせてしまうことがあるため、足元への注意も亮也は欠かさない。


「…………そろそろか……」


 しばらく丘に繋がる森の道を走っていると、やがて亮也に日が差してきた。


 丘が近い証拠だ。


 丘へと吹き抜けているこの先は、当然木も伸びきった雑草も無い。

 そのため、こうして日が差してきている。


 その吹き抜けまで行くと、ようやく到着。


「……はぁ……はぁ……」


 膝に手をつき肩で呼吸をする亮也は、頬に汗を滲ませいかにも疲れましたという雰囲気を放っている。

 けれども実際、亮也はただでさえあの光景を目にし嘔吐して先ほどまで保健室で寝ていたような人間なのだ。

 そんな、もはや病人が、およそ2km近く距離のある丘までほぼ全力疾走。

 疲れないわけがなかった。

 前々から亮也は、スポーツという運動の類が苦手なのだ。

 体力もなければ、ああいうものは目立った"特技"でもなければ生き残ってなんていけない。

 亮也はそう思っているために、部活選びの際にも運動部には見学さえいかなかった。


 むさい男子をわざわざ見に行けるか、と理由付けしていたが事実は運動している人間と自分を比較してしまって卑屈になってしまうのが嫌だったから。


 そんな自称『ネガティブ潮田』である潮田亮也は、疲れを露わにしているも目の前に広がっている何らいつもと変わりない光景に思わず感動していた。


「…………何だよ、今更感動するもんでもないだろ……」


 亮也にこの感動を呼んだ要因は、亮也自身わかっていなかった。

 適当に理由付けするのなら、疾走と言う名の運動後は大体脳も含めた全身が疲れを伴い、いつもはなんとも思わない光景にでも思わず感動してしまう、そんなソース俺な自己理論を展開した亮也。

 だが実際、物事に理由がないわけがなく、こんなことでも案外正解なのかもしれない、と亮也は溜め息を吐いた。


 そんなどうでもいいことを考えていたせいで、亮也は自分がこの丘へ来た理由を一瞬見失う。

 それを思い出したとちょうど同時に、デジャヴを感じた。


「…………後ろの草むらから、物音……?」


 それは昨日のこと、今と全く同じところから物音がしてそこから美少女が現れて、突如として亮也の唇を奪い去っていったのだ。

 その物音が、今の物音と完全に頭の中で一致する。


「……スギハラ、いるのか?」


 亮也は念のために聞いてみる。

 すると、


 ヒュンッ。


 草むらから人影が飛び出した。

 そして亮也の目の前に立ったその人物を、あまりにも急に前に立たれたために上手く見れないでいる亮也は、急いで焦点を合わせる。



 やがて焦点が合い始め人物を確かめる、それと同時に亮也の唇は何かに塞がれた。




 ーーーーおぅ、またデジャヴか。




 亮也はキスをされたのに至極冷静な感想を残し、顔を真っ赤に染める。

 案外、こういうのは2回目の方が恥ずかしくなるものなのか、亮也は汗と恥ずかしさが止まらないでいた。

 亮也はこう考えた。

 1回目、特に亮也の場合は相手がわからない状態での唐突すぎるキスだったために、恥ずかしさを伴う以前に焦りが生じてしまったのだ。

 誰に今、唇をどうされたのか、と。

 だが逆に、2回目の方は相手がわかっている、しかもデジャヴである状況下でその人物が間違っているわけもなく(そもそもに亮也は人物を確認している)、そんな見知った相手にキスをされれば当然焦りもするが恥ずかしさもくる。

 よって2回目のキスの方が恥ずかしい!

 亮也はそう結論付けていた。


 やがて唇からそれは離れ、視界にはっきりとその人物の上体が映る。


「…………スギハラ……」


 亮也が呆れ半分で名前を呟くと、当のスギハラは小首を傾げた。

 まぁそんなだろうとは思ってたけどさ、と亮也は頭を押さえる。


 スギハラ。

 この夕日に照らされた丘で、尚存在感を放つほどの美少女だ。

 髪は闇や黒を連想させるような夜色で、腰にまで届くその長い髪はスギハラをスギハラであらしめるものの一つである。

 顔は童顔で、今しがたした小首を傾げる行為はとても愛らしいものだった、のちの亮也は語る。

 今の服装は、またもデジャヴで昨日と同じ服装である黒一色のロングレインコートとズボン。

 そんなコートを着ているせいか、胸の大きさは計り知れないが昨日見た時点ではCぐらいだと亮也は思っている。

 胸の大きさなんかで好きな相手を選ぶわけでは無いが、亮也はCぐらいが好きなためスギハラが本当にCならばそこだけでポイントは入るだろう。

 そんな容姿端麗なスギハラを見ながらそんな感想を抱いている亮也は、改めてこれほどまでに可愛い女の子にキスをされたんだという実感をした。


「…………私の体をそんなまじまじと見て、どうしたの?」


 そんな変な言われをした亮也は、自分がスギハラの体を凝視していたことに遅くに気付きすぐに目を離す。


(……そんな言い方をするわりには、体を抱え込んだりして隠す仕草もしないのか)


 スギハラのそんな言動を見て亮也は思わず溜め息を吐く。

 別に呆れたわけでは無い、いや呆れもあるのだが。

 それとは別に、心地よさというものを感じていた。

 スギハラとこんな風にやり取りするだけでも、形容し難い安らぎが亮也にはあり、気楽さと和みが感じる。


 っと。


 本題をすっかり忘れていた。


 ここへ来た理由は二つあるのだ。


 一つは戸籍確認について。

 今日中に行きたかったが、それよりも優先すべき話題が今朝方出来てしまったため、それは明日に持ち込みとした。


 そして二つ目。

 朝の通り魔について。


 まず朝、亮也が遅刻寸前の時に何かが亮也の視界の隅を通った。

 直感だが、亮也はそれが今回の通り魔に何かしら関係があると考えている。

 そして同じく朝、朝のHR明けの短い休み時間のこと。

 ふと通り魔の起きた商店街のある方向の窓を見つけ、亮也は"特技"である眼を使った。

 するとその現場には、血に染まったスギハラの姿があり、その周りには無数の死骸があった。


 これの意味すること、つまり、




 ーーーースギハラが通り魔の犯人である可能性がある。




 これの真相を確かめなければ、亮也だってスギハラの事が好きかどうか、それ以前の話になってしまう。

 スギハラにとっても、亮也の事が好きならば余計な誤解はされたくないはず。

 そうなると、何にせよ話しておくべきことではあった。



「……なぁ、スギハラ」



 もちろん亮也は緊張しているし、恐れてもいる。


 スギハラが通り魔とは何の関わりもない、ということがもしあったなら、亮也はとんでもなく酷い誤解をしていたやつとなってしまう。

 そもそもに、そんなあらぬ疑いをかけられたスギハラが可哀想になる。

 だが、そうなると原因は亮也自身にあり可哀想などと思うのも失礼だし無礼なことだ。


 でも、あの光景を見てしまっている限り事件と無関係ということもないだろう。

 そう思ってもいないと、亮也は言い出せない。


 そして、




「…………スギハラは、今日の通り魔事件の時……どこで何をしていた?」




 亮也は汗で滲んだ拳を握りしめ、スギハラに始めにして確信を突く質問をした。


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