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BLACK Welt ーブラック・ウェルトー  作者: 鈴風
1章 きみとの距離
6/7

Episode5 「通り魔 2」

 

 亮也は朝のHR(ホームルーム)が行われている2-Eの教室の窓際の席で、頬杖をつきながら外を眺めていた。


「通り魔、ね……」


 遅刻寸前で来た学校で、亮也は教室のあまりの騒がしさに疑問を抱き、近くにいた友人である沢村晴矢を捕まえてその騒ぎの原因を聞いた。


 そして返された言葉が、ーー通り魔が出たというものだった。


 亮也は初めて嘘くさ、と思ってこそいたが晴矢と話を進めて行く中で、段々とその話に真実味が浮き出て来た。

 そして亮也は、この街に通り魔か、とまだ残る冗談であるという気持ちとそれが本当なら凄いなというちょっとした好奇心の両方を抱えて、空を眺めながらボーッとしていた。


「……マジで昨日の出会いっていう非日常が絡んでんじゃないだろうなぁ」


 まぁ、そんな偶然あるわけもないし必然的なことでもないだろう、と亮也はその考えを頭から払いのけた。


「ーーーーということで、商店街には近づくんじゃないぞ。わかったなー?」


 教師のその終わりのような話し方に周りは(まば)らに返事をし、亮也の遠くにあった意識も現実に引き戻される。


 そして、案の定教師からの話は以上だったようで、1限目の用意しとけよー、というセリフを最後に教室を出て行った。

 それと同時に、先程までとはいかないがまた騒がしさが戻る。

 口々に、「通り魔って誰なんだろうねー」や「通り魔なんてきょうび聞くもんじゃねぇよなぁ」などと話し始めた。


「…………はぁ……」


 そんな通り魔の話でひっきりなしの教室の喧騒から逃げ出すように、亮也は教室を出た。


 通り魔が現れて少し好奇心をくすぐられてるなんて、人としてどうなんだと亮也は自分を責めた。


「……別に、俺の視力みたいな"能力"的なものは憧れるし興味も持っちゃうからいいんだよ。でも通り魔なんていう非人道的な存在に心ときめくのは、それこそ非人道的だ」


 こんな言い訳をしたところで亮也自身の気持ちが変わるわけもなく、人の本能だからしょうがないか、と無理矢理にでも亮也は自分を納得させることにした。


「さて、トイレでも行くかなぁ〜…………っ?」


 特に行く宛てもなく教室を出た亮也は、気まぐれでトイレに向かおうと思ったところで、ふと窓の外を気にした。


(こっちって商店街の方だっけか……?)


 そんなことを思い出す亮也は、好奇心に揺らいだ。

 こんなことに"特技"である眼を使うなんてどうかしてる、と思いはするものの少し気になってしまう。

 それに現状を確認出来れば、晴矢らに報告できる。

 それは、友情を深めるにはいい機会だった。


「おっし、やるか」


 そして亮也は、およそ1.2kmほど離れている商店街の方へと顔を向ける。

 神経を右眼に集め、遠くにあるその商店街を見つめるイメージをする。

 これが、亮也の眼の使い方だった。

 そうして眼に映った景色は亮也自身の脳へと伝わっていき、初めて"見たもの"として処理される。


 そんな亮也の眼には、映したくもなかったような残酷な光景が映っていた。




「…………………………は?」




 大量の血。

 その血に染まり生まれ変わったかのように不気味な雰囲気の商店街には、無数の"残骸"が落ちていた。

 下半身が飛ばされていたり両腕両足がなくなっていたりと、もはや人として生きられないような有様の死体達。

 パトカーらしき車体が亮也には見受けられるも、それももはや返り血に染まってただの赤い車と化している。

 そんな事を起こした張本人であろう人物が、それら死体に囲まれるようにして立っていた。

 "その人物"は、ある一つの死体の前に座り込んでいて今さっき立ち上がった。

 張本人であろう人物のその表情は何故か暗いものだった。

 だが、通り魔何だから気持ち良くなくて何故人を殺す? 何て疑問は今の亮也には持てない。

 そんな表情をしている"彼女"は、顔に付着している返り血を右手の甲でスッと拭った。





「何で…………なんで………………」





 ーーーースギハラがそんなところにいるんだよ。




 それが口に出るよりも先に、亮也は喉の奥から何かが込み上げてくるのを感じた。

 咄嗟に口を押さえるも状況は変わらず、瞬時の判断で開け放たれていた窓の外へと吐き出した。


「……はぁ…………はぁ…………」


 下を見てみるが、どうやら誰もいなかったようだ。

 被害は無くて助かった、と亮也は心底安心して気を緩める。


「……………………あ……」






 それと同時に、亮也の脳内に強烈な痛みが走りそのまま気を失った。






 □■□■□



「……あぁ、今日の仕事ご苦労だったな」


 彼女は今、とある一室へと来ていた。

 目の前には如何にもな服装と顔立ちをした30代の男が、これまた如何にもな雰囲気で佇んでいた。

 そして彼女が仕事の完遂報告をすると、男は決まってその言葉を言うのだった。


「…………はい、ありがとうございます」


 そうして彼女も、決まったようにそう返す。


「ところで……」


 男は話を変えるかのように言葉を切り出す。

 それに彼女は小首を傾げて何? という仕草をして話を促した。




「現場に駆けつけた警官……、あれってどういう意味だ?」




 その話を持ち出され、彼女はほんの一瞬だけ表情を崩す。

 そして普段通りの無表情に戻る。


「…………どういう意味だ? と言いますと、あれですよ。私たちをおかしく思ったから現場にまで来たってことですよね」


 彼女はササッと物を答え、男の返答を待った。

 そんな彼女の言葉を聞いた男は、苦笑いを浮かべて話をする。


「冗談で言ってるのはわかるが、今回は少しばかりタチが悪いからな。……そこは理解しろよ」


 苦笑いの中にもどこか厳しい顔付きがあり、彼女は刹那の間身体を強張らせた。


「そもそもに『お前たち』をおかしく思わないだろ警官たちは。…………つまり、おまえは"ステルス"を張って無かったと」


 男の言う事は全て正論で的を射ている。

 そんな言葉に、彼女はいつもの無表情で答えた。


「…………いえ、張ってはいました。……ですけど…………」


 彼女のその歯切れの悪さに、男は眉根を寄せる。

 その表情からは、何か事情があったのか? というよりも、何か隠してるのか? という疑惑の気持ちが篭っていた。

 それを悟った彼女は、続けて話す。


「…………あの、唐突で申し訳ないんですけど」


 いきなり呼びかけられた男は、何だ? と一言返事をする。

 見ると、彼女の表情からは真剣味が滲んでいながら、どこか浮かれている部分を感じ取ることが出来た。






「…………私、……………………好きな人が出来ました」






 その彼女の唐突な告白に、男は目を見開いた。

 頬には汗を浮かべ、ゴクリと唾を飲み下す。

 だが、冷静な様子を装って男は話を進めた。


「……何故、それを今私に言った?」


 男の返事に、ハッと彼女自身も驚きの表情を作った。


「…………あ、すいません。……私にも、よくわかりません」


「……………………」


 彼女の、いつも以上に揺らいでいる言動を見ていれば、確実に何かあったことは男にとって容易に想像出来た。

 だが、男は冷や汗を止められずにはいられなかった。


「…………それで、今日の話の結末はわかりましたね?」


「……わかるわけないだろうが。どう繋がるんだ、今の話と今回の仕事の話が」


 彼女がたまに見せる謎の言動がまた出た、と言わんばかりに男はいつものように返す。

 まぁ、そういうノリが唯一あいつを人らしくあらしめているんだが、と男は内心で呟いた。


「…………今日の仕事では、私は"ステルス"をちゃんと張ってこそいました」


 そして彼女は、何かを愛おしむかのような表情を浮かべて告げた。




「…………自覚はありませんが、多分今日の私は、その彼に対してだけの"ステルス"を張っていたみたいです」




「……ッ!」


 二度目の衝撃に、男はまた目を見開く。

 そもそもステルスというのは、他者からの視認を妨げるもので、一定の空間を視認を出来役する効果がある。


 これは人に直接作用させてるわけではないから、決して人を選ぶなんて事は出来ないのだ。


 しかし、彼女は今日それをやってのけたという。


 男の顔に冷や汗がドッと増した。


「……あぁ、そういうことだったのか、わかった。まぁ、警官は迎撃中に殉職したということにしてあるから気にすることじゃない」


 ありがとうございます、と彼女は頭を下げる。

 男はそう至極落ち着いている風に話すも、内心は荒れていた。

 今まで誰もなし得なかった、ステルスの機能向上。


 それに、彼女が好きな相手を見つけたというではないか。


 衝撃的な出来事が立て続けに二つも起こって、尚冷静沈着でいられるこの男は、もはや常人のメンタルなどでは無かった。


「さぁ、もう今日は戻っていいぞ」


「…………はい、それでは」


 もう一度頭を下げると、彼女は静かに部屋から退出した。


「……………………」





 廊下を歩きながら、彼女は思っていた。


 男の動揺の理由を。


 彼女は初めから、男の動揺を薄々だが感じ取っていた。

 一つ目は好きな人が出来たと言った時。

 二つ目はステルスの話の時。

 ステルスの話はいいとしても、好きな人で男が反応するのはおかしい。

 彼女はあらゆる可能性を吟味した結果、




「…………私のことが好きなのかな?」




 こんな結論に至った。


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