Plorogue 「運命的」
それはあまりにも唐突だった。
全くもって状況が理解できず、困惑するばかり。
日の暮れ始めた夕焼けの丘に立つ少年。
その少年の目前には、美しい夜色の髪を太陽に晒してキラキラと綺麗な風景を醸し出している少女の姿がある。
そんな少女の唇は、少年の唇に重なる。
一瞬の嬉しさは飛んでいき、少年はただただひたすらに思考を巡らせるしかなかった。
□■□■□
夏という過酷な季節が過ぎ、涼しげな空気が辺りを埋め尽くし始めた10月17日。
「授業中にまさか居眠りすることになるなんてなぁ……」
舗装された砂利道を歩いている男子高校生・潮田 亮也は頭を掻きながらやっちまったなぁ、という気持ちでいた。
それもそうだ。
今まで授業中の居眠りなんて一度もなかった亮也からしてみれば、これはもはや失態。
恥じるべき行為だった。
と、優等生ぶっている亮也だが、実際のところ成績は中の中、いえば平均的である。
だが亮也は、そんな一般人でいることを自身で望んでいる極めて平凡な高校生だった。
「大変だろうね……こんな日常を送ってない人たちは」
そんな架空の人物たちの代弁か、亮也は大きな重い溜め息を吐いた。
亮也の気はより一層滅入ってしまった。
(いや、何と言うかその彼らの苦労を思い描いちまったというか……)
どんな苦労を送っているのだろうか、と亮也は勝手に想像してはその妄想が壮絶過ぎて自分自身で気を滅入らせていたのだ。
自業自得、しかし言い換えれば今の亮也は本末転倒。
実に自爆だった。
それから無言で歩くこと10分。
亮也は森の中に入った。
理由は日頃溜まった退屈という名の鬱憤を晴らすためだ。
退屈な毎日、そんなものを亮也は望んでいる反面、拒んでもいた。
その理由は亮也自身にも解っていない。
実は平凡を望んでいるのは自分のエゴか何かで、本音ではこんな日常をぶち壊してくれるような"運命"を望んでいるのだろうか、なんてことを亮也は考えていたりする。
自分自身に嘘を吐いていたら本音なんて見えてくるわけがない。だから考えても無駄だ。
亮也はそう結論付けてこの問いに自ら終止符を打った。
それからしばらく歩いて、亮也は立ち止まった。
「んー、昨日よりも遠いけど、多分行けるだろう」
亮也は目的までの位置を0.6、0.7、0.8と呟きながら検討していた。
そして、今回は『0.8』に挑戦するようだ。
目を閉じて亮也は集中する。
辺りの空気を敏感に感じるほど神経を研ぎ澄ます。
こんな作業、比較的平均的一般人の亮也に出来る芸当ではなかった。
でも出来るのだ。もはや人ではない。
亮也には、昔からある"特技"が備わっていた。
生まれた時からあるものなのか、それとも後天的に身に付いたものなのか今の亮也には解らない。
だが、この"特技"は凄いということだけは亮也自身、身を持って理解していた。
その"特技"とは、ーーーー目が非常に良いこと。
これだけ聞くと「小学生同士の比べ合いかよ(笑)」となること必至。
だが、そんな小学生なんて非じゃない、というよりも人間なんて非じゃないほどの一種のスーパーパワーであった。
例えば今回の場合、『0.8』というのは0.8km。
つまり800mということ。
そして今から、亮也は800m先の目的地を視認する。
昨日も亮也は0.7km、700m先の目的地を目で確認出来ていた。
計測が100mずつ動いているのはおかしいと思われるかもしれない。しかし、それほどまでに亮也の眼は異質なものであるのだ。
常人の視力の最高が4と言われ、1km先の直径7cmの物体を見分けられることが出来るらしい。
亮也にはまだそこまでのことは出来ない。
だが、使用し続けていた視認出来る距離も伸びるのではないだろうか、と思っていたりする。
しかし家のパソコンで視力について調べていると、とある記事が目についた。
『限界を超えた時が、視力の低下を引き起こす』
この記事を見て、亮也はこの"眼"を使うのを一時期控えていた。
だがある時、亮也の昂ぶっていた好奇心がこの"特技"をまた使わせ始めた。
「俺の限界はどこなのか……。知っておいて損はない」
実際に限界を知るということは、限界の一線先を行かなければ解らない。
だから、視力の低下を実感しないと限界を理解出来ないため損がないことはないのだが、亮也はそんな瑣末なことを気にする人間ではない。
とりあえず好奇心のまま進む。
亮也はこういう人間だった。
800mにチャレンジ。
今まで、正確には一昨日と昨日で600mと700mは成功している。
その時だって全くもって亮也に疲労感は訪れなかった。
だからまだ行けるだろうと目星を付けて今回も挑むことに決めた。
"眼"に意識を集中させる。
そして閉じたまま神経を極限まで研ぎ澄ませた"眼"を開いた。
視覚が目的の場所まで吸い寄せられるように向かう。
正面には暮れ始めた太陽が。
その場所は丘。
この森の最奥、いわゆる秘境と呼ばれるような簡単には見つけられないところにある丘。
そんな丘には長い時計台がある。
時計台何てものがあるのだから、この丘が秘境と呼ばれていなくて人が簡単に来られていた時期みたいなものがあったのかもしれない。
誰が作ったか不明のその時計台から少しだけ離れたところにベンチがある。
亮也はいつもこの丘に来てはそのベンチへと座って心を落ち着かせていた。
元々は伸ばしっぱだった丘の雑草たちも、つい先週亮也が刈ったおかげで綺麗に整えられている。
変わらない丘。
いつまでも変わらない丘。
「……………………はぁ」
亮也は目を閉じると、軽く息を吐いて今回もちゃんと視認出来たと満足感に浸った。
これが亮也の、退屈な学校から解放された後の唯一の楽しみである。
「よし、明日は900mにしようか」
そんなことをサラッと呟いて、亮也は"眼"で見た風景の丘を目指して再び歩き始めた。
□■□■□
目的地である丘、通称「亮也・ベストプレイス」は普段街からじゃとても見られる物ではない壮大な景色を来た人に提供してくれる。
誰もがその光景には圧巻され、魅了されるのだ。
視界に広がる街並み、心地よいそよ風が肌を撫で、より良い心地良さへと人を誘う。
それから逃れられる人間はいないだろう。
ここでの光景は目に焼きつき、一生頭から離れない物になりこの至高の丘の虜になる。
何てことを、唯一この丘にほぼ毎日足を運ぶほどに魅了された亮也は適当に考えていた。
この丘のキャッチコピーだ。
「こんなけじゃ全然足りないよな……」
雑草を刈った時に感じた草の匂いも、朝に来る少し冷えたような空気も亮也にとってはこの丘の魅力だった。
「結論。ここに来て実際に感じて見ないことには全てを言い表せない」
そして一段落したところでベンチにぐでー、とダラけた。
亮也・ベストプレイスの利点その一、亮也以外に誰もいないこと。
そのためこんな風にみっともない姿を外で晒せるのだ。
ガサガサッ
何て思っていると、亮也の後ろの草むらから音がした。
(恥ずかしッ!)
内心でそう叫んでサッとベンチにきちんと座り直して顔を後ろに向けた。
……………………。
いやまぁここには野ウサギだっているんだし物音ぐらいして当然だよな、と亮也は焦りすぎていたと理解した。
というか秘境だって言ってんじゃん。そう簡単に普通の人が来られるわけないじゃんか。亮也は付け加えてさらに理解。
落ち着いてから、正面の風景に視線を戻してリラックス。
片耳で例の音を気にしながらも、丘に吹く夕暮れの涼しい風を耳で肌で感じていた。
するとやがて物音は止んだ。
亮也はふと、もう一度視線を後ろに向ける。
亮也は目を見開いた。
音の止んだ草むらの前に、一人の少女が立っていた。
人が……、この丘に来れた?
そんなことは今までなく、亮也は驚いていた。
(普通の人間じゃないのか? なら一体何者なんだ? というか、そもそも見た感じ普通の人だよな? …………いや、服装はTHE戦闘系みたいな感じだけどさ)
黒いぶ厚めのコートに身を包み、それでも暑そうなのにさらに同じく黒色の革手袋をはめている。
この場所とは不釣り合いなその格好は、一瞬でこの場の雰囲気を別のものへと変えた。
何で見た目以外普通そうな女の子がこの秘境の地に来られたのか、そして何故そんな不可思議な格好をしているのか。
亮也は色々な疑問に頭を悩ませる。
すると、
「ッ!」
亮也の正面に立っていた少女はすっと身体を亮也の方へと傾けた。
自然すぎる動きに、亮也は自身の方へと向かってくる少女を避けることが出来ない。
少女は目を閉じて、何かを決めたかのように亮也に迫る。
そして、
少女の唇は、亮也の唇に重なった。
そう、キスだ。
亮也は今の状況が全くもって理解出来ていなかった。もちろん、誰であろうとこの状況を理解することは出来ないだろう。
ただただ困惑するばかりで、亮也は正常に思考を巡らせることが出来ないでいる。
……………………。
ーーーー確かに運命的で印象深い出会いとかも、俺は望んでいたのかもしれない。
ーーーーだけど、こんないきなりキスされても困るだけだッ!
不意に亮也の元へ現れた少女。
その少女にいきなりキスをされた亮也。
この出会いが始まり、亮也の運命の。
この出来事が亮也と、その亮也とこれからを一生過ごすことになる少女とのファーストコンタクトだった。
前作も1週間以内なら残っていますので、お時間がありましたら読んでみてください