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天使、彼の役職に気付く。

 ……レイナルドさん、やっぱり私に気を遣ってたんだ。



   ◇◇◇



 ここ、アルカ神殿は本当に広いところだった。

 このハイディングスフェルト王国の国教ではなく、大陸で全土で信仰されているエスカルラータ教の総本山であり、一般的には主神殿と呼ばれているらしい。

 あの後、手早く入浴を済ませた天音をバネッサは女性宿舎の中を中心に案内してくれたが、他にも神殿の敷地内には、大聖堂や神官の執務室がある本殿と男性宿舎、神殿騎士隊の詰め所、孤児院まであるという。

 ちなみに、天音がトリップして来たときにいたのは高位の神官しか入ることができない大聖堂だった。




「……っと、だいたいこんな感じかな。

 後はあんまりアマネちゃんが使わないところだと思うけど、もし気になったら聞いてね」

「はい、ありがとうございます」


 バネッサの説明に頷きながら、天音はこの神殿の快適さに驚いていた。

 魔法とはなんと便利なものだろう。あの有名な某猫型ロボットもビックリだ。

 正直、服装などから中世ヨーロッパ風の世界なのかと思っていたのだが……そんなことは全くなかった。文化水準が低いどころか、魔法の力で物凄い発展を遂げている。

 先程入った風呂にしても、ほぼ日本と変わらない――どころか魔法を使う分エコ――造りで、その後使わせてもらったトイレは全自動だった。この様子だとエレベーターくらいありそうなところが怖い。


「ちょうど食堂に着いたし、そろそろお昼にしよっか。アマネちゃん、お腹空いてる?」


 昨日レイナルドに連れて来てもらった食堂は時間帯の所為か、かなりの賑わいを見せていた。

 ガヤガヤとした喧騒と、料理の美味しそうな匂いが漂ってくる。


「結構歩いたので……。朝より人が多いですね」


 バネッサと朝食を食べに来たのは朝の8時くらいだったが、そのときはほとんどの席が空いていたはずだ。


「朝よりお昼の方が混むんだよね。それに、朝ご飯食べたの少し遅い時間だったから」

「神殿の人は皆、何時くらいにご飯を食べるんですか?」

「うーん……朝は人によって違うからなぁ。早い人だと5時くらいで、遅い人だと9時くらいかな」

「意外とバラバラなんですね」


 神殿なのでもっと厳格な感じかと思っていたが、かなりアバウトなようだ。ひょっとして、遅い人というのはレイナルドだろうか。本人曰く、朝が弱いらしいし。


「お昼はだいたいこの時間なんですか?」

 

 自分の腕時計を見ると、12時を少し過ぎたところだった。

 ちなみに、天音の時計もバネッサから教えてもらったハイディングスフェルト王国の時間に合わせている。

 

「うん、だいたいはね。皆、休憩時間だから。……あ、座る席ここで良い?」

「あっ、はい。ここで大丈夫です」

「えっと、テキトーに荷物置いて……。さ、ご飯取りに行こっか」


 天音は、食事を受け取るためにカウンターへと向かうバネッサの後を付いて行った。……別に、背が届かないなんてことはないのだ。



   ◇◇◇



 相変わらず食べるのを躊躇してしまうようなモノもあったが、初回のアクアマリンのレタスに匹敵する程のモノはないので、天音も心安らかに食事を摂ることができている。


「あっ、レイナルド様~!!」


 食堂の出入り口付近にいたレイナルドを見つけたバネッサが、“こっち、こっち!”というように手を振った。それに気付いた彼はヒョイと片手をあげて応え、天音達の方へと近付いて来る。


「バネッサ、もう手は振らなくて良いぞ。……アマネ、神殿はどうだ?」


 手を振り続けるバネッサを見て、レイナルドは苦笑を漏らした。


「えっと……魔法とか、私のいた世界とは色々違うところがあって楽しいです」


 一応、案内してくれたバネッサの顔を立てようと、嘘のない範囲で感想を口にする。まあ、楽しいというよりは不思議だと思う気持ちの方が強いが。


「あんま気ぃ遣うな。まあ、俺の質問も悪かったかもしれんが……。

 お前が過ごしやすいようある程度は手を加えていくつもりだから、すぐに慣れようとしなくて良い」

「……はい。ありがとうございます、レイナルドさん」


 苦笑気味にそう言ったレイナルドに、天音も小さく笑みを零した。

 本当に良い人だ。いや、バネッサも親しみやすい人ではあるのだが……ちょこちょこと繰り返されるドジには精神的に疲れてしまう。

 

「それで……あの、昨日は途中で寝ちゃって……すみませんでした」


 天音は座っていた椅子から立ち上がり、レイナルドに会えたら言おうと思っていた言葉を口にし深々と頭を下げた。  

 そんな天音に、レイナルドは焦ったように口を開く。


「いや、疲れてただけだろ。気にするな。……アマネ、頭を上げてくれ」 

「でも……お部屋まで運んでくれたの、レイナルドさんですよね?」

「ああ。だが、大した手間でもなかったし、気にする程のことじゃない」


 いつもより少し早口になる彼の様子からその困惑ぶりが伝わって来て、天音は少し考えてから謝罪ではなく感謝の気持ちを口にした。


「……本当にありがとうございました」

「……どういたしまして」


 微笑み掛けるようなレイナルドの表情に、天音はホッと胸を撫で下ろす。

 これであの失態がなかったことに……なったりはしないが、わずかでも挽回できただろう。礼儀がなっていない子どもだと思われるのは、天音のプライドが許さない。


「えっと~……レイナルド様も一緒に食べません?」


 いきなり、今までずっと黙って二人を見ていたバネッサが呑気な声を出した。


「ああ、そうだな。それでも良いか、アマネ?」

「はい。皆で食べた方が楽しいですし」

「ありがとう。じゃ、俺は飯を取って来る」


 さっきから立ったままだったレイナルドは、そう言ってカウンターの方へ向かう。

 “いってらっしゃーい”と気の抜ける声を掛けて彼を見送るバネッサに、天音は何だか微笑ましい気持ちになった。




 粗方食事を終えた天音が、コップへと注いだジャスミンティーに口を付ける。すると、タイミングを計っていたかのようにレイナルドが話を切り出した。


「アマネ、この後予定はあるか?」

「ええっと……」


 一応、この後もバネッサに神殿案内をしてもらうことになっている。別に、天音自身はその予定を変更しても構わないのだが、彼女の都合もある手前、勝手に答える訳にもいかない。

 どうしようかと隣に座っているバネッサの様子を窺う。


「……え、あ。ええと、とりあえず食事の後も神殿内を案内するつもりだったんですけど、アマネちゃんの当面の生活に関わる場所はもう回ったんで、何か用事があるなら私は遠慮します」


 “それで良いかな?”というようにバネッサはこちらを見てコテンと首を傾けた。

 天音の視線の意味は正しく伝わっていたようだ。……今回は。


「あの、私の方も特に何か予定がある訳じゃないので……。何か用事があるんですか?」

「ああ、大神官様に会ってもらいたいんだ」


 バネッサの説明だと、大神官とはこの神殿のトップのはずだ。

 そんな偉い人が天音に一体何の用があるのかは分からないが、断る訳にはいかないだろう。


「分かりました」


 少し緊張しながら頷いた天音に、レイナルドは安心させるような笑みを浮かべる。


「大神官様に会う、つってもただの確認みたいなもんだ。異世界から人が来ることは珍しいからな」

「あっ、そうなんですか。……でも、私、あんまり面白い話とかできないかもしれませんよ?」


 あちらの世界のことを聞かれても、天音に答えられるのは小学校で習う範囲の知識だけだ。

 残念ながら、偉い人を喜ばせられるような話術も身に付けていない。異世界人だからと言って過剰な期待をされても困るのだが。


 “無礼者!”とか言って、また剣を向けられたらどうしよう。


 昨日の大聖堂での出来事を思い出し、不安に襲われる。……まさか、あの変質者(仮)が大神官ではあるまい。


「いや……面白がられた方が面倒だから、それは良い。当たり障りなく受け答えしてくれれば、それで構わない」

「当たり障りなく、ですか。……頑張ります」

「逆に不安にさせちまったか……余計なこと言っちまったみてえだな。

 大神官様は気さくな方だから、あんま気を張らなくても良いぞ」


 つまり、気さくだが面白がられると面倒臭い人なのか。

 気を遣ってくれるレイナルドには悪いが、その情報からは心が安らぐ要素は見当たらなかった。



   ◇◇◇



 大神官に挨拶するため謁見室へと向かう途中。

 歩調を合わせ隣を歩くレイナルドを見上げながら、天音はふと疑問に思ったことを口にした。


「じゃあ、私が今着てるのは神官見習いの服なんですか?」

「ああ、正規の神官は十五歳以上と定められているからな。神官服は袖の縁取りが濃紺なんだ」


 その言葉に、自分が着ている服の袖へと視線を落とす。

 天音の感覚だとワンピースに近い、白を基調とした祭服の袖には水色の繊細な縁取りが施されていた。

 バネッサは確か濃紺だったはずなので、彼女は見習いではなく正規の神官なのだろう。

 ちなみに、レイナルドのものは紫だ。濃紺や水色といった青系統の色から外れているのは、やはり閑職という意味なのか。


「……他にはどんな色があるんですか?」


 レイナルドの顔色を窺いながら尋ねてみる。……聞かれたくないことだったら、どうしよう。

 しかし、当のレイナルドは気にする様子もなく、縁取りの色について話してくれた。


「神官は金、銀、紫……と、お前が着てる水色だな。神殿騎士も、服は違うが同じように袖に緋色の縁取りがある」

「金色は大神官様ですよね。銀色と紫色は?」

「銀は神官長だ。この神殿には三人いる。紫はそれを補佐する副神官長の色だな」

「…………え?」

「ん?すまん、分かりにくかったか。銀は、神殿で第二位の地位にあたる神官長の色だ。それに次ぐ副神官長が紫。……ほら、俺のは紫だろ?」


 聞き間違いではなかったようだ。

 見やすいように腕を軽く上げ袖の縁取りを示すレイナルドに、天音は内心冷や汗をかく。まさか、神殿のナンバースリーを閑職だと思っていたとは言えない。

 心の中とはいえ、窓際族とか失礼なことを考えてしまって申し訳ない。いつかコッソリ謝っておこう。

 

「……レ、レイナルドさん、とっても偉い方だったんですね」

「いや、別に偉くはねえぞ。副神官長は他にも二人いるしな」


 レイナルドの上には大神官と三人の神官長しかいない。明らかに高位のはずだ。

 よく考えると、バネッサもアンナも“レイナルド様”と呼んでいた。ただの年長者に対するものかと思っていたが……天音も彼のことを様付けで呼ぶべきか。諸々の謝罪を込めて。


「そんなことないです。これからは、私もレイナルド様って呼びますね」

「気にするな。今まで通りで良い。何なら、“レイ”でも構わないぞ?」


 冗談めかしてそう言ったレイナルドの言葉から本気の色は窺えない。実際に、天音がその呼び方をするとは思っていないようだ。


「ええっと……じゃあ、これからもレイナルドさんって呼びます」


 彼の気遣いを嬉しく思いながら、天音は小さく笑って答えた。


 

 ―――この世界にいる間に、“レイさん”って呼べるくらい親しくなれたら良いな。





《バネッサの神殿紹介☆》


ええっと……私バネッサが、皆さんにこのアルカ神殿をご紹介したいと思います!



 アルカ神殿はハイディングスフェルト王国王都ベヒトルスハイムの七地区にある、エスカルラータ教の中で最も権威ある神殿なんですよ!国内外問わず、主神殿って呼ばれることが多いです。


 主神殿で一番偉いのは、大神官のマーリン様。それに次いで、三人の神官長がいらっしゃいます。アレン様は神官長の一人ですね。とっても偉い立場の方なんですよ!

 副神官長は各神官長に一人、さらにそれを補佐する神官長補佐が三人付きます。

 国内の他の神殿や他国の神殿だと、神官長がトップにあたります。でも、主神殿の副神官長の方が偉いかな?地方神官長とか呼ばれることもありますけど、悪口はダメですよ!


 図式で表すと、こんな感じ。

 大神官 > 神官長 > 副神官長≧主神殿以外の神官長 > 補佐 >>> ヒラ神官(←他にも色んな階級があります)

 ちなみに、私はヒラ神官です。いつか大神官に……神官長補佐くらいにはなれると良いな…。



 あっ、そろそろ時間ですね。

 じゃあ、また今度!


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