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副神官長、対応に追われる。

 今回はレイナルド視点です。

 サブタイ見たら分かりますよね。

 ……余計なこと言いました、スミマセン。

 レイナルドにとっては朝食、天音にとっては夕食となる食事を終え、一旦元いた部屋に移動する。その途中、神官の一人に声を掛けられた。


「レイナルド様、少しよろしいですか」

「ああ。……アマネ、先に入っていてくれ」


 そう言って、レイナルドは隣に立っていた天音を目の前の部屋へと促す。


「あ、はい。分かりました」


 二人の様子を少し気にしながら、天音は神官に小さく頭を下げて部屋へと入って行った。

 パタンと扉が小さく音を立てて閉まるのを見届け、レイナルドは先程の神官に視線を向ける。そして、一拍間をおいてから尋ねた。


「それで、何かあったのか?……アレンがまた何かしたか」


 現在、レイナルドは天音の世話のために休暇取っている。急用が入るとしたら、仕事を任せているレイナルドの上司がらみだろう。なぜか――彼らが幼馴染みだからか、アレンが何かする度にレイナルドに報告が上がるので、その可能性は大いにあると言える。

 正直、今のレイナルドは天音のことで手一杯だ。アレンが手間を掛けさせるようなら、神官長室の椅子に括り付けてやるところである。


 アイツ、真面目に仕事してんだろうな。


 そんなレイナルドの懸念に、まだ年若い神官は首を振った。


「いえ、アレン様は今のところフツーに仕事をしていらっしゃいます」


 その言葉にホッとしつつ、レイナルドは目で話の続きを促す。……真面目に仕事をしていても“今のところ”と付いてしまうところが、アレンのアレンたる所以なのかもしれない。

 レイナルドの視線の意味を汲み取った神官は、本題を告げる。


「新たに来られた異世界の方の件で、大神官様がお呼びです」

「戻られたのか?」


 天音を保護――アレンから、という意味ではない。……たぶん――してすぐ、大神官であるマーリンに報告しようとしたが、外出していたため叶わなかった。


「はい、少し前にお戻りになられました。よろしければ、異世界の方とご一緒にお会いください」


 一瞬天音も連れて行こうと考えたが、すぐに思い直す。

 天音はこの世界に来たばかりだ。今は落ち着いた様子を見せているが、緊張や疲れもあるだろう。そんな状態の幼い少女を引っ張り回すのは、あまり良いことではない。


「いや……今回は俺一人で行く。アマネとは明日にでも引き合わせる、と大神官様に伝えてくれ」

「すぐに行かれないのですか?」

「ああ、ついでにバネッサところに寄ろうと思っている」


 これからの天音の世話を頼もうと思っている知り合いの女性神官の名前を挙げる。待遇を決めるのはマーリンだが、とりあえず先に一言くらいは言っておいた方が良い。


「分かりました。大神官様にはそうお伝えしておきます」

「頼んだ」


 一礼して立ち去る神官を見送った後、レイナルドは天音を待たせている部屋へと向き直った。

 手早く済ませても小一時間は掛かりそうな用事である。天音に一声掛けてから行くべきだろう。


 何度も待たせることになるのは悪いが……仕方ねえか。


 食堂に行く前も待たせてしまっていたし、現に今も待たせている。

 しかし、“悪い”と思っていてもずっと傍に付いていてやれる訳ではないので、レイナルドは諦めたように溜め息を吐きつつ扉を叩いた。


「……はい、どうぞ」


 返事を聞いてから扉を開ける。部屋の中央に目を向けると、天音が所在なさ気に立っていた。

 レイナルドは、そのある意味彼女らしい様子に苦笑いを浮かべる。


「そう畏まらなくて良い。好きに寛いでくれ」

「はい、ありがとうございます。でも、このお部屋が素敵なのでちょっと見てただけですよ?」


 “気を遣うな”と言いたかったが、この数時間関わっただけでも天音が子どもらしからぬ控えめな性格であると分かっていたため、何も言わなかった。


 ま、俺がいない方が寛げるかもしれないしな。


 そう思い、さっさと本題に入る。

 レイナルドが部屋を出れば、彼女もそれ程気を遣わなくて済むだろう。


「どうしても外せない用ができた。すまないが、しばらくこの部屋にいてもらえるか?」

「あっ、はい。分かりました」


 天音はそう言って、なぜか生暖かい目をしてレイナルドを見送る。その視線を不思議に思いつつも、レイナルドは足早に部屋を出た。

 ふと思いついて、廊下の角を曲がった辺りに立っていた神殿騎士に声を掛ける。


「レイナルド様。何かご用ですか?」

「ああ。すまんが、奥の部屋を気にかけておいてくれ」


 来た道を指差しながら指示を出した。


「はい。……部屋の前に付いていた方が良いですか?」

「いや、そこまではしなくて良い」

「分かりました」

「頼む。小一時間程経ったらまた来るから、そのとき通常の警備に戻ってくれ」

「はっ!」


 気を引き締めるように姿勢を正した神殿騎士に満足気に頷き、その場から立ち去る。

 これで、ひとまずはレイナルドがいない間の天音の身の安全は確保できた。


 さてと。あとは……アマネが神殿で過ごしやすいよう手を打っておくか。


 そう考えながら、バネッサがいるはずの場所へ足を向ける。

 彼女は魔法が得意なので、“異世界人”である天音に何かあっても対応できるだろう。少々性格に難がある人物だが、根は良いはず……いや、やはり違う神官に頼むべきか。

 レイナルドは、自らの人選に不安を覚えつつも目的地へと向かった。



   ◇◇◇



 バネッサに天音の神殿での生活について頼んだレイナルドは、マーリンが待つ謁見室に入った。

 マーリンの趣味……計らいによって、大神官の謁見室は常に開け放たれている。警備のため神殿騎士も駐在しているが、レイナルドは副神官長なので特に何か言われることもない。所謂フリーパスである。


「おや」


 少し急ぐように室内に入って来たレイナルドに気付き、大きな窓から外を眺めていたマーリンが振り向いた。……その窓からはちょうど王宮が見える。


「大神官様、遅くなって申し訳ありません」


 レイナルドはマーリンの前まで来ると立ち止まり、頭を下げた。


「気にしなくとも良いのですよ、レイナルド。異世界から来たお嬢さんのことで、忙しいようですね?」


 レイナルドに顔を上げさせ、微笑みかける。

 彼を見つめるマーリンの瞳に、楽しそうな……レイナルドをからかうような色があったのは気のせいではないはずだ。大方、レイナルドが子どもの世話を焼いているのが面白いのだろう。


「ええ、まあ少しは。さすがに明日からはバネッサに任せようと思いますが、構いませんか?」


 今日一日は仕方がなかったとはいえ、レイナルドにも仕事がある。ずっと天音の面倒を見ている訳にもいかない。気丈に振舞いつつも、時折不安そうな様子をみせる彼女を気に掛ける気持ちはあるので、彼自身もある程度は関わろうと思っているが。


「もちろん、私もそのつもりでしたから。アマネ……でしたか、彼女の様子はどうです?」


 マーリンの許可を貰ったレイナルドは天音に付ける護衛や世話役、いつ他の異世界人と会わせるかなど、これからの彼女の生活について考えながら、言葉を返す。


「初めは少し戸惑っていたようですが、今は落ち着いています。

 どこぞのバカが剣を向けていましたので、怯えさせないよう神殿騎士は近付けていません」


 幼い少女だ。あのときのことがトラウマになってもおかしくはない。

 “アイツらにはキツイ灸を据えてやらないとな”とレイナルドが考えているので、そのうちあの二人の神殿騎士はレイナルドの仕置きかアレンの説教を受ける羽目になるだろう。

 ちなみに神殿では、レイナルドの仕置きは肉体的に、アレンの説教は精神的にクルと言われている。……あの二人の未来に幸多からんことを。


「ふむ。……アレンから十歳の少女ということは聞いていますが、他に何かありますか?」

「いえ。少々大人びてはいますが、特に変わったところはありません。

 本人に確かめましたが、スズメ殿のように身体に異変がある訳でもないようです」


 念のため“自覚していないだけかもしれませんが”と付け足す。

 自覚の有無だけでなく、すぐには身体に表れない変化だということもあり得る。……まあ、いきなり鳥になっていたら自覚症状も何もないが。それとも、脱皮でもするのだろうか。


「……そうですか。何事もないのが一番ですね」


 マーリンの言葉に残念そうな響きを感じたが、気にしないことにした。

 付き合いが長いこともあり、レイナルドは目の前の聖人君子のような顔をした大神官が“楽しいこと”が好きな癖のある人物であることを知っている。


「ええ、全くです」


 無難に、ただし“全く”の部分を強調して答える。

 突くと藪蛇になる可能性が高いため、賢明なレイナルドはツッコまない。たとえ、内心で“人の不幸を面白がるなよ”と思っていても。





「さて。一通り報告は聞きましたし、レイナルドも彼女のことが気に掛かっているようですから、もう下がって良いですよ」


 現時点での天音の印象などを話し終えたレイナルドに、マーリンはそう告げた。

 その言葉を聞き、レイナルドは一礼して背を向ける。


「では、失礼します」

「………………ああ!……レイナルド、少し待ってください」


 何かを思い出したように、マーリンは退出しようと扉の方へ歩いて行く彼を呼び止めた。言い忘れたことがあったようだ。


「異世界の少女については、あなたに全権を与えましょう。あなたが必要だと思ったことなら、私を通さず行ってくださって結構です」


 話を聞こうと振り向いたレイナルドに、“頼りにしていますよ”とマーリンは慈愛の籠もった微笑みを向ける。

 しかし、レイナルドにしてみれば、面倒事を押し付けられたようにしか感じない。


「……分かりました」


 はぁ……ま、アレンに任せるよりはマシか。


 元々、多少なりとも気に掛けていた少女だ。面倒を見るくらい何ということもない。

 子どもらしくない言動は少々心配だが、レイナルドは遠慮深く礼儀正しい彼女をそれなりに気に入っていた。


「任されたことですし、俺の好きにさせて貰います」


 そう宣言して、謁見室を出る。

 バタンッと若干荒々しく扉が閉まったのは、彼が苛立っていたからではない……はずだ。



   ◇◇◇



「レイナルド様」


 天音を待たせている部屋へと続く廊下を歩いていると、護衛を命じた神殿騎士がレイナルドに気付く。

 礼をしようとする彼を“構うな”というように片手を上げて制し、声を掛けた。


「ああ、ご苦労。何か変わったことはなかったか?」


 レイナルドが離れていた間の天音の様子を聞く。といっても、入室を許可していないため外から見ただけのものになるのだが。


「いえ、私が見ている限りではありませんでした」

「そうか。悪かったな、通常の警備に戻ってくれ」

「はい」


 神殿騎士と軽いやりとりを交わし、レイナルドは奥の部屋へと向かった。

 結局戻って来るのに小一時間掛かったため、長いこと待たせてしまった天音の様子が気になる。本人は子ども扱いを嫌がるが、彼女はまだ十歳の少女に過ぎない。誰も知り合いのいない異世界でずっと一人でいれば不安になるだろう。

 そんなことを考えながら歩いていると、目当ての部屋の前に着いた。室内に人の気配があることを確認しつつ、目の前にある扉を軽く叩く。


「………………。……アマネ?」


 いくら待っても返事がしないため、もう一度扉を叩いてから声を掛けた。

 何かしているにしろ、あれほど気を遣う少女から返事がないのはおかしい。実際、今まではすぐに入室を許可する言葉を返していた。


 ……何かあったのか?


 訝しく思うが、勝手に扉を開ける訳にもいかない。子どもとはいえ、女性が待つ部屋である。勝手に開けては失礼だろう。

 しばらくの間、部屋の前で待ってみるが中の反応は全くない。


「アマネ、開けるぞ」


 この場で立ち往生していても埒が明かないため、一声掛けて扉を開ける。

 部屋に足を踏み入れたレイナルドは、すぐ周りを見渡した。


「…………アマネ?」


 天音は部屋の中央にはいなかった。

 彼女がいたのは長椅子の上。


「……なんだ、寝ていたのか」


 そう言い、安堵の息を吐く。

 レイナルドは、彼自身が思っていたより天音を心配していたようだ。


 しかし、よく寝てんな……。やっぱり疲れてたのか。


 起こさないよう慎重に長椅子に近付いた。

 天音は異世界の鞄らしき物を抱きかかえて、長椅子の上で横になっている。いかにも、つい眠ってしまったという体勢である。

 子どもらしいあどけない寝顔を見たレイナルドの顔に微かな笑みが浮んだ。


 起こすのも悪いな、このまま運ぶか。


 よく眠っている彼女を起こすのは可哀相に思えるが、ここで寝かせたままにしておく訳にもいかない。

 さっき会いに行ったバネッサが天音の部屋を用意しているはずだ。レイナルドが起こさないようにそこまで運べば良いだろう。


「………………」


 黙ったまま、ゆっくりと天音の身体を持ち上げる。

 彼女が起きる気配はない。本当によく眠っているようだ、相当疲れていたのかもしれない。




 天音に衝撃を与えないように注意して部屋を出る。

 廊下の角を曲がると、先程の神殿騎士が驚いたような顔をしてレイナルドの方を見てきた。レイナルドが抱える少女に配慮してか、小声で話し掛けてくる。


「レイナルド様、私がお運びします」

「いや……いい、俺が運ぶ。お前は後でコイツの荷物を運んでくれ、向こうの部屋に置いてある」

「分かりました。どこまでお運びすれば?」


 神殿の宿舎は、男性宿舎と女性宿舎の二つに分けられる。来賓用の客室もあるが、この神殿に天音を慣れさせるためには女性宿舎の方が良いだろう。

 ちなみに、大抵の未婚の神官はどちらかの宿舎で生活するが、強制ではないため神殿の外に家を持つ者も少なくない。例えば、レイナルドは神殿から少し離れた場所で一人暮らしをしている。……ペットを飼っているので、一人というか一人と一匹だが。


「女性宿舎だ。詳しい場所はバネッサに聞けば分かる」

「はい」


 頷いた神殿騎士に背を向け、レイナルドは再び歩き出した。

 


   ◇◇◇



 バネッサが用意した部屋は、十歳の少女の部屋にしては少し広い気がした。天音は客でこそないものの、神殿の者でもないので仕方ないのかもしれないが。


「………………」


 ここまで運んできた彼女が起きる様子はない。今は昼なので、この分だと少なくとも夜までは寝ているだろう。

 寝台に寝かせた天音に、ふわりと上掛けを掛ける。


 さて……仕事でもするか。


 休暇を取っていると言っても、急に入れたものだ。時間があるなら、少しは片付けてくるべきだろう。

 眠っている天音の傍にいても何をしてやれる訳でもないし、第一ここに夜までいたら女性宿舎で暮らす神官達に蹴り出される。

 レイナルドは彼女が眠る寝台に背を向け、部屋の明かりを消した。

 しかし、何かを思いついたように振り返り、寝台の横に屈みこんで呟く。


「…………今日は悪かったな」


 明日からは、天音にとって気の休まらない日々が始まるだろう。せめて、寝ている今くらいゆっくり休んで欲しい。

 起きてしまわないよう優しく彼女の頭を撫でて、レイナルドは宿舎を後にした。



 ―――良い夢を、と祈りながら。





 次からは天音ちゃんのターンに戻ります。


 知ってましたか? レイって副神官長なんですよ?

 閑職や窓際とは無縁なはず、なのに……。

 誰か、天音ちゃんの誤解を解いてください。レイが可哀想だ。



 あの、できたら感想とかください。やる気が出るので……。

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