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天使、これからについて考える。

 なんか、天音ちゃんママの存在感がパネェです。出て来ないのに。

 やっぱり、疲れてたのかな。



   ◇◇◇



 食事を終え、最初に案内された応接室らしき部屋へと戻って来た。

 食堂にしても、この部屋にしてもやたらと豪華な造りになっている。仮にも神殿なのに、質素倹約とかに努めなくても良いのだろうか。いや、全体的に高級で品の良い雰囲気になっているので信者ウケは良いのかもしれない。……お布施とか凄そうだ。


「どうしても外せない用ができた。すまないが、しばらくこの部屋にいてもらえるか?」


 何気なく室内を観察していると、レイナルドに声を掛けられた。

 “外せない用”と聞いて思い浮かぶのは仕事だ。レイナルドは自分のことを暇だと言っていたが、やはり閑職でも仕事はあるのだろう。ぜひ、頑張って出世してもらいたい。良い人だし。


「あっ、はい。分かりました」


 余程急いでいたのか、レイナルドは天音の返事を聞くとすぐに部屋を出て行ってしまった。


 ……やっぱり、暇じゃなかったのかな。


 天音は部屋に置かれているソファーへと腰掛けながら、何だか申し訳ない気持ちになる。

 “大人”とは忙しいものだ。いくら異世界トリップなどという異常事態に巻き込まれてしまったからといって、甘え過ぎてはいけない。これからは、レイナルドの負担にならないよう注意しなければ。

 

「とりあえず生活には困らない、んだよね…」


 少し言葉尻が小さくなってしまったのは、別にレイナルドの話を疑っているからではない。

 ただ、天音の常識では“生活”とはお金がかかるものなのだ。無条件に衣食住を提供するのは大変ではないのだろうか。……まあ、この神殿はかなり裕福そうなので、お金の心配はないかもしれない。

 

「……これから、どうなるんだろ」


 思っていたよりも不安気な声が出てしまい、天音は少し狼狽えた。

 自分ではこの状況に冷静に対処しているつもりだったのだが、やはり両親も友達も傍にいないのは心細かったようだ。

 声に出したことで余計に不安が掻き立てられたのか、目に涙が込み上げてくる。


 うっ、泣いちゃダメだ。

 泣いたって何にもならないんだから。これからのこと、ちゃんと自分で考えなきゃっ!

 

 これ以上弱音を吐いてしまわないように、天音は唇を噛み締めた。勝手に溢れてきた涙も、目を瞬かせて散らせる。

 天音は十歳児とは思えない自立心を発揮して、自分のこれからについて考え始めることにした。

 ちなみに、天音のこの考え方は母親の教育の賜物だ。

 彼女の母親はバツ3のシングルマザーであり、エステサロンをいくつも経営する敏腕女社長であった。母親の座右の銘は、独立不撓。自らの娘にも“自分を本当に幸せにできるのは自分だけよ”と教え、家の中では一人前の大人として扱っていた。


「……しばらくは、この神殿でお世話になることになるんだよね」


 天音は、レイナルドとの会話を思い出しながら一つ一つを確認するように口に出していく。


「日本に帰る方法は分からないんだから、まずはこの世界について知らないと」


 この世界の常識がない天音には、ここでどうやって生活していけば良いのかもよく分からない。きっと文化水準だって、日本とは全く違うだろう。この神殿の雰囲気を見るに、地球でいうところの“中世ヨーロッパ”のような感じなのかもしれない。

 少なくとも天音がいた現代日本のような快適な生活は望めないはずだ。


「言葉、は……なぜか通じるし」


 初めは異世界トリップに混乱していたこともあり気にする余裕もなかったが、明らかにおかしかった。

 レイナルド達が話している言葉は日本語ではないと思うが、なぜか天音には彼らが話しているのは日本語に聞こえる。まさか天音が、無意識に母国語に聞こえる程のハイレベルな“ハイディングスフェルト語”なんてものを習得した訳ではないだろう。

 

「文字は、読めるのかな?」


 言葉は通じるが、文字はどうなのだろうか。

 ここの国が日本語使っていないかぎり天音には読めないはずだ。しかし、言葉という前例がある。ひょっとしたら、謎の現象でハイディングスフェルトの文字もマスターしてしまっているかもしれない。

 これが、所謂トリップチートと呼ばれるものなのか。

 そんな配慮をするくらいなら、最初から異世界になんて連れて来ないで欲しかった。まあ、誰かに連れて来られた訳ではないが。


 ……うん?

 でも、私ってミラーハウスの鏡からここに来ちゃったんだよね。それなら、アノ遊園地の所為じゃない?


 うっかり元凶(?)の存在を思い出してしまい、軽く殺意が湧いた。……元の世界に帰れたら、必ず慰謝料を請求してやる。

 

「……あっ!」


 遊園地で思い出した。

 天音は、何も身一つでこの世界に来た訳ではなかった。


「ランドセル!」

 

 キョロキョロと自分と一緒にトリップした鞄を探す。

 最初にこの部屋へ案内されたときに、レイナルドに預かってもらっていたのだ。天音からランドセルを受け取った彼は、確かどこかの棚の置いていたはず……。

 

「……あった!」


 目的のものは、思った通り棚の上に置かれていた。

 物持ちが良いのか、五年も使っているにしてはキレイなランドセルへと手を伸ばす。


 今日、中に何入れてたっけ?


 棚から取って来たランドセルを膝の上へと下ろし、天音はその中を確認していく。

 基本的には教科書や文房具など学校で使うものだけしか入れていない。


「ええっと、教科書と筆箱……給食袋に…。あっ、お財布とケータイ」 


 天音は塾以外にもピアノやバレエなどの習い事をしているため、財布や携帯電話も常に持ち歩くようにしていた。

 尤も、ここでは携帯電話はもちろん圏外だし、財布の中の日本円も使えないが。


「……はぁ。何度見ても圏外、だよね」


 溜め息を吐き、すでに意味をなさなくなっている携帯電話の電源を切る。……電池、勿体無いし。

 ちなみに、ストラップなどは何も付けていない。シンプルなのが大人っぽいと思う程度には、天音は子どもだ。

 暗くなった携帯電話の画面には、天音の顔がぼんやり映っていた。


「………………」


 何となく、そこに映る自分の顔が情けないもののような気がして、パチンと音を立てて携帯電話を閉じた。電源を切ったためか、先程より冷たくなったように感じる携帯電話をランドセルの中へと仕舞う。


 ……レイナルドさん、遅いな。


 彼がこの部屋を出て行ってから、もう30分は経っていた。

 知らない世界の、馴染のない部屋で、独りポツンと座っている現状に、とてつもない孤独が湧きあがってくる。


「……っ」


 天音はそんな思いを押し殺すように、膝の上に置いたランドセルをギュッと抱え込んだ。


 ……早く、帰って来て欲しいな。


 レイナルドは、天音がこの世界で頼れる唯一の人だ。

 異世界から来たなんて訳の分からない自分を保護してくれる、優しくて親切な男の人。子ども扱いされるのは不本意だが、“大丈夫だ”というように頭を撫でる大きな手が、今は何だか無性に恋しかった。


 何歳ぐらいなんだろ。


 相手が日本人ではないのであまり自信はないが、たぶん30代後半くらいだと思う。 

 兄というには齢が離れ過ぎているし、父というには少し若い気がした。時折会いに行く父親――実父だ――がもう60近い齢なので、余計にそう思うのかもしれない。

 天音の周りにはいないタイプの男性だ。

 見上げるくらい大きな背も、美形ではないが精悍で男らしい顔も、とても頼もしく感じる。……仕事はイマイチみたいだが。


 お世話してくれる人、レイナルドさんだったら良いのに。


 女性の方が親しみやすいかもしれないが、彼と離れるのは何となく寂しい。神殿にいれば、これからも会う機会はあるだろうか。

 

「……疲れた」

 

 そう呟いて、天音はランドセルを抱えたままポスッとソファーに倒れ込んだ。

 人の部屋――というか応接室――で勝手に横になるなんて失礼だとは思うが、色々考えていた所為で頭が痛い。

 レイナルドもまだ帰って来ないし、少しの間だけ休ませてもらおう。


 ……10分だけ。


 天音は、そんなことを思いながら重たくなっていく瞼を閉じた。



 ―――夢の中で、大きな手に頭を撫でてもらった……ような気がする。





 相方が惰眠を貪っていやがったため、今回は吉遊一人で書きました。マジで疲れたよ。

 しかも、一人だとなんか物悲しくなってしまった。その所為か、本編はビミョーにしんみりテイスト。



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